ghost

 八月も半ばとなったある日。
 他の受験生も同じことをしているであろう受験の天王山を、多分に漏れず問題集を黙々と解くことで過ごしていた。
 不良設定? しるかそんなもの。
 俺に必要なのはキャラではなく、一年後の安寧だ。
 やたら難解な連立方程式を何とか自力で攻略し安心していると、玄関の方から電話のベルが鳴り響いた。
 面倒だが、生憎自宅には自分ひとり。
 渋々扇風機エリアから立ち上がると、俺は受話器を取り耳を傾けた。

「はい、神凪ですが」
『おう真夜! 夏っていったら何だ!?』

 すぐさま切った。














before 「Intruder」

PAST

〜summer+〜

おばけなんて全部プラズマだって偉い人が言ってた














『てこらあ! 何即切りしてんだよ!?』
「……うざいうるさい暑苦しい」
『え……あ…すいません』

 受話器の向こうで凹んでいる健吾を放置して勉強の続きと行きたいところだが、このままだと引きこもってしまうかもしれない。
 そこは一応友達として放って置くわけにもいかんし、何より妹さんが悲しむだろう。
 それはいけない。ちなみに理由の比率は1:9だ。
 なので俺は適当に話を進めることにした。

「で、夏のクソ暑いときに何のようだ?」
『ああ、そうそう。で・夏といえば?』
「インターハイ」
『違う!』
「甲子園」
『君いつからスポーツ少年になったの!?』

 なんだよ。合ってるからいいじゃねえか。
 毎年甲子園はちゃんと見てるぞ。

『じゃなくてだなあ、肝試しだよ肝試し。明日の晩クラスのやつらで集まってやんだけど、どうよ?』
「……お前、受験生のクセにそんなことしてていいのかよ」
『何事も緩急つけなきゃな。で、参加は?』
「行かねえ、と言いたいところだが…お前、それ姫花に言ったか?」
『もち』
「じゃあ俺は恐らく強制だ。断ってもあいつが家まで来て引っ張ってくだろうしなあ……」

 違いない、と笑っている健吾を軽く殴りたくなる。
 こいつは見ているだけだからいいが、しょっちゅう家に来ては勉強もせず入り浸られる方の身にもなってみろ。
 しかもいるだけならまだしも、邪魔までしてくんだぞ。
 冷凍庫のアイスなんか全滅だし、この前ひそかに楽しみにしていた一個三百円ぐらいするやつを人も目の前で平然と食いやがって……

『な、なんか受話器越しに殺意が伝わって来るんだが、気のせいか?』
「安心しろ。俺の殺意が電話回線通じて流れてるだけだから」
『安心できねえ……』

 ともかく、行くことは決定したんだ。
 一日程度なら予定に狂いもないし、第一それほどギチギチに積めているわけでもない。
 ……正直行きたくないことヒマラヤの如しなのだが。

『んじゃあ、明日の七時旧浅見ヶ丘小の前な』
「態々廃校使うのかよ」
『雰囲気最高だろ? じゃあなー』

 ブツッと電話が消えて、連絡が途絶える。
 受話器を見て、一つ溜息。

「……肝試しかあ」




Χ    Χ    Χ




「さあ皆さんお待たせしました、楽しい楽しい肝試しの時間だぞ! みんな、ちゃんとトイレは済ませたかー!?」

 ひとりテンション高々と掛け声を上げる健吾を他所に、俺は周囲を見回した。
 メンバーが全員揃っているのだから、このクラスの無意味な団結力には恐れ入る。
 と、そこへ見慣れた人影が人垣を縫って傍に来た。
 特徴的な青い眼に、銀の長髪。沢渡静音しおんだ。

「……よう」
「うっす。お前も来たんだな」
「姫花が、来るって言ったから」

 静音に合わせて視線を移すと、女性グループの中心で小柄な影が飛び跳ねている。
 姫花だ。
 長い髪を今日は両サイドでまとめ、白いワンピースを着ていた。
 掃除のされていない廃校を歩くのに、そんな汚れやすい格好なのは、ひょっとしてアホの子なのだろうか。
 そんな風に思っていると、こちらの視線に気付いたのか、女子達と別れてこちらにやってきた。
 相変わらずニコニコしやがって。こいつにだけは夏休みの宿題は見せてやらねえ。

「シン君、久しぶり〜!」
「てめえ三日前人んちですいか割りに来ただろうが。人の庭先で後先考えず破砕しやがって。後処理がどれだけ大変だったと思ってやがる」
「あ、あはははは。まま、それはこっちに置いといて」

 置くなこの野郎。

「シオりんも、昨日ぶり〜!」
「いえー」

 わけの分からないハイタッチをしている二人をなるべく視界から外す。
 なんかこう、ねえ? 自分まで変な影響あったらやだし。
 各々久しぶりに会うメンツが多いのか、周囲がうるさい。
 それを吹き飛ばすほどの喧しさで、健吾が周りに向けて呼びかけた。

「えー、そんじゃルール説明! ベタで申し訳ないがくじ引きで男女ペアーになってもらって、指定されたポイントを回ってもらう! ちなみに今回は脅かし役として、静音ちゃんとこのお兄さん達に来てもらいました! 皆さん感謝しろマジで!!」

 校舎の前、黒い服にサングラスの強面集団が手を振っている。
 にこやかなのだが、それがかえって無駄な恐怖心を煽っている。
 隣の姫花が手を振り返しているが、こいつは静音の家によく遊びに行くらしいからな。
 まあ、俺も一度行ったが……あまりまた行きたいとは思わない。

「じゃあ女子は右の、男子は左の箱から番号書いた紙取ってってくれ。押さない押さない!」

 わらわらとくじ引きボックス(くじじゃないからくじ引きじゃないんじゃないか)に男女が群がっていく。
 神頼みなんだし、早く取る必要も無いと思うんだが。
 波が引けたころ俺も行くと、中は既に残り三枚になっていた。
 手を突っ込んで一つだけ取り出す。
 ……うわあ、4ってなんていやな数字なんだよおい。

「真夜…何番?」
「4。悪いイメージか浮かばねえ……」
「ええー! 私7なのに!」

 知らん。ていうかお前こんなときでもいい数字引くな。
 さて、俺の相手は誰だろうか。
 正直まだクラスに馴染みきれていない身としては、姫花の友人とかだと大変ありがたいわけだが。
 なんか負けてる気がするな、この考えか――

「っあん?」
「……」

 一歩踏み出そうとしたとき、シャツの裾をつかまれる。
 振り向くと、相変わらず無表情な静音がこちらを見ていた。

「何だ? ってまさかお前」
「……なんばーふぉー」

 さいでか。
 ならもっと早く言えよ。

「見知らぬ女子相手になってしまったかもしれない真夜に……不安感を煽ってみました」
「ドSかお前は!」




Χ    Χ    Χ




「はいじゃあ次、4番!」
「レッツらゴー」
「古いわなあ……」

 コースは校内を一階から三階へ。設けられたポイントに置かれたスタンプを押して戻ってくるというものだ。
 なので順路は自由。ただ先々で強面な黒服が罠を仕掛けているので、油断はできない仕様になっている。
 まあなんだ。幽霊なんているわけないし、廃校舎ったって二年前に閉鎖されたものだ。
 月も出てるし懐中電灯もあるし、それほど恐がる必要は無い。

「……真夜」
「ん。なんだ」
「さっきから……何で私の後ろにいるの?」
「き、気にすんなよ。目の錯覚だ」
「………」
「な、なんだよ」
「……怖い?」

 ……怖い? コワい?
 何を言ってるんだこいつは。
 ああ、そうか。無表情のわりにこいつ相当怖がりだったんだな。
 しょうがないなあ全く。ははははは――

ガタッ

「ひぃ……!」

 ………
 ……
 …

「…大丈夫。……ねずみ」
「え? ああなんだよ分かってるよもしかして俺が怖がってるとでも思ってんのか静音舐めんじゃねえ俺はこう見えても前は鬼だの何だの言われて恐れられて――」
「うーらーめーしー」
「ぎゃあああああ!!」
「やばるぶっ!?」

 突如現れた何かを右のハイキックで蹴り上げ、全力疾走。
 取り敢えず静音の手を掴んで脇目もふらず走り出した。
 やばいこれ何だこれ何かいたぞっていうかうらめしやとか言う幽霊ってホントにいたんだなどうしようどうしようどうしよ(以下略

(五分経過)

「な、何かいたよなさっき!? 何かこう、黒い服着て頭に三角の布つけたやつ!」
「……うん。うちの人」

 うちのひと? ……内乃火徒!?

「そんな幽霊…いないから」
「何だよあいつ。だから来たくなかったんだよ俺はぁ……」

 荒かった呼吸を落ち着けて、周りを確認。
 どうやら何も考えずに走り回った所為で、校舎の端まで来てしまったようだ。
 チェックポイントからも遠い。また来た道を引き返さなければと冷静になったところで気付く。
 ……俺、もしかして今凄く恥ずかしいんじゃないか?

「真夜…幽霊恐いんだ」
「そ、そんなことねえ! こう見えてホラー好き好き大好きシンちゃんとまで呼ばれてるぐらいだぞ!」
「……本当は?」
「………………………怖いです」

 昔はそれほどじゃなかった。
 むしろ怖い話は好きだったし、昔やってたそういうテレビも結構見ていたほうだ。
 だが、ある日のこと。
 母が何を思ったのか大量のホラービデオを借りてきて、「今日は一日ホラーデイでーす!」とのたまった後二十四時間耐久でありとあらゆる心霊物を見させられたのだ。
 それが小学二年生の時。

「無理だよ怖いよ普通に! しかも逃げようとすると捕まえてよお、『駄目よシンちゃん! 男はどんなに辛いことからも逃げちゃ駄目なの!』とか言うんだぞ!? いいけど、台詞はいいけど使いどころ違うだろうが!!」
「……ご愁傷様…です」
「ホントにな!!」

 それ以来数日は夜中一人で寝れなかったし、今でも偶然映画の予告なんて見た日には、寝れずに夜を明かしてしまう。
 不良は怖くない。怖いオッサンもそれほど。
 だが幽霊だけは駄目だった。
 勝てないし。殴っても透けるし。

「どう…する? リタイヤする?」
「……魅力的な提案だが、このまま帰れば俺がいるかいないかも分かんねえのに、本気でビビッてんのがバレる」

 それは避けたい、何としてでも。
 白昼にさらされた日には、健吾には馬鹿にされるは姫花におちょくられるはの惨事になりかねない。
 健吾は取り敢えず殴るが。

「私が…怖がったっていえば」
「嘘はつかせたくない」
「……変に頑固」
「うっせ」

 となれば選択は進むしかないわけで。
 俺の懐中電灯は途中で落としてしまったらしく、光源も半分になってしまった。
 月の光が支えだが、むしろ逆にそれが恐怖心を煽っている。
 それでも行くしかないのなら、腹をくくって行くしかない。

「……真夜」
「なんだ。今死地に赴く兵士の心境なんだが」
「……手」
「て?」

 振り返ると、静音が懐中電灯を持たない左手をこちらに突き出していた。
 行動の意図が読めない俺に、更に静音は続ける。

「……つなご?」

 なんというか、卑怯だろう。 
 窓からの月光に照らされて、いつもは無表情な顔を微笑に変えて。
 瞳は大海のように優しい母を思わせて、銀髪はそれこそ月光の色を染めたようで。
 そんな風にして言われたら――

「……お願いします」

 俺はこう答えるしかないだろうが。




Χ    Χ    Χ




「4番、神凪&沢渡ペア終了! 遅かったなお前ら」
「お、おう。校内中歩いてたからよ」

 因みに嘘ではない。
 黒服の幽霊もどきが出るたびに俺が暴走した所為で、結局は校舎中を走り回る結果となってしまったからだ。
 唯でさえ怖いのに、「貴様静音様に何かしたらただじゃおか(最後まで聞かずに殴り倒してしまった)」とか言いながらもの凄い形相で迫ってくるから、倍怖い思いをしてしまった。
 取り敢えず、ごめんなさい。

「悪いな静音。つき合わせて」
「…大丈夫。まだまだ余裕」

 息も乱さず、汗一つかかない静音に妙な敗北感を感じる。
 こっちは冷や汗と普通の汗でビチャビチャなのにな。これがお嬢様スキルってやつなのだろうか。
 ……て、汗だくなんだよな俺。

「悪い。手、気持ち悪かったろ」
「……ぁ」

 ずっと繋いでもらっていた手をゆっくりと放す。
 うわ、すげえ汗だな……悪いことした。
 どことなく静音の表情が暗いのは、よっぽど気持ち悪かったんだろう。
 まあ野郎の汗で喜ぶなんてやつはそういないだろうしなあ。
 と、それよりもだ。

「静音。分かってると思うが、今回の俺の失態はくれぐれも……」
「…甘味堂の、抹茶パフェ」
「コーヒーもつけてやろう」

 ぐっじょぶ、とサムズアップする静音に苦笑して、俺は大きく息を吸った。
 なんと言うか、気分転換に来てここまで疲労が溜まるのはどうしたものか。
 だが、今日は良く眠れるだろう。
 怖い云々以前に、走り疲れた。疲労の睡魔に恐怖心は敵わない。
 帰ろう、我が家に。寝よう、思い切り。

「んじゃあ、俺帰るわ」
「えー! こっからファミレス行こうって言ってるんだけど、行かないか?」
「マジでパス。もう今日は疲れたわ」

 グッタリした表情に健吾もそれ以上誘うのを止めてくれた。
 が、後ろから追突してきたやつはそうもいかない。

「え〜? いいじゃん行こうよシン君。疲れならほら、美少女の笑顔で癒して!」
「………」
「し、死んだ魚のような目で見られた……」

 スマン姫花。今はお前のテンションが余計に体力を削る。
 よろよろと帰る俺を背後に向けて、態々聞こえるように姫花が大声を張り上げた。

「いいもーんだ! シオりんと楽しくお話しするもーんだ! 行こ、シオりん!」
「…うん……」

 おうおうそうしてくれ。
 ここまで体力削られて、更にお前の世話なんかしたら明日一日グロッキーだ。
 あの様子だと多分明日明後日あたりまた遊びに来るだろうし、態々一緒にいる必要も無い。
 そう決めて、俺はゆっくりとした足取りで帰路へとつくことにした。




Χ    Χ    Χ




「もー、シン君受験勉強のしすぎだよ! あれぐらいでへばっちゃってさー」
「……そう、だね」

 ことの真相を知らぬ姫花が、そうやって怒りながらずんずん前へと進んでいく。
 だが歩幅が小さいせいか、それでも静音の歩行スピードと変わりが無かった。
 話したいが、約束は守らなければいけない。
 そう思っていると、姫花が小さく呟いた。

「あと、ちょっとしかいられないのに……」
「……姫?」
「ん? どうしたの?」

 一瞬見せた影に、静音は意味もなく彼女を呼ぶ。
 だが違和感は一瞬で消失し、あるのはいつもの彼女だった。
 気のせいか、と思い。気のせいだろう、と結論付ける。
 大丈夫。変わらない。
 いる場所も、やることも、夢も進む道も違うけれど……それでも自分たちは繋がっている。
 これからも、ずっと。
 だから静音は疑問を口にすることなく、彼女にこう問うた。

「……なに、食べる?」
「ばんばーぐ!」

 続くだろう。こんな風にいられる日が。
 彼女が笑ってくれる日が。
 あの人が微笑んでくれる日が。
 だから私は、笑っていられるから。

「…私も……そうする」

 だから静かに微笑んで、沢渡静音は歩みを速めた。




Χ    Χ    Χ




「帰ってきたよ我が家によう」

 もう夕飯を作る気も起きない。
 風呂も明日にして、寝てしまおう。
 そう思ったときだった。
 リビングに気配を感じ、まさかと思いゆっくりとドアを開ける。

「シ・ン・ちゃん♪」

 母がそこにいた。
 そう、手のなかに抱えきれないほどのホラー映画さつりくへいきをもって。
 え? 嘘ですよね?
 まさかこんなこと、あるはずないもんね。
 やっばいなあ、こりゃあすぐさま寝ないと。ははははは。

「世界中のありとあらゆるホラー映画集めてきましたー! 今日はホラーデイだぜぃ!?」
「いやあああああ!!」

 結局次の日は再起不能になったという、そういうお話。










<あとがきという名の自戒>

姫花すくな!?
なんかこう、当初言われていたリクエストに応えられているのか心配で仕方ないおしょうです、現在午前三時(´・ω・`)
111111HITのリクエストで書かせていただきました。肝試し物。
真夜の弱点発覚。なんですが、男が幽霊怖がっても萌えねえんだよくたばれ。という声が聞こえてきそうです。
上等だかかってこいやゴラア! 全力で土下座してやんよ!!

……ともかく、二十万HITの企画が終わる前に書き上げられて何よりです。
一人称描写は、しばらくやらないと勘が鈍るなあ。

などとぼやきつつ。締めとさせていただきます。
みんな、俺の小説見る暇あったらファルクラムさんの絆に萌えようぜ!(ぇー
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