竜と堕天

 季節は流れる。
 平等に、遅れることも早まることもなく粛々と。
 咲き乱れた桜は散り、全てが緑に染まる頃。
 別の世界。別の場所。二人の人影が立っていた。
 一人は薄茜の髪を一つに括り、黄色のリボンで纏めた女性。
 身に纏うのは騎士の甲冑。右手に握るのは片刃の剣だ。
 そしてもう一人は少年。
 黒いシャツを着た彼は右手に何かを握り締め、腰を深くかがめ構えを取っている。

「――決着?」
「ああ。何度かの戦いで祐一の方は負け続けてきたからな。今戦って自分がどれだけのものか、知りたいらしい」

 モニター越しに映るその二人を見て、クロノ・ハラオウンはなのはの疑問に答えた。
 祐一が提案したのは、殺傷設定での真剣勝負。
 勿論皆は反対したが、それでも祐一はそれを望んだ。
 そしてそれをシグナムは迷いもなく受けたのだ。
 『闇の書事件』以降初めての、正真正銘の真剣勝負を。

「それでフィオは、何でここにいるの?」

 フェイトの疑問はもっともだ。
 相沢祐一は元来、フィオとのシンクロ状態で万全と呼べる融合型デバイス、《フェンリル・ロアー》の所持者である。
 それなのにフィオは、なのはたちと同じようにアースラのモニターで彼らの様子を見ていた。
 それに対し、フィオは面白くなさそうに答える。

「……自分だけで、自分の力だけで白黒ハッキリさせたいんだって。そうじゃないと、何時までも自分たちは二人で一人前のままだから」

 それは覚悟だ。
 二人で補い合うのではない。二人合わさって更なる高みへ近づくと言う行為。
 フィオなしで祐一は強くなり、祐一なしでフィオは強くなろうという誓い。
 必要ないのではない。必要だからこそ、今フィオは祐一の力になるべきではないのだ。

「始まった……!」

 両者が動くのを、両者の魔力が高まるのをエイミィが観測する。
 そして賽は投げられた。





out side of Blazing Souls

竜と堕天と






「ありがとうな。勝負、受けてくれて」
「いや、私ももう一度貴様と戦いたかった。ただ利害が一致しただけだ」

 そうかい、と笑って祐一は構えを取る。

「一回目はともかく、後は邪魔されてばっかだったからな」
「ああ。万全での戦いは初めてだな」

 拳を強く握り締める。
 鞘から白刃を抜き放つ。
 静寂が流れる風に消し飛ばされた。
 ――動く。

「んじゃあ先ずはこいつからだ!」

 右手で握り締めた銀装飾を空に投げ上げ、祐一がそう叫んだ。
 投げ上げたのはネックレス。
 祐一の最初の相棒が、世界に顕現の宣言を放つ。

「《一時の戦人メイクシフト》か!」
「あん時とはよお、心構えも強さも別物だぜ!?」
 
 初手は最初の戦闘に使った、防御プログラムしか組み込まれていない簡易バリアジャケット。
 だが純白のそれに身を包み、祐一が殺到した。
 体を捩り、捻転を利かせた右拳を振り上げる。
 それに対し、シグナムは左に手にした鞘を掲げた。

「うっっだらあ゛!!」

 衝突。
 それは瞬時に終わり、祐一はすぐさま次のモーションに入る。
 体の回転を早め、蹴り。受けられるのを前提にそこから更に動きを繋げる。
 さながらそれは一人きりの円舞。
 間を置かず連続する攻撃を、しかしシグナムは捌ききった。
 浮かべる表情は、喜びのそれ。

「確かに最初とは別人だ……。だが、私とてあの時と同じだと――」
《Explosion》
「思うな!!」

 一撃は斬り、二撃で突く。
 初撃で自動防御プログラムが砕かれ、次の攻撃で白の衣装が剥ぎ取られた。
 衝撃を流しきれず、祐一は砂塵を巻き上げながら後退する。

「温いな」
《ja》

 砂塵に消えた祐一の方向を見ながら、シグナムは一言そう告げた。
 それに反応するかのように、砂のカーテンが渦となって巻き上がる。
 その中心にいるのは祐一。姿は元のものとなり、だがなおも余裕の表情で笑みを浮かべる。

「やっぱ強いなー。……前ならカートリッジ使ってたのに、今じゃそれもいらないのかよ」
「余裕を見せているからだ。早く出せ、神喰らいの狼を」
「――オーケー、準備運動は終了だ。第二ラウンドといこうか!」
   
 腕輪の宝石が光り輝く。
 そして銀装飾から外れた青のそれが、宙に浮かびあがった。
 構成。展開。固定。
 その全てを一瞬で終了させ、終わった後に残るのは一人の魔導師。
 夜を思わせるミッドナイトブルーに、白いラインの入ったバリアジャケット。
 普段なら髪も銀髪に染まるのだが、今回は黒のままだ。
 フェンリルロアー。
 それがこのデバイスの、祐一の力の名前。

「そうだ。来い!」
「言われなくてもっっ!!」

 叫ぶと同時、祐一が大地を蹴り上げた。
 行動加速魔術、《駆霊クイックファントム》の展開。
 地を風の如く走る亡霊が、烈火の騎士に向け拳を振るう。
 激突。
 繰り出される拳が、光を反射し閃く剣が、撃音を奏で歌を成す。

(捌ききれな――!?)

 そう判断したときは遅かった。
 シグナムが手にしたレヴァンティンが祐一の左手で弾かれ、代わりに飛んでくるのは膝。
 体が開いた状態で打ち込まれたそれは腹に直撃し、シグナムは嗚咽の声を上げた。
 その隙を祐一は見逃さない。体が浮いたシグナムを殴り上げ、更に上に跳び両の手を組む。
 そしてそのまま振り上げ、地面に向けて叩きつけた。

「――がっ!」

 激突音。
 硬い地面に衝突し、余波で砂の煙が上がる。
 全てクリーンヒット。確実に手傷は負ったはずだ。
 だが――

《Schlangeform》
「ああ、まだだよなあ!」

 戦塵から蛇が頭をもたげた。
 蛇腹剣に姿を変えたレヴァンティンが、煙を払い敵に噛み付く。
 祐一はそれを払いのけるが、命を吹き込まれたかのように自在に動く連結刃は更に宙を舞う祐一に追いすがった。
 何度かの攻防の末捕まった祐一が、刃の突進力に負けて押し込まれる。
 そして今度は祐一が地面に叩きつけられた。
 満足したかのように蛇は主の下へ戻り、その場に弧を描くように地面を這う。

「これでお相子だ」
《Reload》

 口元の血を拭い、シグナムはその場で消費したカートリッジを補充する。
 自身の持つレヴァンティンは形状から装填できる数が限られているからだ。
 長期戦になる場合は、隙を見つけ補給しておかなければ最後の最後にしくじる事になりかねない。
 再装填を終え、しかし動きを見せない祐一に、シグナムは追撃をかける。
 攻撃によって起きた砂塵を振り払い、祐一の周囲を囲むように連結刃を展開していく。
 起き上がった祐一の目の前には、刃の螺旋が出来上がっていた。
 包囲した蛇の胴は祐一を締め上げるかのよう。
 そして刃の先端が上空に届き、祐一に向け急降下する。

「逃げられっかよ! 一旦前に進むと決めたら、なりふり構わず真っ直ぐだっ!!」

 回避も防御も捨て、祐一は真上からの強襲に右拳で応えた。
 二つの力が真正面からぶつかり合う。
 その結果飛び交う突風が、螺旋になった刃の壁を吹き飛ばした。
 シグナムはレヴァンティンを元の剣の形に戻しカートリッジを一発消費。
 祐一は体を捻り、右腕一点に魔力を込める。
 静寂は一瞬。そして両者は同時に吼える。

「飛竜――」
「テンペスト――」
「一閃っっ!!」
「ブローオオオ゛オ゛ア゛!!」

 轟音と共に、光の渦が二人を包んだ。



刀@   刀@   



「滅茶苦茶だな……」

 モニターが白一色になったのを見て、クロノが深い溜息をついた。
 魔力同士の衝突による一種の爆発。
 周囲にそれほど影響はないが、それが見られるというのは両者の力が高い証拠だ。
 生物のいない世界を選んでよかったとつくづく思う。

「相変わらずのバトルマニアだな、シグナムは」
「まー楽しいことはえーことやからな。でも祐一さんには腹蹴り上げたことについて、後で話しあわなあかんけど」

 呆れたように呟くヴィータの隣で、はやてが楽しさ半分怒り半分なコメントをする。
 光が止み、ノイズ交じりに映し出されるシグナムは、楽しそうだった。

「フィオちゃん。祐一さん、頑張ってるね」
「……うん」
「フィオちゃんも、頑張らなきゃね」
「……分かってるわよ」

 衝撃の余波で岩に叩きつけられた祐一。
 だがこちらも笑っている。
 そして互いに一歩踏み出した。
 体は傷つき、装甲は所々破れてしまっている。
 祐一に関しては今の攻撃の影響で、右腕のジャケットが完全に弾け飛んでいた。
 それでもそう、進むために。前に行くために。
 互いが互いを乗り越えんとするが故に、二人は歩くことを止めはしない。



刀@   刀@   



「嬉しそうだな、相沢」
「ああ。俺のことを認めて、全力で戦ってくれてるんだ。嬉しくないわけないだろう?」

 ああだからこそ、倒さなければならない。
 己が己を越えるべく。
 己の道を進むべく。

「一度目は歯牙にもかけられなかった……」

 歩く。

「二度目に名前を覚えてもらった」

 歩く。

「三度目は、邪魔が入って決着がつけられなかった」

 歩む足を止め、開いた右手を突き出す。
 そして一本一本確かめるように、祐一は拳を握り締めた。

「これで四度目。この戦いで俺のことを、釘付けにさせてやらあ!!」

 心の深い奥の奥。
 そこに閉ざされた扉に手をかける。

「さあ行くぜ乗り越えに!!」

 開いた。
 まず現れるのは闇。
 祐一の右腕を包むように現れるそれは、視れば吸い込まれそうな深い黒だった。
 そしてその上から、指先から肩までにかけて、純白の装甲が張り付いていく。
 二の腕の部分にはリングが浮かんでおり、最後に漆黒の翼が肩甲骨から生えた。
 それは深い闇を殻で覆うことで、溢れ出すのを防いでいるかのようだ。
 天輪に翼を生やした姿は、まさに堕天使。

堕天兵装ルシュフェル・シフトだと……!?」
「ここで見せなきゃあ、男が廃んだろうがあ!!」

 羽ばたいた。
 翼を一振りし、祐一はシグナムに向けて文字通り飛び掛る。
 激突。轟音。
 白い拳が白刃とぶつかり合い、不協和音が木霊する。
 地面を抉るようにして、シグナムの体が後退を始めた。
 そこで止めることなどしない。そう言いたいかのように、祐一は更に右手に力を込める。

「っこの……!」
「吹き飛べ!!」

 傲慢たる一撃で以って、シグナムは宣言どおり吹き飛ばされた。
 数メートルどころではない。その勢いは留まらず、結果二人の間に十数メートルに及ぶ間合いを作り上げる。
 後退の軌跡は地面が削られ残り、その威力を物語っていた。

「出せよあんたも、あんたの全力を! でなきゃサッサと倒しちまうぞ!」
「……生意気な口を」

 拳を突き出し叫ぶ祐一に、苦笑を浮かべシグナムは構えを変える。
 カートリッジが駆動。そして剣に異変が起きた。
 柄尻と鞘を合わせた瞬間、鞘が魔力光に飲み込まれる。
 形態変化。
 光は剣にまで及び、それが消えたとき生まれるのは…一本の弓だ。
 レヴァンティンの形態変化の最後。最強の突破力を持つ最終形態。
 ボーケンフォルム。

「そうだ! それとやってみたかった!」
「満足か?」
「それを俺がぶっ潰せば・な!!」

 翼が更に大きく広がる。
 装甲の間から闇が漏れ出し、祐一の右半身が黒く染まり始めた。
 先程の一撃とはわけが違う。手加減なしの全力全開。
 それに対し、シグナムは射撃体勢に入った。
 弓の上下に備わったカートリッジが同時に駆動。一気に二発分の魔力が注ぎ込まれる。
 矢の形成。光から生まれたそれを、弦を巻き込み引き絞る。
 両者から漏れる魔力の影響か、ベクトルを失ったかのように砂が上空へと浮き上がった。

「翔けよ隼!!」
《Sturmfalken》
「《黎神討テンペストブロウ・ノヴァ》、突き破れえ!!」

 疾風の隼と、深淵たる神殺しの一撃とが開放された。
 そこにあるのは純粋な攻撃のみ。
 炎を軌跡とし一直線に翔ける矢が、祐一の拳に正面から衝突した。
 一度目のそれとはもはや別次元。力の拮抗が世界の均衡を捻じ曲げ、大地が隆起しひび割れ砕ける。
 ピシリと、一際大きな音が鳴った。
 それはシグナムの矢に亀裂が走る音。祐一の装甲がひび割れる音。
 それが同時に起こった音だ。

「「――っ!!」」

 だが退かない。いや、だから退かない。
 今この場で後退すれば、きっと一生後悔することになる。
 互いの力を全て込めて、互いの思いを全て注ぎ込んで。だからこそこの勝負に逃げはない。

「「だから・突き進む!!」」

 亀裂は更に進行し、臨界点ギリギリだ。
 それでも祐一は、シグナムはなけなしの魔力を振り絞り、その一撃に集中した。
 破裂する。
 矢が、装甲が粉々に砕け散り、同時に大規模な爆発が起こった。
 その光は二人を、周囲一体を巻き込んで、全てを飲み込んでしまう。



 その映像を見たクロノが、慌ててモニターに平行表示されていた二人のバイタルに視線を移した。
 魔力、体力共にほぼエンプティ。だが大丈夫だ、生きている。

「全く無茶をする……。さあ、迎えに行く――」
「まって、クロノ」

 転送装置へと足を運ぼうとしたクロノを、フェイトが片手で遮った。
 彼女の視線は今だモニターを見たまま。
 周囲の人間達も同様だ。
 だから同じように視線を移し、そして驚愕した。
 祐一が、シグナムが立っている。
 祐一は【堕天兵装】が解け、バリアジャケットも破損が激しい。
 シグナムはいつもまとめている黄色のリボンが解け、騎士甲冑もアンダージャケットのみになっていた。
 それでも拳を握る。それでも剣を掲げる。

「多分これで、最後だから」

 そのフェイトの言葉に負けて、クロノは進む足を止めた。



 ボロボロだ。
 体の節々が油が切れたようにギシギシと音を立てる感じがする。
 もう力などほとんど残っていない。
 けれど――

「止まれない」
「ああ、そうだな……」

 まだ少し、ほんの少し、この身に力が残っているなら…絞りつくしてでも掻き集めてみせよう。
 立っている。
 目の前の相手がまだ立っているのだ。
 ならまだここで倒れない。倒れるわけにはいかない。
 相手が倒れるそのときまで、自分は絶対に倒れない。

「レヴァンティン」
《Cartridge Load》

 最後の一発を装填して、シグナムが紅蓮に染まる剣を振り上げた。

「卑怯臭いな」
「これも実力だろう?」
「……確かになあ!」

 右腕、いやもっとだ。
 右手、まだ足りない。
 インパクト部分一点に、全ての魔力を注ぎ込む。
 走る体力などない。
 互いにゆっくりと歩み寄り、最小限の動作で最後の一撃に備える。
 目の前の相手は笑っていた。
 恐らくは自分もそう。
 楽しいわけではない。嬉しいわけではない。けれど何故か、込み上げてくるのだ。

「ぶん殴る……!」
「切り伏せる……!」

 背を見せるように、祐一が振り被る。
 天を突くように、シグナムが振り上げる。
 一瞬の静寂と共に、白と赤とが交錯した。

「紫電一閃――!!」
「喰らい知れ――!!」



刀@   刀@   



 広大な世界の果て。
 大地しか見えないその場所を、フィオが走る。
 後からついてくる皆も、祐一の、シグナムの、二人の下へ駆け出していた。
 砂煙の中、二つの人影が視界に入る。
 そこには、一人の影が立ち上がっていた。
 ボロボロで、傷だらけで、けれど二本の脚で立つ姿がそこにある。
 満身創痍にもかかわらず笑みを浮かべ、空を見上げる姿がそこにある。
 
 それは。その人は――











<あとがき>

反省はしてる、後悔はそれほど。
あれ? これってあのアニメの最終回じゃない? とか思ったやつはかたぱしからビンタです、おしょうです投票ありがとうございました。
祐一が一位ということで、書きましたよ番外編。
なんか微妙に違う気もするけど気にしない。気にしないったら気にしない。
最後に立っていたのは誰だったのか、それは各自脳内保管よろしくお願いします。

今回は不完全燃焼だった二人の戦いをトコトンまでやってもらいました。
最初に出てきた白の戦闘衣装から、最後の堕天兵装まで。
シグナムも恐らく出し尽くしたかと思われます。
大変だった……。
こうやっぱ、この二人にはこういう繋がりが一番深いものだと思います。
何のかんのでいつも戦ってばかりでしたからねー。

今回の話は書けて満足でした。
戦闘描写苦手ー、と言う方には何とも言えない内容でしたが……

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