銀と紅
《幻櫻乱舞》。
《駆霊》で空を駆け、《双鎧》を断続的に切り離すことで、己自身を生み出す魔法。
だが、真に恐ろしいのはそれではない。その程度なら、ある程度の高位魔導師なら可能だ。
ファントムブルームの最大の特徴は、数十に分かれた祐一が、全て意思あるかの如く攻撃を行うことだ。
全ての祐一に、あらゆる攻撃を行わせる。それは、祐一本体が、全ての分身にどう動くか指令を出しているため。
そう。全てにだ。
高町なのはですら、8発誘導弾を撃てば自身は身動きが出来なくなる。
それだと言うのに、祐一は全ての幻影を動かせながら、己自身も攻撃に参加しているのだ。
十数の思考を同時に行う、マルチタスク。
天才と言う言葉すら生温い。
相沢祐一は、化物だった。
「馬鹿…な……!」
仮面の男を取り囲むように祐一“たち”は、拳を振り上げ、蹴りを繰り出し、肘で打ち、掌底を叩き込もうとする。
止まらない。
止まらない、止まらない、止まらない―――
その勢いは、暴風の如く。
そして更に加速する。
Blazing Souls
Code.1 : 夜天の翼 - Wing of the night sky -
07.銀と紅
「はあ、はあ、はあ―――」
動悸を抑えるように、仮面の男は胸に手を当て眼前の祐一を見る。
幻影は消え去っている。流石にあれを長時間継続させる力はないようだ。
そして、魔力も。
絶え間なく幻影に魔力を送り、それを動かすのだ。並の魔導師では直ぐに魔力切れを起こして倒れてしまうだろう。
それが出来るのは、融合型が祐一とフィオ、両方の魔力を使用して魔法を使うと言う特徴から。
そして、もう一つ。この魔法の欠点は―――
《大丈夫、祐一? いくらなんでも無茶しすぎ》
「大…丈夫だ……まだいける」
いくら祐一の力が特異とは言え、分身の数とそれに比例して祐一の脳にかかる負担がでかすぎる。
頭痛と吐き気を感じながら、それでも祐一は倒れることもなく仮面の男から目を離さない。
視線に力がないことは十二分に分かっている。
それでも許せない。許してやらない。
瞳にそれを込めて、祐一は男を睨みつけた。
「その歳でその力。これ程か。【蒼の戦姫】の一人息子は」
何か呟いているが、よく聞こえない。
だがそんな事はどうでもいい。
自分が今、するべきことは何だ?
何を以って、何を為す。相沢祐一。
「俺のことを……無知だと言ったな」
「だとしたら?」
「無知は承知。お前が知ってるなら、ブン殴ってフン縛って、それで洗いざらい吐かせてやる」
焼き切れそうな思考を無理矢理動かして、祐一はもう一度構えを取る。
手加減はしない。ファントムブルームで、向こうにも多少なりともダメージを負わせることが出来たはずだ。
転送されればその場で終了。
それをさせないためには、クロスレンジに持ちこんで相手に隙を与えないこと。
自分の得意な戦いだ。斃せなくとも、増援が来るぐらいには時間を稼げる自信がある。
だから祐一は体を深く沈め、そして行った。
「―――!」
魔力もそれほど残っているわけではない。
この接近一回にファントムを使い、残りは全てクラストに注ぎ込む。
そう決めて、拳を振り上げ、そして衝撃が炸裂した。
鈍い打撃音。だが、それが男に届くことはない。
祐一の一撃を受け止めたのは、鞘。
そしてそれを手にしているのは―――
「シグナム!!」
「悪いが、望む望まざるに関わらず、恩は返すのが流儀だ。ここは、止めさせてもらう!」
そう叫ぶと同時に、シグナムの左手に握られた鞘が振り上げられる。
宙を浮いていた祐一は、その動作の前に為す術なく吹き飛ばされた。
反転する視界の隅で、仮面の男が消えようとしている。
させない。させてはいけない。
祐一は空中で止まり、そしてもう一度男に向けて殺到した。
だがそれは届かない。
シグナムに阻まれ祐一の動きが止まったのと、男が転送し終わるのは同時。
「すまないな。お前の気持ち、分からないでもないが」
「……仕方がないさ。逃げられたなら、どうしようもないから。今は―――」
祐一は逃げた男から、目の前の騎士に思考を移す。
状況は五分。いや、自分のほうがやや不利か。
最初に飛ばしすぎた報いだ。ファントムの影響か体中が軋みを上げているし、頭も締め付けられるような痛みが止まらない。
外傷はないものの、祐一の中はかなり消耗していた。
対するシグナムは、一見してどのくらい疲弊しているのか判断できない。
フェイトとの戦闘後だ。それなりに疲れもするし、傷も痛むだろう。
それでも猶、余裕なのか。それとも表情に出さないよう努めているのか。
「……名を、聞いておこうか」
「相沢祐一」
「ユウイチ、か。覚えておこう」
構えを取るシグナムに、相手はまだ戦闘を行うつもりだと、祐一は察した。
ファントムは瞬間的な発動しか無理。ブルームは論外。
残るは一撃必殺の切り札と、デュアルクラストだけだ。
どれだけ持つか。持たせられるか。
長期戦では埒が明かない。一撃で仕留めるつもりで行かなければならない。
今シグナムを倒すには、それしかない。
「レヴァンティン」
《Explosion. 》
カートリッジが駆動し、顕現されるは紅蓮の炎。
紫電一閃。
祐一の知るそれは、焔を纏った剣戟。
自分の戦い方を見て、なお接近戦を挑もうとするシグナムに、祐一は微笑んだ。
真っ向勝負だと、口で言わずとも伝わってくる。
だから行く。
残った魔力を右腕に叩き込み、祐一は大きく体を捻った。
避わすとか、そんな事はもう頭にない。
全力で以って、相手に勝つ。振り被った拳で敵を討つ。
唯それだけを、今にも途切れそうな思考に刻み付けた。
……動く。
「「―――っ!!」」
声にならない叫びを上げ、加速。
そして、互いに目と鼻の先まで接近する。
シグナムは振り被ったレヴァンティンを。祐一は蒼白に輝く拳を。
己が全てをそこに注ぎ込んで、ぶつけ合った。
《紫電一閃》
《神討》
閃光。次いで爆音。
白昼の世界を、更に強い光が覆う。
その光と、砂塵と、響く音が止んだとき、中心にいるのは二人の男女だ。
衝撃の余韻か。シグナムの長い髪をまとめていた、黄色のリボンが風に吹かれ空を舞う。
一つに纏められていた薄茜の髪がそれによって解け、風に流され揺らめく。
そして、祐一。
シグナムと背中合わせの形のなった銀髪の少年は、身動き一つとらずにいた。
そして、世界に変化が起きる。
それは右肩から派手な音と共に血が飛び出る。祐一の敗北を決定付ける。そんな変化だった。
「くっそ……」
それだけ。それだけ告げて、祐一は砂漠にうつ伏せに倒れる。
右肩から袖までにかけて、ジャケットは粉々に吹き飛び、ジャケット自体が防御し切れなかったレバンティンの刀身が、祐一の体を切り裂いたのだ。
パージなどできるはずがない。
それが、フェンリルロアーの弱点。
ジャケットそのものがデバイスであり、フィオと融合している今。ジャケットをパージすると言うことは、中にいるフィオまで破壊する。そういうことなのだから。
故にフェンリルには、ジャケットパージによる衝撃緩和などはなく、使用者本人にダメージが及ぶ危険性がある。
それを補うための《双鎧》だ。
それすら無視して、祐一は一撃全てに魔力を注ぎ込んでいた。
「息はあるな?」
「……当たり前だ。こんなところで……死んでられないんだよ。こっちは」
幸いと言うべきか。傷は深くないし、治療すれば治るだろう。
だが、負けた。
二度目の敗北だ。悔しくないはずがない。
汗で濡れた頬に、砂漠の砂がこびり付く。
「半月にも満たない間に此処まで。大したものだな」
「世辞は…止めてくれ……。どんなに強くなっても―――」
求めた先は、勝利することだ。
望んだのは、誰にも負けない力を得ることだ。
今の自分には、それが出来ていない。
「勝てなくちゃ、意味がないんだ……!」
身動き一つ取れない。
流れ出す血から、命が削られるような錯覚を感じる。
死にはしないと分かっていても、その感覚は恐怖だった。
意識が少しずつ、深い闇へと沈んでいく。
「また会おう。アイザワユウイチ」
シグナムの言葉に答える前に、祐一の意識は途切れた。
刀@ 刀@
「……あ?」
目を開くと、視界に納まるのは白い天井。
眩しい人造の光を手で遮りながら、祐一は身を起こした。
周りにあるのは、ベットと医療器具の類。それらから、ここが医務室だと言うのが分かる。
砂漠の中での最後の記憶は、自分に泣きながら何か言っているフィオの姿。
それから、自分は此処に運ばれてきたのか。
「っつ!」
肩から来る鈍い痛みに、祐一は体を萎縮させる。
戦闘における負傷。結果は敗北。
笑い話にもならない。
あれだけやってきて。強くなると、誓っておいて。この有様か。
「一時の感情に身を任せ、己を律しなかった報いよ。今後の課題はメンタル面ね」
「母さん……」
医務室の扉。
そこにもたれ掛かった春奈が、祐一を見る。
「魔法での傷の治療は、本人に負荷がかかりすぎる。今の弱ったあんたみたいなのには特にね」
魔法での治療は、魔導師本人の治療に向いていない。
それは、魔法が対象者を修復するのではなく、本人が持つ治癒能力を加速させるものだからだ。
弱っていればいるほど、それは対象自身に跳ね返る。
バリアジャケットの修復などとはわけが違う。本人が衰弱しているときの回復魔術は、追い討ちをかける行動でしかない。
「しばらく戦闘は禁止よ。未熟な自分への、当然の報いだと思いなさい」
「……はい」
未熟。
その言葉が、重く祐一に圧し掛かる。
だが、後悔などしない。
あそこでああしない自分など、本当の自分などではない。
「まっ。あそこで動いてこその我が息子だけどね」
そんな祐一を知ってか知らずか、春奈はそう言って笑う。
あの場面で、行かない訳がない。それが、自分の育てた相沢祐一と言う人間だ。
だからこそ、あそこで怒りに任せた戦いをさせてはいけない。
怒りは爆発的に力を高めるものの、同時消耗も激しいものだ。
そして、本人の思考能力が著しく低下する。
故にあそこで動き、かつ心乱さず戦う必要があるのだ。
(……スイッチの入れ方。教えておいた方がいいかもね)
思考を戦闘に置き換える。そんなスイッチが魔導師にはある。
高町なのはも、その一人だ。
そして祐一。
彼にも、自分の中の歯車を噛み合わせる方法を、見つけてもらわなければならない。
とそこまで考えていると、段々と近づいてくる足音がする。
春奈は振り向き、その音の主を見て微笑んだ。
「じゃあ私は行くから。安静にしてなさい」
祐一が返事をする前に、春奈はスタスタと部屋から出て行く。
そして入れ替わりにやってきたのは、なのはとフィオだ。
心配そうな顔をしたなのはと、目を赤くしたフィオが、祐一の元へと近づく。
「大丈夫、ですか?」
「チョッと痛むけど、それほどは。フェイトはどうしてる?」
「意識はまだですけど、命に別状はないって言ってました」
そっか、と一息。
死んでいなければそれでいい、と言うわけでもないが、それでも助かったのなら素直に安心しておこう。
祐一にとってあの場の失態は二つ。
仮面の男の拘束の失敗。そして仲間であるフェイトを、その場に置き去りにしたこと。
いかに己を律していなかったとしても、それでも祐一はあの場でフェイトの安否をまず優先するべきだったのだ。
相手がどんなに許せなくとも、彼女を抱きかかえて退くべきだったのだ。
それが出来なかったのも、祐一自身の未熟。
力を得たことによる、慢心。
馬鹿だな、と祐一は自分で自分を叱咤した。
間違えたから、もう間違えない。
そうすることで、また自分は何かを知っていける。
「ゆーいち」
「フィオも、悪かった。頭ん中真っ白で、お前の声も、ほとんど届いてなかったから」
ごめんなさい、とそう言う前に、祐一の言葉が飛んできた。
ずるいと思う。
こうなったのは、自分の所為でもあるのに。
無理矢理にでも冷静にさせる方法だって、あった筈なのに。
フィオは祐一を、止めなかった。
止められなかったのではなく、止めなかったのだ。
あの場であの行動こそが、最善だと思ってしまったから。
自分自身も、フェイトに酷いことをした男が、許せなかったから。
嫌になる。
そんな自分が。管制システムとして、欠落していく自分が。
人らしくありえる必要なんてどこにもないのに、みんなと、祐一がいると、どんどん自分が人らしくなっていく。
だけど。だから―――
「……ごめんね、ゆーいち」
自分が謝るなんて、思ってなかったのだろう。
謝る必要なんてないと、そう思っているのだろう。
祐一は、優しいから。全部包んで、抱え込んでしまうぐらい、優しいから。
だから自分は、それに浸ってはいけないのだ。
それが当然だと、思ってはいけないのだ。
だって、そうすれば自分は傷つかなくても、大事な彼が、自分の分まで傷を負ってしまうから。
だから私は、人らしくなろう。
そうやって、傷を負うことを知っていこう。
そうしなければ、優し“過ぎる”彼が、自分が負うはずの痛みまで庇ってしまうから。
「ごめんなさい」
「……いいよ。おあいこだ」
もう一度、涙を流しながらそう告げる、フィオの目じりを祐一は拭う。
その一言で、理解した。
言葉にしなくても、祐一には分かった。
フィオは、痛みを知ったのだと。
知って、それでも自分のものにするのだと。
誰かの為に、涙を流せるようになった、一つ成長したその姿がとても嬉しい。
「一緒に強くなろう」
「……うん!」
決意を一つ。約束を一つ。
今度は負けないと、次は勝つと。
だから、共に行こうと。
初めて祐一とフィオは約束した。
当たり前だと思っていたことを、口にして、確かなものにした。
「良かったね、フィオちゃん」
「う、うん」
ニコニコと笑うなのはに、フィオが恥ずかしそうに頷く。
全部聞いてもらったのか、と祐一は誰かに相談するフィオに驚きと嬉しさを感じた。
変わっていく。自分も、この娘も。
だから、変えてみせる。シグナムを、ヴィータを。間違って、それでも進む騎士たちを。
ここからが再出発。
「待ってろ……!」
強くなってみせるから。
<あとがき>
大分間隔が空いてしまいました、おしょうです。
シグナムとの戦闘はあっさり風味に。今回の課題が、短いシーンでどれだけ読者に見せられるか、だったので結構頑張っています。
戦闘シーンって、書いてる側はガンガンいけるんですけど、読み手側になるとまた違っていて。
間延びすると読み飛ばす人とかも結構多いんじゃないでしょうか。
いや、おしょう自身がそうなんですよ(ぇー
凄い上手いと、戦闘シーンだけで感動できたりもするんですけど、おしょうのそれが今どこまでいけてるのか。色々試行錯誤しています。
次回から、いよいよ話も終盤戦。
さあ、どうなることやら。
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