声が聞こえる。
――助けて!
遠く、頭の中に響く声だ。
誰かを求める声。何かにすがる声。自分にない力を、悔やむ声。
祐一は、この声音を知っている。これは、昔自分が発した物と、同じだったから。
だから、本当に強くなりたかった。伸ばしたその手が、今度は届くように。
大切なあの子に、届くように――
「……変な夢だな」
天井に手を伸ばしたままで、相沢祐一は呟いた。ベッドの感触に慣れないのは、ここに来てまだ日が浅いからだろう。
ここは祐一の家ではなく、居候先の水瀬家なのだから。
目覚ましを手に取ると、予定した時刻より少し早かった。しかし、二度寝をするには微妙な時間帯だ。それに、
「あいつの部屋の騒音を、先に止めときたいしな……」
同じ階で寝ている、従姉妹の部屋を思い浮かべる。
大きなカエルのぬいぐるみと、両手に抱えても取りこぼすほどの大量の目覚まし時計。
そして、騒音を通り越して爆音に近い目覚まし時計フルコーラスの中で、幸せそうに寝ている従姉妹・名雪の姿だ。
「じゃあまっ、さっさと起こしに行きますか」
その前に、着替えないとな。そう一人ごちて、祐一は寝間着に手をかけた。
――夢で聞いた、助けを呼ぶ声を頭の隅に留めたまま。
魔法少女リリカルなのはX/0
01.Xの鼓動/0の輝き
「おはようございます、祐一さん」
名雪を文字通り“たたき起こした”祐一が、二階から降りリビングに入ると、そこには二人の女性がいた。
一人は祐一を労った女性。名雪の母で祐一にとっては叔母にあたる、水瀬秋子。
そしてもう一人は――
「あんまりちんたらしてたら、遅刻するわよ祐一」
「お前こそ、ソファで寝転んで幼稚園に行くの遅れるなよな、真琴」
頭を乱暴に撫でられて、「あぅ……」と唸る金髪の少女。沢渡真琴だ。
冬の日に突如現れ、祐一を襲っ(たと表現するにはいささか語弊がありそうだが)た後、紆余曲折を経て水瀬家に住むことになった居候二号。
さらには、今は秋子の使い魔として働く少女でもある。
「……名雪が降りてくっから、そろそろ耳と尻尾、隠しとけよ」
「い、言われなくても分かってるわよ! ただ、ずっと隠してるのも疲れるんだから、仕方ないでしょ!」
噛みつくようにそう言って、真琴はスカートの下から除く尾と、獣の耳を隠した。
彼女、沢渡真琴の本来の姿は狐だ。
ただ、かつて自分を助けた少年に会いたいという理由で、記憶と命を捨て、人の形を成したのである。
秋子と祐一は“そちら側”に詳しく、魔力の供給がなければすぐにでも消えてしまう彼女の為に、契約を結んだのだ。
本来なら祐一が行うところだったのだが、彼と真琴は魔力の相性が悪かった。そこで秋子が彼女の主となったのである。
「あらあら、二人とも朝から元気ね。それなら元気ついでに、新しいジャムの試食をお願いしようかしら」
「……いやぁ、俺は朝から胃の調子が……。というわけで真琴」
「なに一人で逃げようとしてんのよぅ! 噛みつくわよ!」
「ふぁ…おはよう……。朝から賑やかだね……」
ジャムという名の一種の兵器を前に、醜いなすりつけあいを始めようとしていた二人だったが、そこへ割り込むようにリビングに名雪が現れた。
長い青髪と、寝ぼけ眼が印象的な彼女は、家長である秋子の一人娘。今日は調子がいいのか、降りてきた時点で制服に着替えていた。いつもなら、パジャマ姿がデフォルトなのだ。
「おう、今日は早いな名雪。何かいいことでもあったのか?」
「……いきなり手刀が落ちてきた後、ウキウキで起きる私じゃないよ……」
そう言ってジト目で祐一をにらむ名雪。それに対し祐一は「起こしてもらえるだけありがたく思えよなー」、と意に返さぬそぶりで朝食の並んだテーブルに腰掛けた。「う゛ー」と唸りながら睨んできても無視。起きない方が悪いのだ。
「んじゃま、いただきます」
いつもの朝。
本当ならこうならなかったかもしれない朝だ。
この朝を守れて良かったと、睨みに加えて頭を押しつけグリグリしてくる名雪を押しのけながら、祐一は朝食に手を伸ばした。
……ジャムは全員で処理することになった。
「いい加減機嫌直せよ−、名雪」
「つーんだよ。そう簡単に許さないんだから」
めんどーなやっちゃな、と心で思いながら先に行く名雪を祐一は追いかける。朝の手刀が余程お気に召さなかったらしい。
まあ確かに、あれは少しやり過ぎだったと、祐一は反省しているのだ。手刀に“振るえ”を乗せれば、飛び起きて当然だろう。
「悪かったって。始業式終わったら、翠屋に連れてくから」
「……いちごパフェ、だよ?」
「いいけど、ちょっとはお前も払ってくれよな」
中学生に喫茶店の料金全額は中々懐が痛い。あそこの食べ物はどれも美味いし、居心地もいいけれど、少しばかり値段が張るのだ。
懐の具合と次の小遣いまでの期間を頭の中で思い浮かべ、若干憂鬱になっていると、後ろから声をかけられた。
「相沢君は、将来奥さんに尻に敷かれるタイプよね」
「俺もそう思うよ……」
長いウェーブの黒髪が特徴的な、名雪の親友。緩い空気の従姉妹に対し、どこか張り詰めた空気を感じさせる彼女は、美坂香里。祐一のクラスメイトだ。
「あっ。おはよ〜かおり〜」
「おはよう名雪。今日は遅刻ぎりぎりじゃないのね」
「い、いつも寝坊する私じゃないよ〜」
毎朝たたき起こされている人間とは思えない物言いだ。しかも遅刻を回避したのは自分の功績なのに、いつの間にか奢ることになっている。
いつの間にこんな事になったんだろう。祐一はため息をついた。まあ、自分で言い出したのだから悪いのは彼自身なのだが。
「で、栞の調子はどうよ。順調か?」
「……もうすぐ退院だし、結果も良好。二学期には学校にもこれるかもってとこかしら」
祐一の問いに少し言葉を詰まらせたものの、香里は笑みを含めてそう言った。
美坂栞は、香里の妹だ。祐一がこちらにやってきたすぐの頃、たまたま校庭で見かけたことから知り合った経緯から、顔見知りになった。
祐一は深くは聞かなかったが、彼女は相当重い病にかかっていたらしい。知り合ったのも、栞が手術を受ける数週間前だった。
「……ありがとね」
「ゑ? 急に感謝されても訳が分からんのだが」
「あなたが色々してくれたおかげで、あの子と向き合えたのは事実だからね。一応よ」
律儀な奴だ。祐一は香里の不器用さに苦笑する。
不器用だから、死ぬかもしれない妹と、向き合う方法が分からなかった。無視して、いないものとして、切り離そうとした。
それがどうしても許せなくて、祐一は無理矢理関わってしまった。
「香里ー。早くしないと遅れるよー」
「――はいはい。じゃっ、行きましょうか」
名雪(遅刻姫)に促され、香里が先に行く。その表情は初めて会ったときとは違い、どこかスッキリとしたものだった。
「――まぁ、関わって良かったってことかな」
今は制服の下に隠れた、首元のネックレスをいじりながらそう呟いて、祐一は彼女たちの後を追うように駆け出した。
「……で、何でお前らまで来てるわけ?」
「相沢が奢ってくれると聞いて」
「相沢君がごちそうしてくれるって聞いたから」
「俺は富豪じゃないから、そんなお金は出せません」
放課後、珍しく部活のない名雪と、噂を聞いた二人を連れて、祐一は喫茶・翠屋に来ていた。隣でワクワクしながらメニューを見るのが名雪。対面で涼しい顔をしているのが香里。
そして、その香里の隣に座っているのが――
「まっ、それは冗談として。俺もここは久しぶりだからさ。桃子さんのお手製シュークリーをいただこうと思ってな」
北川潤。祐一がこちらに越してきて、最初に友人となった男だ。
染めているのだろう金髪と、一本だけピントはねた髪が特徴的で、見た目の派手さに似合わず真面目で面倒見がいい性格。祐一も新しい環境で色々困っていたが、彼のおかげか一月もせずクラスメートと打ち解けられた。
祐一が一番の親友はと聞かれれば、まず挙げるだろう人物である。
「あらあら。だったら今日は北川君に、とびきりのを用意しないと」
そんな北川の言葉に対応したのが、この翠屋の店主・高町士郎の妻。高町桃子だ。
祐一の記憶では高校生の息子と娘がいたはずだが、それを感じさせないほど若々しい、綺麗な女性。従姉妹の母も同様だが、この町は妙な力でも働いているのではないかと勘ぐってしまうほどだ。
そんな彼女の後ろ。カウンターで準備をしている士郎に祐一は軽く会釈をする。甘い物が苦手な祐一は、どちらかというとこの店の料理に惚れて通っている。自分が料理下手なのもあって、士郎は尊敬する対象なのだ。
ここで普通なら北川が冗談で桃子を口説こうとして、士郎の殺気を受けた後、香里にひっぱたかれる漫才が始まるのだが、今日は別のお客様がいた。
”その子”は祐一も、他の三人もよく知る人物。高町家の末っ子だ。
「いらっしゃいませ、みなさん!」
「あ〜、なのはちゃんだよ〜」
「久しぶりね、元気だった?」
「はい! もう、元気元気ですよ!」
祐一もよく知っている彼女。ピョコンとはねた、両側で結わえた髪が特徴的な小学三年生。
かつて大けがを負い、入院生活をしていた高町士郎の事があり、一時期水瀬の家で預かっていたこともあるらしい。その為か、特に名雪と香里には懐いていて、「お姉ちゃん」と呼ばれているぐらいだ。
「祐一さんも、今日は名雪お姉ちゃんに引っ張られて来たんですか?」
「なんか情けなくなるから、その言い方は止めてくれよお嬢……」
その延長で水瀬家にもよく泊まりに来ることがあり、祐一も彼女のことはよく知っていた。
ここで会うときはよく、なのはの友人――アリサ・バニングスと月村すずか。育ちの良さそうな二人だ。前者はとにかく生意気だが、後者は祐一と顔を合わせるだけで真っ赤になる――といることが多いのだが、今日はどうやら一人らしい。
「も〜、お嬢は止めてくださいよーっ」
「そうは言っても、君は士郎さんの娘さんだしなあ……」
嫌だと言っても仕方がないといった風に、祐一はそう返す。祐一は士郎に週一で料理を習っているからだ。
壊滅的に料理が下手な彼は、同姓ながら素晴らしい料理の数々を作る士郎にお願いし、少しずつ作り方を教わっている。今では簡単な調理なら可能なレベルにまでなったのは、高町士郎がいたからこそだ。
だから尊敬している娘に大して、気軽に「なのは」と呼びにくい。そこで祐一は彼女のことを、
「というわけで、諦めてくれお嬢」
「ま、またーっ。ふつうになのはって呼んでくれたらいいのに……」
と呼んでいるわけだ。とは言え、最初は本当にそう言う気持ちで呼んでいたが、今ではからかい半分でもある。
所謂、コミュニケーションの一部なのだ。
「……ん?」
あまりこの話題を引き延ばすと本気でなのはがごね出すので、話を切り替えようとしたところで、祐一はある違和感に気づいた。彼女から感じる何か、日常では感じないはずの気配だ。
この“世界”で、感じてはいけない気配が、彼女をまとっている。
「あ…えと……どうしました?」
集中しすぎたせいだろう。気づくと祐一は、身を乗り出してなのはを見つめていた。
「相沢君……あなた……」
「相沢……俺はお前の好みが何でも親友だぞ……」
「違うわバカ! ……なのは、最近妙なことなかったか?」
こういう時は、本人に聞くのが一番早い。嘘をついていても、本当のことを話しても、相手の反応を見ることが出来るからだ。
「妙なこと……ですか? えーっと……怪我をしてたフェレットを見つけたこと、ぐらいかなぁ……」
こちらの言葉に動揺した様子はない。彼女の言うことに嘘がない証拠だ。
なのは曰く、今日学校から帰る途中、いつもの二人と抜け道を使っていたところで、怪我を負った動物を見つけたと言うのだ。幸い友人は犬や猫をを飼っていたので、動物病院と連絡が取れ、今はそこで治療を受けているらしい。
祐一はそのフェレットと、なのはから感じる違和感に繋がりがあるか考える。普通なら関係ないと切って捨てるところだが、狐が人に化けて会いに来るなんて前例があるのだ。些細なことでも、決して無視できる内容ではない。
「なのは。明日でいいから、そのフェレット俺も見に行っていいか?」
「いいですけど……もしかして祐一さんのペットですか?」
「いや、友達が飼ってたって話をしてたから、もしかしたらと思ってな」
我ながら、何ともない顔で平気で嘘をつけるものだ。なのはは祐一の言葉に疑っていないし、周囲も祐一に動物好きの先輩が一人いることを知っている。万が一嫌な予感が外れていても、勘違いで済む理由だ。
約束を取り付けた祐一は、なのはに念のためと言って動物病院の住所を聞く。これも自然な流れだろう。そして礼を言うと、残っていたコーヒーを飲み干した。
「おいしーよー」
目の前で名雪が、二つ目のイチゴパフェに取りかかったのは視界から外した。
「お出かけですか?」
「ええ、ちょっとコンビニまで。すぐに帰りますから」
翠屋から帰宅し、夕食を取った後。祐一は皆の知らぬうちにと思い、玄関まで来ていた。
しかし、流石家長。出る寸前、秋子に見つかってしまった。心配させないためすぐに出て終わらせようと思っていたのだが、甘かったらしい。
「ほんとうは?」
「……なのはから、“魔法”の気配がしたもので……その原因を探ってみようかなあと」
嘘を吐いているのがバレていたらしい。この人は心を読むエスパーのようだ。
「彼女自身のものではなく、ということですね? 確かに最近、ちょっと騒がしいみたいですし」
「まあ、なのはから原因っぽいものの話は聞けたんで、今日はその確認ですね。これ以上、この町で厄介ごとを増やすと、俺が居づらくなりますから」
俺が言うのもなんですけど、と笑って、祐一は靴を履いた。止めても行くという意思表示のつもりだ。
秋子の方を向くと、いつもの笑顔に少し「仕方がない」という、感情が交ざっているように見える。
――去年の冬から、自分はこの人のこの表情ばかり見ている気がするなあ。
「これで、最後ですから。俺ももっと、この町にいたいですし」
「……名雪も真琴も、勿論あなたの友人も、あなたのことを大切に思っていることを忘れないでくださいね」
了解です。そう言って、祐一はドアを開けた。もう春だというのに、四月の風は初めてこの町に来た頃を思い出させる。
「いってきますっ」
「――いってらっしゃい」
そして祐一は、春の闇の中へ飛び出した。目的地は動物病院、なのはの言っていたフェレットのいる場所だ。
明日まで待つのは、もしかすると危険かもしれない。なのはから感じた魔法の気配は、祐一がよく知っている物だった。その感覚に間違いがなければ、この町にあってはならない事態が起こる可能性もある。
――可能性の芽は、早めに摘んどくに限る。
だから次になのはが会うより先に、物語を終わらせる。
彼女の持つ才能は危険だ。きっと、彼女の人生を大きくねじ曲げる。
そうなる前に――
『助けて……!』
声は、昨夜響いたものと同じだった。
「ビンゴかこんちくしょう!」
脳に響く、助けを呼ぶ声。それを聞いて、祐一はかけるスピードを速めた。予想は間違いではなかったのだ。
目的地近くの交差点にさしかかり、祐一は正面にあってはならないものを見る。
魔法を行使することで出来る空間の揺らぎ。
――結界構築。
「ああもう! なんだこの町はっ、摩訶不思議アドベンチャーワールドかよ!?」
幼なじみは幽霊で、先輩は魔物使い。後輩は悪魔に寄生され、丘の狐は人になり、従姉妹はイチゴの申し子だ。最後が急にショボくなったが、祐一は気にしない。
首に提げたネックレスを掴むと、そのまま結界の中に飛び込んだ。
周囲に特に変化はない。人の気配が消えているぐらいだ。
そして目の前には――今にも襲いかからんとする妙な化け物と、小動物と、
「――お嬢!」
祐一は迷わず地を蹴り、なのはを襲おうとした化け物を蹴り飛ばした。
思ったより勢いが付いたのか、化け物は大きく吹き飛ばされ、地面を転がっている。
一息。祐一は体制を整えると、ゆっくりと振り返った。
「……まっさか、こんなややこしい事になってるとはな」
そこにはいつも着ている制服に似た、おそらく魔導着であろう白い服を着た高町なのは。 そしてフェレットに似た動物がいた。
恐らく後者が助けを呼び、今結界を張っている主だろう。
「なんで……彼女が変身した後、結界を張ったはずなのに……」
「まあ、知らない人間には通れないよな」
人払いでは被害を防げないと判断してだろう。この結界は空間の位相をずらすものだ。ちょっと不思議な力を使える人間でも、ここに入ってくるのは難しいだろう。
だが、祐一にはそれが出来る。なぜなら……
「まっ、色んな話は後にしよう。簡単に言うなら、俺も“そちら側”の住人って事だよ、イタチ君」
「そんな……なぜ管理外世界に……?」
答えない。後で話すと言ったからだ。
今は現状の把握より、目の前の驚異を払う方が先決なのだから。
黒い獣のような敵は、祐一の蹴りを受け、警戒している。彼が普通の人間ではないと察知したのだろう。すぐに襲いかかることをせずに、距離を保っていた。
「祐一、さん……ですよね?」
「おう、祐一さんだぜマジカルガール。とりあえず、こいつを倒す。そこで見てな」
戸惑うなのはにそう言って、祐一は身につけていたネックレスに手をかける。
――巻き込ませるわけには、いかないよなあっ。
彼女は、なのはは何も知らない人間だ。知らない人間は、出来ることなら知らずに終わる方がいいに決まっている。
彼女はまだ引き返せるし、こちらの領分にこれ以上誰かを巻き込むべきじゃない。
一瞬、秋子に出かける前に言われた言葉を思い出す。
だが――
「ごめんなさい秋子さんっ。でも、やるべき時は……やる!」
《Stanby ready》
ネックレスの装飾。0の上からバツを重ねた形のそれが、彼の問いに応じる。
後ろで驚く声を聞きながら、祐一は力を求める声を放った。
「
X0、起動!!」
《X0――,》
足下に、魔方陣が展開する。前面に、Xと0の文字が浮かんだ。
それが高速で回転したかと思うと、彼に向けぶつかるように装着する。
《――Awaken》
一瞬の輝きの後、祐一の姿が変わる。
ミリタリージャケット。色は紫を基調として、所々にXと0を模した意匠が施されている。
その中で最も目に付くのが、胸のパーツだ。
ネックレスの時と同じ、0にXを重ねた銀色の金属製パーツ。それがひときわ強い輝きを放っていた。
「魔導士……っ」
「祐一さん……私と同じっ?」
輝きが消え、魔方陣が消失。祐一は敵を睨む。
威圧に震えた獣は、大きく後退した。その姿に笑みを浮かべると、相手を指さした。
「さあ――、奮えるぜ?」
そして祐一は一歩、コンクリートの地面を踏みしめる。
足下に広がる魔法陣は、ジャケットと同じ紫の輝きを放っていた。形は円形。ただなのはの魔方陣――円がいくつも重なっている形状――とは違う。円の中にバツの字の魔力帯が伸びていた。
<……!>
「警戒してるな? いい判断だよ。俺は強いぞ!」
二度目の蹴りは、早く届く。軽い踏み込みでバッタのように跳ねると、祐一は回し蹴りで相手を吹っ飛ばした。
獣にぶつかり電柱が折れてしまうが、気にしない。位相結界は現実の世界に器物のダメージをほとんど残さないのが売りだ。
獣は、近づかせるのは危険だと悟ったのだろう。体の両側面から触手を作り出し、祐一に向けて攻撃した。
《MyLoad》
「分かってるさ。エクスブレード、アウェイクン!」
《Awaken Xblade》
祐一が胸を叩くと、胸部の装飾のXが輝き、そしてそこから二振りのサーベルが出現した。鍔の部分にX字の装飾がついたそれを手に取ると、祐一は飛んできた触手を切り裂く。
「――よっ。――ぜりゃあ!」
触手の数が倍になるが、関係ない。祐一は刀身に魔力を巡らせると、乱舞で殺到する連続攻撃を切り払っていく。
視界にチラリと入ったなのはは、呆然とその様子を見ているようだ。それでいい。
何も出来ない間に、この戦いを終わらせる!
「X0、これで決めるぞ!」
《Over drive!!》
両腕をクロスにして構え、祐一は仕上げに入ろうとする。
だが、そこで取った相手の行動は――分裂だ。
「なっ……嘘だろ!?」
二つに割れた獣が、別々の方向に飛んだ。本体は片方、目くらましを作ることで、生存率を上げた上での逃亡だ。
「でか毛玉が考えやがったな!」
本体の区別はつかない。勘で“当たり”を追って倒せば、もう片方も消滅するだろうが、外れれば結界を抜け出し一般市民に被害が及ぶ可能性もある。
だが、ここでなのはを動かすわけには――
「祐一さん、私もっ」
「いや、お嬢は絶対動くな。君はまだ、この世界に関わっていい人間じゃない」
「でも、さっき言ったじゃないですかっ。『やるべき時はやる』って! だったら、やれることがあるなら、私も――」
手で、なのはの言葉を遮る。確かに二手に分かれれば、あの獣は倒せるだろう。だけど、それは出来ることであって、正しいこととは違う。
「まだ何も知らないお嬢が『やるべき』なのは、戦うことじゃなくて、知ることだ」
だから、一人で決める。
サーベルを地面に突き立て、胸を打つ。次に呼び出されるのは――
「ゼロスライダー、アウェイクン!」
《Awaken Zeroslider》
胸の0の字から現れたのは、円月輪。チャクラムと呼ばれる武器だ。
祐一は二つのそれを、両手の平の上で回転させる。
風を巻き込みながら、それは刃に描かれた模様や装飾すら、円形に変える程のスピードで回転する。
そして、振り抜いた。
《Zero snipe》
別方向に放たれたチャクラムは、敵の魔力の軌道を嗅ぎ取って、正確に飛ぶ。
撃ち抜くのはほぼ同時だった。逃亡する獣の体は、チャクラムの回転する刃によって両断された。
「……凄い。移動する相手を、ほぼ同時に一撃で……」
フェレットの驚嘆を聞きながら、祐一はチャクラムを呼び戻す。本体にあった“元凶”も一緒に。
チャクラムの輪の中に捕らわれていたのは、菱形の青い宝石だった。
――これが、なのはから感じた嫌な感じの原因か。
秋子さんに何と知らせるべきか。憂鬱になりながら、祐一はその宝石を手に取った。
「祐一さん……あの……」
「お嬢、それ解け」
何か言おうとしたのだろう。おずおずと近づくなのはに対し、祐一は魔導着を解除しながらそう言う。装着したのだから、解除も可能だろう。
有無を言わさぬ様子に、なのはは驚き、魔導着とその杖、《レイジングハート》を宝石の状態に戻す。
そして、元に戻った赤い宝石を手に取ろうとして――祐一に奪われた。
「――え?」
「あなた、一体何を!」
「黙ってろイタチ君。ちょっと俺は怒ってんだから」
宝石、レイジングハートを指で弾き上げ、キャッチする。
そしてなのはとフェレットを見て、こう言った。
「高町なのはに、魔法少女はやらせない」
<あとがき>
1話終了です。いかがでしたでしょうか。
大きな変化は山ほどありますので、もうリメイクというより新作に近いのかもしれません。
祐一君のデバイスはネックレス型。機体名はX0(エグゼ)。英語のXに、数字の0です。カイザじゃないから気をつけろ(ぇー
武器はもうちょい小出しでいこうかと思ったのですが、1話目で全て出そろっちゃいました。エクスブレイドと、ゼロスライダーですね。
彼の能力に関しては次で色々話されるので、お待ちください。
なのはX0は、四月の春を時間設定にして開始します。祐一は中2の設定です。冬の出来事は、その数ヶ月前に終わったという流れですね。もう予告すら無視してるとか、清々しいわと思って許してください。
しかし、なのは初変身で全く何もせず棒立ちで終了とか……でも、このお話は2話で完結なので、長い目でお楽しみください。ついでに次回予告です。
「自分の人生をひっくり返すことになっても、お嬢は関わりたいって言うのか?」
「祐一さんは、何でも自分がって思ってしまうから。その優しさは、誰かを傷つけますよ」
「関係ないって、言ってやればいいのよ。なのはは子どもで、子どもは自由で、だから無敵なんだから」
「――守りたい物を守れる自分に、やりたいことをやれる自分に、私はなりたいから!」
次回:魔法少女に大切なこと(仮)