●機動六課・隊舎 10:27 p.m.

 いつもなら、既に床につく時間。しかし少女はデスクに座り、ある映像を見ていた。
 桃色の髪を肩まで伸ばした、十才前後の幼い少女。
 キャロ・ル・ルシエだ。
 彼女は真っ直ぐな眼差しで、モニターの向こうを……戦う青年の姿を見る。
 黒茶色の髪の毛をした青年が、身に纏った騎士甲冑を青色に変える。
 そして数度の攻防の後、圧倒され、だが立ち上がる青年が、教会騎士の問いに答えた。

『……俺が今日を頑張って、誰かが明日笑えたら……それは、凄い良いことだと思うから』

 微笑んで、そう告げる。譲れないと、そう告げる。 
 誰かが明日、笑えるように。そのために戦うと、そう告げる。
 それが、戦う理由。
 痛くても、悲しくても、誰かに反対されても。それでも、そうすると決めた、確固たる意志がそこにはあった。 

「私は……」

 キャロは自分の手のひらを、見る。
 何もない。そこにあるのは、小さな自分の手だけだ。
 けれど、恐い。見えていないだけで、自分の手が、本当は血に塗れているのではないかと。

「――っ」

 たまらず、キャロは手を握った。強く、強く、何かを誤魔化すように。
 そして大丈夫だと、心の内で復唱する。
 自分には力がある。望んでもいないのに、手に入れた力。凄まじい力。何かを壊してしまう、力。
 それを繰り返さないために、今まで訓練を重ねてきた。なのはさんも、まだ短いながら、沢山のことを自分に教えてくれる。 
 それなのに、未だに不安は消えなかった。それどころか、自分が強くなっていくほどに、それは段々と大きく、目を逸らせないほどになっている。
 力を制御するために、強くなろうとしてきたのに、今は強くなることが…なぜか、恐い。

「私は本当に、強くなっていいのかな……?」

 モニターの映像が、粉塵に包まれた。二人の騎士が、同時に高密度の魔力斬撃を使った瞬間だ。
 映像はそこで終了、後は何も映らないディスプレイが残る。
 ――小さな少女の自問には、遂に答えが返ってこなかった。





Alternative StrikerS
04.【当惑】





●機動六課 06:00 a.m.

「――それじゃあレクサ君」
「今日から機動六課で一緒に働くことになりました、レクサ・L・ディアスです。よろしくお願いします!」

 場所はフォーワード陣が集まる訓練場。
 そこで一人の青年が、なのはに促されぎこちなく敬礼した。
 シャッハ・ヌエラとの戦闘から二週間。書類に追われ入局試験に追われ、ついでに教会各位(主に一部のシスターから)のお小言に追われつつ、レクサは無事、六課入りを果たすこととなったのだ。
 志望通り、レクサはフォーワードに。そしてその結果、局員一同が介するよりも先に、訓練場で新人達との初対面となった。
 敬礼を解きつつレクサが見回すと、対面にいるのは四人。
 十歳前後であろう、利発な印象をした少年と、優しげな雰囲気を漂わせる少女。
 そしてこちらは恐らく同年代。快活そうな青髪の少女に、髪を左右でまとめた、気の強そうな――

「……あれ?」

 最後の一人に、レクサの視線が止まる。相手もそれに気づいたのか、バツが悪そうに目線をそらした。
 ――まさか。
 と、声を掛けようとしたところで、各々の自己紹介が始まってしまった。
 順に、エリオ・モンディアル。キャロ・ル・ルシエ。スバル・ナカジマ。
 ポジショニングと魔導師ランクを言った後、最後の一人が声を上げる。

「……ティアナ・ランスター。センターバックでランクはBよ。よろしく――」
「あー! やっぱりティアちゃんだ!」
 
 指を指して大声を上げるレクサに、周囲のメンバーが驚いて目を見開いた。
 そんな周りを気にもとめず、レクサはティアナに駆け寄る。

「ちょ……! あんた少しは落ち着――」
「うわあ、久しぶり! 引っ越す前だから最後に会ったのって七年ぐらい前じゃないっ? ティアちゃんも管理局にはいったん――だごはぁ!?」
「す・こ・し・だ・ま・れ。あと、ティアちゃんは止めなさい」

 どんどん近づいて、まくし立てるレクサに、ティアナは鳩尾に拳を叩き込んで黙らせた。
 うずくまって「な、ナイスパンチ……」、と親指を立てる彼に、溜息。
 映像を見たときから、ある程度予想はしていたが、この男に、周りの目を気にする能力はないのだろうか。

「っぷふ…知り合い…なの? ティアちゃん?」
「二度言ったら、あんたもしばき回す」
「すいませんでしたぁっ」

 本気の殺気を感じ、吹き出していたスバルもすぐさま敬礼した。
 なのはは一連の流れに苦笑。ライトニングの二人も、どうしたらいいのやらと、顔を見合わせている。
 レクサは綺麗に入ったらしく、未だにもんどり打っている状態。面倒だが、説明をいれておかないと、無駄な興味を抱かれるだけだ。
 もう一度嘆息。そしてティアナは渋々、この男との関係を話すことにした。

「レクサは昔、家の隣に住んでたんです。で、家族ぐるみで仲良くしてたといいますか……まあそれだけですよ」
「じゃあ、幼なじみだ!」
「七年前から音信不通だったんだから、幼なじみって表現はどうかと思うけどね」

 スバルの言葉にそう返して、横目で彼を見る。
 そう。七年前のある日、レクサは家族と共に、突然姿を消した。
 前日まで普通に過ごして、遊んで、手を振って別れて……
 そんなことがあったというのに、こいつの態度は何事か。まるで何もなかったように、こちらの様子を見て疑問符を浮かべているのだ。
 ……間接でも極めてやろうか。
 
「とっとりあえず、自己紹介はすんだね。それじゃあ、今日の訓練、始めようか!」

 ティアナの仄かな殺意に気づいたのか、なのはは慌ててそう告げた。
 どうやらこの二人、幼なじみでも仲はそれほど良くないらしい。

「レクサ君も交えて、軽くウォーミングアップからね。それが終わったら、チームでの連携練習に入ろうか?」
『はいっ!』

 五人の声が重なり、空気が動き始めた。
 なのはがコンソールを操作すると、何もない海面の訓練場に、変化が生じる。周囲が一瞬にして、廃棄都市区画のような廃墟へと変貌したのだ。
 これがなのは監修の元、作られたシミュレーター。あらゆる戦場を想定して作り上げることのできる、仮想戦場だ。
 訓練が、始まる。


Ψ  Ψ  Ψ


「何見てるの、みんな?」
「おっ、フェイトちゃん早いなー」
「真面目ですからね、うちの隊長は」
「も、もうっ。その呼び方は止めて下さいよ、シグナム」

 機動六課食堂。朝食をトレーに乗せてやって来たフェイトに、シグナムは「すまんな、隊長」と重ねて言う。
 その様子に口に手を当てて笑うのは、はやて。彼女の前には半透明のモニターが展開され、訓練の模様が映されていた。
 今は丁度、チームプレイの訓練中。レクサを交え、疑似的に作り出されたガジェットとの戦闘が行われているところだ。
 リインフォースもクロワッサンを小さく千切りながら、一緒にそれを見ている。

「どうですか? レクサ君」
「T型程度に後れを取るような鍛え方はしていない。新人達の能力や訓練の様子も、予習していたからな。粗は目立つが、様になる、程度には連携もできているようだ」
「なのはちゃんは、とりあえずガードウイングに配置したみたいやね。レクサの特性を鑑みれば、まあそうするしかないやろうけど」

 フェイトは彼が実際に戦っているのを見ていない。映像として残った物を確認しただけだ。
 中近距離をこなす、赤い騎士。高速戦闘を可能にした、青い騎士。
 前衛として機能するだけでなく、中衛として仲間を守ることもできるが故、なのははエリオと同様のポジションに彼を据えたのだろう。
 そしてその選択は間違えていない。
 エリオと連携をとりつつ、フロントアタッカーのスバルをサポートし、センターガードのティアナや、フルバックのキャロを守っている。
 
「――戦い慣れてるね」
「そら三年も一人で活動しとったら、イヤでも戦闘する機会はあるやろうからなぁ。私らも、手加減抜きで教えたわけやし」
「レクサ君、特にヴィータちゃんとの訓練が多かったですから。ポールアームの扱いはピカイチだと思います」

 リインフォースの言うとおり、長物で、しかも手練れでなければ扱いの難しいハルバートを、レクサは器用に使いこなしていた。
 切り、突き、払いの三つがあるというのは、長所でもあり短所でもあるのだ。一つの機能に特化すれば、それだけ得物は使いやすい。だが、機能が三つあるということは、三つの機能を上手く扱えなければいけない事の裏返しでもある。
 時に薙ぐようにして鉤でガジェットのセンサーを潰し、時に全体重をかけた斧刃で切り断ち、時に槍での鋭い一撃を放つ。
 武器を理解し、効率よく使う様は、一局員と大差ない。

「望む望まざるに関わらず、あの子はそれだけの力を持っとった。まあレリック・コアがあらへんかったら、ここまでやれへんやろうけどね」
「……複雑?」
「正直な。でも、これがあの子の選んだ道なら、私は口出しせーへんよ」

 何てったって、ゆーても聞かんからな、とそう言って、はやてはコーヒーを一口。

「あ、ラストみたいですね」
「ここで弾丸回避訓練シュートイベーションて、鬼やね」
「あ、あはははは……」

 何も言えないフェイトだった。


Ψ  Ψ  Ψ


「私のアクセルシューターを五分間、回避しきるか、その前に私に一撃入れられたらクリア。被弾したらやり直しだよ?」

 宙に浮かび、魔法陣の展開。十数の魔法弾を飛び交わしながら、なのははフォーワード陣にそう告げる。

「ティ、ティア。……高町さんの、訓練って…いつもこんな、キツいの?」
「まだ…マシな方よ。今日は、あんたが、いる分ね……」

 息切れしながらティアナは返答。それを聞いて、レクサは「凄いね……」と言って、杖にしていたハルバートを構え直した。
 騎士甲冑は顕現していない。今は瞳が赤く変わり、武器を出しているのだけだ。これも、幾度かの訓練で可能にした技術。

「コンビネーションに関しては…ティアに頼む。みんなの事は大体分かったと思うけど」
「私も、あんたの力は把握した。だから、それを利用して波状攻撃しかけるわよ」

 ティアは周囲を一瞥。スバルはまだいけそうだが、ライトニングの二人は年齢的にも体力が足りない。五分間凌ぎきるのは無理だろう。
 各々の特性、体力、ポジショニングから、ティアナは瞬時に戦略を構築していく。
 それは、今はまだ、彼女自身気づいていない、指揮官特性の片鱗だった。

「準備はいいかな?」
「以後の意思疎通は念話でやるわ。初弾は絶対回避っ、二分以内できめるわよ!」

 ティアナの言葉に、四人が声を上げた。
 それを見て、準備完了と判断。なのはは右手を軽く挙げたかと思うと、その動作が合図とばかりに、一斉に誘導弾が動きを止める。

「それじゃあ、レディー・ゴー!」

 振り下ろした手と、フォーワード陣にシューターが殺到するのは同時だ。
 エリオはキャロを守るように大きく後退。ティアナは廃墟に身を潜め、スバルとレクサは横っ跳びで回避した。
 地面に着弾した誘導弾の砂煙に紛れ、スバルはティアナとのコンビネーションを計る。
 ――幻影形成と、透過魔術。
 スバルが魔力で形成する道、ウイングロードを走り、突撃。同時にティアナがなのはに向け、ビル窓から狙いを定めた。
 それを察知したなのはは、レイジングハートの名を呼ぶ。呼応した魔導士の杖が、飛び回る魔導弾の内、二つに命じて、軌道をスバルとティアナに。
 撃ち抜――

「やるね、ティアナ」

 ――かない。
 当たったスバルとティアナが消滅したのだ。
 ティアナによる幻影魔術。これはあくまで注意を誘うためであり、本命は……上!

「うおおぉぉ!!」

 オプティックハイドで姿を消していたスバルが、展開したままだったウイングロードを使って、拳を振るった。
 それでも動じない。なのはは上空に防御魔術を展開。その打撃を受け止めた。
 そして更にだ。先程当て損ねた二つの魔導弾。それを、スバルへ挟みこむように操作する。
 瞬時に察知できたのは、訓練の賜物だろう。強引に体を仰け反らせ、スバルはローラーブーツから火花を散らしながら、回避した。
 尚も追撃する弾道を、なのはから離れるようにスバルは走る。

『ごめん、しくじった! フォローお願い!』
「世話かかるわね、全くっ」

 アンカーガンを構え、ティアナは魔力を球状に。カートリッジの出力を合わせ、撃ち落とすべくトリガーを引いた。
 だがその瞬間、魔力弾は撃ち出されることなく、その場で霧散してしまう。

不発ミスファイヤ!?」
『ティ、ティアー!!』
 
 密度の高い訓練が、部品を消耗させていたのか。体力の消耗で、集中力を欠いていたのか。
 理由と反省は後で。ティアナは薬莢を取り除くと、すぐさま腰に差してあった二つのカートリッジを――

「って、間に合わないっ?」
『ティアちゃん、任せて!』

 スバルの進路上、魔法陣を展開させ、レクサがハルバートを構えていた。
 目算で距離を確認。同士討ちをせぬよう慎重に、けれどためらわず全力で。
 頭上で戦器を回転させると、魔法陣に叩きつけるよう、振り下ろす!

「シュワルベ・フリーゲン!!」

 三羽の火燕が、空を舞う。
 ヴィータ直伝の誘導型射撃魔法。形を変え、炎で構成された燕が、なのはのシューターを撃ち落とした。
 残った一羽は、そのままなのはに。だが直撃するより早く、桜色の魔力弾に阻まれて爆散する。

「あ、ありがとうディアスさんっ」
「うん。――やっぱり最初の連携案でいこう。エリオ君、キャロちゃん、いけるっ?」
『任せて下さい!』
『が、頑張ります!』
「ティアもいいかな?」
『それしかないでしょ。私の方ももう大丈夫よ、ありがと』

 どういたしまして、と念話ごしに返答し、レクサは左手を掲げた。
 途端、周囲から青い風が渦巻き、彼の体を覆い隠す。
 振り払う動作の元、旋風は四散し、その中から現れるのは……烈風の騎士。

「それじゃあ行くよ、スバルちゃん!」
「おぅ!」



 周囲にシューターを回遊させながら、なのはは相手の出方を待っていた。
 初めてにしては、上手く連携がとれている。チーム戦ながらまだ日が浅いためか、新人達はコンビで動いていることが多い。
 その中でレクサという存在がどのようなファクターとなるか。それが今回一番見てみたかったものだった。
 戦力としては、流石八神家で教えを受けただけはある。聖王騎士の力もあり、魔法のヴァリエーションも豊富だ。
 ――さっきヴィータちゃんの魔法を使ったときは、驚いちゃったけど。
 元の魔力容量を鑑みれば、使えなかった魔法だろう。シスター・シャッハの時もそうだが、彼には知識としてある魔法を、上手に還元して使用できる力がある。
 魔力を持たない、魔法の天才。 

「さて、どうくるかな?」

 遠くから、二つの走る音が聞こえてきた。
 一つはローラーブーツ、一つは跳ぶように地面を駆けている。
 接近するのは、二つの青。スバルとそして、レクサだ。
 視界に映らないのは、隠密魔法であるオプティック・ハイドと、位置特定をさせないよう移動しているためだろう。
 ――きた。

「――これはっ」

 ウイングロードの発動は、先程までと同じ。
 だが、前回と違ったのは、なのはの周りを囲むように、魔力の道が形成された事だ。
 全周囲を囲むように、ウイングロードが球形の檻となる。
 行動の意図を探ろうとした時だ。右から不可視の気配を察知。なのははすぐさま防御に入った。インパクトの影響か、透過されたレクサの姿が現れる。
 シューターで迎撃をと、レイジングハートに指示を送るより尚速く、レクサは離脱。
 ――したかに思えた。

「疾風・怒濤!!」
「な……っ!?」

 周囲を取り囲むウイングロードは、そのままレクサの足場となる。
 距離を離したその瞬間にはもう、レクサの体はなのはの元へ。右手で握った回転剣が、防御壁に衝突していた。 咄嗟に発動した二発のアクセルシューター。なのははそれを撃ち出そうとするが、動きが速い上に、至近距離での連続攻撃がそれを封じた。
 下手にはじき返されれば、反応しきれるか分からない。それにこの機動力。回避しながら攻撃を行う程度、問題としないだろう。
 そこでなのはが投ずる一手は――

「しまっ……!」
「烈風ぅぅぅ!!」

 防御魔法が、弾かれ砕けた。
 そこを好機として、レクサは大きく振りかぶる。青の騎士の中で最も威力の高い、魔力斬撃の《烈風一迅》だ。
 しかしなのはは慌てない。一撃必殺を出されたのではない。出させたのだ・・・・・・
 大振りな術は、威力の分モーションも大きい。モーションが大きいと言うことは、それだけ隙も大きいということ。
 ならこちらがすべき事は、あちらの攻撃が届くより早く、相手を撃ち抜けばいいだけ。
 だからなのはは一発、回避不能であろう魔力弾を生み出した。
 撃てば終わり。そしたらまた、やり直しだ。
 小さなエリオやキャロには申し訳ないが、これも訓練。辛くても頑張ってもらおう。
 そう思い、なのはは魔力弾を放とうとした。
 ……そう。放とうと、しただけで終わった。

「リボルバーァァァ!!」

 失念していたわけではない。ウイングロードが自分を取り囲んでいるというとは、必ず術者がすぐ傍にいるということだ。
 檻が解かれていく。視界が開けてくる。
 ……スバルが、自分に向けて拳を――

「時間差で!?」
「キャノン!!」
「一迅!!」

 別方向から、インパクトをずらしての打撃と斬撃。
 零コンマ数秒の微妙なずれが、なのはの注意を幾分か割いた。
 その隙を狙い、キャロがケリュケイオンに魔力を通す。
 魔術式を編み、術式を形成し、魔法陣を展開。――発動する。

「我が乞うは、疾風の翼。若き槍騎士に、駆け抜ける力を!」
《Boost Up. Acceleration》

 加速強化魔法のアクセラレイションが、エリオのデバイス、《ストラーダ》へ呑み込まれていく。

「ストラーダ!!」
《Explosion!》

 槍頭から、魔力の放出が始まった。

「はああぁぁぁ!!」
「うおおお゛お゛お゛!!」

 レクサとスバルが、更に魔力を注ぎ込む。

「フリード! ブラストフレア!」
「バリアブル・シュート!!」

 畳みかけんとばかりに、フリードとティアナの同時攻撃。
 防御貫通の力を持ったティアナの弾丸が、なのはの防御を抜ける。

「――レイジングハート!」
《All Right. Barrier Burst》

 被弾仕切る前に、なのはは自身が展開していた魔力の盾を、解放。行き場を失った高密度の魔力が、衝撃となって外部への力へと変わる。
 その衝撃で、レクサとスバルが吹き飛ばされ、被弾直前の魔力弾と炎弾がはじけ飛んだ。
 第一の問題である、なのはの硬質な防御はこれで突破。瞬時の再構築は不可能。
 バリアバーストで視界は粉塵に閉ざされた。
 ――今、行ける!!

「エリオ!!」
《Speerangriff》
「届・けええぇぇぇ!!」

 魔力を噴射。キャロのブーストと相まって、エリオの体は初速から一気に加速した。
 それはまるでロケットのように。ストラーダはその穂先を対象に突き貫くべく、一直線に飛ぶ。 
 煙のはれた先には、なのはの姿が――


Ψ  Ψ  Ψ


《Congratulation》
「みんな、お疲れ様」

 ドロと汗にまみれ、かろうじて立っている新人にそう告げて、なのははバリアジャケットを解除する。
 結果としては、エリオの一撃は見事命中。隙を突いての攻撃は、なのはのフィールドを貫通し、僅かばかりのダメージを与えていた。

「五人チームでの最初の模擬戦にしては…ううん、最初なのに、みんな凄くよく動けてた。正直驚いたよ」
「あ…ありがとうございます」
「レクサ君も、ポジションの役割をしっかりこなしてたし、このまましばらくはGWでいってもらおうかな?」
「りょ……了解です……」

 その後、軽いクールダウンをして、全員武装を解除。午前の勤務前にシャワーと食事を取るため、隊舎に向けて歩き出す。
 なのはの話題は、今日の訓練からスバルとティアナのデバイスへ。
 今日の模擬戦でネックとなったのは、スバルの動きがいつもより鈍かったのと、ティアナの魔力弾の不発だ。
 その二つがなければ、もう少し訓練の結果も変わっていたかもしれない。

「スバルのローラーブーツ、煙が出てたけど大丈夫?」
「あ、あははは……。以前に比べて訓練の密度が濃くなったんで、整備だけじゃそろそろ……」
「ティアナのアンカーガンも?」
「はい。騙し騙しやってはいるんですけど……私のデバイス、元々自作ですし」
「そっかぁ……」

 口元に手を当て、何事か呟いているなのはを置いて、話はレクサに飛ぶ。

「にしても、あんた無茶苦茶ね。高速機動型とマルチアタッカーを使い分けるなんて」
「聖王騎士自体に、使い分ける能力はないんだけどね。俺は偶々八神家のみんなに色々教わってたから、形だけは何とかなってるだけで」
「形だけだなんて…。僕から見ても、十分凄かったと思いますけど……」
「ううん、見かけ倒しだよ」

 レクサが教わったのは、「あらゆる状況において、あらゆる手段を用いて“対処する”能力」である。だから武器は使うことができるし、魔法のヴァリエーションも、それなりに多い。
 だがそれは、「“対象を撃破する”能力」ではない。
 
「俺は【聖王騎士】の力を使って、技量を誤魔化してるだけ。同じタイプの相手に当たったら、まず負けると思う」
「じゃあじゃあ、私と勝負したら?」
「スバルちゃんは……青の騎士でも厳しいかなぁ。俺の機動力にも対応できそうだし、威力ならそっちが上だしね」

 そうかなあ、などと言いつつも、顔が綻んでいるのをレクサは見逃さなかった。どうやらこの娘は、相当負けず嫌いらしい。
 ――実際、今いる新人達と戦って、レクサが確実に勝てるのは、龍召喚なしのキャロだけだろう。
 エリオで勝率が七割程度、ティアナには負ける確率の方が高いかもしれない。
 そこはなのはも気づいていたので、今後は足りない技術を一つずつ、底上げしていくつもりだ。
 そこまで話が進んだところで、隊舎の前に着いた。なのはの前に五人が整列すると、一つ頷いて指示を出す。 
「それじゃあ、一旦解散して各自急速と食事を。定時からデスクワーク開始だよ」
「はい!」
「レクサ君は、今日は隊舎の案内ね。リインちゃんが連れて行ってくれるはずだから」
「分かりました」

 それじゃあ解散! と最後に告げて、メンバーはとりあえず汚れを落としにシャワールーム。なのはは一度分かれることになった。



→Side G

「それにしても驚いたー。ティアに幼なじみがいたなんて」
「幼なじみって言っても、一緒にいたのは私が九才ぐらいまでだったし、それから連絡も取らなかったしね」
「何でですか?」 

 その質問に、少し複雑な笑みを浮かべる。その表情で、キャロはあまりいい理由でないことに気づいた。
 この笑みは、嬉しいとか、楽しいとか、そういう気持ちから出てくるのではない。
 ――辛いことを、少しでも和らげるための対処法だ。

「あいつのお母さん、身体弱くてさ。そのころは特に調子が悪くて……少しでも環境が良いところにって、ベルカ自治領の方に引っ越したのよ」
「でも、それなら連絡先ぐらい……」
「……死んだの。それからすぐ。あいつ、父親も小さい頃亡くしてたし、身寄りがなかったんでしょうね。施設に預けられたってのは聞いたけど、場所までは分からなかったんだ」

 ――死。その言葉に、ティアナの両脇にいた、二人が動きを止めた。シャワーから流れ続ける、温かな水の音だけが静かに響く。
 スバルは、幼い頃母親を亡くした。だから、失う痛みを知っている。
 キャロは、見に宿した力故に、一族を追われることになった。だから、孤独とは何かを知っている。
 けれど、何もかも無くした気持ちは、分からない。

「……まあ、それで再会したときには、あんな風に昔通りだったから。私も拍子抜けしちゃったのよ」

 そう言って、ティアナは苦笑。これは、重くなった空気を、少しでも和らげるためだ。
 本当に、昔のまま。いや、かつてはもっと泣き虫だったくせに、今ではそんな素振りも見せない。
 あの人を思い出す笑みだった。誰よりも優しくて、誰よりも憧れた、あいつのお母さんのような。
 そう、まるで儚く咲く、白百合のような人。

「このまま、一生会えないだろうって、そう思ってたのに……」

 喧嘩が嫌いで、傷つけるのが嫌いで。
 弱虫で泣き虫で、年上のくせに、自分の後ろをついて回っていた少年。
 争いに身を投じるこの世界で、再会するなんて思ってもいなかった。

「……なんで、こんなとこに来ちゃったのよ。あんたは……」
 
 水が床を打つ音だけが、静かに響き渡る。



→Side B

「皆さん、遅いですね……」
「女は準備がかかるものだって、シャッハさんも言ってたよ」

 隊舎ロビーのソファに座り、エリオとレクサは隣り合って座っていた。
 フリードは、レクサの肩に乗っている。
 
「でもビックリしました。ティアさんとレクサさんが幼なじみだったなんて」
「俺も驚いた。昔からお兄ちゃんと一緒に執務官になるんだって言ってたから、管理局にいるのかな、ぐらいは思ってたけど」

 玩具の銃を持ったティアナが「ゆーしゅーなしつむかん」で、自分はそれに引っ張り回されていた記憶が思い出される。
 ――あの頃より、大分大人びたな。
 七年も経てば当然かと、そこでレクサは苦笑を漏らした。手にした武器と、強気な姿勢は、あの頃と何一つ変わっていなかったけれど。

「お二人は、連絡とか取り合っていなかったんですか?」
「うーん……昔俺が引っ越して、その後ちょっとバタバタしてさ。ようやく落ち着いたころに連絡とろうとしたら、ティアちゃ――ティアの家、変わってたみたいで」
「そうなん……ですか……」
「そのまますれ違いで、どこにいるかも分からなくて。再会できたのは、奇跡だよなあ……」

 自分が【聖王騎士】にならなければ、きっと出会うこともなかっただろう。
 それこそ奇跡なんて言葉を使うぐらいの再会で、それだけに相当驚いた。 
 ティーダお兄さんは元気だろうか。それも、時間があったとき聞けたらいいのだが。

「あ、来たみたいですね」
「俺もうお腹ペコペコだ」
「僕もです」

 そろって笑うと、二人は女性陣に向けてゆっくりと歩き出した。



→to B part...

-Powered by HTML DWARF-