砂漠立つ牙

「プログラムされた擬似生命――っとぉ!?」
「そっ。だからあんたと戦ったシグナムって娘に、人格があるのがおかしいらしいわ―――よ!」

 訓練施設内。
 春奈の撃ち出した、無数に飛び交う魔力弾を、祐一は避わし、受け止め、弾き飛ばす。
 時刻はもうすぐ、深夜と呼ばれる時間帯に入ろうとしていた。
 五感を研ぎ澄ませ、それにフィオが送ってくる情報を合わせて魔力弾の位置、動きを補足。正確にそれらを潰していく。

「んでも、シグナムからは感情があったように見えたけどっと! これで53発目!!」
「それだけ今回のケースが異常ってことかもっね! まだまだ100発までいくわよ!」

 消しても消しても常時十数発の魔力弾に囲まれる状態に、祐一は段々と疲れてくる。
 もっとこう、纏めて叩き落す方法はないものか……

「……まてよ」
《何? どうせろくでもないこと考えてんでしょ》
「いや。まあ、上手くいくか分からないけどさ。―――で、――――ってのはどうよ」
《……正気?》
「やってみるだけの価値はあるだろ?」

 フィオの言葉に、祐一は笑って返す。
 確かに理論上は可能な方法だ。
 だが、上手くいくかどうか。下手をすれば大怪我を負ってしまう可能性だって有る。

「頼む」
《……はぁ。分かった》

 承諾の言葉と共に、数発の魔力弾が命中。
 《双鎧デュアルクラスト》に衝突し、爆炎を撒き散らす。
 油断したか、と春奈が煙の先を見ていると、そこには―――

「何……これ?」





Blazing Souls

Code.1 : 夜天の翼 - Wing of the night sky -
06.砂漠立つ牙






 無限書庫
 あらゆる情報が集約され、本と言う形態に収められ、そして安置。
 いや、放置という表現が正しいだろうか。
 そして、世界の記憶が丸々収められていると言われるその場所に向け、三人の男女が歩いていた。
 一人はユーノ・スクライア。
 いつものフェレットの姿とは違い、今は人の形を取っている。
 といっても、こちらが正しい姿なのだが。
 そして、それをはさむ様にして歩く二人の女性。
 一人は長髪、一人はショート。そしてそのどちらにも耳と尻尾が生えている。
 グレアム長官の双子の使い魔。リーゼロッテとリーゼアリアだ。

「んでもまあ。クロスケも厄介な仕事を押し付けたねー」
「そんなに、きついんですか?」
「無限書庫はここ数年管理されてないから。調査はかなり時間かかると思うわよ?」
「それは……大丈夫だと思います」

 過去の歴史調査は、スクライア一族の本領だ。
 事前に検索魔法の用意も出来ているし、時間はかかっても必要な情報を探し出せる自信はある。
 事が収拾するのに必要ならば、全力で以って探索しよう。
 それが事件解決のためであり、皆の為であり、なのはの為だ。

「そういえば、今訓練中だったはず……。ちょっとこれからのことも兼ねて話してきます!」
「はいはい〜」
「青春ね〜」

 目を細めて微笑む双子姉妹。
 そして、ユーノの入っていった訓練施設を覗きこんだ。
 『第六訓練室』
 たしか、上空無限の概念が施された特別な訓練場だったはずだ。
 実際にどこまでも上昇できるわけではないが、空中戦闘の訓練施設としては最高の環境と言えるだろう。
 そこの端に立つのは、見知った影。
 相沢春奈だ。
 ユーノは彼女に諭されたのか、その隣に立っている。

「ありゃ、春奈じゃん。ってことは、訓練してるのって春奈の倅?」
「やっほロッテ、久しぶり。アリアも元気そうね」
「まあね。で、どうなの仕上がりは?」
「まあ……」

 その時、上から強烈なプレッシャーが降ってくる。
 ユニゾン状態の祐一だ。
 地面には着地せず、しかし急制動の反動で大気が軋みを上げて強風に変わる。
 瞳は上空へ。
 その先にいるのは、白のバリアジャケットに、赤い宝石の魔導杖をもった少女。なのはだ。
 
「そこそこね」

 春奈の言葉が合図だったかのように、再び両者は動き出す。
 祐一は《駆霊クイックファントム》を起動し、加速。一気になのはに接近しようと試みる。
 だが、なのははそれをさせない。
 中長距離が本領のレイジングハートにとって、接近戦は相性が悪すぎる。
 カートリッジを作動。マガジンタイプのそれが音を立てて弾丸を装填する。
 アクセルモードから放つのは、8発に及ぶ魔力弾だ。

「シュート!!」

 放つ。
 凡庸デバイスの遥か上をいく弾速に、祐一は回避を捨てた。
 無数に降り注ぐ桃色の魔力弾が、祐一に直撃。
 それによって空間に音が爆ぜる。
 直撃したものの、なのはは緊張を解かず更に距離をとった。
 先の動きは、確実にこちらの攻撃を堪えられると想定しての動きだった。
 なら、今の攻撃が祐一相手にどこまで効いているかは分からない。

「レイジングハート!」
《All right.》

 カートリッジを再び稼動させ、その形態を砲撃用のバスターモードに。
 煙の渦巻く中、なのははそこに向けて全力の一撃を叩き込む!

《Divine Busuter.》
「いっけえええ―――!!」

 環状魔方陣がレイジングハートの周りをまとい、そして撃ち出される。
 なのは自身の身長はあろうかという砲撃が、煙を突き破るように放たれた。
 その砲撃は、しかし途中で四散していく。
 受け止めているのは、祐一の左手。
 デュアルクラストの防御能力を左腕一本に集中させ、その攻撃を受け止めていた。
 
「な……!?」
「驚くこたないだろ? これぐらい、できないとな!」

 グッと体に力を込めて、祐一は続く砲撃に耐える。
 そして、それも間もなく止んだ。
 左手から煙を上げながら、祐一はニヤリと笑みを浮かべる。

「そんじゃこちらも、お返しといこうか」
《テンペストブロウ。いくよ》

 掲げた右腕に、魔力が集約していく。
 それを見て、なのはは防御の構えを取った。
 カートリッジを消費して、形成するのは硬質な防御壁。
 プロテクション・パワード。前回ヴィータのラケーテンを受け止めた代物だ。
 だがそれに動じることもなく、祐一は右腕に魔力を集中している。
 同時クイックファントムを起動。この距離ならば、一瞬で詰められる距離だ。
 だから行った。

「行くぞ」

 振り下ろされた拳は、加速と相まってその威力を高めていた。
 衝突、と共に爆音が弾ける。
 だが、カートリッジで強化された障壁は簡単には壊せない。壊せる筈がない。
 そう、その筈だった。

《アクセス……割り込み完了。突き破りなさい、祐一!》
「ああああ゛あ゛あ゛っっっ!!」

 ピシリと、障壁から嫌な音がする。
 これは、純粋な威力によるものではない。そうなのはは直感で理解した。
 クラッキング。
 攻撃を行いながら、同時にバリアに対してクラッキングを行っているのだ。
 それをしているのは―――

「フィオ……ちゃん!」

 気づいたときには遅い。
 障壁に入ったヒビは中心から障壁全体まで及んでおり、最早使用に耐えられなくなるのも時間の問題。
 だからと言って、ここで新たな障壁を作る時間もない。
 故になのはは、反射的にレイジングハートを前に掲げた。
 そこに障壁を突き破った、祐一の右腕が飛んでくる!

「………っ!!」

 杖越しにも分かるほどの衝撃。それがなのはを吹き飛ばした。
 その反動で、髪をまとめていたリボンの片方が解け落ちる。
 このままなら地面に激突してしまうところだが、なのははそれを脚部につけたフライヤーフィンで回避。
 殺しきれぬ勢いは、上半身を落とし、両手両足を獣のように地面に這わせて押さえ込んだ。
 なのはの体が止まるのと、祐一が地面に降り立つのは、ほぼ同時。

「《神討テンペストブロウ》を防ぐか。これ受け止められると、もう他に攻撃手段がないんだよなあ……」
「十分ですよ。使いどころさへ間違えなければ、それだけで脅威足り得ます」

 バリアブレイクと、膨大な魔力を込めた拳の同時攻撃。
 本来なら出来ないはずのそれを、この祐一はやってのけた。
 否、祐一一人ではない。
 フィオがバリアに割り込みをかけることで、祐一は一撃に集中できるのだ。
 そう、これはユニゾンデバイスだからこそ出来る芸当。

「訓練だと思って、ヌいてました。ごめんなさい」

 なのははそう言うと、レイジングハートの柄を咥えた。
 そして残った片方のリボンも解くと、それを一つに縛り直す。
 所謂ポニーテールと言う髪型に変え、レイジングハートを構え直した。

「これからは、全力で行きます」
「いいのか、そんなこと言って? 負けた時言い訳が出来ないぞ?」
「言い訳?」

 魔方陣を展開、カートリッジを駆動。
 意識を集中させ、巡る魔力を加速させ、なのはは真っ直ぐに祐一を見る。

「私が勝つ戦いに、言い訳を考える必要なんてないです」
「―――上等だ!!」

 そして再び、二つの魔力がぶつかり合った。




刀@   刀@   




「いてて」
「大丈夫、なのは?」
「うん。平気だよ」

 グッとガッツポーズをつくるなのはに苦笑しながら、ユーノは回復魔法をかけていく。
 それほど大きな外傷はないが、それでも念のためだ。
 結果はなのはの勝利、で終わった。
 そして、敗者はと言うと。

「祐一は防御を考えなさすぎなの! あんなのじゃ持たないでしょ!」
「いーや、なのははテンペストを警戒してた。だから、あそこは無理してでも行くトコだったんだよ!」

 フィオは祐一の腕に包帯を巻きながらも、ギャーギャーと喧しく口論している。
 戦闘後なのに元気だなあ、とユーノはその姿を呆れながら見ていた。
 隣では、なのはが二人を見て笑っている。

「それで、ユーノ君はこれからその“無限書庫”ってところに?」
「うん。チョッとの間支援が出来なくなるけど」
「そっか。頑張ってね」

 もうチョッと惜しんでくれても、とも思うが、そこは我慢してみる。
 
「ゆーいちは私の言うこと聞いてればいいのー!」
「事件は会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きてるんだ!」

 何だか話が違う方向に進みだしているようだ。
 呆れてしまう。が、それでも相沢祐一の成長力は凄まじい。
 カートリッジシステムを組み込んだ、なのはのレイジングハートとここまで戦り合えた。
 それも、魔導師になって半月も経っていないのにだ。
 デバイス自体の性能もあるだろうが、その性能を100%近く引き上げるのは、やはり魔導師本人の能力に依存する。
 それをするだけの才能と実力があるという、揺るがない証拠である。

「なのははどう思う? 祐一さんのこと」
「……ユーノ君。テンペストを打つ瞬間の祐一さん、見てた?」
「いや、見てないけど……」
「一瞬だけだよ? 気付くか分からないぐらいほんの一瞬。でもね、確かにあの時……異質を感じた」

 あの時。「行くぞ」と言われたとき、体中の血が急に冷たくなったように感じた。
 回避を選択できなかったのは、それもあったのだと思う。
 圧倒的な存在に見つめられるような、そんな何かが一刹那、祐一から湧き上がっていた。
 今回の戦闘訓練では、本当にその時だけだったけれど、今でもあの感覚は忘れられない。

「祐一さんが……違う何かみたいだった」
「何…か……?」

 首を縦に振って、なのははユーノの疑問に肯定を示す。
 そう、“何か”だ。
 祐一と言う器に収まった、もっと他の魂。
 そんな風に、なのははあのときの祐一を思う。
 だからこそ安心したのだ。

「大体! ご飯もまともに炊けないくせに偉そうなのよ!」
「か、関係ないだろ今はそんなこと!?」

 戦いが終わった後、彼がいつもの彼だったから。
 気のせいではなかった。
 でも、どうにも出来ないものなのだとも思った。
 自分に出来るのは、彼があの状態のまま戦い続けるのを止めることぐらいだろう。
 止める必要がないのかもしれない。
 でも、何故だかなのははその考えを否定してしまった。

「さて、祐一。なのはちゃんに負けたわけだけど、約束覚えてる?」
「……ハテ、ナンノコトカナー」
「負けた方が勝った方の為に、血反吐を吐くまで奉仕する、だったわよね? 母さんよーく覚えてるわよ」
「自分で勝手に決めたくせに……」

 フィオの反論もなんのその、春奈はこれから面白いことが起こる予感に、ワクワクしていた。
 大人として駄目な姿だ。
 
「さあなのはちゃん。どうするこの二人?」
「どうすると言われても……」

 特に思いつかない、かと思ったが、一つ名案が思い浮かんだ。
 にっこりと笑うなのはに、祐一とフィオは戦慄する。
 なんと言うかこう、女がこういう笑みをするとき、大抵ろくなことが起こらない。
 理不尽代表みたいな母親がいる祐一は、すぐさまそれを感じ取った。

「ふふふ。それじゃあ―――」




刀@   刀@   




「いらっしゃいませー」
「……何してるんですか祐一さん?」

 アリサの言葉に祐一は何も返さない。
 罰の内容は、翠屋店員として一日働いてもらう、と言うものだった。無論タダで。
 ウエイター姿の祐一と、メイド服(春奈作)を着込んだフィオは、学校帰りの学生相手に接客をこなすことになってしまったのだ。
 フィオはまだいい。お客の女の子達にこれでもかと言うほど可愛がられている。
 その度に祐一に泣きついてくるのだが。
 問題は祐一の方で、周りには女の子だらけな上、男と言えばなのはの父親の士郎さん一人だけ。
 別に女の子に抵抗があるわけではないが、周りから奇異の目で見られるのは結構地獄だ。
 ……勘弁してください。

「サッサと席について注文を言え。ちなみにスマイルは有料だ。0円なんて安っぽい笑顔など売ってやらん」
「何でお客に対してそんなに偉そうなんですか……」

 溜息をついて、それでもアリサはキチンと注文を済ませた。
 祐一は正直見知った子が来てくれて助かったと安堵する。このままだと心が折れるところだった。 
 伝票を届け、水の入ったお盆を受け取る。 

「ありがとう祐一君。でも、何でこういう事態になったのかな?」
「いや、その……。なのはにコテンパンにされまして」

 士郎の質問に、言葉を濁して答える。
 ゲームの話だと思ったのだろう。士郎も軽く笑って「そうか」と返事をしただけだった。
 盆を手に取り、水を運ぼうとしたところで、急に抱きつく影があった。
 こぼれそうになる水を慌てて抑え、後ろを振り向く。
 案の定、涙目になったフィオがいた。
 また女子高生の女の子にでも囲まれたのだろう。

「ゆういち。私もういやー」
「まあ負けたの俺らだしな。我慢我慢」
「でもー」

 ぐずつくフィオの姿に苦笑して、祐一はひとまず盆をカウンターに置く。
 そして体をかがめ、少女と同じ高さに目線を合わせた。
 いつもとは違うその姿は、確かに破壊力抜群である。
 何か、いけないルートに突入してしまいそうだ。
 それを抑えて、祐一はフィオの頭を撫でることにした。

「別に一生ここで働けってわけじゃないんだからさ。俺もちゃんとここにいるから。な?」
「……うん」

 目元に溜まった涙を親指で拭ってやると、恥ずかしそうに祐一を見る。
 それがいけなかった。
 可愛いものが好きで好きで仕方がない、女子高生のハートに火をつける。

「今の顔、ちゃんと写真に撮った!?」
「可愛いよー。フィオちゃん可愛いよー!」
「お、お持ち帰り……」

 最後の方何か不穏な発言を聞いた気がするが、祐一にこの場をどうにかできる技量はない。
 結局フィオは女子高生達にまた引きずられていった。
 頑張れ、としか言いようがない。
 
「さて、仕事仕事」
「祐一さんって、意外と酷いですよね」

 アリサの発言は取り敢えず無視した。



 そして、時刻は夕方。
 ようやく客も引き始め、祐一とフィオは揃って溜息をついた。
 勤労の大切さを、身をもって思い知らされる。

「バイトとかし出したら、大変だろうな……」
「私はもう一生やらない……」

 女の子達に可愛がられた(もみくちゃにされた)フィオとしては、ただ仕事をこなした祐一の倍以上の労苦がかさんでいる。
 ニート発言だよな、と祐一は思ったが、それは口に出さなかった。
 元々フィオは、フェンリルロアーの管制プログラム。祐一のサポートこそが彼女の仕事とも言える。
 だけど、これもいい経験なのではないだろうか。
 ずっとそうして生きるより、色んなことをこの娘には知って欲しい。
 必要ないことかもしれないが、祐一はそう思った。
 戦う為だけに在る等、この娘には勿体無さ過ぎる。

「いいじゃないか? これからもチョクチョク手伝っても」
「冗談は止め―――」

 そこでフィオの言葉は止まる。
 そして、耳に手を当て何かの音を拾っていた。
 一瞬の静寂。そして表情をこわばらせ祐一に告げる。

「エイミィから通信。シグナムたちが、発見されたって」




刀@   刀@   




「遅れました!」

 簡易で置かれたモニターとコンソールの群れ。
 キーボードを叩きながらそれに答え、エイミィは三つの画像を出した。
 一つはシグナムとフェイトの姿。
 一つはアルフと見たことのない銀髪の男。
 そしてもう一つには、何かを待つようななのはの姿がある。
 
「何かあったらいけないから、祐一君はここで待機をお願い。春奈さんの許可は、今から取るから」
「いいですよ」

 エイミィの発言を、祐一は拒否する。

「俺はもう、戦えます。戦ってみせます」
「ん。そっか」

 モニターの一つ、シグナムと交戦するフェイトの姿を見る。
 第一印象は、速い。
 機動力を重視した戦闘スタイル。なのはとは正反対と言っていいだろう。
 加えて、祐一にはない砲撃系の魔法も使える。ミドルならフェイトがやや上か。
 だがやはり、クロスレンジでシグナムと戦り合うには少し足らない気もする。

 そしてもう一つの画面。
 なのはが誰かと喋っているのが分かった。おそらく、敵方と何か会話をしているのだろう。
 エイミィに頼み、敵の顔を見せてもらった。

「……あれ?」
「どうしたの、祐一君?」

 チョッと距離を離して見てみる。そして近寄ってじっと見てみる。
 ゴシゴシと目をこすって、もう一度目を凝らしてその顔をじっと見てみた。
 いや、まさか。いくらなんでもそれは。

『ヴィータちゃん!!』
「だー! 疑いようがなーい!!」

 音声から流れるなのはの声で、敵があの少女だとはっきり断定した。
 銭湯で見た、赤毛の少女。確かにヴィータと、自分で名乗っていた。
 まさかあれが、自分の戦う相手だったとは。

「あれ、銭湯にいたイチゴ女」
「ま、まさかあいつが相手だったなんて……」

 二人の会話に要領を得ないエイミィが、?を浮かべて何のことかと思索する。
 世間は狭いと言うが、まさか同じ銭湯にいるとは思いもしないだろう。
 ましてや、あんな子供が騎士として自分たちと対峙しようとは。
 
 呆然としてそれを見ている一方、シグナムとフェイトの戦闘は加速していた。
 速く速く速く。フェイトは速度を上げて、その差を誤魔化しながら、シグナムに喰らいつく。
 飛び交う蛇腹剣をかわし、フェイトは加速。
 懐に飛び込もうとしたところで、地面から現れた切っ先に邪魔をされ、距離をとらざるを得なくなる。
 速さはフェイトが上。しかし総合能力はシグナムが上だ。
 だから、フェイトは選択する。
 技量はこの場で伸ばせない。故に、自分が求めるのはスピード。
 あらゆる装甲を消し飛ばしてでも、彼女を遥かに上回る音速のごとき機動力。
 腰を落とし、バルディッシュを握り締め、相手の腕から足。呼吸までもに意識を集中させる。
 静寂。
 動―――!

『が―――!』
「!!」

 フェイトのその声に、祐一は思考を引き戻した。
 そして見るのだ。
 フェイトの体から、腕が伸びている姿を。
 背後から彼女を貫く、仮面の男の姿を。




刀@   刀@   




「お前は……一体?」
「どうでもいい、ことだろう?」

 突然現れ、フェイトのリンカーコアを手にした、仮面の男はそう答える。
 確かに今、自分たちに時間はない。
 先の戦闘で失った【闇の書】のページを埋める為にも、ここは素直に収集するのが得策だ。
 だが、一瞬だけそれを戸惑う。
 たった今まで、死合っていた相手から、こんな形で魔力を奪い取る。
 それは、正しいことなのか?

「いや……」

 正しいことなど、今必要なことではない。
 今自分たちが行っていることこそ、主を裏切り、他人を傷付ける行為だ。
 正しいかなどは関係ない。
 大切なのは、為すべきことを為せるか。唯それだけ。

「蒐……集」
《Sammlung》

 現れた闇の書が、リンカーコアから魔力を吸い取っていく。
 フェイトから、次第に意識が薄れていくのが分かった。
 
「……すまない」

 もうその謝罪も聞こえていないだろう。
 死にはしないとは言え、リンカーコアのダメージは本人の意識を一時的になくして生命の危機から脱しようとする。
 睡眠は、魔力を回復する上で最も最短の回復法になるからだ。
 グッタリしたフェイトから腕を引き抜き、仮面の男は頷く。
 それでいいと、言うかのように。
 そして、シグナムたちを残して転送をす―――


ドゴァ―――!!


 叩きつけられる。
 顔面から砂漠の大地に突っ込む形になった男は、すぐさま体勢を立て直し後退した。
 上からの突然の衝撃。
 それをしたのは、一人の少年。

「《銀狼》……」
「お前は、あの時の!!」

 仮面とシグナムの言葉が重なる。
 銀狼と呼ばれた少年。銀髪の魔導師。
 相沢祐一は、叩きつけた右拳を、更に強く握り締めた。
 その表情は、憤怒。

「貴様ああああっっ!!」

 叫ぶと同時、咆哮の余韻を残しながら、祐一は仮面の男に肉薄する。
 クイックファントムの使用だ。
 その発動とスピードは、訓練時のそれを遥かに上回る。
 迫る右脚を、男は左腕で防御。
 だが、その衝撃の大きさに、右手で押さえ込んでも体が止まらない。
 砂塵を撒き散らしながら、祐一と男は砂漠の上を滑る。

「無知が喚くな。いずれ、これが必要だったと知るときが来る」
「必要!? 必要だと!? あの娘フェイトにあんなことを、しておいて!!」

 弾き飛ばされてなお、祐一の動きは止まらない。
 着地と加速は同時。
 背後に回りこみ振り上げた拳は、しかし男に当たらない。
 空を舞う一撃は、砂漠に叩きつけられ砂の壁を作り上げた。
 回避した男は焦る。
 このまま接近され続ければ、いずれ援軍が来る。
 それでは困る。それをされる前に、自分は此処から退かなければならない。
 距離をとって転送を。そう思い大きく後退しようとした男は、しかしその動きを止める。
 そして驚愕した。
 砂塵の晴れた先。目の前に祐一がいる。
 そして背後にも・・・・また、祐一がいた。
 右に、左に、砂丘の上に、抉られた砂の中心に。
 男の周りを、十数にわたる祐一が包囲している。

「これ……は!?」

 これこそが、砲撃魔法を弾き飛ばす訓練の中、祐一が見つけた新たな力。
 クラストと、ファントムを併用することで生み出された、幾人もの自分。
 幻影の、軍勢。

幻櫻乱舞ファントムブルーム。逃がさないわよ》
「喰らい知れ。仮面野郎」

 そして殺気を乗せた十数の祐一が、一斉に男に向けて殺到した。










<あとがキングダム>

なんかいいとこで切ってみる<挨拶
祐一遂に戦闘参戦。そして何かかっこよく技とか決めてみる。
《幻櫻乱舞》の原理は次回書きます。多分(ぇー
「喰らい知れ」は、「思い知れ」から勝手に作った造語。いつかは出したいと思っていたので、ここで言わせることが出来て満足です。
これは祐一君のキメ台詞に使っていきたいとか何とか。
ではまた、次回ノシ

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