人はそれを絶望と呼んで
「―――ふう」
数枚にまとめられた資料。
それを読み終えた祐一は、ベットに仰向けになって倒れこむ。
『闇の書』についての内容は、祐一を複雑な心境にさせるものだった。
かつては『夜天の魔道書』として、数多の魔法を書き治めるための資料本。
それが数代前のマスターによって改変。いや、改悪といってもいいだろう。されてしまった。
プログラムを書き換えられ、『闇の書』へと名を変えたそれは、暴走と破壊を繰り返す物へと、その役割をいがめられている。
完成させればマスターの人格を乗っ取り、魔法を暴発。そして最後には暴走してしまう。
騎士はそれを知らないのだろう。現に彼らは、主を助ける為に、主の命に従わず蒐集を繰り返しているのだから。
「何だかなあ……」
守護騎士四人のうち、二人を見たと言う事実に祐一は溜息をついた。
ヴィータとシャマル。
この世界にいると言われていた騎士が、まさかあんなに近くにいるとは思いもよらなかった。
ともすれば主は……
「八神はやて、か」
シャマルと呼ばれていた、金髪の女性に車椅子を押してもらっていた少女。茶色味がかった髪をした、関西弁で喋る女の子の顔を思い出す。
成るほど。助けたいと思うわけだ。
あんなふうに笑う娘を、見過ごすなんて自分にもできそうにない。
ならばどうするか。
今すぐはやてのところに行くか? 調べさえすれば、難しくはないだろう。
だがそれは、騎士たちの警戒を大きくすることになる。
かといって放置するわけにもいかず、所謂板挟みという状況に自分が立たされていることを祐一は理解した。
だから、もう一度溜息。
幸せが逃げていきそうだが、現状を打開する策があるなら、あとの幸福など捨ててもいい。
お願い神様。か弱い子羊を助けてください。
「ゆーいち。春奈がご飯できたって……って、何十字切って空仰いでるの?」
神の代わりに、取り敢えず少女がやってきた。
Blazing Souls
Code.1 : 夜天の翼 - Wing of the night sky -
08.人はそれを絶望と呼んで
「んで、どう思う?」
管理局医務室。
ベットに体を起こして座っているフェイトに、祐一は質問を投げかけた。
因みに数分前、砂漠での一件でフェイトを放置したことに対して、祐一はジャンピング土下座を敢行していたりする。
必死のそれにフェイトは、
「い、いいよ別に。でも祐一、跳ぶ意味はないんじゃないかな……」
と指摘しつつ祐一を許してくれた。
なんていい娘なんでしょう、と心で賛美。
その後怪我について二言三言話し、冒頭の質問に移った。
内容は、フェイトを襲い、祐一と戦闘を繰り広げた仮面の男について。
「共犯では、ないと思う。シグナムたちの言動も、仮面の男はイレギュラーのようだったし」
「そうか……。じゃあ、あいつは殴ってよしだな」
あいつは。
何気ないその言葉に、フェイトは反応する。
まるで、それ以外には戦意がないとでも言うような言動。
思案する祐一を見つめていると、それに気がついたのか苦笑を浮かべた。
「いや、別にシグナムたちと戦わないって言ってる訳じゃないんだけどな。誤解というか、戦わなくてもいいなら、その方が断然いいし。その点、あいつはそれすら妨害しようとしてる。なら、ぶっ飛ばさせてもらうさ」
殺意にも似た気。
青い瞳の奥に潜む“何か”に、フェイトは言葉を失った。
いつも優しい、暖かい表情で笑う人。
その人が見せた、一刹那の負の感情。
そんな表情を見たくなくて、フェイトは強引に話を変えることにした。
「そういえば。祐一は怪我、大丈夫?」
「ん? 傷はまだ塞がってないけど、日常生活には問題なし。でも、戦闘訓練は2、3日禁止なのが辛いなあ……」
リミットがどれほどかは分からない。
だが、限りある時間を不意にしてしまったのは浅はかだった。
当面は、体を動かさずに出来る魔力操作とイメージファイトの繰り返しになるだろうか。
ここは大人しく基礎鍛錬を積むことにしよう。
「あ、ここにいた!」
その時、医務室の扉が開き、中に青い髪の少女が入ってくる。
不機嫌そうに眉をひそめた少女、フィオはずかずかと歩み寄ると、下から射抜くように祐一を見た。
「まだ傷治ってないんだから、フラフラ歩き回るなって言われたでしょ!? まったく……」
「わ、分かったから引っ張るなってってあだだだだ! そっち怪我した方の腕だから、慎重に扱って頂きたいなあフィオさん!!」
ぐわしと掴まれ連れて行かれる祐一の姿を見て、フェイトは苦笑する。
大丈夫だ。
きっとあの娘がいれば、祐一は優しく笑っていてくれる。
「フィオ。祐一をよろしくね?」
「……言われなくても、ゆーいちは私のパートナーだもん。首に縄つけてでも世話してやるわよ」
「人権無視! それパートナーと違う!」
反論する祐一を、フィオは完全無視。
ズルズルと引きずられる祐一を、フェイトは笑顔で見送った。
――→Night Of Knights
「確かだな、シャマル」
「ええ、でも……」
「シグナムとの交戦から三日。それでもあちらに動きはなし…か」
家の主、八神はやてを欠いたリビングに、守護騎士たちは集まっていた。
自分たちのマスターである、はやては今病院のベットにいるだろう。
『闇の書』の侵食スピードの上昇。ここにきて彼女の体は限界に近づいていた。
僅かしか時間がない中でそれでも蒐集の手を止めてしまったのは、先の戦闘にある。
相沢祐一。
砂漠でシグナムと、仮面の男と戦った銀髪の魔導師。
「アタシとは銭湯で」
「私はスーパー。しかも顔を見られてる」
にも関わらず、管理局からの動きはない。
恐らくもう祐一は、こちらのことを把握しているはずだ。
誰が『闇の書』のマスターであるのかということを。
それでも動かない理由は……
「警戒? いや、今更だなそれは」
シグナムはすぐに自分の意見を否定した。
人物の特定が済み、居場所さえ分かれば後は人数でごり押しすることだってできる。
それをしてこないということから出る、一つの推測。
「いや、まさか」
「でも、それしかねえよ。祐一は誰にも、アタシらのことを話してねえ」
何故だ?
敵の頭を知り、何処にいるかも探しさえすれば特定でき、それでもそうしない祐一の行動をシグナムは理解できない。
そもそもが、相手のことを知らなさ過ぎるのだ。
知っているといえば、往生際が悪く、仲間の為に怒ることのできる人物という、ただそれだけ。
だから真意を測りかねる。
「多分…だけどよ」
「?」
口ごもりながら話し始めるヴィータを、残り三人が見つめた。
それに妙な居心地の悪さを感じながらも、ヴィータは続ける。
「はやてのこと知ってて、アタシらのことも知ってて…だから祐一は誰にもそのこと言えねえんじゃねーかな……」
「……良く分からんな。もっと要領よく話せ」
「だからぁ! アタシらのこと見て、どんな風に考えてるか分かってるから……何もしないっつーかできねーんじゃねえのか!?」
「―――馬鹿な」
「誰が馬鹿だ!」
「ヴィータちゃん違うから。今のは貴女に言ったんじゃないから」
憤慨するヴィータを抑えるシャマルは、その意見について考えを巡らせる。
今の言葉が真実なら、あのアイザワユウイチという男は、一度会っただけであるはやてを思って動けないと言うこと。
そう、たった一度。
そのほんの少しの時間で、彼は自分たちを思っていると言うのか。
「善人にも過ぎるぞ」
「でも、アタシはそう思ってる。会ったのは一回きりだけど、あいつはきっとそういうやつだから」
沈思黙考。
シグナムは三人を見渡し、結論を告げた。
「ユウイチという男の人となりはヴィータの言葉を信じよう。そしてユウイチが動かないというのなら、私達のすべきことは一つだ」
一息。
「主の為に、何としても『闇の書』を完成させる」
「まあ、何を言ってもそうなっちゃうんでしょうけど……」
「全ては我が主の為」
「はやてと一緒に、また暮らすために……!」
決した。
そして騎士は動き出す。
それぞれの役目を果たすが為に。
それぞれの願いを、叶える為に。
たとえそれが誤った道であったとしても、自分たち自身が歪められていたとしても、それでも―――
刀@ 刀@
対シグナム戦から更に数日経ち、世間一般で言うところのクリスマスイブ。
地球を基点とせず散り散りに蒐集を開始したヴォルケンリッターに管理局は対応できず、そして『闇の書』の主も見つからない状態が続いていた。
そう、まだ管理局は八神はやてを見つけていない。
なのは、フェイト、祐一から魔力を蒐集したことからページ全てが埋まるのは時間の問題。
しかし、まだ祐一はそれを告げられずにいた。
「…不味いよね、ゆーいち」
「まあなあ……」
そんな日に起こった、奇跡。
事はすずかの友人の見舞いに行くというのを、フェイトに聞いたことから始まった。
なんでも脚が余り良くないらしく、少し入院をしなければならないらしい。
それを聞いて、メールに添付されていたと言う件の少女を見た瞬間、祐一は息を呑んだ。
そこに映っていたのは、紛れもなく八神はやてだったから。
「でも、いつまでも有耶無耶にもしてられない。騎士たちがいるなら、話し合う事だって出来るはずだ」
「応じるかな、苺牛乳の子」
「その呼称はどうかと……」
何とかなるさ、と隣で歩くフィオの頭を優しく撫でる。
以前は渋々といった表情を作っていたが、今は嬉しそうにされるがままだ。
シグナム戦以降、彼女は少しずつだが素直に祐一に接している。
信頼される喜び半分。妙な気恥ずかしさ半分。
いつまでも撫でているのもあれなので、手を止め前方を行くアリサ、すずかのコンビと合流することにする。
「それにしても、世間は狭いよなあ」
「ほんとですね。はやてちゃんと祐一さんが知り合いだったなんて、知りませんでした」
「知り合いって言っても、鶏肉争奪乱戦で分け前あげたのと、鍋の材料の手伝いをしてもらっただけなんだけどね」
「台詞の端々にツッコンでいいのか迷うワードがあったんだけど……」
乱戦って、と隣でぼやくアリサの姿を見て、すずかが笑う。
本当に、世間は狭い。
例えば右のお嬢様が大企業の娘さんだったり、左のお嬢様が大企業の娘さんだったり。
………家とかでかいんだろうなあ。
「今度二人の家、見せてくれるか?」
「? いいけど、何で?」
「社会の格差をこの両眼で思い知りたい」
具体的にはマンション暮らししかしたことないから、べらぼうにでかい部屋とか見てみたいとか、トイレってやっぱドアから凄い離れているか確認したいとか。
そんなことは言ったら呆れられるか馬鹿にされるか苦笑いされるのがオチなので口には出さない。
そこに更に前方にいたなのはとフェイトも混ざった。
思えば結構な大所帯。しかも頭一つ分は祐一の方が大きい。
目立ってるよなあ…と心の中で小さく溜息をついて、手にある包みを持ち替えた。
それを見て、なのはは祐一の包みを軽くつつく。
「祐一さん。それ、プレゼントですよね?」
「まあ折角のイブだしな。それぐらいは用意してるさ」
「何ですか?」
秘密だ。といたずらっ子のように笑う。
病院はすぐ目の前。
騎士たちがいるとすれば、今夜が山場になるだろう。
「まあ、そんな都合よくいくとも思えないけどな」
・
・
・
・
「うわあ、人生ゲームM&A ライ○ドア スペシャルエディションやないですか」
「ふふふふふ。コレを手に入れるのに一体どれだけの月日を必要としたか」
「限定1000個ですもんねえ」
前言撤回。面白いほど都合よく行きました。
病室の入り口でまず目に入ったのは、はやてに抱きつくヴィータの姿。
シャマルにシグナムもすぐ傍にいる。
刹那放たれる微量の殺気を感じ取り、祐一は拳に力を込めた。
しかし両者は動かない。否、動けない。
互いに互いを牽制しつつ、こんな風にプレゼントを渡しているわけだが、どうにも居心地が悪い。
「そ、そんなに睨まないで…?」
「睨んでねーです。元々こういう目つきなんです」
祐一の隣にいるなのはに向けて、ヴィータが眉を吊り上げる。
通信は妨害されていて、外と交信は取れないようだ。
狭い病室という地理的条件に加え、秘匿にしている以上ヴォルケンリッターはこの場で戦闘を始めることはできない。
勿論ここで話をすることも出来るはずがなく、それをするなら……
「傷はいいのか」
「……心配要らないさ。あんたらと話するだけなら、問題ない」
「話だけで、済むとでも?」
「出来ればその方が、こっちとしては助かるんだけど」
思考に割り込んできたシグナムのに対し、苦笑交じりにそう返す。
どちらにせよ、なのはとフェイトに知られた以上、このまま逃がすことはしない筈だ。
なら、好都合。
言って止まるならそれでいい。止まらないなら無理矢理にでも止めさせてもらう。
そうでもしなければ、彼女を、八神はやては死ぬしかないのだから。
緩やかに、しかし裏では緊迫した時間が流れていく。
タイムリミットは、近い。
刀@ 刀@
「あなたも、私達と同じだったのね」
「プログラムって点では、そうかもね」
シャマルの呟きに、フィオは緊張を解くことをせず返答する。
場所は高層ビル屋上。
対面に立つのはシグナムとシャマル。
祐一はフェンリルロアーに魔力を送り込み、既にいつでも戦える体制に入っていた。
左右を見渡すが、ヴィータの姿はない。
ともすれば、こちらの出方を伺っているということか。
「単刀直入に本題を。『闇の書』は完成させるな」
「そう言って止まる思うのか、お前は?」
無理だよな。
彼女達は、これが一番正しい道だと信じているから。
だから、止まれない。
「待ってください! 駄目なんです、『闇の書』完成させたら…はやてちゃんが―――」
殺気。
不意に来る上空からのそれに、高町なのはは反応する。
障壁の展開。
受け止め、しかし衝撃を殺せず弾き飛ばされる小さな体。
そして更に動きが続く。
動くのは薄茜の長い髪。
無から生み出されるかの如く現れる白刃はフェイトへと。
跳躍。後退。フェイトはすぐさまバルディッシュを戦闘モードへ移行させ、両手で担ぐように構えた。
その一連の流れはほんの数秒。
交渉すら間々ならない。祐一は舌打ち一つ、フェンリルロアーを起動した。
ミッドナイトブルーのバリアジャケットが、夜闇を縫うように駆ける。
融合は一瞬。
高速行動化から向かう先は、シャマル!
疾―――!
倒しはしない。
ただ動きを拘束して、残り二人の動きを止める。
そうして一時的にでも話し合いの場を作れれ―――
「させるか!」
「っく!?」
前方を防ぐのは、やはりシグナム。
繰り出す右手を刃で防ぎ、続いて跳躍からの蹴りを鞘で止められる。 宙で反転する形となった祐一に、更に追い討ちがかかる。
動けぬ体に回避はない。《双鎧》を展開して受け止める。
そして体は弾き飛ばされ、反転して着地すれば、フェイトの姿が隣にあった。
《やっぱり強いね、シグナム》
「そう簡単にはいかないよな」
近くで爆ぜる音がする。
見れば、炎の前にヴィータの姿があった。
いるべきなのはの姿は、ない。
否、現れた。
左手には、赤い宝石。炎上する世界の中、彼女は傷一つついていない。
「悪魔め……!」
「―――悪魔で、いいよ……」
姿は白衣の魔導師に。赤き宝石は杖の形に。
瞳は、戦う者に。
「悪魔らしいやり方で、話を聞いてもらうから」
そして少女は動き出す。
それを見て、祐一は向き直った。
先の一手で警戒された。シャマルは後ろに大きく下がっている。
状況は一対二。正眼に構えるその姿は、まるで剣に体が隠されているかのよう。
隙は小さい。
「フェイト。シグナムを頼めるか? 俺は隙を突いてシャマルさんを止めてみる」
「……分かった」
ジャケットが展開される。
しかし、それはいつもの姿とは違っていた。
篭手、脚甲にフライヤーフィンが展開し、防御を強化するマントは今はない。
ソニックフォーム。
今ここにいる魔導師の誰よりも、速さを極めた形態。
薄い装甲を更に薄くすることで得た、諸刃の剣。
「闇の書は、悪意ある改変を受けています。今のまま完成させても、はやては助からない」
意識をこちらに集中させる為にか、フェイトはシグナムに向けて語り始める。
その一瞬の隙を好機にすべく、祐一は《駆霊》を発動させた。
己の動きが、数倍に上がるのを感じ取る。
「……こんな出会いをしていなければ、お前と私は、どれほどの友になれただろうか」
「まだ、間に合います」
「―――止まれん」
灼炎がシグナムを包む。
それは騎士を形作る炎。
レヴァンティンから生み出される魔方陣が光り輝き闇夜を照らす。
「我等ヴォルケンリッター。主の笑顔の為ならば、騎士の誇りすら捨てると決めた。……もう、止まれんのだ!!」
「止めます。私と、バルディッシュが」
そして両者が動いた。
その一瞬を隙と見定め、相沢祐一は疾駆する。
狙いはシャマル唯一人。
それに気づいたシグナムが止めようとするが、フェイトが振り下ろす戦斧に阻まれる。
―――止める!
床を打つ足が、蜘蛛の巣上のひび割れを作り出す。
残り数メートル。
一度なのはがやられた、《旅の鏡》にさへ注意すれば、捕縛自体は容易い。
いけると踏んで、更に加速。
身構えるシャマルに向けて、一直線に駆け抜ける。
だが、それは叶わなかった。
突然の横からの衝撃に、祐一はガードも間々ならぬまま吹き飛ばされる。
痛みを感じながらも、視線はそちらに。
蹴り上げられた。相手は、仮面の男!
「貴様!!」
よく見ると周りのなのはやフェイト、ヴォルケンリッターがバインドで捕まっている。
すぐさま体制を整え、思い切り地を蹴り上げた。
敵の真意は分からない。けれど、ここで邪魔をされるわけにはいかない。
現状の打開には、何としてでも。
「お前は邪魔だな。しばらく、退場してもらおうか」
「おおおおおお―――っ!」
正面にいる仮面の男に、祐一は拳を振り上げた。
バインドを解除させるには、この男を気絶されるのが一番早い。
だが、攻撃は背後からやってくる。
突然の衝撃に体の動きを奪われてしまった。
見れば、自分の体からリンカーコアが抜き出されている。
そしてそれをしているのは、背後から自分を貫いた“仮面の男”。
「二人!?」
正面のいた男はそのままに、背後にいたもう一人の仮面の男が、祐一を拘束する。
身動きが、取れない……!
「蒐集でも、する気か? 残念だけど、俺の魔力はもう―――」
「ああ。だから、もう一人からもらっておこう」
もう一人?
男の言葉に、祐一は戸惑い、そして気付く。
男の手には『闇の書』。リンカーコアから魔力を奪い始める。
だが、祐一自身にはあの特有の脱力感がなかった。
それは祐一を対象としていないことの証明であり、即ち蒐集対象とは……
《あ…うあ……!》
「フィオ! 貴様ああああぁぁぁ!!」
融合した、フィオのリンカーコア。
拘束されながら無理矢理動こうとする。
しかし体は動いてくれない。
夜を裂く銀髪が、毛先から黒く元の色へ戻っていく。
「安心しろ、消しはいない。身動きの取れない程度に魔力を抜かせてもらうだけだ」
男の言葉は正しかった。
奪われる魔力。しかし、その手は銀髪が黒に染まりきる前に抜き取られる。
一瞬の自由もつかの間、次は背後の男によってバインドをかけられてしまった。
呼びかけても、フィオからの返事はない。
そこにあるという存在に安堵しながらも、返事が出来ないほど消耗していることへの怒りがあった。
油断していたわけではない。
だがこの事態は、相沢祐一の失態だった。
「見ておくといい。この物語の終焉を」
「何……を……?」
「最後のページは、守護騎士の魔力そのもので埋め合わせる。今までも、何度かあったことだ」
始まった。
シャマルから、シグナムからヴィータから、リンカーコアが取り出され蒐集されていく。
プログラムで出来た彼女達は、魔力の有無こそ存在の基盤。
それを奪われることは、すなわち彼女達の消失を意味する。
「やめ―――!」
ギシリとバインドに奪われた体を動かす。
だが拘束は外れない。
己の無力に祐一は歯軋りした。
弱い。これだけで何も出来なくなるほど、自分は。
所詮足掻こうとも、強く願おうとも、この程度か。
そしてまた、繰り返すのか。
あのときの悲しみと、あのときの絶望を。
消えていく。
目の前で助けたいと思う人たちが。
ほんの少し手を伸ばせば、届く距離で。
だから―――
相沢祐一は己が無力に絶望した
<あとがき>
タイトル通りになりました、第8話。
今後の展開は押して知るべしってことで。
「絶望」:希望を全く失うこと
の意だそうで、また祐一が凹んでます。
なんてネガティブシンキング坊やでしょう。
何その呼称。
さて、残すところあと3話(予定)。
最後まで付き合っていただけたら幸いです。
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