ホテル・アグスタ上空 12:25 p.m.
ミッド北部にある森林地帯に立てられた、高級宿泊施設。それがホテルアグスタだ。
機動六課のメンバーがいるのは、その上空。ヴァイス陸曹が操縦するヘリの中、隊長達とフォーワードチームが向き合っている。
「それじゃ、今日のおさらいね!」
両手を合わせたなのははそう言うと、モニターを展開。紫色の髪に、金色の目をした男を映し出した。
「この人が、ガジェットを使ってレリックを集めているらしい犯罪者さん。スバル、名前は覚えてるかな?」
「は、はい! ジェイル・スカリエッティです!」
「正解。広域次元犯罪者で、フェイトちゃんが数年前から捜査している人だね」
画像をスカリエッティからガジェットドローン、改造された工業用アーマーへ。
続けて赤い宝石に変え、なのはは話を続ける。
「で、これが私たち六課が捜索しているロストロギア、【レリック】。リニアトレインの時は、もう封印処理もされてケースの中だったから、実物を見たのはレクサ君ぐらい、かな?」
「レクサさんのは透明だったって聞きましたけど、形は同じみたいです」
「実感無いけどって、言ってたもんね」
実際に体に入ったところを見てしまった身としては、信じざるを得ないのだが、とレクサが付け加えたのを、キャロは思い出す。一度見せてもらったが、体内の映像にはくっきりとレリックの影が見られるのだ。
けれど、外見では宝石の形をした痣しかないから、実感が無いのも仕方がないと言える。
昨晩、それを見せようとパーカーをまくり上げ、セルシオが真っ赤になり、ティアナが殴り倒したのも思い出して、キャロは思わず吹き出してしまった。
それを訝しげに見ながら、ティアナが手を挙げる。
疑問があったのだ。今の説明とこの状況に、繋がりがあるのかどうかという。
「――それで、今回のオークションにもレリックが?」
「ううん。でも、ロストロギアに近い品も並ぶらしいの。それにガジェットが反応しないとは限らないから、一応ね」
「成る程。それで――」
「星と雷の副隊長に、先にホテルの警備をお願いしてるわけや」
ティアナの言葉を取るように、はやてが付け加えた。目の下にうっすらとクマができているのは、結局祐一に引っ張られ、夜遅くまで居酒屋にいたからだ。
それにまつわる愚痴はティアナもしっかり聞いていて、「ろくでもない陸士もいるものだ」と呆れていたりする。
「でも、レクサも同行したのはどうしてですか?」
「あっちは林の騎士に関して。シャマルとリインとで対策練ってたみたいや」
「警備しながら特訓、てことですね」
「そや。警備には打ってつけの能力やしなー」
確かに、とティアナは頷いた。林の騎士の真骨頂は、広域探知能力にある。
普通の魔導師なら攻撃の届かない射程――アウトレンジまでも探知範囲と、そこまで届く攻撃魔法。訓練であろうと何であろうと、敵が現れた瞬間撃破することは可能だろう。
――天武の才、と言うわけではないけど。
それでも、とティアナは思う。それを扱うのはレクサの才能だと、以前ヴィータ副隊長が言っていた。
生まれ持った、才能という名のアドバンテージ。父親の血。王を守護する、騎士の力の適合者。
どれも、わたしにはない――
「ティア、大丈夫? ヘリで酔った?」
「――ううん、何でもない。ちょっと考え事してただけだから」
悪い方に流れていた思考を、首を振って紛らわす。
確かに、自分には秀でた才能はない。スバルやライトニングチームは言うに及ばず、隊長クラスの能力はとてつもない。正直、羨ましいと思ったことは何度もある。
けれど、それは無い物ねだりだ。その上レクサは、いつ自分が自分でなくなるか分からない、そんな恐怖の中戦っている。それを、羨むなんてお門違い。
最近は基礎訓練の反復で、自分の成長が分からない。だからこんな悪い方へ考えが行ってしまうのだろう。
――なのはさんの意図は、十二分に分かってるんだしね。
今は、強力な一撃よりも、派手な幻術よりも、土台を固める時期だ。初任務からこっち、ティアナ自身もそれはよく分かっている。
大丈夫。スバルも、自分は前より強くなったと言ってくれた。そういうところで嘘のつけない娘だから、間違いない。
だから、
「頑張りましょうね、スバル」
「……? ……うんっ」
急に何を言い出すんだと、スバルは思うだろう。それでも、自分の言葉に応えてくれる。
それを幸いだと感じて、ティアナは自分の任務へと集中することにした。
「良い感じ、ですね」
「うん。これならいけるっ」
同時刻、先にアグスタの警備に当たっていたレクサは、リインと二人でモニターと睨めっこをしていた。
画面上に映し出されているのは、いくつかのベルカ魔方陣。そしてその魔術が施行された結果、得られる効果のシミュレーションだ。
一時間程前に到着した彼らは、今まで何度も会話を交わらせて試行錯誤を繰り返していたのだ。
「もうそろそろ、フォーワードチームも到着する頃です。何とか間に合って良かった……」
「変身の回数制限があるし、紫の騎士は形態の維持時間も短いから、もし今回使うとしたらぶっつけ本番になりそうだけどね」
「いえ、これだけ確認していれば、問題ないと思います。シャマルちゃんからもお墨付き、もらえましたし」
出来ることなら訓練での試用運転を行いたいところだ。だが、状況が切羽詰まれば使わざるを得ない。それだけ、紫の騎士はフォーワードの中で重用される能力を持っていた。
何しろ実戦で使えるようになると、現状キャロの奥の手≠除けば、唯一のアウトレンジアタックが可能になる騎士形態だ。最強の威力を持つ、必中の狙撃手となる。
だからこそ、完成させたい。
「でも、何でこんなピーキーな能力なんだろうね、紫は。昔の聖王騎士はどうやって運用してたんだろ?」
「考えられる可能性は、恐らく二つですね。一つは、聖王騎士個人が、莫大な情報を処理する能力を持っていた」
「……人間とは思えないね、それ……」
「はい、私もそう思います。だからもう一つの可能性の方が、確率は高いかもしれません」
――そのもう一つは、とリインが言おうとしたところで、通信が入る。どうやらフォーワードチームが到着したようだ。
「レクサ君。私たちも一度、みんなと合流しましょう」
「了解。それじゃあ、乗って」
そう言ってリインへ肩に乗るよう促すと、レクサは駆けだした。意識は既に、この任務へと移ってしまう。
だから、リインの考えていたもう一つの可能性を、レクサは聞き逃したしまった。
それこそが、正しい答えだと気付かずに――。
Ψ Ψ Ψ『――というわけで、頼まれてくれるかい。ルーテシア?』
「……いーよ」
ホテルアグスタから数キロ離れた先。山上からアグスタを見下ろすようにして、一人の少女が頷いた。
薄汚れたコートを身に纏っているため、姿や顔は見えない。薄紫の髪の鬢が、フードの下から覗いているのだけだ。
対面。通信用のモニターに映っているのは、男の姿。
髪は紫。瞳は金。表情は笑みだが、心の底は探り取れない。否、例えどんな表情をしていようと、この男の真意は掴み取れないだろう。そう、思わせる。
ジェイル・スカリエッティ。
狂科学者が、少女に対しおどけたように頭を下げた。
『助かるよ。レリックとは直接関係はないのだが、面白い品がいくつかあってね。ガジェットも向かわせてはいるが、護衛の魔導師に撃退される可能性が高いんだ』
「……それなりに、強いの? その人達」
『ああ。何しろ中には一人、聖王のレリックを持った青年がいる』
レリックと単語に、少女の瞳孔が僅かに開いたのを、スカリエッティは見逃さない。動悸、視線、表情、声。人の心の底を覗く術など、いくらでもある。
この名を出せば、少女が興味を示すことも、手に取るように分かっていた。
『恐らく、ルーテシアの探している物とは違うだろうがね。何しろ聖王騎士は特別だ。だからこそ、私も興味が惹かれるのだが』
「……そう」
『安心してくれ。今回はガジェット以外にも、私の作品をいくつか送った。君たちに被害が及ぶことはない』
背後に気配を感じ、ルーテシアは力を手の平に通す。
だが、その警戒は杞憂だとすぐに分かり、魔力を霧散させた。
ルーテシアの後ろに立っているのは、二人。一人はマリンブルーの髪をした、スレンダーな体型の少女。もう一人は、紅色の髪をアップにした、凹凸のハッキリした体型の少女だ。
二人は横倒しにされ、地面に“浮かんだ”T型ガジェットの上に、並んで座っていた。
「久しぶりの、セインですよ! ルーテシアお嬢様」
「私は初めましてっすね。11、ウェンディっす!」
ルーテシアは二人の挨拶に、片手を挙げることで返事の代わりとする。セインは以前、目的のために協力してもらった間柄だ。もう一人のウェンディは知らないが、彼らの仲間なら邪険にする理由はない。
「ところで、お嬢様。ゼストさんとアギトさんは?」
「二人は……迷子」
「自分が迷子だとは思わないんすね……」
ルーテシアの返答にウェンディは苦笑した。ウェンディが聞いていた、ルーテシア一行の人数は三名。内二人がいないのは、何かしらの理由があるか、彼女の言うとおり迷子なのだろう。
「こちらは援護という名目で、ウェンディの武装の、試用運転です。お嬢様の護衛も兼ねますけど、メインは相手方への攻撃と牽制がメイン……で、問題ないですか?」
「……大丈夫。ドクターの捜し物は、私の召喚虫で十分」
「そう言ってもらえると、助かるっすよ」
そう言って、ウェンディは地面の中から自らの武装を引き上げた。それは戦うための物というよりも、防具に近い。
なぜなら彼女の武器は、盾だったからだ。
試用運転と言った通り、盾は塗装もされておらず、所々からケーブルが飛び出している。見た目はあまりよくない。
そんな自分の背丈程ある盾を、ウェンディは軽々と片手で扱いつつ、手にしたゴーグルを装着した。
以前レクサが戦った相手。トーレが使用していた金のモノアイを持つゴーグルだ。
「んじゃあ、ちゃっちゃと始めましょうか!」
「うん。分かった」
ウェンディは盾を地面に倒す。ルーテシアはコートを脱ぎ、自身の手に魔力を集中させる。
盾は地面に触れることなく、スケートボードのように浮かんでいた。ルーテシアの手の平には、紫の宝石がはめ込まれたグローブ型の魔導器があった。
飛び乗る。発動する。
「インヒューレイトスキル――エリアルレイブ!」
「インゼクトツーク……召喚」
『ミッション・スタート!』
声と共に、森林は戦場に一変した。
Ψ Ψ Ψ「ガジェットの反応を確認! T型多数に、V型も混じっています!」
「本当にきた……っ」
管制からの通信を受け、シャマルはすぐさまモニターを確認した。アグスタを取り囲むように、森林地帯からガジェットドローンの反応が接近している。
はやてや隊長陣はホテルの中。現場指揮は自分の役目だ。
久しぶりの戦闘。ヴォルケンリッター参謀の本領を、発揮する場面である。
「シグナム、ヴィータちゃん。それにザフィーラは前に出て防衛ラインに入り込もうとするガジェットを叩いて。フォーワードのみんなは防衛ライン付近で待機」
『シャマルちゃん! 私とレクサ君はっ?』
「リインちゃんは私のサポートをお願い。レクサ君はフォーワードチームと合流。全体の指揮は私が執りますが、防衛ラインでの戦闘はティアナに任せます。……いけるわね、ティアナ」
『了解です!』
現場に指示を飛ばしながら、シャマルも地震の騎士甲冑−−緑を基調としたローブ姿−−を身に纏う。シグナムとヴィータも揃って騎士姿になると、ホテルからガジェットに向け飛翔した。
複数展開されている別のモニターでは、レクサが四人と合流。それぞれ魔導師の姿へと変身している。
――現状はこれでよしっ。これで相手がガジェット“のみ”なら、問題ないんだけれど……。
以前レクサが青い騎士になった時。そして、超大型ガジェットが出現した時のことを、シャマルは思い出す。
前者では、レクサが正体不明の女性に襲われた。
後者では、ガジェットを操った男は、ある人物からガジェットを受け取ったと発言していた。
敵の戦力はガジェットのみではない。もっと他の、恐らくは強力な力を持った存在がいる。
能力が分からない以上、ある程度特性が知られているこちらが不利。後は、実力差がどれほどあるかが問題だ。
「さて……相手はどう動くかしら……?」
『シャ…ル……! やれれ…した! 戦…区域に…範囲……ミンが……!』
敵の動きがきた。
掠れたシャーリーからの報告を受け、シャマルは相手の攻撃を知る。
モニターを見ると、ホテルを中心とした敵影の情報がが。通信が。砂嵐の中に掻き消えてしまったのだ。
――ジャミングによる通信遮断!!
念話なら何とかなりそうだが、これではロングアーチからの情報が届かない。相手の動きも、数も、下手をすれば仲間の現状すら掴みとれない。
見ることの出来ないモニターを一気に閉じて、シャマルは個人で魔法陣を展開。出来うる限り広域の戦況を探るべく、探知魔法に全神経を集中させる。
「シャマルちゃん!」
「やられたわ、ここまで広範囲のジャミング……。多分、今いるガジェットで、通信妨害を行っているのね……」
飛んできたリインに向けて、シャマルはそう毒づいた。ガジェット単体では大した効果もないのだろうが、十数体もいれば話は別だ。
シグナムとヴィータは単騎でも状況を把握し、的確な行動が出来るはず。今までもこういった事態は何度もあったし、それで怯むほど、夜天の騎士は柔ではない。
「だから、私たちはティアナのサポートに集中しましょう。情報のない状態での戦闘、彼女たちにはあまり経験がないはずだから」
「そうです――」
リインが「ね」の字を告げるより早く、相手の次の一手がきた。
上空から、射撃の雨が、降り注いだのだ。
その数分前、キャロは小さな反応を感じ取っていた。
自分と同じ魔法体型。スクエア型の魔法陣を操り、呼び出した者を繰り出す術士。
「召喚魔法……!」
キャロのデバイス、ケリュケイオンが警告する。遙か遠くから一気に、敵意がくると。
「皆さん、気をつけてください! 来ます!!」
言葉の通り、敵が来た。
キャロの魔力とは違う、紫の色をした正方形の魔法陣。それが四つ展開されると、そこから複数のガジェットが浮かび上がるように召喚されたのだ。
U型は一体だけだが、T型は複数。しかもそのうち数体はランチャーを両脇に装備した、火力強化型だ。
戸惑いは一瞬、判断は瞬時。ティアナは各自に指示を飛ばす。
「キャロは後退、エリオは私とキャロの守りをっ。スバル、レクサはガジェットを叩いて!」
ティアナの言葉に全員が『応っ』と答えて、動きに移る。
召喚で一気に接近されたため、最終防衛ラインはすぐそこだ。守りを固めるためにも、ここで一気に押し戻す必要がある。
「ディアスさん、いくよ!」
「任された!」
レクサは赤いハルバートを両手で持つと、ベルカ式魔法陣を展開。大きく足を開いて腰を落とすと、振りかぶる。
そして、ハルバートの鉤に、小さなデルタの魔法陣を、さらに展開した。
「火力全開で放出範囲を狭めて……より強い……推進力を!」
鉤の魔法陣から、バーニアーのように細く強力な炎の放出が始まった。
その力でレクサの体がぐらつくが、地面を抉る勢いで踏ん張り、動きを止める。
ロケットのように、打ち抜くイメージ。
ヴィータの十八番を模した魔術を、解き放つっ。
「ラケーテン――バイルッ!」
往った。
抑制を失った炎の噴射は、レクサの体を回す。回転移動しながら向かう先は、敵ガジェットのV型だ。
敵のレーザーを、両のベルトアームをかい潜り、金の三眼の中央に、斧の刃を叩き込んだ。
一瞬の停止。金属の硬度が刃の勢いを殺していく。それでもレクサは、魔力の放出を止めなかった。
「ブチ……抜けぇ!!」
炎の勢いは更に増し、金属やケーブルを切り裂いて、レクサの一閃がガジェットの上体を裂いた。内部機構の一部を破壊されたガジェットは火花を上げる。
だが、今一歩足りない。相手は攻撃を受けながら、戦闘可能な状態を維持していた。
二本のアームを駆使し、ラケーテンを放った後。隙だらけのレクサを捕縛するため行動する。
「やらせないよ――キャリバー!」
《Yes!》
カートリッジを装填しながら、スバルが続けて滑り出した。
攻撃を行おうとした、ダメージを負ったガジェット。その方向へ地を這うように直進。土煙を上げながら超高速で接近する。
握りしめた右の拳に、魔力を集中。リボルバーナックルのギアが凄まじい勢いで回転し、摩擦面からは火花が散っていた。
そして、その勢いのまま……拳を繰り出す!
「リボルバァ――キャノンッ!!」
突きだした拳は槍のように鋭く。弾丸のように速く。ガジェットの装甲を突き破った。続けて内部で炸裂する衝撃波で、内部機構をズタズタに破壊する。
今度こそ戦闘不能となったガジェット。レクサを捕らえようしていた腕が力なく地に落ちた。
その間にも、レクサは炎の槍を形成し、スバルに攻撃を行おうしたT型数体を撃ち抜く。
これなら、敵を一気にホテルから引きはがせるだろう。
その光景を見たキャロは、二人の突破力に驚愕した。
「スバルさんとレクサさん、凄い勢いですね」
「一撃必殺のスバル。対複数で最大限の力を発揮するレクサの赤い騎士。二人の力が噛み合った結果ね……」
レクサの適応力に、ティアナは驚く。出過ぎるスバルを上手く抑えながらも、彼女に攻撃が向かわないよう、誘導弾や直射弾で小型のガジェットを撃ち落としているのだ。
彼もスバルとは何度もコンビネーションの訓練を行っている。とはいえ、ここまでのレベルに達するには、本来かなりの時間がかかるはずだ。
それを彼は、十にも満たない訓練数の中で実現させていた。
「……って、呆けてる場合じゃないわね。加勢するわ――」
言葉は続かない。続けるよりも先に、ティアナは動いていた。
上空から魔力とは違う、エネルギーを察知。クロスミラージュを構えると、その方角へ向けて速射する。
――狙撃だ。
数発は防いだが、止まらない。エネルギー弾が青空から降り注ぐ雨のように、一斉に撃ち込まれた。
「……! 防いで!!」
回避でどうにかなるレベルではない。上空にシールドを展開して、ティアナは衝撃に備えた。
声に応えて、スバルもプロテクションを発動。エリオはキャロを庇うようにしてシールドを張る。
レクサは――
「リセットアップ!!」
叫ぶ。そしてその身に深緑の鎧を纏った。
山岳の騎士の、絶対防御だ。六面のシールドを大量に展開しつなぎ合わせ、一つの大きな防御壁を作り出す。それはスターとライトニング、二つのチームを守るように覆われた。
衝撃が、くる。
「――!!」
仲間など関係ないとでも言うかのように、弾幕はガジェットをも巻き込み、辺り一面に降り注いだ。
そのほとんどはレクサの防壁陣によって阻まれたが、範囲外や逸らされた弾丸が、周囲の木々の枝を折り、幹を抉り、押し倒していく。
敵からの攻撃が止み、レクサはシールドを解除。すぐさま専用武器である大剣を再形成した。
「みんな、大丈夫!?」
「っんとかね……っ」
「こっちも大丈夫です!」
生存を確認し、レクサは一安心。そして管制と繋ぐために、モニターを展開した。
だが、通信も聞こえない。モニターは砂嵐で何も見えない。機能を完全に停止していた。
それを見たティアナも慌てて自身のモニターを開くが、レクサ同様砂嵐の画面と、ノイズの音しか確認できなかった。
「通信を、妨害されてる……っ?」
「みんな無事!?」
バックからのサポートが途絶えている。その事に焦りそうになるティアナの元に、シャマルとリインが走ってきた。
先程の射撃を見て、慌てて駆けつけてきたのだ。
幸いにして全員無事。その様子を見て安心すると、シャマルは全員に向けて声を張る。
「現在、ロングアーチとの通信は、敵の妨害によって断絶されています。回復させるには、この場にいるガジェットの数を減らすしかないわ」
「更にヴィータ、シグナム副隊長から伝言。敵ガジェットは有人操作に切り替わったのか、いつもより強敵です。先程の砲撃を見て、ヴィータ副隊長は防衛ラインまで後退中。戻ってくるまで持たせろ、と」
続けてのリインの報告に、エリオが異議を唱えた。「何十体もいるガジェットが有人操作なんて、ありえるんですか?」
「それは、多分召喚士の仕業だと思う……」
それに答えたのは、シャマルやリインではなく、キャロだった。自分に周囲からの注目が集まるのを感じ、少し恥ずかしそうにしながらも、キャロは続ける。
「召喚獣の中には、無機の中に取り憑いて、自在に操作させるものがあるんです。有人操作のように動くガジェット、というのも、恐らくその召喚獣がガジェットを操っているからかも」
「対処法は?」
「ありません。高位召喚士なら相手の召喚獣を送り返すこともできますが……」
その先を続けないのは、キャロにはその技術がないからだろう。だがこの中の誰一人として、それを責めるつもりはない。
キャロはまだまだ成長途中。本来なら、この部隊で戦うことすら時期尚早と言われる年齢だ。
むしろここは彼女がいたお陰で、敵のトリックを知ることが出来た。そう考えるのが正しいだろう。
キャロの説明を聞いたシャマルは逡巡するが、すぐに打開策を練る。ミッションは相手を打倒するのではなく、あくまで防衛戦。倒せば勝ちではなく、堪えれば勝ちなのだ。
だから、今いる戦力でそれが可能か考え、動く。
「分かった。なら私とリイン曹長は、先程の狙撃手と召喚士を特定します。みんなはヴィータ副隊長が来るまで、接近するガジェットを叩いて。あと、キャロちゃん」
「は、はい!」
「あなたはフリードで上空から、狙撃手の攻撃を監視していて。レクサ君の能力を用いれば、防御は問題ないはずだから。そうよね、レクサ君?」
「任せて下さい。一発だって通しません」
流れるように、シャマルは指示を飛ばしていく。その姿にティアナは素直に驚嘆した。
――なのはさんに指揮官特性があるって言われてたけど……。
この人は、その手本となる人だ。流石ヴォルケンリッターの参謀。湖の騎士。
いつもは医務室でレクサと駄弁るか茶菓子をつまんでいるかしか見たことがなかったが、肩書きは伊達じゃない。
「防衛戦の指揮は改めてティアナに一任します。私たちは探索に集中するから、その間お願いね」
「――はいっ」
「第二波、来ました!」
エリオの声に反応して、すぐさまティアナ達は戦闘態勢に戻る。
紫色の魔方陣。召喚されるガジェットの群れ。
スバルとレクサは前に。エリオはティアナやシャマル・リインを守るために身構え、キャロはフリードを成体に変化させて空に舞う。
「では、改めて――」
『ミッション・スタート!!』
Ψ Ψ Ψ「はやてちゃん、外の様子は!?」
「……シャマルと念話で確認は取れた。みんな頑張ってくれとる」
ホテル内、館内の安全を確認したなのはが、はやてと合流する。通信による連絡が取れないのは、戦闘開始から察知できた。
ホテルにいる人々が混乱しないように、通信障害が起こっていると連絡してもらうよう、スタッフに伝えてある。
戦闘映像が表示できないので、状況はヴォルケンリッターの騎士達からしか届かない。
「キャロによると、召喚獣を使った無機物操作でガジェットの性能が上がっとるみたいや。そのせいで、シグナムやヴィータも苦戦しとる」
「……! 私も!」
「あかん。私やなのはちゃん、フェイトちゃんは館内の人間を守らな。ここはみんなを信じるしかあらへん」
「でも――!!」
「自分で我が儘ゆーてんのは分かってんねやろ、高町一尉=v
そう言われて、なのはは言葉を詰まらせる。はやては真剣な表情から一点、吐息を漏らして微笑した。
「なのはちゃんが育てたフォーワードやろ? やったら、信じたり。それも上官の務めやで」
分かっている。なのははそう言いたかった。自分がみんなを信頼していないわけではない。彼女たちの能力があれば、この程度の困難は突破できると。
けれど、それでも心配してしまう。しすぎてしまう。
自分は一度間違えたから。たくさんの人を、泣かせてしまったから。
あんな気持ちを、誰にも味わって欲しくない。だから自分でも分かっていても、過保護にしてしまう。
「……そう、だね」
それでも、なのはは堪える。爪が食い込むほどに拳を握りしめて。
ここで自分が出れば、皆の信頼を自ら裏切ることになる。それが分かるから、動くわけにはいかないのだ。
「みんな、お願い……」
大丈夫。そう自分に言い聞かせて、なのははそう、呟いた。
Ψ Ψ Ψ「スターズ3っ、こちらT型三機・V型一機撃破! このまま」
「スバル前に出すぎよ! あくまで防衛が目的なんだから、突っ込まないの!」
「レクサさんっ、敵の射撃が来ます!」
「了解!!」
戦場はジリジリと押しこまれてた。
合流しようとするヴィータが、他の飛行型ガジェットに捕まり、シグナムとザフィーラも続々と進行を続ける敵を叩くので精一杯。
一体一体の能力は低くても、ガジェットは複数での連携をとることで、そのスペックを補っている。更に有人操作までされているのだ。能力制限がかけられて副隊長陣は、相手の攻撃に手をこまねいていた。
フォーワードチームも善戦しているが、空からの狙撃にレクサの力を割かれ、同時に集中を乱されている。地上と空、両方からの攻撃は、皆の体力よりも精神を削っていた。
「シャマルさん!」
「……敵狙撃手は攻撃の度に移動しているのに、移動の際相手を探知できなくなっているのよ。こちらが敵を捉えた時には……」
「既に相手は移動した後ってことですね」
つまり、空間移動が可能な相手がいるということ。ロングアーチとの連携が取れれば、協力して相手を捉えることも出来るだろうが、通信妨害があってそれも難しい。
移動する相手を瞬時に捕捉し、戦闘不能に持ち込まなければ、確実に押し込まれる。
キャロが上空から目視で相手を探しているが、見つけることは恐らく難しい。スバルやティアナ、エリオも同様だ。
ならば――
「シャマルさん! 林の騎士でいきます!」
「レクサ君っ? でも……!」
実戦投入はまだ早い、とシャマルは思う。紫の騎士甲冑は、今までの形態とは明らかに違う、ピーキーな能力を持っている。
確かに先ほどリインが送ってきた方法なら、完璧とはいかないまでも実戦で通用する可能性はある。だが、同時にリスクも大きい。
それでも、レクサはもう一度シャマルに頼む。
「きっと、大丈夫っ。聖王騎士と、リインちゃんとシャマルさんの力があれば!」
笑顔でいう。本当に、疑わない子供のような笑顔で。
それを見て、シャマルは思わず苦笑した。
「それじゃあ足りないわ」
「……?」
「レクサ君の力も、合わせないと……ね?」
「――はいっ!」
次の狙撃を防壁で防ぐと、レクサはティアナに向き直る。現場指揮の半分はティアナの管轄。彼女の許可がなければ、ここを離れることが出来ない。
「ティアちゃん、俺も下がるよっ」
「……! 分かった。エリオ前に出てレクサと交代。あとティアちゃんはやめなさい!」
ごめんごめん、と謝って、レクサは大きく後退する。
大剣を分解し消して、シャマルとリインのいる位置に移動した。相手に位置を気取られないよう、二人は林の中で陣取っていた。
合流し、向き合う。
「リインちゃん、いくよ!」
「はいっ!」
瞳の色が、紫に変色した。同時、紫色のベルカ式魔法陣が、レクサの足下から展開された。
そして、デルタの頂点、その円陣から、魔力で構築された竹林が伸び出す。それがレクサの体を覆うように生い茂った。
その竹林に罅が入り、ガラスのように、砕ける。
魔力光の破片の中から現れたのは、紫色の騎士甲冑を纏ったレクサの姿だ。
胸と右肩を守るように装われたプロテクター。右腕を覆う小手。
射手を思わせる林の騎士。
「よーし、いっくっぞぉ!」
「ユニゾン・イン!!」
宣言と共にリインの身体が、目を閉じたレクサの中に吸い込まれていく。
ユニゾンによる魔法の並列処理。それが、レクサとリインの考えた方法だった。
一人で情報を制御できないなら、二人がかりでやればいい。単純だが、現時点で取れる次善策だろう。
融合する。その感触を確かめながら、レクサが目を開くと――、
――あれ?
そこは、荒野だった。
空は分厚い雲に覆われ、空気も淀んでいる。周囲には騎士達が倒れており、遠くから爆発音が聞こえてきた。
――違うっ。
これは現実じゃはないと、レクサは判断する。そして、自分がここにいるのではないと。
自分の体が自由に動かない。声を上げようとしても、発声が出来ない。
まるで誰かの体を通して、世界を覗いているかのようだ。
「……けれど、それは間違っている」
やがて、レクサの意識と関係なく、声が出た。自分にそっくりな声だった。
体が勝手に振り返り、視線の先にいる少女を捉える。
緑と赤の光彩を持った、黒い鎧の少女。
「どうしても……私の命に従えないのですね?」
「ああ。……そして、君を止める」
悲しいと、この体の主が言っている。いつまでも、皆が笑顔でいられたらと。
しかしそれは叶わない。この終末の世界では、そういられない。
だが、それを成すために、彼女は一つの決断を下そうとしていた。それはきっと正しくて……けれど、認められないものだから。
――レリックの持つ……記憶なのか……。
少女の瞳に映った自分≠ヘ、本当に似た顔をしていた。いや、正確に言えば目鼻立ちや髪の長さ、体格など、レクサと違うところは多々ある。
それでも、なぜか似ていると、レクサはそう感じた。
動く、自分≠ェ。聖王騎士が。悲しみを胸に秘めながら。
「いくぞ、■■■」
「――マイスターの、御心のままに」
声がした。聖王騎士に付き従うように、傍らに浮かんでいた小さな騎士が。
彼女は一瞬悲しげな表情をして……そして彼と一つに――「レクサ君!!」
リインの声で、レクサは我に返る。何秒か、何分か分からない。だが、自分は意識を失っていたようだ。
体も思考も自由になっている。恐らくユニゾンの影響で、レリック・コアの持つ過去の映像がフラッシュバックしたのだろう。
先程の光景は気になるが、今は敵を見つけるのが先だ。
リインに謝罪して、レクサはシャマルに言う。
「お願いします、シャマルさん!」
「分かったわ。クラールヴィント、レクサ君の魔方陣と接続。私たちも協力して索敵魔法のサポートをっ」
意識するより早く、レクサの魔法が展開された。シャマルはそれに魔力で出来たパスを繋げ、検索情報を肩代わりする。
完成するのは、レクサとリイン、シャマルによる超広範囲の索敵魔法だ。
シャマルの周囲には、恐ろしい程の数になったモニターが展開され、そこにあらゆるデータが表示される。レクサの方も同様だ。
空気に含まれる成分や魔力素子。風力や気温・湿度。地面の地層や鉱物。木々の一本一本における構成や樹齢。
オークション会場にいる人間の声・性別・血液・魔力総量・DNAに至るまで。全てを検索し検索し検索し検索する。周囲にある情報≠ニして表示できるものは、全て検索しようとするのだ。
その情報の海に身体を沈めて、レクサは敵を見つけ出すために集中する。
「スバルもう少し堪えて!」 「まだオークションは始まらんのかね」 「外の空気でも吸いにいくかな」
「さっき歩いてた人格好良かった」 「ここも異常なしだな」 「キャリバー、持たせるよ!」
「今日は狙ってる品があってね」 「これ以上進ませるわけにはっ」 「人酔いしそうだなあ」
「フリード、お願い!」 「たばこでも吸いにいくか」 「邪魔すんなガラクタ!」 「紫電一閃!」
「外では機動六課が戦っているようだ」 『これで、終わりっす』 「オークションは中止に出来ない」
「後で挨拶に向かおうかと」 「今の内にお手洗いにでも」 「どこ行ったんだルールーのやつ」
「もう三十分も押してるぜ」 「ティアナたちは、大丈夫かな……」 「ロングアーチと連絡がとれんとは……」
「外に出られないとはどういうことだ!」 「エリオ、キャロ、頑張って」 「外の様子はどうなってる」
「早く終わらないかなあ」 「今日は司書長がゲストらしいぞ」 「今回の出品物はかなり凄いらしい」 ――捉えた。
「そこか!!」
円形の宝石を基点として、武装が形作られる。接続するのは長柄、鉤、槍穂。
そして、鎌の刃。
林の騎士が手にするのは、魂を刈り取るような大鎌だった。
それを頭上で振り回すと、レクサは砲撃体制をとる。槍穂のを覆うように筒状の魔方陣が展開され、同時に足下の魔方陣も新しいものに入れ替わる。
捉えるのは狙撃手。距離は遙か彼方。けれど――届く。
穂先に、魔力が集束する。それをレクサは、一気に放出した。
「――撃ち抜け!!」
魔力砲撃が、レクサから放たれる。
それは狙撃手だけでなく、ガジェットの群れにも伸びていった。魔力砲の軌跡から枝分かれした魔力の光線が、彼らのボディを撃ち貫いたのだ。
スバル達が戦っている敵から、ヴィータとシグナムが相手取っていた飛行型。更に遠隔召喚されてきたものに至るまで、射程範囲の敵を一掃するように。
そしてその砲撃は、レクサから遠く離れた狙撃手。ウェンディを、正確に捉える。
砲撃が着弾。山の斜面抉る衝撃が、爆炎を呼んだ。
《やったです!?》
「……ううん。逃げられ――た――……っ」
リインにそう返答したレクサが、鼻から血を出して膝を折った。二人のサポートがあっても、レクサの身体が持たなかったのだ。
レクサの鎧が消え、アンダージャケットだけの姿に。その姿に慌ててリインはユニゾンを解除。シャマルも接続を切ると、レクサに駆け寄った。
Ψ Ψ Ψ「――あっぶなかったー!」
追撃の心配はないと判断して、セインは地中から浮かび上がる。傍には彼女が直撃寸前で救い出した、ウェンディ。そして、目的の品を見つけ出したルーテシアがいた。
事前情報がなかったとはいえ、あれ程の攻撃力を有しているとは流石に想像できなかった。ウェンディは複数のガジェットから送られる映像を頼りに、相手に狙撃を行っていた。加えてこちらの空間移動を組み合わせれば、まず捕捉されることはないと踏んでいたのだ。
だが、相手はほぼ単騎でこちらを見つけ出し、攻撃してきた。恐ろしい程の探索能力と、砲撃威力と言える。
「ウェンディ、怪我は?」
「……大丈夫っす。ありがとう、セイン姉……」
狙い撃ちされたウェンディは、あそこまで正確に狙い撃たれたせいか、呆けてしまっている。ガジェットもほとんどが大破。これ以上の戦闘はこちらに不利を運ぶ結果にしかならないだろう。
そう判断したセインは、ルーテシアに向き直った。
「ルーお嬢様。ここは――」
「……うん。引こう……。ドクターの欲しい物は、ガリュー≠ェ見つけてくれたから」
こちらは心配ないようだ。
ガジェットがここまでやられると、ジャミングもそう長くは持たない。向こうの管制塔が回復すれば、見つけられる可能性もある。
引き時だ。セインはルーテシアとウェンディを掴むと、地中に潜り込む。
「……惚れたっす……」
そんなウェンディの言葉は、セインにも呟きは聞こえない小さな声だった。
――そしてロングアーチが回復した時には既に、敵の姿は消失していた。
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