黄昏の戦場
「ふあ……」
午前5時15分。
相沢祐一は小さく欠伸をしながらもベットから身を起こす。
外気に触れて身じろぎする、隣で寝ていたフィオを見、すばやく布団から出て肩まで掛け直してやる。
体の外傷は一夜で完治。これなら日常生活に支障はない。
静かに窓を開け、外に出る。
身を裂く空気、吐息は白い。
そんな中、祐一は目を閉じ、意識を内に内に集中させた。
「はぁぁぁぁ―――」
己の体中を駆け巡る魔力を把握し、制御。
胸にあるリンカーコアの脈動を感じながら、祐一は駆け巡る魔力を行使する。
《双鎧》の訓練の一環だ。
流れる魔力を己の力で制御する術。
魔導師にとって基礎であり、基盤であり、必修の技術でもある。
数分の後、意識を開き目を開く。
以前よりは、ずっと魔力の流れを把握できるし、その制御も出来るようになってきた。
だがまだだ。
この制御を、戦闘時においてどれだけ持続できるか。
そしてデュアルクラストのその大きな特徴は、二層式の魔法防御。
二つの概念を一度に。それは想像していた以上に困難だ。
より硬く、より精密に、これを行えるようにならなければならない。
「……やれるさ」
やると決めたのだ。
この世界に、関わっていくと。
寒さに身震いをして、祐一は部屋の中に戻る。
電気をつけていないそこには、いまだ幸せそうに寝ている相棒の姿。
祐一の一日は、起こされると不機嫌になるその娘を諌めることから始まった。
Blazing Souls
Code.1 : 夜天の翼 - Wing of the night sky -
05.黄昏の戦場
「えっと……」
夕方、フェイトは管理局本局へと来ていた。
バルディッシュの修理が終わったからだ。
そこで、己が使い魔、アルフを探していたところ、どうやら祐一たちと行動を共にしているらしい。
何故か?
それはフェイトにも分からない。
局員に今いる場所を聞き、フェイトはその部屋の前に立った。
『第六訓練室』。
そう銘打たれたドアを開ける。
中に入ると、そこには一人の女性の姿があった。
「あ。春奈さん」
「ん? ああフェイトちゃんか。どうしたの?」
一応辺りを見回すが、そこにアルフの姿は見当たらない。
祐一と、フィオもだ。
確認した後、フェイトは春奈に自分の来た理由を話すことにした。
「えっと……アルフは」
「ああ、あの娘ね」
ピッと春奈は上を指す。
それにつられフェイトも視線を上に、しようとしたところに二つの影が高速で地面に着地した。
地響きを上げながら対峙する二つの影。
それは―――
「祐一! アルフ!」
アルフの手足には、今までなかった鉄甲が。そして祐一の髪の色は、融合の影響で白銀へと変わっている。
「「――――ッ!」」
フェイトの声が聞こえないのか、両者は視線を逸らすこともせず再び跳躍。
その反動で、また地面が揺れる。
バランスを取りながら、高速で上空を飛び交いぶつかり合う姿をフェイトは見ていた。
蒼と燈の魔力の残滓が、軌跡を残しながら衝突する。
「私とばかりじゃ経験が足りないだろうからと思ってね。アルフちゃんにお願いしたのよ」
速い。
春奈の言葉を聞きながら、フェイトは祐一の動きを見てそう思う。
直線スピードもだが、機動力が半端ではない。
あれは、フラッシュムーブやブリッツアクションの類の加速魔法とは違う。
行動の加速化。
術者の動きそのものを加速させる魔法。
それは、確かにとんでもない魔法だが、同時に高速状態を維持するのにかかる魔力もとてつもない筈だ。
それが出来るのが、融合型ということだろうか。
「でも、あんな動き」
「肉体にかかる負担は、軽減しきれない。使いすぎれば術者本人にその反動が返ってくる。でしょ?」
春奈の言葉に、フェイトは頷く。
いくらジャケットの能力が優れていようと、戦う魔導師本人への負担は、少なからずあるものだ。
魔力による身体強化は、だからこそ諸刃の剣。
己を高めれば高めるほどに、その反動が己自身に返ってきてしまう。
「使えば使うほど、肉は裂け、骨は磨り減り、体が壊れていく。だからこそ、《駆霊》は扱いが難しい」
デュアルクラストと組み合わせようとすれば、なおさらね。
そう区切って、春奈は祐一を見る。
あの状態に入ってから、およそ5分。
これ以上は、危険かもしれない。
「両者、そこまで!」
春奈の声に反応して、祐一とアルフ、両者の動きが止まる。
その額には汗が伝っていた。
吹き抜けの高い天井から、二人はゆっくりと降下し、地面に足をつけた。
それとほぼ同時、祐一のジャケットの胸の宝石から、小さくなったフィオが出てくる。
銀髪は元の黒色へ。祐一は袖で汗を拭うと、フェイトを見た。
「あれ、フェイト来てたのか。どうした?」
「バルディッシュの修理が終わったので。アルフも連れて行っていいですか?」
「俺に聞かれてもなあ」
軽く笑いながら、祐一はフェンリルロアーを魔石に戻す。
小さくなった蒼の魔石は、バックルの窪みへと戻っていった。
「行って来いよ。そんで、調整がてら相手してくれないか?」
「大丈夫なんですか?」
「ちゃんと休憩するし、大丈夫だ」
流石にチョイ疲れた、と言いながら、祐一はその場に腰を下ろす。
「アルフさんも、サンキューな」
「まあ、また気が向いたら相手してやるよ。あたしはマダマダ負けたりしないけどね」
「言ってろ」
アルフの言葉に笑って返し、祐一はフィオからタオルを受け取って汗をふき取った。
全身が痛い。
《クイックファントム》の危険度は承知済み。今はこれがどこまで持続できるか計っているところだ。
自分の力では、五体に支障が出ないでいられるのは3分程度だろうか。
「それじゃ、無理しないでね」
「フィオに散々言われてるから平気だって」
傍で「いつも言われる祐一が悪い」とむくれているフィオを、慌ててなだめる。
そんな姿にフェイトは苦笑し、そしてアルフを伴って訓練室から出て行った。
「もうチョッと訓練する必要ありね」
「ああ。分かってる」
仰向けに倒れこむ祐一を見ながら、春奈は冷静に祐一の成長力を分析した。
はっきり言って、親の引け目無しに祐一の成長スピードはずば抜けている。
最初は体を覆えず、30センチほど間隔の開いていた《デュアルクラスト》も、今ではジャケットとの間隔はほとんどない。
《クイックファントム》にしても、速さに振り回されなくなった。
足りていないのは経験。これも戦闘を重ねれば問題はなくなる。
だが……
―――通用するか?
それは祐一自信も思っている疑問だ。
対近接戦闘特化。故に中長距離に持ち込まれれば、それだけで勝率が一気に落ちる。
それを補えるだけの技術が、今の祐一にはない。
今しなければいけないことは、その場面に陥ったときの対処法か。
「まっ、フェイトが来るまでゆっくり―――」
そこまで言った時、突如部屋全体に警報音が響き渡る。
何事かと立ち上がろうとするが、祐一はその場に片膝をついてしまった。
《ファントム》の影響が、予想以上に体に支障をきたしている。
「これは……!」
「リンディ! 状況は!?」
耳に手を沿え、春奈は念話を使ってリンディと連絡を取りあう。
『あの騎士たちよ。今クロノが。なのはさん達にも向かってもらってもらってるわ』
「……そう」
聞こえはしないが、内容は大体分かる。
来たのだ。シグナムが。
動こうとしない四肢を無理矢理起こして、祐一は一歩歩き出す。
それを春奈は肩を掴んで止めた。
「何処に行く気?」
「決まってるだろ! 一体何の為に―――」
「何の為にと言われたら、相手と戦う為よ。でもね祐一。あんたはまだあの娘と戦える域に達してない」
「……っ!!」
歯軋りしながら、進む足を止める。
分かってる。それでも……!
「今は、耐える場面よ。祐一」
「……分かってるよ!」
春名の手を振り払うと、祐一は訓練室の出口に向けて歩き出した。
その隣を、慌ててフィオが追う。
「祐一!」
「飯。材料買ってなかったから、行ってくる……」
それだけ言い残して、祐一は訓練室から出て行った。
春奈はそれを見て、大きく溜息をついた。
止める場面ではなかったのかもしれない。
それでも、そうしてしまうのは
「私も、臆病になったのかしら」
あの人が、祐誠さんが死んだ日から。
その言葉を飲み込んで、春奈は再び溜息をついた。
刀@ 刀@
「……かー! 大人気ねえぇぇぇぇ!!」
自分の世界に戻って、開口一番。
祐一は自分の失態に悶えていた。
分かっているのに、ああやって反発してしまう。
「ガキー」
「うぐあああ! 悔しいけど反論できない……!」
フィオの言葉にガックリくる。
全く、自分はどうしようもない甘ちゃんだ。
駄々をこねる子供だ。
否定しようにも出来ない事実である。
「はぁ……。取り敢えず晩飯の材料買いに行こう」
何時までも悶絶しているわけにもいかないので、祐一は財布を取って自宅から出る。
冬の夜風が、火照った体をスッと冷やしてくれた。
少し冷えるが、今の自分には丁度いい。
今日は鍋にでもするか……
・
・
・
・
「これが“すーぱー”?」
「来たことなかったか。おっきいだろ?」
「食べ物が一杯ある……」
キョロキョロと辺りを見回すフィオが離れないよう、祐一は手を繋ぐ。
祐一は料理が出来ない。
簡単なものならある程度何とかなるが、大抵は春奈が作っている。
鍋程度なら何とかなるかと思っていたのだが……
「やべ。何を買ったらいいか分からん」
行き成り壁にぶつかった。
計画性も何もなかった。
大根やらニンジン程度なら予想がつくが、よく鍋に入っている青物の名前は知らないし、見て分かる自信もない。
「えっと……鍋に入ってるのってキャベツと白菜どっちだったっけ?」
完全にアウトな発言をかましていると、一角に人だかりがあるのが見えた。
そして、それを傍で見ている、車椅子の少女がいる。
(……何か欲しいのか?」
「はい?」
「おう! 思っていたことが口に!!」
突然声をかけられた少女が祐一の方を向く。
短く切りそろえられたブラウンの髪に、暖かそうなセーターを着込んでいる。
祐一はばつが悪そうにではあるが、コホンと一つ咳払いをして少女に話しかけることにした。
「いや、この中に何か欲しいモンでもあるのかな、と思ってさ」
「ああ。今シャマルがタイムセールの鶏肉ゲットしよ思ってるんですけど、中々上手いこといかないみたいで……」
視線を移すと、大量の奥様方が各々の全力を発揮しているところだった。
その中に、金髪の女性がオロオロしながら頑張っているのが見える。
頑張ってはいるが、そも鶏肉にたどり着いていない時点で負けは明白だろう。
ふむ、と祐一は一つ頷くと、フィオの手を放しその手にかごを持たせた。
「祐一?」
「チョイそこの娘と待っててくれな。えーっと、君」
「八神はやてです」
「ん。はやて、鍋に鶏肉はありか?」
「えーっと、無しやないとは思いますけど」
はやての言葉に「そっかそっか」と頷くと、祐一は腰を深く落とした。
奥様方の動きを見……そして一気に加速する!
「―――そこ!」
大人数の合間を縫って、祐一は人垣を突き進む。
体は一気に前へ。そして視覚に鶏肉が詰まったパックを収めると、左手を伸ばした。
掴む、がその手は複数だ。
右隣にいた一人がほくそ笑むのが分かる。
「餓鬼に乗り越えられる戦場じゃあ―――!」
「な!?」
「ないんだよぉぉぉ!!」
利き腕でないのが不味かった。
手にしたパックは、となりの奥様に強引に引っ張りこまれようとしている。
だがまだだ。
祐一は体全体を捻りこみ、しなるように引き返す。
右を軸足に体が回転。瞬発力で引き剥がす!
「ちぃ! 餓鬼が!!」
「もういっちょ!」
回転を殺さず、祐一は更に加速。
速度を乗せた右腕で、もう一つのパックに手を伸ばす。
これが決まれば一時撤退だ。
これ以上欲を出せば、逆に危険になる。
「調子に!」
「乗らせないでくれよ!? おばさん!!」
最高速の右がパックに向けて一直線。
だが、それと同時に隣の奥様も手を伸ばす。
捻りも何もなし。しかし速度は祐一と五分だ。
「―――鮫牙」
「……!?」
その一言で、奥様の伸ばした腕が加速した。
祐一も負けじと喰らいつこうとするが、遅い。
指先にかすりもせず、パックは奥様の手に収まる。
舌打ちをする祐一に、奥様は不敵に微笑んだ。
「さあて、もうチョッと遊んであげるかねえ」
「んなろ!」
・
・
・
・
「帰ってこーへんなあ」
「……バカ」
何故か爆音のような音がする中心地を見ながら、はやてとフィオはそろって待ちぼうけをくらっていた。
シャマルは諦めて戻ってきており、事情を説明して先に食材を集めに行っている。
「あ。もう1パック奪取したみたい」
「よー見えんなあ。人一杯で全く見えんわ」
何か最後のほう空中で戦ってた、と思いながら、フィオは溜息をついて帰ってくるのを待つ。
つまらない事に意地を張って、本当に子供だ。
これは戦闘時も自分がキチンとサポートしなくては、と改めてフィオは思うのであった。
「たっだいまー」
「遅い」
「悪い悪い。けど、ちゃんとゲットしてきたぞ」
人ごみを掻き分けて笑う祐一に、フィオはまた溜息をついた。
それを気にした風もなく、祐一は手にした片方をはやてに渡す。
「はい。どうぞ」
「ええんですか? 返しませんよ?」
「返されても困る。まあ、ついでだついで」
そうしていると、人ごみが二つに分かれ、その中央から祐一に近づく一人の女性がいた。
先程隣で戦った奥様だ。
「餓鬼」
「ん? っとぉ!」
急に投げられたパックを受け止め、祐一は何事かと奥様の方を見る。
「私に勝った褒美だ。くれてやる」
「……いいのか?」
「あんた、いい主夫になれるよ」
「いや。喜んでいい場面なのか判断に困るんだが」
ヒラヒラと手を振って去っていく奥様に、祐一は呆気に取られてしまった。
というか、オッサンみたいな人だったな……とかは口には出さない。
「ええ主夫になれるそうですよ?」
「勘弁してくれ」
クスクス笑うはやてに、祐一は苦笑してそう返す。
手にした鶏肉のパックをかごに入れ、そして次にどうしようかと思ったとき、隣の少女に眼がいった。
「なあ。未来の主夫から一つお願いがあるんだが」
「なんですか?」
「……鍋に入れるのって、白菜かキャベツどっちだっけ」
結局はやてにすべて任せることになった。
刀@ 刀@
「ありがとうございました」
「ましたー」
揃って頭を下げる祐一とフィオに、はやては慌ててそれを止める。
「ええんですよ。お陰でお肉も手に入ったし、それ言うなら私らの方こそありがとうございますや」
「本当に、ありがとうございました」
隣で頭を下げる金髪の女性に、今度は祐一が制止をかけなければいけなくなった。
この女性、シャマルとはやて。
家族、とも違うだろうし。だとすればなんなのかは想像がつきにくいが、それを詮索するほど野暮な人間でもない。
それを言ったら、祐一とフィオも微妙な関係だ。
少しの雑談の後、それぞれ帰路につこうとしたとき、祐一は魔力の衝突を感じ取った。
「………」
「? どないしはったんですか?」
「ああ。いや」
この魔力の感じはフェイトのものだろう。
それに対峙するのは、シグナム。
間違えようもない。あの日から、シグナムの魔力の感覚だけは忘れていない。
戦っている。戦っているのだ。
それでも自分は、まだあそこに立てもしない。
「―――歯痒いな」
「歯痒い、ですか?」
「……もっと強くなれると思ったのに、強くなれたと思ったのに。俺はまだ、こんなところにいる」
自分にできるだけのことはしてきたつもりだ。
それで直ぐに何とかなるとも、勿論思っていない。
だが、それでも悔しかった。
戦う力を持っていても、戦えない自分の存在が。
それを割り切れない、子供の自分が。
「……大丈夫」
「はやて?」
「そう思えるんなら、きっと大丈夫です」
微笑んでそういうはやての言葉に、祐一は何も返せない。
いや、返す言葉などなかったのだ。
それほどまでに、はやての言葉は欠けた何かを埋めるように、祐一の心にしっかり嵌っていた。
きっと、大丈夫……
「大丈夫、か。うん。うん! そうだな!」
ぐっと拳を握り締めて、祐一ははやてに向け直る。
「サンキューはやて。何とかなりそうな気がしてきた!」
そう言うや否や、フィオの手をとり祐一は駆け出す。
何が何だか分からず、されるがままのフィオの姿に、はやては苦笑してしまった。
よくは分からないが、彼を元気付けることは出来たようだ。
「じゃ、シャマル。私らも行こか」
「はい。……あ!」
「なんや、忘れもんか?」
「……彼、名前なんていうんでしょう?」
「あ゛!」
呼び止めようにも、もうその姿はない。
女の子の方は分かるが、少年の名前を聞き忘れてしまっていた。
けれど、とはやては思う。
「きっとまた会えるよ」
「女の勘ですか?」
「そや。女の勘はよー当たんねんで」
真っ青な瞳の少年。
その姿を思い出して、再びはやては微笑んだ。
チョッと面白い人だった。
今夜ヴィータに話してあげようと。そんなことを、思いながら。
<あとが禁断症状>
戦闘書きてー(挨拶
祐一君はなのはたちとは別の場所で戦っていました。
戦場です。バトルフィールドです。
あー恐い。おばさん恐い。
こっから話は7話ぐらいになるのかな?
やっとこ戦闘シーンを書くことが出来そうです。
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