「来ちゃったね……」
「うん」

 騒動から一夜が明けた。なのはは祐一に言われ、普段通り学校へ。
 なのはの自宅に招かれることになったユーノから事情を聞き――テレパシーのようなもので会話ができた――ながら授業を受け、そして放課後ある場所へとやってきた。
 ――水瀬家。なのはにとっては、見慣れた場所だ。
 だが、あの夜があった今、なのはは少し、この家に入ることを躊躇っていた。

「あれ、なのはじゃない。何してんのよ?」

 そんな調子で門の前で立っていたなのはに、声をかける女性がいた。振り返るとそこにいたのは、水瀬家の第二の居候。沢渡真琴だ。

「真琴ちゃん……えと……」
「……まぁ、用があるなら入りなさいって。話は祐一から聞いてるしね」

 え? っと思わず声を上げ、意味を聞き出そうとしたなのはの手を、真琴は強引に取る。
 そして、彼女を引っ張って玄関のドアを開けた。
 慌てながらも何とか靴を脱いで、なのははリビングへ。そこには、お茶の準備をしている水瀬秋子と、そして――

「さて、まずは情報交換かな」

 リビングのソファに腰掛けた、相沢祐一の姿があった。






魔法少女リリカルなのはX/0
02.魔法少女に大切なこと






「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」

 祐一の対面に腰掛けたなのはの前に、湯気をたたえた紅茶が置かれる。
 リビングには、名雪を除いた水瀬家の一同が揃っていた。その状況に、なのはは勿論、ユーノも戸惑っている。
 情報交換が目的ならば、念話でも可能だ。だからユーノはそのことを祐一に打診したが、彼が「なのはに基本的なことを教えてやってくれ」と言ったのだ。
 それは何も知らないなのはにとって、重要なことだと。ユーノもそれに同意したからこそ、レイジングハートを一時的に預け、今ここにいるのである。
 しかしこの状況では、会話をすることは難しいのではないか。それとも、この状況で平静を装いつつ、念話を行うつもりなのか。
 現状を把握しきれないユーノたちの様子を悟ったのだろう。祐一は微笑すると、大丈夫だと説明を始めた。

「ここにいるのは、全員関係者だ。昨日のことを説明してあるから、安心しな二人とも」

 その言葉に驚いて、なのはは祐一の背後、テーブルに座っている二人を見た。
 すると、秋子は手のひらに小さな魔方陣を。真琴は狐の耳と尾を出してみせる。

「秋子さんは、この世界の叔父さんと結婚するために帰化したんだ。真琴はちょっと事情があってな、今は秋子さんの使い魔をやってる」

 因みに名雪はそれを知らないけどな、と付け加え、祐一は用意されていた紅茶を一口含んだ。
 秋子はデバイスと魔法使用の原則禁止が言い渡されている。名雪はこの世界で生まれたこの世界の住人であるから、魔力はあってもそのことを伝えてはならない。
 魔法を知らない世界は、外部からの情報で知識を与えることを禁止されているからだ。

「祐一さんは……?」
「俺も、秋子さんと同じさ。ミッドチルダって別の世界の住人。簡単に言えば、異世界人ってとこだな」

 ユーノからそうかもしれないと言われていたが、本人から直接言われると、やはり驚いてしまう。
 なのはは祐一をじっと見るが、外見は普通の人と何ら変わりがなかった。今のは嘘だと言われても、やっぱりと笑ってしまうほどに。

「……ああ、変に疑われても話が進まないから、ライセンスを見せるよ。イタチ君なら読めるだろ」

 そう言うと、祐一は懐から半透明のプレートを取り出す。
 差し出されたそれを手に取ると、そこには祐一の顔写真の映像。そして、見たこともない文字で書かれた文章が羅列されてた。
 なのはの肩に乗っていたユーノは、それを読んでいく。

「……『ミッドチルダのユウイチ・アイザワ』。間違いないよなのは」

 まさか、管理世界の中心地にいる人物が、この管理外世界にいるとは思わなかった。ユーノは今日何度目かの驚きと共に、彼のライセンスを読んでいく。

「ミッドチルダ亜種・X式。魔法ランクAA+。魔力特性……【振動】?」
「魔法に【振動】を与える特性でな。物理的な振動に魔力が反応して、魔法の構築を無理矢理分解させる代物さ。イタチ君、簡単なシールドを出してみてくれ」

 言われて、ユーノは基礎魔術で構築した小さなシールドを作り出す。それに対し祐一はデコピンを当て――魔法を破壊した。

「――な!?」
「今のはイタチ君のシールドに、俺の“振るえ”を乗せた魔力を打ち込んだんだ。だから、普段はこんな衝撃で壊されることがなくても、簡単に破壊できたわけだな」
「……ミッド殺しのX式。聞いたことはあったけど、実在したんですね」

 特別便利でもないけどな、と祐一は補足した。振動を与えるには、物理的な振動に上乗せする形になる。つまりシールドや魔法弾を壊すには、実際に対象へ打撃などの衝撃を与える必要があるのだ。
 同時に、自分の構築する魔法すら衝撃で崩壊するので、一般的な魔力弾やシールドを自分で構築することは出来ない。バリアジャケットや昨夜祐一が使用した、物質化された武装しか使用できないのである。

「とまあ、俺の手品はともかくだよ。なのはは魔法の世界に関しては大体聞いたんだよな」
「はい。ユーノ君だけじゃなくて、祐一さん達もそうだったのはびっくりしましたけど……」
「それについては追々話すさ。それよりまずは、昨日のこれの件だな」

 そう言って次に祐一が取り出したのは、昨夜の化け物の中から出てきた宝石だ。
 身構えるなのはに、祐一は大丈夫だと笑いかける。

「秋子さんに封印してもらってるから、昨日みたいにはならないさ。ですよね、秋子さん?」
「ええ。基本的な処理は済ませましたから、大丈夫ですよ」

 ユーノは一目見ただけで、これが基本的な処理でないことが分かった。自分がレイジングハートの補助があっても、まずここまでの封印は出来ないだろう。
 これをデバイスなしでやってのけたというのなら、この秋子と呼ばれる女性も、相当な実力を持つ魔法使いなのだろう。

「この宝石、ちょっと調べてみたけどロストロギアだよな? どうしてこれがこの世界に落ちてきて、イタチ君が追っていたのか。教えてくれ」
「……分かりました」

 ユーノの説明は簡潔で分かりやすく、祐一が紅茶を飲み干す頃には話が終わっていた。
 ユーノのフルネームは、ユーノ・スクライア。古代遺跡の発掘を生業とする一族の一人なのだそうだ。
 そんな彼がある世界で見つけたのが、このロストロギア、『ジュエルシード』だった。
 彼はそれを輸送している最中、謎の次元震に巻き込まれ、その衝撃でジュエルシードが紛失。この世界にやってきた。
 彼は時空管理局――時空全体の統治と、次元犯罪者を取り締まる組織だ。祐一の知人もここに属している――に連絡を入れると、単身この世界まで追ってきたらしい。

「無茶するな君は……」
「ですが、今回は僕が発掘したのが原因でこうなったわけですし、無視するわけには……」
「それに、どーせ祐一が同じ事になったら、同じ事してたでしょ?」
「ニヤニヤしながらこっち見ないでくれます、真琴さん?」

 否定しないのは、事実だからだろうかとなのはは苦笑した。

「ジュエルシードの総数は?」
「二十一です。内、祐一さんにが持っている物を合わせて、三つまではここに」
「残り十八か。管理局は秋子さんからも打診したんだが、時間がかかるらしい。この世界の周辺、次元の乱れが激しいようでな」

 だから、と告げてジュエルシードを掴むと、祐一は二人に向けて言った。

「このロストロギアは、俺が集められるだけ集める。イタチ君はサポートしてくれ。……なのはは、元の生活に戻ること」

 ……え?
 突然の突き放すような言葉に、なのはは言葉を失う。

「で、でもでも。私には、魔法を使う力があるんですよね。だったら――」
「使えることと、使うことは違うさ。君はこれ以上、この件に関わらない方がいい」
「祐一さんっ、私は――!」
「なのはっ!!」

 突然の怒声に、なのはだけでなく、全員が驚いて祐一を見た。
 いや、ただ一人……秋子だけは、祐一に向けて悲しそうな表情を向けている。

「……自分の人生をひっくり返すことになっても、お嬢は関わりたいって言うのか?」

 彼を見て、なのはは何も言えなくなった。
 辛そうな、泣き出しそうな、そんな顔をした祐一。いつもとは違う、今まで見たことのない表情。
 自分を視線を向けている筈なのに、自分の先にいる“誰か”を、見ているような――。

「……いや、悪い。大きな声出し過ぎたな。ちょっと外で頭冷やしてくるよ」

 言って立ち上がると、祐一はリビングを出て行った。残ったなのはがオロオロしていると、秋子が用意した紅茶のおかわりをなのはのカップに注ぎ込む。
 そして自分も、先ほどまで祐一がいたソファに腰掛けた。

「ごめんなさいね。祐一さんも、こちらに来て色々あったから、気が立ってるのね」
「お、追いかけなくていいんですか?」
「大丈夫。たぶん、あの子のところに行ったんだと思うから」

 だからね、と微笑む秋子の姿を見ると、安心する。母の笑顔に似ているからだろうと、なのはは思った。

「少し、昔の話をしましょう。祐一さんが三年かけて、もう一度この街に来た、その理由を……」



◆  ◆  ◆



「――よう」

 何となく足を運んだら、ここにやって来ていた。
 海鳴総合病院。この一体では、最も大きな病院だ。栞も少し前まで、ここで厄介になっていたと聞く。
 行くべき場所は、何度も来ているから分かっていた。
 そして、会うべき相手も……。

「やあ、祐一君。今日はいい天気なのに、君の顔は梅雨空のようだね」
「その芝居がかった言い回しはなんとかならんのか……」
「ふむ……本ばかり読んでいると、しゃべり方まで移ってしまうようだ。ここを出る前に、ボクももう少し、身の振り方を考えないとだね」

 マイペースな物言いに、祐一は思わず笑ってしまった。
 まあ、三年越しに目を覚ました第一声が「たい焼き……」だっただけはある。
 ため息を吐いて、病室のドアを閉める。ここは個室だから、ナースを呼ばない限り人も来ないだろう。
 だから祐一は安心して、彼女に向き合った。
 ベッドに横になった、彼女に――。

「ちょっと相談があるんだよ。……あゆ」





「祐一さんもね、昔ユーノ君と同じ状況になったことがあったのよ」

 ゆっくりと話し出した秋子は、過去の出来事を思い出しながら語り出す。

「姉さんのお願いで、彼を預かっていたのだけれど……その時海鳴には謎のロストロギアが落ちてきてね。私は負傷、動ける人間は祐一さんだけ」

 今はともかく、四年前の祐一はまだX0を渡されたばかりの素人だった。
 だが、放っておけば危険があるそれを、彼は放ってはおけない。危険を覚悟で、ロストロギアを止めに動いたのだ。

「けれど、その戦いの中彼も傷を負い……そして、当時彼の友人であり、魔法の才能があった、月宮あゆちゃんにX0を託した」

 それはユーノと、なのはの状況とほぼ同じだ。
 二人は顔を見合わせて、秋子の話の続きを待つ。

「結果はロストロギアの封印に成功。あゆちゃんは昏睡状態になってしまい、祐一さんはミッドチルダに戻された」

 だから、あの時彼はあんなにも辛そうな表情をしていたのか。なのはは祐一が怒鳴ったときを思い出す。
 秋子は続けて、月宮あゆの今を語る。祐一は三年であゆを目覚めさせる方法と、再びこの世界へ渡る許可を手にし、去年の冬にこの街へ戻ってきた。
 そして祐一の努力の末あゆは目覚め、今はまだ病院にいるものの、リハビリを行えば社会復帰も可能になるまで回復した。
 けれど、そこに至るまでの道は、険しく過酷だったはずだ。

「だからね、なのはちゃん。あなたの次の選択は、きっと良くも悪くも、あなたの人生を大きく狂わせる」

 よく考えて自分のあり方を決めなさい。最後に秋子はそう告げた。
 ただ、やれる事があるからやるのでは、いけないのだと言うように。

「……ふぅん」

 そして、顔を伏せるなのはを、真琴がじっと見つめていた。





「成る程。それで祐一君は幼い女の子に怒声を浴びせたあげく、ボクのところまで逃げてきたわけだ」
「く……っ。正論だけに何も返す言葉がない……!」

 一通り昨夜の出来事を話した結果、飛んできたのは罵倒だった。パイプ椅子に座っていた祐一は、思わず縮こまる。
 仕方がない。月宮あゆはいつも正しい。四年前から、それは変わらない。

「まあ、祐一君がボクとなのはちゃんを重ねてみるのも無理からぬ事だし、ボクを思って怒ってくれたのなら、それは嬉しいことだよ」
「……お前はホント、恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言う天才だよ」
「言葉一つで羞恥するほど、心が体に追いついていないだけさ」

 そうかい、と言って祐一は顔を背ける。そんな祐一の姿を見てコロコロとあゆは笑い、話を切り直した。

「ボクはね祐一君…今でも魔法少女をやって良かったと、そう思ってるんだよ」
「……分からないな。お前にX0を貸したせいで、お前は四年もベッド暮らしになったんだぞ?」
「それでも、だよ。祐一君」

 そう言って、あゆは胸に手を当てると、静かに目を閉じた。

「不思議な力を手に入れた、あの心満たされる感覚を。人を助けよと駆けた、あの日々を。君と初めて出会った、あの瞬間を。ボクは今でも覚えているし、ずっと忘れない」

 祐一だって、忘れていない。
 四年前にこの海鳴で起こったロストロギア事件。あの時も時空管理局の救助が遅れ、管理外世界での魔法使用は禁止されていることを承知の上で、戦える秋子と祐一が対処にあたったのだ。
 しかしその中で秋子は倒れ、祐一自身も戦えないほどの傷を負った。戦いを知らなかった四年前の彼は、痛みを乗り越えられるほど強くなかった。

「……でも、お前が何て言ったって、俺はX0を預けるべきじゃなかった」

 そして、あゆに出会った。
 傷ついた彼は、魔力の才能を持ったあゆにX0を託し、サポートをしながら共に戦った。
 不謹慎だと言われるかもしれないが、楽しかった。
 一緒に誰かといられることが。誰かを助けているという実感が。幼い彼らを最高に高ぶらせた。まるで世界を救う、勇者の世界にやってきたかのようだった。
 ――現実に戻ったのは、あゆが動かなくなったときだ。

「――祐一君。魔法少女に大切なことって、知ってる?」
「……は?」

 急に話題を変えたあゆに、祐一は思わず顔を上げた。その表情がツボにはまったのか、あゆが思わず吹き出す。
 何が面白い。こっちは気分が落ち込んでるっていうのに。

「いや、ごめんごめん。君が真剣な顔をしているものだから、つい」
「つい、で笑われる俺の身にな――」

 れ、と言い切る前に、祐一は急に立ち上がった。あまりの勢いに座っていた椅子が転がって、派手な音がする。

「祐一君、病院は静かにしないと……」
「すまん、あゆっ。言ってたロストロギアが出た。ちょっと行ってくる!」

 二の句を告げぬ勢いで、祐一は飛び出す。
 その姿にあゆはため息を吐いて、言った。

「まだ言い終わってなかったのに……。魔法少女に大切なこと」

 そして、ベッドから見える空を見る。四年前のあの人同じ、青い空を。

「それは――」





「なーにしてんのよ、なのは」
「……真琴ちゃん」

 その頃、なのはは海鳴にある『ものみの丘』へやって来ていた。一人で考えたいと言って外へ出たから、ユーノは不在だ。
 なのはがいるのは丘の頂上。大木だったであろう切り株に座って、空を見上げていた。
 そこにやって来たのが、沢渡真琴だ。

「しけた顔してるわねー。まっ、あの話聞いたら誰でもそうなると思うけど」

 そう言いながらなのはに差し出したのは、コンビニで売られている肉まんだ。
 春とはいえまだ肌寒い中、季節外れのそれをなのはは受け取り、頬張る。
 暖かい。だから、その暖かさと一緒に、閉じた言葉が溢れてきた。

「私ね、真琴ちゃん。……将来の夢もなくて、今できることもあんまりなくて。そんな私でも、何か出来ることがあるって分かって……それが凄く嬉しかったんだ」
「でも、祐一のことを聞いたから、どうしたらいいのか分からなくなった?」

 何も言わないのは、肯定だ。
 真琴は短いながらも、保育園で子ども達と接してきた。だから人一倍心の機微に敏感になっている。

「真琴ちゃん。誰かのために、何かやれることがあるならやりたいって……そんな気持ちは間違いなのかな?」
「――間違いなんじゃない?」

 予想していなかった返事に、俯いていたなのはが思わず顔を上げる。
 その表情に小悪魔のような笑みを返し、真琴が続ける。

「私たち丘の狐はね。記憶と魔力と自分の命を捧げて、人の姿になるの」

 人になりたいと願っても、なりたかった頃の自分を忘れてしまう。
 人になっても、季節が過ぎるよりも早く、死を迎えてしまう。
 それでも人になりたいのは、全てを賭けても人になる理由があるからだ。

「私が人になったのは、“自分が”祐一にもう一度会いたかったから。死にそうになってた私を助けてくれた男の子に、『ありがとう』って言いたかったからなのよ」
「……自分が?」

 そう、自分が。
 そう言って肉まんを一口。丘から見える町の景色を眺めて、真琴は言った。

「だから、“誰か”の為なんてつまんないこと言ってないで、“自分”の為に何かしなさい。高町なのは」
「……いいの、かな? 自分のワガママで、祐一さんを悲しませたり、みんなに心配かけたりして?」
「当然よ!」

 風が吹く。
 それに乗って流れてくる魔力を感じながら、真琴はまっすぐになのはを見た。

「関係ないって、言ってやればいいのよ。なのはは子どもで、子どもは自由で、だから――」

 だから、

「あんたは無敵なんだから!」



◆  ◆  ◆



「祐一さん、結界はもう張ってありますっ」
「さんきゅーイタチくん!」

 駆けつけた先。海鳴の市街地に張られた結界の前で、祐一はユーノと合流した。

「植物が巨大化して暴走してます。僕じゃ本体まで近づけなくて……」
「十分。イタチ君はジュエルシードの位置を探ってくれ。俺がそれを引っ張り出して封印するさ」
《X0――Awaken》

 言いながら、祐一はX0のバリアジャケットを装着。同時にチャクラムの武装、ゼロスライダーを顕現させる。
 ユーノの許可を得て結界内に入ると、そこには周囲のビルよりも巨大になった樹木が出現していた。
 枝だけでも普通の木の幹と同じ太さだ。それがいくつも伸びて街を浸食している。

「こいつはちょっと、厄介だな。X0!」
《0-Slider, Ridermode》

 祐一がX0に指示を出すと、チャクラムが祐一のくるぶしに装着された。
 ライダーモード。チャクラムを車輪代わりにして機動能力を強化させた、ゼロスライダーの応用機能である。
 体をかがめ、祐一はクラウチングスタートの体勢に。チャクラムがうなりを上げて、祐一の体を――

「さあ奮えるぜ!」

 ――一気に押し出した。
 狙いは怪樹の幹。ロストロギアがあるなら、恐らく幹のどこかだ。
 だから迷わず、祐一は行く。
 途中、枝から更に伸びた怪樹の腕が殺到するが、構わない。足に装着したままのスライダーを使い、次々と伐採していく。

「――クイントさん、技を借りるよ!」
《Ride Slicer!》
「シューティングアーツ・ナカジマ流……アレンジバージョン!」

 叫ぶ。
 そして祐一は格闘術の師から教わった技で、前を塞ぐ極太の枝を両断した。
 ――しかし、

「通れないか……っ」

 相手の壁の方が、祐一の勢いに勝っていた。
 再生速度が、祐一の攻撃を上回っていたのだ。切ったそばから枝が再生を続け、祐一を逆に押し返す。

――まずい!

 この怪樹の増殖スピードは危険だ。ユーノが張れる結界の範囲は無限でないし、それを抜けられると一般人に被害が及ぶ。
 それを防ぐには、枝も幹もまとめて切り抜く魔法を使う必要がある。
 祐一にはその手段はあった。だが、それが出来るだけの時間が足りない。

「何とか、アレを打つだけの時間を稼がないとっ」

 そう自分に言い聞かせ、再び構えた。
 その時だ――

「祐一さん!!」

 背後からの声。聞き慣れた、幼さを残した声だ。
 まさかと思い祐一が振り返ると、そこにはいて欲しくない少女がいた。
 ――高町なのはだ。
 隣には、すまなさそうに顔を伏せるユーノの姿がある。

「私、やっぱり手伝います!」
「お前……まだそんなことっ。いいから帰れ、お前は――」
「……う、う、うるさいバカァ!」

 顔を真っ赤にして、なのはは叫んだ。
 まさかなのはの口からそんな言葉が出てくると思わず、思わず祐一は閉口してしまう。
 居候の狐の影がチラつくのは、気のせいだろうか。
 叫んだなのはも、歯止めがきかなくなったのか。おとなしい普段の姿が嘘のように、ワガママな子どものように、祐一に言う。

「もう、決めたの! 私が決めたの! だから、祐一さんが何て言ったって、絶対やるんだから!」
「お、おい……なのは……」
「――守りたい物を守れる自分に、やりたいことをやれる自分に、私はなりたいから!」

 だからと、なのはは続ける。
 自分がやりたいことを。やると決めたことを。宣言するために。

「だから、私は――魔法少女になります!」
《――All right, My master!!》

 そして桜色の魔力光が、空を貫いた。
 彼女の声に応えたレイジングハートが、杖の形をとる。
 赤い宝石を包む、三日月の装飾。純白のシャフト。それをつなぐピンクの上部シャフトと石突き。
 更にはなのはの姿も、白いローブへと変化した。彼女が通う学校の制服。それを基本とし、腕や胸には金属製パーツ。それがビスで固定され、戦うための姿を形どる。

「風は空に、星は天に……輝く光はこの腕に!」

 不屈の心は、この胸に――!

「レイジングハート!」
《Drive ignition》
「セーットアーップ!!」

 光がはじけ、なのはの変身が完了した。
 そして、ゆっくりと祐一の前に降り立つ。

「……やりやがったなこの野郎……」
「……謝らないもん」

 頬をふくらまして、なのはは反論する。
 その姿は、全然似ていないはずなのに、なぜかあの日のあゆと重なって見えた。
 それが思わずおかしくなって、祐一は吹き出してしまった。

「――ぷっ」
「な、何で笑うんですか!」
「いや、悪い悪い。ったく、しゃーねーな」

 決めたのなら、仕方ない。譲らないなら、受け止めてやろう。
 今度は最後まで、守り抜いたらいいだけだ。

「あの枝をかいくぐって、一撃を入れたい。だけどそれをするには、俺は数分無防備になる」 
「……ふぇ?」
「俺が突っ込むから、お前は周りの枝を対処してくれ。……できるな?」
「……ぁ。はいっ!」

 嬉しそうな顔しやがって。祐一はなのはの頭をくしゃりと撫でてた。
 そしてスライダーを消すと、代わりに両刀、エクスブレードを顕現させた。

《Charge start》
「さぁ、これで決めるぞっ」

 駆ける。
 スライダーがない分速度が落ちるが、祐一は全速力で怪樹に向けて走り出した。
 先ほどと同様枝が祐一に向けて襲いかかる。しかし、今度それを撃ち落とすのは、なのはの魔法だ。

「レイジングハート、お願い!」
《Divine Sooter, shooting》

 なのはの周囲に浮かぶのは光弾。魔力弾の生成を全てレイジングハートに任せ、なのはは照準を合わせてひたすら撃つ。
 その弾道は鋭く正確だ。祐一はその威力と精度に舌を巻きながら、勢いを殺すことなく走った。
 魔力を帯びたエクスブレードの刃が、ほんのりと光を放っていく。
 そして幹の傍まで来たその時、一際大きな枝が祐一に殺到してきた。シューターでは潰せないサイズだ。

「祐一さん!」

 だが祐一は迷わない。背中の彼女に全てを預けて、ただまっすぐ突っ込む。
 言葉にしないそれを感じて、なのははレイジングハートの名を呼んだ。
 撃ち抜く力が、欲しいと。

《Canon mode, ready》

 それに応えるのは、レイジングハートだ。
 ヘッドが音叉状に変形。更に上部シャフトからグリップとトリガーが展開し、光翼が広げられた。
 カノンモード。なのはの願いを果たすための形だ。

《Call, Divine Buster》
「ディバイィィィィン――!」

 ヘッドの先端に、魔力が集束していく。その密度は祐一が瞬間的に出せる出力を軽く超えていた。
 魔力だけならAAAクラス。それがなのはの才能だった。 

「――バスタァァァァァー!!」

 そしてなのはが、それを撃った。
 反動で体が吹っ飛ぶが、狙いは正確だ。祐一に迫っていた枝のど真ん中を貫いて、更には木の幹を覆っていたバリアも破壊する。

――化け物だなお嬢は!

 短いチャージでこの破壊力。祐一の想像を超えた力だ。今はスペック頼りだが、成長すればとんでもない魔法使いに成長するだろう。
 その未来のためにも、祐一は刀身に魔力を込める。
 ――いや、込めきった。

《Charge 3, Over drive!》
「二刀両断!!」

 魔力に恵まれなかった祐一は、それを補う手段を二つ持っている。
 その一つは、力を超える技術。
 そしてもう一つは、魔力チャージと解放だ。

《X-calibur!!》
「ぜりゃあああぁぁぁ!!」

 跳躍。魔力の解放。
 そこから祐一は、腕を交差し掲げた剣を、同時に振り下ろした。
 バツの字に魔力光の斬撃線が空間を揺らし、怪樹に光の斬撃痕を残す。
 ビル屋上への着地と同時、手元で回した剣をコンクリートに突き立てると、祐一は笑みを浮かべて背を向けた。

「……奮えたろ?」

 言うと同時、巨大な爆発で怪樹は粉々になる。
 残ったのは、小さな苗木と取り出されたジェルシードだ。
 その内の一つ。ジュエルシードを手に取って、祐一はなのはの方へ振り向いた。

「……えへへ」
「――ったく。後でたっぷり説教してやるからな」

 口ではそう言いながらも、祐一は顔には自然と笑みが浮かんできていた。
 あゆの言葉を思い出したからだ。

――魔法少女に大切なこと。

「……言われなくっても、お前やなのはを見てれば分かるよ。あゆ」

 それは、

「自分の気持ちを曲げない、頑固者……てとこか」

 後で答え合わせをしよう。
 そう決めて、祐一はなのはとユーノ二人に向けて、歩き出した。






<あとがき>
と、いうわけで第二話「魔法少女に大切なこと」でした。祐一くんの特性や必殺技的なものも登場し、出だしとしてはこんなもんかなと。なのはの「魔法少女として懸命になる」というプロセスもここでしっかり固められたかと思います。
月宮あゆの口調云々は、私の趣味です。正直申し訳ない。でもこんなあゆも可愛いよね。

次はフェイト登場回の予定。ついでに予告もどきー。




「そ、そんなこと言う人嫌いです!」

「いいなー行きたいなーネコ屋敷ー」

「……そのロストロギア、渡してもらえませんか?」

「剣で手が塞がるからさっ、その分足癖が悪いんだ!」





次回:猫と屋敷とイナズマガール(仮)
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