間奏曲

「くそ! くそ! くそっ!!」

 声に怒気を含ませて、男は走る。
 手にはハンドアクスを模したデバイス。粉塵で乱れた髪を、鬱陶しげにかき上げながら、長く続く廊下を男は駆けていた。
 懐にしまった、データチップと共に。

「何で…何でバレた!? それよりも、何であんな化け物どもがここに……!?」

 質量兵器の開発。それが、ここで行われていた研究だ。
 旧暦。古代ベルカが、幾千年にもわたる争いを続けていた時代。猛威をふるい、そして封印された力と技術。
 魔法を使えぬ者が、魔導師を殺しうる驚異。
 決して露見せぬように、施設には厳重なプロテクトを施され、万が一発見されたとき、速やかに発見者を“処理”できるよう、高いレベルの魔導師を常駐させていた。
 だからこそ、この状況はあまりにおかしい。
 なぜ、自分がこんな惨めな敗走を強いられねばならないのか。
 なぜ自分たちが、“一刻も経たぬ間に”全滅に追い込まれているのか。

「こちらF・A02、目標確認。ランクAA一人だ」

 ――声。只それだけで、男は戦慄した。
 地下施設の出口。そこに立つのは一人の少年。
 夜色のテーラードタイプのロングジャケットを身にまとい、銀の髪を風に揺らし、青い双眸でこちらを捉えていた。
 手には何も持っておらず、左胸にはめ込まれた魔導器の核であろう、真っ青な菱形の宝石が、照明に反射して輝いている。
 齢十七前後。顔立ちにほんの少し幼さを残したその少年は、確かに男にとって驚異だった。
 一拍。少年が、隣に展開されたモニターに向けて言う。

「俺とフィオで十分だ。うん……心配すんなって。フェイトは俺たちの実力知ってるだろ?」

 んじゃあ切るな、と最後にそう告げて、少年はモニターを落とした。
 そして、男に向き直る。

「さて、その懐のデータ。渡してくれないか?」
「ふざ……けるなよっ」

 これは、長い年月を費やして、自分たちが得た技術の粋だ。仮に売ろうものなら、一生遊んで暮らしていける。
 それを。そんな物を、そう簡単に渡せるはずがない。
 だから魔力を込める。握った手斧に力を宿す。
 それを見て少年は、相沢祐一は溜息をついた。

「分かった。んじゃあ、お前がやる気満々なのも考慮に入れて先に言っておくが……俺は強いぞ? 少なくとも、お前よりは確実に」

 人差し指を真っ直ぐに伸ばし、少年が、相沢祐一がそう告げる。
 それに対しての激昂ともとれる叫び。男が突撃を開始した。
 戦場が、揺れ動く。





Blazing Souls
interlude





「お疲れ。祐一」
「ああ、お疲れさん。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官“補佐”」
「……わざと言ってるでしょ」
「別に〜? ただちょっと前に執務官試験受けてなかったかなあと」
「……い、いじわる」
「褒め言葉として受け取っておこう」

 頬を膨らませる金髪の少女、フェイト・T・ハラオウンに笑って返し、祐一は手に持った容器で水を一口。
 管理外世界で行われていた、質量兵器の違法開発の阻止。それが、祐一達に与えられた任務だった。
 『闇の書事件』から三年。なのはは士官学校、はやては特別捜査官、フェイトは執務官の勉強中。そして祐一は高校生兼嘱託魔導師として、魔法の世界に関わり続けている。
 とはいえ、祐一はまだ嘱託扱い。踏ん切りがつかずにいたが、高校卒業と同時に、本格的に管理局に入局することを考え中、といったところだ。

「それにしても、また強くなった? 祐一」
「まあ俺はロッテさんに、フィオはアリアさんに指南してもらってるわけだし……下手な戦い方したら説教ものだしなあ……」

 グレアム元提督の使い魔二人の名前だ。『闇の書事件』では違法行為となる“八神はやて凍結封印計画”の首謀者であり、それを責任に希望辞職した、優しいがゆえ間違えた人物。
猫の素体をとする二人は、それぞれ体技・魔法技術に長けていて、クロノ・ハラオウンを育てたのも彼女たち。師事するとすれば、最高の存在と言える。

「――まああの二人にはよくしてもらってるし、文句は言えないんだけどね」
「おう、お疲れフィオ」
「お疲れ様」
「はいはいお疲れ。というか、パートナーに報告任せっきりなのはどうかと思うわよ、ゆーいち」
「感謝してます愛してます」

 はいはい、とあきれ顔で近づいてくるのが、祐一のユニゾンパートナーにして、相沢家の末っ子、フィオだ。
 瞳は祐一と同じ澄んだ蒼。そして同色の前髪を、右に流してピンで留めている。
 見た目は十歳程度と言ったところか。体躯は幼いながら、雰囲気だけが妙に落ち着いていて、見た目と中身のコントラストが際だっていた。

「まぁ最後の新技は上手くいったし、今日の成果は上々。先生に見せても問題ない出来だろ」
「多分、細かいタイムラグで絞られると思うわよ」
「……ですよねー」

 二人のやり取りに、フェイトは苦笑。最後のコンビネーションは、流石兄妹、と思ったが、本人達から見ればまだまだ完成の域に達していないのだろう。
 放射系魔術が使えない、祐一をサポートするのがフィオの役割。ショートレンジすら攻撃手段を持たない祐一にとって、残された道はクロスレンジ一本のみだ。そのハンディを克服するためのフィオであり、そしてさっき見た魔術なのだと、フェイトは推測する。
 加えて、彼の体は【堕天兵装】と呼ばれる、異質の能力まで有しているのだ。それを封印するためにも、フィオという存在は、必要不可欠に違いない。

「っかー! にしても疲れた! 終わったらなのはん家で何か喰わせてもらうか」
「賛成。私、士郎さんのスパゲッティーが食べたい」
「ふふ、そうだね」

 時々、本当に時々だが、フェイトは祐一が恐くなるときがある。
 彼は昔、自分で「悪魔に半分、魂を喰らわせた」と、言ったときがあった。何年にも渡り続いてきた、【傲慢】と相沢の契約。解放すれば災厄をまき散らすが故、昔相沢の家が、己を依り代にしてその身に閉じこめてきた力の具現。
 使えば凄まじい力を得る代償に、肉体への負担を強い、それ故に彼らは命を削ってきた。
 それがとても、フェイトは恐い。祐一は優しいから、優し“すぎる”から、必要だとすれば、命を削ってでも力を行使してしまう。
 それは自分のことを顧みないということで……彼を取り巻く皆の心配も、意志を固めてしまえば、届かなくなるということで……
 だから……フィオの存在は、自分たちのとっても、祐一にとっても、とても大切なものだ。
 二人が笑っているだけで、大丈夫だって、そう思える。

「ん? どうした、執務官補佐」
「具合でも悪いの? 執務官補佐」
「きょ、強調しなくてもいいでしょ! それより、早く仕事仕事!」

 だから、ちょっとぐらいからかわれたって、平気なのだ。
 フェイトは気合いを入れ直すと、二人をせっつかせて働きだした。怒らせたかと祐一とフィオは顔を見合わせ、しょうがないかと持ち場に移動していく。
 三年は短くて濃密で、自分たちは昔よりもずっと変われた。フェイトはそう思う。
 少なくとも、相沢兄妹に反撃できるようになったのだから。

――願わくば、嬉しくて、楽しい変化が、これからもずっと続きますように。

 声に出さずに、望みを紡ぐ。この思いを、天使が叶えてくれたらなと、そんな風に思いながら。














 それは冬の到来を告げる季節のこと。
 後に『7S事件』と呼ばれる次元犯罪が起こる、一月ほど前の出来事だった。









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