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夕焼けサラウンド

「……平穏だ」
 起床一発目からこんな台詞が飛び出す私は、そろそろヤバイのではなかろうか。
 午前七時ジャスト。ベットから抜け出した私は、寝巻きから制服に着替え顔を洗いに洗面所へ。途中いつも身に着けている、古い腕時計も忘れない。
 近頃伸ばし放題だった髪は寝起きでクセが付いてしまっていて、私は面倒ながら櫛で梳いて整えた。最後に適当に縛ってしまえば問題ないだろう。
「おはよう」
「おはよう。ちゃんと起きたわね。じゃあ、お母さん行ってくるから」
 リビングですれ違いざまに玄関へと向かう母に手を振り、用意された朝食を口につめた。平穏な家庭の平穏な日常。父が単身赴任なのと、無理して一戸建てを購入した所為で夫婦共働きなのとを除けば、大して他所との違いもないだろう。
「それがいいのか悪いのか、よね」
「なー」
 飼い猫が「は! 何言ってんだこの小娘が。餓鬼は黙って勉強でもしてろ」的な瞳で私を見ている。長い付き合いになるが、何とも人間を舐めた目つきだ。三毛猫風情が、人間を馬鹿にしてると痛い目にあうということを教えてやろう。
「ほれほれ〜」
「なー」
 ……ネコじゃらし程度で何を勝ち誇っているんだろうか。私は。
 時間だ、行こう。今日も今日とて学生の本分を。
「それじゃ行ってきます」
「なー」
 視線に「おう行ってこい」と激励を受け(ているように感じ)ながら、私は玄関へと足を向けた。

◆◆◆

「おはよー、副会長」
 職種で人を呼ぶのはどうだろうか。
 振り返ると、見知ったクラスメートが手を振って走ってきていた。よく言えば元気、悪く言えば喧しい。トップレベルのトラブルメーカー。
「早いじゃない、副会長。今日何かあったっけ?」
「私はいつもこの時間。間宮さんこそ早いわね」
 そう? と疑問で返しながら、私の少し前を歩いていく。
 家から近いのが利点だが、必ず上らねばならない急勾配が私が通う高校の欠点だろう。足腰を鍛える、などという微妙な理由でもつけなければ、即刻登校拒否になりそうだ。
 そんなことを思いながら、副会長なんていうポストについているあたり、私は相当変わり者なのかもしれない。
「そういえば、昨日告白されたんだって?」
「……もう噂になってるのね」
「いい男じゃん? サッカー部主将なんてありきたりなジョブだけどさ〜」
「話したことなかったから」
「付き合ってから知ってけばいいじゃん」
「その過程をすっぽかして告白するような人と付き合えないってこと」
 そんな会話をしながらも、ようやく坂道に終わりが見えた。
 台地になっているこの校舎は、校門から玄関まではそれほど距離がなくて助かる。これで校舎までまだ続くのだとしたら、私は自信を持って高校を辞めるだろう。運動は別に嫌いではないが、使わないでいい体力は極力温存するのが望ましい。
「……?」
 下駄箱に手をかけたとき、私は中に異物があるのを確認した。
 一旦靴を地面に置き、もう一度覗いてみると、中に白い紙が入っている。出してみると、それは一通の封筒だった。
「うわ、ラブレター? レトロだね〜」
「果たし状って線も捨てきれないわよ?」
 果たされても困るけど。
 副会長なんて立場にいるけれど、私は世界一の名探偵と勝負できるほど頭も良くないし、体から変な波動を出せるほどの運動神経をしてるわけでもない。
 中身を確認してみると、中には予想通りのブツが入っていた。
 『放課後屋上で侍ってます』と書かれた手紙。
 なんともまあ、予想を裏切らない内容なのがかえって新鮮だ。
「で、どうすんの?」
「分からない。今日は生徒会会議もあるし、それが終わって時間があればね」
「うわ、この子かわいそ。ていうか間が悪い」
 全くだ、と苦笑。
 手紙を封筒の中にしまって、私は教室へと一歩踏み出した。
 というか『待ってます』って漢字間違えるって、高校生としてどうなんだろうか。というツッコミは胸の中に押し込んで。

◆◆◆

 午後五時半。腕に巻いた時計を見て確認する。
 ベルトはもうクタクタで、電池も三回は交換した古いものだ。
 「もう買い換えたら?」と親も友達も言うが、私は今もこれを使い続けている。
 理由は忘れた。けれど大事にしたいと言う思いだけが残っている。
 ならそれでいいだろう。こういうとき大切なのは、理屈よりも感情だ。
 などと青春臭いことを考えながら、私は一歩、階段を踏みしめた。
 目的地は屋上だ。
 朝方下駄箱に入れられていたラブレター。主はまだいるだろうか。
 いなければそれでよし。というか放課後から大分経っているのだから、いないほうが当然だろう。
 それでも私は階段をまた一歩上る。
 何故だろう? 今のご時勢にラブレターなどとレトロな手法を使う人間を見てみたいからだろうか?
 そうして自分の思いも分からないまま、私は遂に最後の段を上りきった。目の前にある、無骨な鉄の扉が行く手を阻んでいる。
 ……緊張してる?
 胸に手を当てて自己確認。大丈夫。鼓動は安定しているし、頭だって冷静だ。
 いつもと一緒。いつもと変わらない。だから私は重い扉を押し開けた。
「―――」
 そこには一人の少年がいた。
 春の風は夕暮れにかけて冷たくなっていて、寒さに私は身を縮ませる。
 そんな春の、そんな時間に、まだ少年は待っていたのだ。
 線の細い。色素が薄いのか、髪は黒というより茶色に近い。後姿では表情はうかがえないが、女性的だというのが第一印象。
 暮れなずむ夕日を見つめていた両の瞳が、振り返って私を捉える。
 初めてみたその顔は、私の思ったとおりだった。
「……寒くない?」
「流石にチョッと寒いです」
 苦笑。
 私の高校は男子学ラン女子セーラーなので、一目で学年が判断できない。唯一の手段が色違いの上履きだ。
 その少年は私たちの二年下。今年の入学生の色だった。
「来ないとか、そう思わなかったの?」
 普通なら諦めて、帰ってしまうところだろう。
 普通なら来ないことに怒って、帰ってしまうところだろう。
 それでも少年は立っていた。夕暮れが世界を染める、茜の中に立っていた。  
「最初の三十分はドキドキして。……次の一時間はイライラしました」
 でも、と言って少年は私から視線を外す。
 視線の先、見つめる瞳には半分沈んだ夕日があった。
 群青の空は今、燃え上がるように赤く染まっている。
「この空を見てたら、なんだか何とかなるかなって」
 笑う。
 その表情が、その光景が、酷く綺麗で切なくて。
 鼓動が一つ、高鳴った。
それを悟られたくなくて、私は話題を無理矢理変える。
「あなた、漢字間違えてたわよ」
「ま、マジですかっ」
 封筒を手渡し。中から手紙を取り出し確認した彼が、顔に手をあてて空を仰ぐ。
「うわっ、恥ずかしいなあもう。『侍ってます』って、どこの古事だよ」
 緊張してたからなー、とバツが悪そうに頬を掻く。
 それが功を奏したのか、先程までの張り詰めた空気はなくなり、代わりに両者の間に沈黙が走った。
 まあいい。さっきよりはいい。
 二流三流の恋愛物みたいな展開に比べれば、微妙な間など恐るるに足らないものだろう。
「で、用件は?」
 分かってるくせにと自分にツッコミ。
 だが、こうでも切り出さなければあっという間に出ている日も暮れてしまう。夜道は嫌いではないが、別に好き好んで歩きたくもないのだ。
 促されて再び表情を緊張で強張らせ、目の前の少年が息を飲む。 こっちまで無駄に緊張してしまう瞬間だ。
 だが一世一代の告白のところ悪いが、私はもう返事を決めてある。絶対にノゥだ。別にトリーズナーではないのだけれど。
 容姿が良かろうが家柄が凄かろうが成績優秀だろうがスポーツ万能だろうが、いきなり恋人になってやるつもりはない。
 息を吸い込み準備態勢。さあこい、盛大に振ってやろう。
「えと……友達になってくれませんか?」
「ごめんな……は?」
 友達。フレンド。つまり一緒に何かをして遊んだり気持ちの通い合ってる人。類語で言うと友人。
 因みに恋愛って新明解で探してみると凄い長々と説明してあったりするのだが、今はどうでもいいだろう。
「あの、駄目ですか?」
 要するにだ。この少年は、私と友達になる為に、態々手紙を書いたと。
「―――ぷっ」
 結論。こいつは少しズレているらしい。
 相変わらず緊張した面持ちの少年に吹き出してしまいそうになって、私は慌てて口に手を当てた。
 まさかそうくるとは思わなかった。
 ならどうする。この問いに、私はどう返す?
「…いいわよ」
「え? あ?」
「友達ぐらいなら、いくらでも」
 そう言って右手を差し出す。
 最初は何が何だかといった表情だった彼も、得心がいったのか嬉しそうに右手を出した。
 夕日をバックにがっちり握手。いつから私は熱血スポコン主人公になったんだろうか、などと頭の片隅で思ってしまう。ベタな恋愛物からベタな熱血物までこなすとは、私は名女優ではないだろうか。
「橘祐太です、よろしくお願いします」
「自己紹介はいらないわよね。こちらこそ、どうぞよろしく」
 桜が散り、葉が顔を出す春の半ば。夕に宵の黒が混じり始めた二色の空。
 吹き込む風は冷たいけれど、握った右手が温かくて。
 そんな反するものがいる世界で、私は出会うことになる。
 平穏な日常を、少しだけ楽しくする彼と。
 そんなことも今は知らずに、私は今夜の夕食に思考がシフトし始めたいた。



<あとがき>

つづき? ああ、気が向いたら(ぇー
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