――― 祐一 ―――

 

声、声が聞こえる。

 

――― 祐一、お前に一つだけ頼みたい事があるんだ。

お前を現世に留めさせたんだから聞いてくれてもいいだろう? ―――

 

これは、たしか―――

 

――― 勝手にやっておいてよく言うなんてお前は言うだろうけどさ。これは俺や音夢の願いでもあるんだ。 ―――

 

『あいつを……さくらを守ってやってくれないか?』

 

 

 

 

 

Phantom Summoner

第一話『幽霊と少女の序曲』

 

 

 

 

 

〜CIRCUS地方 初音島〜

 

 

「……ん?」

 

日の光が差し込む部屋で目を覚ます。

どうやら眠っていたらしい。

 

「また、あの夢か」

 

あの夢―――今の俺がここにいる意味と同義なあの夢。

俺の人生が半回転近く変わってしまったあの事件。

 

「ん〜〜っ! さて、あの寝ぼすけを起こしに行きますか」

 

俺は手を組んで一回大きな伸びをした後、一緒に住んでいる同居人を起こす為に―――壁をすり抜けた。

一応言っておく、ここはたしかに純和風な家だが、決して忍者屋敷という訳ではない。

何の変哲も無いただの木の壁。

じゃあ何故、壁をすり抜ける事が出来たのかというと――
 ――結論から述べると、実は俺はこの世のモノじゃない。

幽霊、ゴースト、おばけと呼ばれる類のものなのだ。

死んだ時の記憶が曖昧なのだが、七年前の事件で死んでしまった俺を純一達が霊魂に、つまりは幽霊化させたと、俺が週一の割合で見る夢で知った。

普段ならバカらしいって一笑に伏せるところだが、実際に幽霊として生きている(死んでいるの間違いかもしれないが)俺が何よりもの証拠。否定することなんて、できやしない。

だからその夢でした約束通り、純一との約束を守る為に、純一の従兄妹である芳乃さくらの所に厄介になっているというわけだ。






純一達
に留めさせてもらったこの命。純一の願いのために使いたいって思ったから。









 

「さくら〜、朝だからそろそろ起き……ってもう起きてたのか?」

「……」

 

俺がその同居人である芳乃さくらの部屋を覗くと、既に彼女は起きていた。
しかしどうも様子がおかしく、返事をするでもなく、ただ何かをじっと見つめている。

遠目から覗くとそれは―――服?

にしては随分ボロボロだな? 袖は取れてるし、所々破けてる。

自然じゃ
こんな状態になるなんて不可能だ。

 

「さくら? おい、さくら!」

「は、はにゃ? って祐一君!?」

「おう、祐一君だぞ」

 

ようやく気付いたさくらは俺の顔を見るなり、そのボロボロになった洋服をさっと背中に隠す。

気のせいか、青くて大きな瞳も潤んでいる。

やはり、これは――

 

「さくら、それ……」

「な、なんのことかなぁ? ボクは何も持ってないよ?」

「さくら!」

「う……」

「……また、なのか?」

 

さくらは縦に小さく頷く。

それだけで疑念を確信に変えるには十分だった。

おそらく、また『悪霊遣い』とでも言われて虐められたんだろう。

 

さくらにはさくらのおばあちゃんから受け継いだ能力があった。

それは霊魂を操る事ができる能力。

さくらの一族はそういった能力をみんな持っているらしいのだが(純一も強くは無いが持っていたから俺を霊魂に出来たのだろう)、さくらはその中でも飛びぬけた才能があった。

だけど、人間は出る杭は打とうとする生き物。

そんな強大で異端な力を持ったさくらも例外ではなく、人々は畏怖や悪意を込めて『悪霊遣い』と呼び、さくらはあまりにも酷い差別や虐めを受けていたのだった。

 

「だ、大丈夫だよ。祐一君! この服、そろそろ小さいかなぁって思ってて、捨てようと思ってたんだ……だから、丁度良かったよ」

 

さくらはにぱっと笑ってそう答える。

とてもそんな風には見えないのだが、不用意に突っ込むとよけい傷つけそうだ。

 

「……そうか、それなら何も聞かない。

だけど、俺はさくらの仲間なんだ。もう耐えられないと思ったら俺に相談するんだぞ?

俺は昔も、今も、これからもさくらの味方なんだから」

「うん……ありがとう」

「じゃあ、朝飯食べて来い。俺は依頼チェックしてくるから」

「うん!」

 

すっかり元気を取り戻し、部屋を出て行くさくらを見送り、俺は外のポストへと向かった。

 

 

 

 

 

「う〜ん……」

 

家の前にあるポストから手紙を取り出す。
 何故取り出せたかというと、霊魂は自らの魔力を媒介にすることで、自らの肉体を擬似組成することができるからだ。
 ここで肉体全てを組成すると、あっという間に空になってしまうので、手の部分のみを組成させるのが疲れないコツだ。
 ちなみに一部分だけの組成は慣れるまで難しく、会得するまで四年もかかった。

閑話休題

手紙の数は五通。普通に考えれば比較的多そうに見えるのだが実際の所は……

 

ペラッ

 

『この悪霊遣い! いい加減にとっととくたばれ!』

『私の子供が魔物に殺されたのよ! あなたの悪霊のせいなんでしょう! 私、絶対にあなたを許さないんだから!』

 

「……はぁ、またか」

 

――と、五通の内、依頼の手紙はたった一通。
 その他の手紙はみんなこのような誹謗や中傷の手紙だった。

大体、悪霊ならともかく、魔物の被害をさくらに被せるのはお門違いもいいとこだ。
 というか、悪霊の被害だったとしても、そんなことなんて一つもしない清い身の上だ。
 でも他の人から見ると霊も魔物も人外という点では一緒くたなのかもしれない。

そのうち、ただ不注意で転んだくらいの事でもさくらのせいになりそうだ。

 

「祐一君〜」

「さ、さくら!?」

 

唐突にさくらに呼びかけられて不覚にもビックリしてしまった。

もう、朝を食べてきたのか? 早すぎだろ?

って、いかん! これをさくらに見せるわけには……

 

「今日はいっぱい依頼がきたね〜」

「えっ? いや、その……間違いメールだった。依頼はこの一件だけ」

 

俺が抱えている手紙を見て、純粋に五通も来た事に喜ぶさくら。

だけど内容を読んで知ってしまっている俺としては、こんなものをさくらに見せたくない。

罪悪感が残るけれど、俺はさくらに嘘を付くしか選択肢はなかった。

 

「また間違いメール? どうしてうちって間違いメールが多いんだろうね?」

「さぁ? 大方、似た住所の人が手紙をよく多用するんだろ?」

「まっ、いいよね。それで、その依頼って何?」

「内容は書いてないけど、場所はここからそう遠くないデオキアって小さな街で依頼主はそこの領主だ」

「そうなんだ。じゃあ、早速準備を整えてれっつご〜だよ!」

「……あぁ」

 

準備のために家の中へと入っていくさくら。

さくらの純粋な所は好きなんだけど、この時だけはさくらの純粋さが心に痛かった。

 

 

 

 

 

〜CIRCUS地方 デオキア〜

 

 

「よう着てくれたな。『悪霊遣い』、まさかこんな少女だったとはな……」

「はい、S−ランク『永久桜の魔女』、芳乃さくら。

ただいま到着しました」

 

玉座みたいな所に座っている領主にそう挨拶をするさくら。

俺はその横で黙って立っている……まぁ、誰も幽霊の俺には気付かないんだけど。

とりあえず見つかると大騒ぎなので、声を潜めてさくらに話しかける。

 

『なんか、感じが悪い領主だな。さくらには立派な二つ名が付いてるっていうのに……』

 

二つ名というのは腕の立つ冒険者に付けられる一種の称号みたいな物だ。

この世界にはランクという物が存在している。

ランクは下からC、B、A、S、Mとなっていて、それぞれMランク以外には+、−が付く。

二つ名はその中でSランク以上の者が名乗れる。

つまりさくらはS−ランク、Mの一歩手前で非常に強い冒険者とされているのだ。

 

閑話休題

 

『そう? ボクは別にそう感じないけど? ただ単に二つ名を知らないだけかもしれないし』

 

そんな訳無いだろう。

依頼する側としては依頼する冒険者の情報を知っておくのは常識―――というか最低限の礼儀だ。

そういう意味では『悪霊遣い』というのも情報の一つなのだろうが、付けられたくて付いた訳ではない異名をあからさまに言われると人間、怒りの一つや二つを覚えるのが普通だ。

 

……まぁ、これがさくらか。

 

それで一応自分を納得させておく事にする。

 

『それよりさくら、今度はちゃんと依頼金は貰うんだぞ?

一応、俺達にも生活があるんだ。俺達も貰うべき事をちゃんとして貰うんだから、何も後ろめたい事なんてないんだからな』

『でも、生活が苦しい人に無理強いはさせられないよ』

『それはわかるが……全く、さくらは人を疑うってことを知らないんだからな』

『でもね。祐一君、常に人を疑って掛かっていたら誰も好きになってくれないよ?』

 

それは確かにそうなんだけど……

俺はいつもこのセリフを使われるとそれっきり反論できなくなる。

今回もその通例に反せず反論する言葉を失ってしまった。

 

「それで内容の事だが、君達にはここの近辺で誰かが悪さをしているみたいでな、民衆は悪霊だと言っているのだよ。

君はそれを発見、退治して貰いたいのだ。

報酬は終わってから渡す。君に期待しているよ」

「はい! 任せておいてください」

 

 

 

 

 

〜CIRCUS地方 悪霊(?)の森〜

 

 

「ここ……だよね」

『あぁ、ここだな』

 

うっそうと茂っている森の前で二人顔を見合わせる。

目の前の森は光をも吸い込むブラックホールのように真っ暗な入り口を開いて佇んでいた。

 

『悪霊、ねぇ……元は人間だっていうのに』

「なんで死んだ途端に怖がられ、滅されていくんだろうね?」

 

あんまり考えた事は無いけど、反射とか本能とかいうやつなんだろう。

人間は弱い生き物だ。自らの知識にないものや、同じ性質を持たないものは徹底的に排除する。

 

『さっ、とっとと入ってちゃっちゃと終わらせて帰ろう』

「うん、そうだね」

 

ここにいても埒が明かない。

俺達は森の中に入る事にした。

 

 

 

 

 

 

『へへへへへっ……』

 

「で、いきなり囲まれたと」

「にゃ〜」

 

森に入ってたった三分、明らかに早すぎるエンカウントだ。

見える分には周囲に十人ちょっと。

しかも悪霊じゃなくて、こいつら山賊だし。

大方こいつらが悪霊を隠れ蓑に、この森にやってくる人達に悪さをしていたんだろう。

 

「おい、お嬢ちゃん。ここはお嬢ちゃんみたいな子供の来る場所じゃない。

金目のものさえ置いてけば命は取らねぇ……とっとと失せな」

 

山賊の親分なのか、一際大きなヒゲ親父がさくらにそう告げる。

周りの仲間と思わしき奴らも下卑た笑いでそれを囃す。

……知らないぞ。俺は。

 

「ボ、ボクは15歳だよ!! 立派なれでぃ〜なんだから!」

『まぁ、外見は非常に15歳らしくないが……胸とか』

「何か言った? 祐一君」

「あぁ〜? 何いきなり叫んでんだ? このちびっ子?」

 

俺が山賊には見えない事を忘れて突っ込んできたさくら。

それに対して『ちびっ子』と言ってしまった山賊。

あ〜あ〜、ついに禁句をいっちゃったな?

本当に知らないぞ、お前ら、確実に半殺し以上の事されるぞ?

 

「ち、ちびっ子……もー怒ったよ! 祐一君!!」

 

ついに怒り狂ったちびっ子――もといさくらが俺に対して『殺れ、徹底的に殺れ』みたいな感じのオーラを出してくる。

普段はおとなしいもんなんだけどなぁ……こうなったら止められない。

 

「はぁっ? お前何いってやがる? 俺達以外に誰も居ないのに……頭が狂ったか?」

「我、命を司る者。自然の神々よ、死して我に力を与えし者に仮初の体を!
 
『コンファイン』!!」

 

さくらは口早く詠唱をすると、そこら辺にあった大木に向かって光の玉を放つ。

光の玉は大木に吸い込まれるように消えると、大木が眩い光に包まれる。

 

 

キィィィィィィィィン!!

 

 

「な、なんだ? 何が起こってやがる?」

「どうやら、あのちびっ子は魔法使いみたいだな。なら接近戦が弱点だ! 者共やっちまえ!!」

『へい、親分!』

「来たよ! 祐一君!」

「はっ、誰に言ってやがる? 頭がおかしいんじゃ……へぶほっ!?」

「ど、どうし……うげっ!?」

「はぁ……なんでさくらが悪口言われたのに俺が尻拭いしなけれゃならないんだよ!」

 

さくらの唱えたコンファインによって大木を媒介に擬似肉体を組成した俺は、さくらに襲い掛かった山賊達を殴り倒しながら叫ぶ。

 

「人を身体的特徴でけなす人は嫌い! そんな人には人権なんか無いもん」

「おいおい……」

 

それは理由になってない気がする。

というか、いつもの人に対する優しさとか何処行った!?

 

「とにかくいっけ〜!!」

「もはやメチャクチャだな。まぁ、言われなくても行くけど」

 

まぁ……そんな事しなくても俺が出てきた瞬間に勝負は決したんだけどな。

俺は山賊の方を見ると、やはり山賊達は突然の俺の登場に驚いていた。

 

「お、おい!? あいつ、今何処から出てきた?」

「し、知らねぇよ!? あのちび……女の子が何やら呪文を唱えたら急に現れたんだ!!」

「も、もしかして……『悪霊遣い』か!?」

「ま、ままままさか、こんなちび……女が『悪霊遣い』なわけ……」

「でも、悪霊遣いって年端も行かない少女だって裏では有名だしよ……」

「「…………」」

 

ほら……な?

で、この後は決まってるんだ。

 

「「いぃやぁ〜〜!! 呪い殺されるぅ〜〜〜!!」」

 

みんな逃げ出す。

今回ばかりは『悪霊遣い』の名に少しばかり感謝かな?

 

 

 

 

 

〜CIRCUS地方 デオキア〜

 

 

「ふむ、悪霊ではなく山賊であったのか……」

「はい、よ〜く懲らしめておきましたから、今後悪さには出て来ないと思います」

 

さっきも思ったけど、さくらがこういう風に敬語を使うと何か変に聞こえるのは俺だけだろうか?

 

「では、報酬だ。受け取れ」

「あっ、はい。ありがとうございます」

「すまぬな。今年は不作で税が少なくてこれ位しか渡せないが」

 

そういって渡された袋にはざっと見積もって200G。(1G=100円)

たいした事はやったつもりは無いが、少しばかり少ない気がする。

最低でもこれの三倍は欲しい所だ。

 

『さくら、これは少なすぎだぞ? 最低でもこれの3倍くらいは請求したって良い』

 

このままだと流されそうな気がしたので念の為にさくらにそう告げる。

 

「で、でも、向こうの人は税が少ないからこれ位しか出せないって言ってるよ?」

『はぁ……』

 

呆れて物も言えない……

純粋もここまで来るとバカの領域に入るかも知れないな。

 

『そんな事言ってたら、さくらが食べていけないんだぞ? ほらっ、早く言うんだよ。』

「え? でも……」

「では、私はこれで……」

『ほらっ!』

「……あ、あのっ!!」

「……何か?」

 

さくらが領主を呼び止める。

よしっ! これで……

 

「えと……またのご利用をお待ちしてます」

「……では(悪霊遣いなど誰が望んで利用するか! 今回も相手が悪霊だというから仕方なく頼んだというのに……)」

『はぁ〜……』

 

俺は空を仰いだ。

……今日もダメだったか。

 

 

 

七年後の今になって、少しだけ純一との約束をちゃんと守れるかすごい不安な自分が居た。

 

 

 

 

 

後書き

相変わらずのダメポさは笑って許してください。

「ファントム・ブレイブ」のネタがかなり被ってる気がするのもきっと気のせいです。

そういうことにして置いてください(懇願

 

というかヒロインさくらのはずだよね……?

マジでさくらというキャラが解らなくなりました。

さくらのキャラ……純一すきすきすき〜?

この作品じゃ純一死んでるし……

じゃあ、祐一すきすきすき〜に?

……それいいかも(ぉ

 

とそんな事よりさくらです。

さくらの口調が全然解らなくなりました。

どうしましょ? 一大事ですよ?

メインヒロイン(?)である彼女の口癖を忘れるなんて、ヤバヤバもいいところです。

結構、性格変わってる気がするし(汗

 

そこら辺、間違っていたら是非指摘してやってください。

ではおしょうさん、お納めしますね。

 

 

 

補足

 

コンファイン

霊魂を他の物質と魔力を媒介に擬似的に蘇生させる。

媒介によって蘇生された体は様々な効果を発揮する。

例えば、岩にコンファインをすると体が固くなり防御力が上がったり、水にコンファインをすると水・氷の魔術に耐性が付く事等です。

 

詠唱は

『我、命を司る者。自然の神々よ、死して我に力を与えし者に仮初の体を!』

 

 

 

※意見等がございましたら、BBSかmailにて

 

 

2005年3月31日作成 2006年10月22日加筆・修正