●機動六課・隊舎内 09:00 a.m.

「というわけで、ここからは私が六課を案内するですよー」

 食事と休息の後、レクサは事務作業へ移ったフォーワードメンバーと別れ、隊舎ロビーに来ていた。
 正面に浮かんでいるのは、陸士服姿のリインフォース。今回のナビゲーターである。

「案内と一緒に、六課のスタッフにも紹介していきますからね。ちゃんと挨拶しなきゃ駄目ですよ?」
「分かってるって、子どもじゃないんだし。それじゃあ、お願いします、リインちゃん」
「曹長ですよー! リ・イ・ン・曹長! 職場では一応上司なんですからねっ」

 腕を組んでむくれる上司に平謝りをして、レクサ達は移動を開始した。
 リインは途中で彼の右肩に腰掛け、方向を指示する。
 上下運動で酔ったりしないのだろうか、などとレクサがつまらないことを考えていると、リインが口を開いた。

「とはいえ、細かい所は追々説明していきますので、今回は必要最低限の場所だけですね」
「うん。分からなかったら、また課内の誰かに聞くから」

 彼女にも仕事があるだろうし、長時間の拘束は良くないだろう。レクサはそう判断し、リインの言葉に承諾。
 リインの指示の元、曲がり角を左に曲がる。

「お願いします。では、最初は――」


1.隊長室

「ですー」
「おっ。リインとデート中か、レクサ」
「なぁ! ち、違いますよー!」
「そうなんですよ、課内デートになっちゃいますけど」
「レ、レクサ君も悪ノリしないで下さいー!」

 真っ赤になって怒るリインに、「ごめんごめん」と手を上下に振るのが、機動六課部隊長の八神はやてだ。
 上着を着て、鞄を持とうとしているので、レクサは疑問を素直に投げかけた。 

「どこか、いくんですか?」
「ん。ちょっちカリムに呼び出されてなー。フェイトちゃんに送ってもらって、聖王教会や」
「カリムが……?」
「まあ、レリック絡みなんは間違いないやろうな。なんか伝言あるか?」
「特に――あ、いや。ちゃんとやってるから、心配しないでって言っておいて下さい」
「了解や」

 ウインクすると、リインの頭を人差し指で撫でて、はやては隊長室から出て行った。
 残ったのは、机と椅子と少年少女だけ。場所も分かったことだし、これ以上いても意味はないだろう。

「それじゃあ、次行こうか。……リインちゃん?」
「ど、どうせデートするなら、もっと雰囲気のあるレストランとかがリインは――」
「……えっと、小さい声じゃ、何言ってるのか分からないんだけど?」
「いえええ! ななな何もないですよ! 次行きましょう、次!」


2.デバイス調整室

「ここはあまり、レクサ君に関係ないかもですが、【聖王騎士】の調査は、ここでやってます」
「へー。あれ、このデバイ――」
「そして、ここの主は私ってわけ」
「っとぉ! び、ビックリしたー!」

 レクサが机に置かれたペンダントに触れようとしたときだ。背後からの声に思わず身をすくませ、回れ右して後ずさり。
 すると目の前には、眼鏡をかけた長髪の女性が立っていた。
 ――け、気配をまるで感じなかった。
 存在感が希薄だとか、そういうわけではない。あの感覚は、意図して気配を絶っていたものだ。
 それができるこの人って……

「ロングアーチ通信主任、兼メカニックデザイナーの、シャリオ・フィニーノ一等陸士でーす。シャーリーって呼んでね?」
「あ、はい。どうも……レクサ・L・ディアスです」

 満面の笑みで右手を差し出してきたので、レクサはそれを取って握手を交わした。
 ……ブンブン振り回さないで下さい。痛いから。

「君の戦器も、そのうち見せてね。あのギミックはちょっと面白そうだから」
「面白そう?」
「複数のパーツを全部入れ替えるんじゃなくて、一部を利用して変形させてるでしょ? あれ、他のデバイスのモードチェンジとかに応用できそうだから。ねっ、お願い!」
「――はい。俺の力が必要なら、喜んで」

 ありがとー、と再び掴んだ手を振り回す。それにレクサは苦笑した。
 少し変わっているけれど、確実にこの人は……いい人だ。


3.管制室

「ここも直接関係はないですねー。でもでも、戦闘の際にはサポートしてくれるので、キチンと挨拶しておきましょう」
「と、いうわけで、グリフィス・ロウランだ。ここでは、八神部隊長の補佐をやらせてもらっている」
「聖王教会所属・遺跡研究員及び教会騎士の、レクサです」

 眼鏡をかけた、理知的な印象をもった男性。それがレクサの第一印象。
 シャーリーとは幼なじみな彼は、はやてが部隊周りの多い今の時期、機動六課を統率している要でもある。
 そして、その隣にいたルキノとも握手を交わし、レクサの視線は室内へ。
 巨大なモニターと、沢山の計器が整然と並べられている。

「今はまだ、出動とかはないですけど、もしその時がきたら、私たちがサポートします。頑張って下さいね」
「はい! お願いします!」

 レクサの元気な返事に、言った側のルキノが驚いてしまった。
 そのまま二言三言話し、リインと共に次の場所へ。
 ドアが閉まったあと、ルキノはグリフィスに向けて言う。

「あれが、聖王騎士の子なんですね……」
「ああ。あんな事にならなければ、ここに来ることもなかったろうに」
「……良い子ですよね」
「――本当に。こんな所に、いて欲しくないぐらいにね」


4.医務室

「おそーいレクサ君! シャマル先生、ずっと待ってたのよ!」
「あ、あははは……。ごめんなさい」

 その割に、机に煎餅やら急須やらが置いてあるのは気のせいか。
 レクサもリインも思ったが、そこは空気を読んで言わないでおいた。順番を後に回したこちらも悪い。

「あなたの身体検査は定期的にやるから、ここにはしょっちゅう来てもらうからね。ちゃんと場所は覚えた?」
「まあ、あんな立て看板を置かれれば誰でも……」
「ん?」
「いえ、何でもないデス」

 行く道で見かけた「医務室はこちら☆」の看板を、レクサは見なかったことにした。都合の悪い記憶を、ねじ曲げたり忘れたりできるのは、人間のある意味長所だと思う。
 ――誰も来なくて、よっぽど一人で暇なんですね。シャマル先生。
 定期検査がなくとも、時々顔を出そうと、レクサは心の中で決心した。

「で、早速前回の検査結果」
「烈風の騎士に変わった後にやった結果です?」
「ええ。レリックやあなたの身体自体には、あまり変化は見られなかった。でも、ちょっと面白いのよ」

 シャマルはそう言って、モニターに二つの映像を映した。
 一つは赤い魔力回路が身体を巡っている物。そしてもう一つは――

「青い、魔力回路……?」
「これは烈風の騎士に変身したときのね。基本魔導師は一つの魔力色しか持たないわ。融合状態でもそれは同じ、マイスター側の魔力色が尊重される。」
「でも、俺の場合は違うってことですよね?」

 シャマルの返答は、肯定。
 魔力の色は、その術者本人の魔術的特性とも言い換えることができる。
 使用する魔法の種類や、得手不得手。そう言った物を構成する、一要素なのだ。

「つまり色が変わるってことは、魔術的特性そのものを大きく変質させてるってこと。基本速度や、使用する魔法の威力、速度、範囲が変わってしまうのも、これのせいね」
「それって良くないことなんですか、シャマルちゃん?」
「言うなら、サポートの私が、いきなりシグナム並の戦闘能力を得るようなもの。そんな急激な変化が、身体に良いはずがない」

 だから、と最初とは打って変り、真剣な表情でシャマルはレクサを見た。
 それに応じて、レクサの方も身構える。

「変身は、あまり頻繁に行わないこと。目安は三回。相手の能力をしっかり把握して、よく考えてからやってちょうだい」
「――分かりました」
「うん。良い返事」

 そう言ってレクサの頭を撫でると、シャマルは微笑んだ。
 レクサは、自分たちにとって家族のようなもの。そんな彼が苦しんだり、辛い思いをするのは、何としてでも妨げなければならない。
 だから今は、厳しく。それがきっと、彼にとって一番いい筈だから。

「そういえば、この前言ってたクッキー食べる? まだ取ってあるんだけど」
「……シャマルちゃん」

 最後の最後で残念だった。


Ψ  Ψ  Ψ


「なんやシャマルが、私のおらんとこでボケとる気が……!」
「どうしたの、はやて?」
「いや、気にせんとって。虫の知らせみたいなもんやから」
「???」

 聖王教会、カリムの私室。シャッハに退室してもらったそこは、はやてとカリムの二人だけになっていた。

「それにしても、あの一角だけ異様な空気出してんなあ……」

 レクサのお土産コーナーを見て、はやては頬を引きつらせる。
 周囲の調度品と全くもってマッチしない、混沌の極みのような品々が、ところ狭しと並べてある。仮にこの部屋を撮るとしたら、あそこだけは修正して、消しておかねばならないだろう。
 流石のカリムもそれは分かっているので、苦笑するしかなかった。

「そういえば、レクサはどうしてる? 途中からの派遣だから、みんなに距離を置かれてたりしないかしら? いじめ……は流石にはやての部隊だから無いと思うけど……。ちゃんとご飯食べてる? それから――」
「お母さんか……。あの子なら平気やって。今日も『ちゃんとやってるから、心配しないで』ゆーといて言われたから」
「そ、そう? ならちょっと安心」

 ちょっとなんかい、とツッこもうとして、はやては止めておく。
 過保護にも程があるが、レクサとカリムの関係は、出会った頃からこんな感じだ。カリムとしては、無茶ばかりするレクサの事が心配で心配で、とてもじゃないが完全に安心できないのだろう。
 ――まあ、分からんでもないし。
 可愛い子には旅をさせろとは言うが、カリムにはまず無理だろう。はやてはそう思った。現在の状態は、旅をさせてるのではなく、勝手に旅立たれて渋々了承している感じだし。

「レクサはまあ、置いといて……今日はどないしたん?」
「私としては、二番目に大事な用事なのに……」
「え・え・か・らっ」

 渋々の体でカリムは話を切り、モニターを展開した。
 そこに映し出されていた物は――

「ガジェット……新型か?」
「空を飛ぶU型と、三メートル弱はあるV型。先日教会騎士が確認した物よ」

 全翼機のようなフォルムをした航空型。そして、球状の地上戦専用機であろう大型。
 六課にとって、二つの新しい敵戦力だ。

「特にV型はAMFの出力も範囲も、前のシリーズを上回ってる。これが導入されたってことは……」
「……そろそろ、本格的に動き出すってことやね。敵も、この事件も」

 肯定の意味を込めて、カリムは頷いた。
 自分が有する固有技能、【預言者の著書】。それが導き出した、最悪の事態。もしも現実になろう物なら、この世界全てに影響を及ぼすことになる。
 それを未然に防ぐのが、はやての部隊。最悪を最強で叩き潰すために、生み出された機動六課だ。

「早いな……思っとったより、ずっと」
「わざわざ呼び出したのは、そのため。最悪の結果を回避するためにも、一つだって対処を間違えられないもの……」

 一瞬の間。カリムは、はやての言葉を待つ。
 だが、返答の代わりに起こした行動は、モニターを全て閉じることだった。

「はや…て……?」
「大丈夫! って、確実に言えるわけないけどな。でも、何とかしてみせる」

 右手を握り締め、胸を叩いて、はやては続ける。
 それは決意で、約束で、確信だ。

「敵が来るなら、叩きのめす! 邪魔する相手は、吹き飛ばす! 私が無茶したんも、私らが集まったんも、全部そのためや」
「……そう、ね。そうよね」
「気い張りすぎやでカリム。レクサの心配しとる場合やないよ?」

 ならば後は、安らかなひとときを。
 何でもない日常を、嵐の前に少しだけ。 

「そういえば、アレは届いた?」
「うん、今日の朝一に来たから、今頃レクサと対面しとんのとちゃうかな?」


Ψ  Ψ  Ψ


4.整備場

「ここで最後?」
「はいです。デスクは戻り際に教えますから、案内はここまでですね」

 六課隊舎に隣接した施設。それが整備場だ。ヘリや移動車両が置かれており、それに向き合った作業着姿の男達が、各々の作業を行っている。
 リインが向かう先には、三人の男女が集まっていた。
 こちらの気配を察したのか、背中を見せていた長身の男が、視線をこちらへ移す。

「おはようございます、リイン曹長。今日は彼氏連れっすか?」
「ヴァイス陸曹は、はやて部隊長に頼んで減給してもらいましょう。期限は一年で」
「す、すいませんでしたぁ!」

 笑顔のリインに、即土下座。ある意味清々しい程の対応ではある。
 ――それにしても、そんなにイヤかなあ。
 レクサとしては、心中複雑だった。

「ごめんね騒がしくて。私はアルト・クラエッタ。通信士兼整備員ね」
「よろしくお願いします」
「んで、あそこで平身低頭してるのが、ヴァイス・グランセニック陸曹」
「なははは。初っぱなから格好悪いとこ見せちまったなあ。ヘリパイロットのヴァイスだ。よろしくな、少年!」

 何とか給料カットを免れたらしいヴァイスと、レクサはがっちり握手。
 そして、最後の女性に目を向けると、何故だか帽子を深くかむり、アルトの後ろに隠れてしまった。

「ほらエリス、あんたが一番関わる可能性高いんだから、恥ずかしがらずに挨拶しなきゃ」
「あ、あわわわっ」

 引っ張り出され、レクサの正面に出ると、少女は慌てて帽子を外す。
 それと同時に、中に入れていた長い銀の髪が、外気に晒された。垂れ下がった目尻に、不安げな表情。整備士とはとても思えない、儚い印象をレクサは受ける。

「あの…えと……、エリシオ・オデッセイ、です。よ、よろしくお願いします」
「うん。こちらこそ、よろしく」

 こちらが差し出した手を、恐る恐る握る姿に、思わず苦笑してしまった。
 人見知り、なのだろう。現に、こちらと視線が全く合っていない。

「こいつは二輪車の整備なら、ここで一番の人間でな。任しておきゃあまず間違いねえ」
「ヴァ、ヴァイス陸曹……そ、そんなことは……」
「後、この娘は整備班のアイドル兼マスコットだからね。フラグを立てようものなら、ここの人全員敵に回しちゃうよ?」
「ア、アルトちゃん……っ」 

 顔を赤らめて慌てる様子に、マスコットというよりむしろイジられキャラではないかと、レクサは思った。言ったらまた、エリシオが可哀想なことになるだろうと、口にはしなかったが。
 助け船代わりに話題転換。レクサは先程の会話で気になった所を質問することにする。

「でも、バイク専門のエリシオちゃんが、なんで俺と関わる機会が多いんです?」
「あれ? 八神部隊長から聞いてなかった?」
「……今日聞いたのは、聖王教会に行くことぐらいですけど」

 そう告げると、アルトは「サプライズなのかな……」と一人ごちた。よく見ると、リインも隠し事でもしているのか、楽しそうな表情を浮かべている。
 レクサは四人につれられて、整備場の一角に案内された。
 そこには、シートを被せられた何かがある。

「まさか――」
「そう。てなわけで、ご開帳ー!」

 アルトが思い切りシートをはがすと、そこには一台のバイクが隠されていた。
 銀と黒のカラーリングが施された、オフロードバイク。流線型のフォルムが光に反射し、輝いてさえ見える。

「うおおぉぉ!? す、凄い!」
「LDCS-74β【イクシオン】。型こそ旧型ですけど、これはそのプロトタイプ。エンジン性能も走破性も、他の部隊で支給されている物と遜色ない能力を持ってます。それに最高速度こそ新型が上ですが、加速性能やトルクはこちらの方が断然上です」
「うおおぉぉ!? エリシオちゃんが急に饒舌に!?」
「この娘、バイクの話になるとこうなのよ」

 両手を広げて溜息をつくアルトに、エリシオが正気に戻り赤面した。
 それに苦笑しつつ、レクサはタンクを軽く撫で、グリップを握る。ローンで買ったバイクがお陀仏になったために、喜びは相当なものだ。
 しかし、レクサはここで疑問を浮かべる。
 そう。一体誰が、これを?

「派遣扱いの俺に、六課が資金出すはずないし……」
「因みに、資金協力は聖王教会の教会騎士だ。心当たりは?」
「……! カリムか!」

 あの人なら、自分がバイクを駄目にしたのを知っている。
 確か一刻ほど凹んで愚痴ってしていたので、まず間違いないだろう。
 ――シャッハさんは、バイク乗るの反対してたしなあ。
 曰く、二輪のタイヤで走る物が、あんな速度を出して安全なわけがないらしい。
 それはそうかもしれないが、個人での移動手段としてはこちらの方が便利で、車では行けないところも簡単に攻略できる。各地を飛び回るレクサとしては、バイクは貴重な移動手段なのだ。

「最高の状態で、できる限り頑張りなさいって、そう言っておいてくれってな」
「……そうですか」

 ありがたいと、そう思う。事件のことで頭が一杯なはずのに、カリムは自分のことを思って、これを送ってくれたのだ。
 ――心配するななんて、無理だよな。
 誰よりも自分を案じてくれて、助けてくれて、一緒にいてくれた人だ。自分の人生の半分は、あの人のおかげで成り立っていると言っても過言ではない。
 だから、応えよう。せめてもう一つの心配事を、消し去ってあげることで。

「でも、俺だけこんな物もらって、悪い気がするなあ……」
「その点は心配ありません。新人達みんなにも、今頃新しいデバイスが渡されてるはずですよ?」
「――もしかして、シャーリーさんのところにあった?」
「はいです」

 やはり先程見た四つの魔導器は、フォーワード陣の物だったのかと、レクサは得心する。
 なら午後からの訓練は、新規デバイスの調整だろうか。

「ならちょっと安心。それじゃあ――」

 次の言葉は、警戒音でかき消された。
 突如鳴り響くそれと、明滅する赤いランプ。周囲の画面には「警戒態勢」を意味する文字が表示され、途端に場の空気が張りつめる。

「こりゃあ、出動か!?」
「わ、私管制室に戻ります!」

 ヴァイスは腰に巻いていたジャケットを羽織り、アルトはそう告げると駆けだした。
 レクサも表情を変え、すぐ傍に置かれたイクシオンに跨る。

「あ、ディアスさん。調整がまだ……」
「動かすのは大丈夫でしょ?」
「も、もちろんですっ。後はディアスさんに乗ってもらって、最終調整するだけでしたから」
「なら、問題なし。六課一の整備士が太鼓判押してくれてるんだもの」

 エンジンをかけ、ハンドルのモニターを起動。レクサは判断を仰ぐべく管制室への通信回線を開いた。

「リインはフォーワードと合流します。位置によってレクサ君は、そのままイクシオンで!」
「分かった。リインちゃんも気を付けて!」

 もちろんです、と言って、リインは飛んでいった。丁度そのタイミングで、通信がつながる。
 だが、それは管制室とは違った。
 背景はよく見る聖王教会の一室。カリムの部屋にいる、はやての姿だ。

『レクサ! 聞こえとんな!?』
「はやてさん!」
『廃棄都市区画にて、レリックと思われるロストロギアの反応があった。フォーワードはヘリで移動。あんたは――』
「出発の準備と距離を考えたら、バイクの方が早い。だから先に行け、ですね?」
『話が早くて助かる!』

 後部座席に置かれたヘルメットを被ると、レクサは間を置かずエンジンを吹かせる。
 各部も異常なし。やはりエリシオの言うとおり、整備の方は完璧のようだ。

「はやてさん、カリムいますかっ?」
『なんやどうした?』
『――ど、どうしたのレクサ? やっぱり色が気に入らなかった? それともデザインが――』
「ありがとう。いってきます!」
『……うん。いってらっしゃい』

 後輪を滑らせてUターンすると、レクサを乗せたバイクは一気に加速。ウイリー気味の急発進を開始した。
 流石管理局支給のモデルだ。市販されている物とは性能が一目瞭然。逆にそれに慣れる方が、大変かもしれない。
 加速度が高い。動き出したばかりだというのに、もうかなりのスピードに達している。
 これなら、場所によってはヘリで移動するより遙かに早い。
 モニターには、レリックであろう反応を表示したポイントが、点滅している。
 それを確認すると、レクサは更にアクセルを捻った。


●廃棄都市区画 14:37 p.m.

「や、やっぱ止めときましょうよ兄貴……」
「今更なにビビってやがんだ! ここまできたら後戻りなんて出来ねえよ!」

 足にブーツタイプのデバイスを装着した、二人の男。それが廃墟を縫うようにして移動したいた。
 片方の男の腕には、金属製のケースが抱えられている。

「第一、こんな訳分からねえもん運ぶだけで、大金が手に入るんだぜ? 乗らなきゃ損だろうがっ」
「訳分からないから怖いんじゃないですか……。もし爆弾だったらどうするんです?」
「そんときゃあ……そん時だよ」

 それに、と男は笑って懐からメモリースティックのような物を取り出した。
 全体は青く、端には金色の一つ目のような、装飾が施された物だ。

「いざとなったら“これ”がある」

 相棒にしてみれば、それが余計に怖いのだ。
 自分たちの前に現れた、水色の髪をした女性。それが渡した、ケースと“あれ”。
 どう考えたって、まともな相手じゃない。小さな盗みしかやってこなかった自分たちにとって、見えない巨大な影は、どう考えても恐怖の対象でしかない。
 そんな相手の気も知らず、男は高揚した様子でまくし立てる。

「問題ねえ関係ねえ! 管理局だろうが何だろうが、こいつでイチコロよ!」
「――へえ。じゃあ、イチコロにしてもらいましょうか?」

 正面からの声に、男達は足を止めた。
 そこには橙色の髪を二つに結わえ、銃を携えた少女が立っている。
 それみたことかと、相棒は引き受けたことをすぐさま後悔。
 誰だかは分からないが、何であるかはすぐに分かる。 
 ――時空管理局だ。

「機動六課、ティアナ・ランスターです。今すぐ所持しているケースを渡し、投降しなさい。さもないと――」
「逃げるぞ走れ!!」
「力ずくで、拘束するわ。スバル、レクサ!」

 左右に散った男達を見、ティアナは二人の名を呼んだ。
 逃走者のデバイスは高速移動型。ならそれを追うのに最適なのは、閉所や障害物が得意なスバルと、こうした相手を追走するのに生み出された、イクシオンを駆るレクサしかいない!

「止ま――!」
「――れえぇぇ!」

 常人では考えられない速度で逃げる男達を、更に上回る速度で二人が追い立てる。
 スバルはトップスピードもさることながら、コーナーで廃墟の壁を滑りながら移動するので、速度を落とさず追撃できる。
 レクサもビル内に逃げ込み上を目指す男を、バイクに跨ったまま追う。それもスバルと同じように、コーナーで壁を走りながらだ。
 そして、逃走する先には、すでにエリオとティアナが先行して待ち伏せしている。
 典型的な挟み撃ち。ものの数分で詰みが見えた。

『だから止めとこうって言ったんですよ!』
「うっせえ黙れ! 今からアレ呼んで叩き潰す。そんで逃げ切れれば俺たちの勝ちだ!」

 念話で情けない声をだす弟分を叱咤し、男は先程手にしていたメモリースティックのボタンを押した。
 途端、轟音。
 それにはティアナも反応し、すぐさま周囲を探る。
 そして左を見た瞬間だ。朽ちた背の低いビルが、突如倒壊を始めた。老朽化なんて物じゃない。これは、内側からの影響。
 ……中から、その力の正体が、現れる。 

「なに……あれ……?」
『ティアちゃんっ。今の衝撃は一体!?』
「工業用アーマー……じゃない!」

 建設用に使われる、二本のアームとキャタピラを持った機械。それが中から姿を現したのだ。
 だが、それだけならティアナは驚きはしない。
 操縦席の下には、訓練で見慣れた金のモノアイ。色彩は青を基調とし、魔術構築を阻害する、特有の波動を発生させている。

「AMFってことは、あれもガジェットなの!?」
「権力の犬っころが! こいつでまとめて潰してやらあ!!」

 ビルから男が、大型ガジェットに乗り込んだ。


Ψ  Ψ  Ψ


「大丈夫かな、みんな……」

 バリアジャケットとしての民族衣装を身に纏い、キャロはフリードにそう言った。白銀の龍も心配そうな表情で、鳴いている。
 新規デバイスは、まだ手元にない。いきなり新規デバイスを導入させるのは危険だと、なのはが言ったからだ。
 そのなのはと、報告を受けたフェイトは、今空のガジェット群と戦闘を行っている。
 キャロは後方待機。それはティアナの配慮で、サポートが必要になるまでここで待つことになっている。

「……大丈夫、大丈夫……。できる。今までずっと、頑張ってきたんだから……」

 呪文のように呟いていた、その時だった。
 崩壊音と、拡声器越しに響き渡る、男の怒号。顔を上げると数十メートル先には、体長五メートルはあろう、巨大なガジェットが佇んでいた。
 男の声は、その中から聞こえてきている。
 
《潰れろクソガキがぁぁぁ!!》

 男が言うと、人を模した腕が上がり、地面へ叩きつけられる。あそこには間違いなく、エリオやスバル。ティアナにレクサがいるはずだ。
 ――人が、敵。
 手が震える。呼吸のテンポが速くなる。恐れが表面に浮き出てくる。
 それでも、行かなければ。大事な人たちが、このままでは危険にさらされる。
 一歩、踏み出す足がとてつもなく重い。鎖にでも繋がれたように、キャロは身動きができなかった。
 そして同時に、頭をよぎる言葉がある。

 ドウシテ私ハ、ココニイルノ――?

「いや。駄目。そんな事――!」

 思っちゃいけない。考えちゃいけない。
 自分はここに連れてこられたんじゃない。自分の意志で、ここにいるのだ。
 昔のような、自分とは違う。自分で選んで、ここにいるのだ。
 だから……? だけど……?

『キャロ! 返事しなさい!!』

 念話での声で、キャロは我に返った。
 何をしていたんだ。考えていたんだ。
 ここはもう、戦場だというのに……!

『ごめん、こいつ手強いのっ。AMFの威力も範囲もでかくて、近くじゃろくに魔力も練れない』
「分かりましたっ。行くよフリード!」

 傍らの相棒にそう告げると、キャロはティアナと合流すべく走り出した。
 当惑は、この戦いが終わった後でも十分できる。
 だから今は、自分にできることを。



《がああぁぁぁ!!》
「しまっ――」

 暴走とも言える動きで、男がアームを動かしティアナへ突っ込む。
 接近しすぎた。魔法は発動せず、無手と言ってもいい状態。回避不能の体制。
 だが直撃する手前で、ティアナの視界は急にぶれた。
 気づくと体は誰かに抱えられ、アーマーの真後ろに建っていたビル屋上に移動している。

「レ…レクサ!?」
「大丈夫? スバルちゃん、エリオ君!」
『こっちも大丈夫! 助かったよディアスさん」
『こちらも無事です。でも、隊長達は空戦で手が回らないみたいで……』
「俺たちで何とかしよう。見た目はでかいけど、動きは大雑把だし読みやすい」

 両手で抱きかかえたティアナをゆっくりと下ろした。
 そして回転剣を顕現させると、アーマーへ穂先を向けるよう構えを取る。

「ティアは、もう一人を確保を。アレは俺とエリオ君でどうにかしてみる」
「わ、分かった。スバル行くわよ!」

 応! と返答を確認し、ティアナはケースを持った男の追撃を開始した。
 去り際、一言だけレクサに告げる。

「無理は、駄目だからね」
「……任せといて」

 身に纏うは戦意。そんな後ろ姿に、ティアは少しだけ、胸が苦しくなった。
 けれど、今はそんな場合ではない。援護が遅れる以上、最悪の事態だけは回避しなければならないのだ。
 昔と違う空気を持ったそんな幼なじみに、身につまされる思いを感じながら、ティアナは一歩踏み出した。

「――さて、どうしようか」
『力負けするのは確実ですよね』
「片方が攪乱して、その隙に操縦席の男を確保、しかないかな」

 直線スピードならエリオの方が鋭いが、逃走と回避を考えれば、囮は自分が適任か。レクサは思考し結論を下す。
 強力なAMFが周囲一体を包んでいる以上、まともにやり合えば勝敗は明白。被害のことも考えれば、早期決着が望ましい。
 自分が前に出て、エリオとキャロを合流させる。そして加速強化したエリオとストラーダで、男を捕獲できれば御の字だ。

「よしっ、エリオ君はキャロちゃんと先に合流して。それまで俺があいつを引きつけてみる!」
『む、無茶ですよ、あんな大きな相手に単騎でなんて!』
「大丈夫! 大イノシシに襲われたこともあるし、逃げるだけなら何時間でもいける!」

 言うや否や、レクサは屋上から飛び降りた。ビル壁面を叩くように跳躍し、アーマーに乗り込んだ男の前へ。
 挑発の為に一発、風でできた槍を撃ち出す。
 威力は炎の騎士より大分低い。その魔法もAMFに弱体化させられ、着弾しても引っ掻いたような傷が残るだけだった。
 だが、今はそれで十分。これで相手の注意はこちらにむいた。

「さあ、やろうか!」
《舐めくさってんじゃねえぞ! 終われやぁ!!》

 もう止められない。エリオは加速魔法を使い、キャロのいる方角へ走りだした。
 ビルを稲妻のように駆け下り、地上へ。既にこちらへ向かっていたキャロと、すぐに合流する。

「キャロ、加速魔法をお願いっ。このままだとレクサさんが!」
「わ、分かった」

 念話で様子を聞いていたキャロも、すぐさま魔法の構築に入る。
 ――だが、魔法が、発動しない。

「キャロ!?」
「待って…違う、違うの! いつもならもっと、すぐできるのに……!」

 キャロの様子がおかしいことに、エリオは気づいた。
 ――呼吸が荒い、手足も震えてる。
 AMF環境下では、意識を集中して魔力を練り込まなければ、魔術の発動は叶わない。それも焦るばかりで、構築しきる前に消滅させられている。

「キャロ、落ち着いて。訓練通りにやれば――」
「やってるの! ちゃんと、私、でも、頑張らなきゃ、やらなきゃ、そうしなきゃ――」

 また自分の居場所が、無くなってしまう。

《何してんだコソコソとぉ!?》

 殺意が、こちらに向いた。発動しては消滅する魔法陣に、男が気づいたのだ。
 隣にいるエリオの声が、何故か遠い。
 念話越しに伝わる誰かの声が、とても遠い。

 ――何かが切れる、音がした。

「いやああぁぁぁ!!」


Ψ  Ψ  Ψ


「ごめん遅れた! グリフィス君、状況は!?」
「八神部隊長! スターズ01、ライトニング01は、共に空戦型ガジェットと戦闘中。スターズ03、04は逃走した男を追撃しています。ライトニングとレクサ君は――」
「な、何あれ!?」

 グリフィスの報告は、アルトの声で中断された。
 管制室のモニター。そこ一杯に広がるのは、桃色の召喚陣と、魔力の光。
 卵の形をし、凝縮された魔力が、ひび割れ砕けていく。
 そして中から現れた影。それは――

「フリード、なの?」

 広げれば空を覆いそうな、巨大な翼。若々しいながら、威圧感を与える顔つき。何より体の大きさが、いつもの十数倍にもなっている。
 一瞬呆けていたシャーリーだったが、すぐさま事態を把握し、別のモニターを展開。
 叫んだ。

「フリード召喚を確認。……意識レベルレッド! 八神部隊長、これは――」
「暴走か!?」


Ψ  Ψ  Ψ


《な、なんだこい――》
「―――!!」

 吼える。遠く遠く、空を穿つように。己の怒りを、示すように。
 突如現れた巨大な竜。それに一瞬たじろいだ男だったが、すぐに正気を取り戻すと、操縦桿を握った。
 問題ない。これさえあれば、自分はあんな蛇もどきにだって勝てるのだ。
 そう思っていた、瞬間だった。

《がっああ゛あ゛あ゛!?》

 強烈な衝撃と共に、男の視界が大きく揺れる。
 頭を打ち意識が吹っ飛びそうになるのを、男は寸でで堪えた。だが、それで好転することなど、何一つ無い。
 いつの間にか、アーマーは仰向けに倒れ、自分は空を仰いでいる。
 そしてその空も、巨大な竜の翼が覆い尽くした。
 向けられるのは、殺意。高揚した気分は一気に消え去り、残っているのは、恐怖だけ。
 男が、声を荒げて助けを呼ぶ。

「不味い、キャロ。フリードを止めて!」
「――まらない」
「……キャロ?」
「止まら、ないの。さっきからずっと呼びかけてるのに。どうしよう…また……私……っ」

 止まらない? 彼女の竜であるフリードが、彼女の命令を聞かないというのか。

「離れてエリオ君。今のフリードは、私以外みんな敵。私の傍にいると――」
「―――!!」

 殺意がこちらに向いたのを、エリオはつぶさに感じ取った。
 意識をそちらに向けると、そこには暴走したフリードの姿がある。
 目に輝きがない。意識が怒りで飲まれているのか。
 そう思った、矢先。フリードは巨大な体を使い、頭突きを繰り出してくる!

「しまっ――」
「――テオラぁ!!」

 しかしその力は、横からの外力で軌道を逸らされた。
 その主は、青い騎士甲冑を纏うレクサ。暴走を察知し、エリオとキャロを助けるべく戦器で殴り飛ばしたのだ。

「エリオ君、ひとまずキャロちゃんを連れて逃げて!!」
「でも……!!」
「俺のことはいいが――っっ!!」

 言葉は最後まで、紡がれない。フリードが振った尾が、レクサを吹き飛ばしたからだ。
 衝撃でビルに突っ込んだレクサへ、銀竜が砲声を上げる。
 今ので完全に、レクサはフリードにとっての敵だと認識された。

「レクサさん!!」

 フリードは止まらない。主を危険を及ぼした、全ての物に怒りを向ける。
 だから、往く。主の敵を殺す。それが守るために共にいる、自分の役割であればこそ!
 ビルの中、瓦礫の中の“敵”に向け、フリードは体ごと突っ込んだ。
 崩落の音が、鳴り響く。

「レクサさん!!」


Ψ  Ψ  Ψ


「もう帰ろうよー、チンク姉ー」
「……もうしばらく待て」

 倒壊したビルから、数キロ離れた先。二人の少女が屋上に立ち、戦場を見つめている。
 一人はマリンブルー、一人は銀の髪。後者は右目を眼帯で覆っているが、服装そのものは同じだった。
 以前レクサが対峙した者と同じ、青いボディースーツ。

「なんか面白い部隊がいる、って聞いて来てみれば、暴走して自滅してるようなダメダメチームじゃん。聖王騎士ってのも、今味方にやられちゃったしさー」

 ドクターが目を付けてる意味も分かんない、と言うと、マリンブルーの少女は、体を半分“床に沈めた”。

「ドクターが注目したのは、危機的状況に際して変化する、聖王騎士の能力だ。自分たちの所にいても、叶わない。なら、放置して力を引き出してもらおうとな」
「だからこうして、わざわざ戦わせてんじゃん。でもボッコボコにされてるでしょ?」

 手を合わせて拝む姿に、眼帯の少女が苦笑する。
 確かにこのまま終わってしまえば、何ともお粗末な結果だろう。
 だが、チンクと呼ばれた少女の、経験から来る勘が告げていた。
 このままで、あの男は終わらない。 

「恐らく――」

 銀竜の頭が、天を向いた。
 何かにかち上げられたかのように。

「――ここからだ」

 望遠レンズで、戦場を見る。フリードが仰向けに倒れた姿を観測する。
 そしてその向こう、壊れたビルの中から、男がゆっくりとした歩みで姿を現した。
 それは紛れもなくレクサの姿。
 だが、違うことが一つだけあった。身に纏っているのは軽装ではなく、重歩兵のような甲冑だったのだ。
 胸と肩を守るように覆う鎧。手足を保護する籠手と脚甲。
 更に、男の甲冑は青色ではなく――

『今度は、緑か!?』

 深緑の色をした、【聖王騎士】。
 音声越しに叫ぶレクサを見て、チンクは静かに微笑んだ。







next Episode 【戦

-Powered by HTML DWARF-