魔導師は一日にして成らず

「よく分かんないよね、これ」

 エイミィが指差す先。
 モニターに映るのは一冊の本。
 表紙に十字の紋章があるそれは、今回の事件の名でもある「闇の書」と呼ばれるものだ。
 
「破壊にしか使えず、マスターか書を破壊される度に、転生と再生を繰り返すロストロギア。厄介な、代物だよ」

 溜息一つ。
 クロノはモニターの中で回転するそれを見つめながら、そう呟いた。
 否、見ていない。
 その瞳は、それより遠く遠く、届かない何かを見つめているようだった。
 憂いにも似た表情を浮かべるクロノに、エイミィは眉をひそめる。
 何度か思っているのだが、今回の事件。彼はいつも以上に気が入っているように見える。
 彼だけではない。リンディ提督もそうだ。
 表情や態度では見せていないが、それでもどこか……そう、瞳の色が違う。
 何かを思い出しているような、そんな目だ。
 遠い残照を見つめる、そんな目だ。

「それで、今回参加してる相沢祐一の様子は?」
「へ? あ、ああ……今、訓練室貸しきって特訓中らしいよ? もう魔力戻ってるあたり、素質ありかな?」

 急に話を代えられながらも、即座に対応するその姿は、長年のつき合いゆえだろうか。
 簡潔に答えたエイミィの言葉にクロノは頷くと、コンソールを操作し新たなディスプレーを表示させる。
 そこには、相沢祐一の顔写真と簡単なデータ。
 そして、渡されるデバイスの詳細について書かれていた。

「ラグナロク・プロジェクトの遺産……フェンリルロアー」

 デバイスの名を呼び一息。
 そしてクロノは言葉を続ける。

「極限まで近接戦闘に特化された、クロスレンジ専用デバイス……か」
 






Blazing Souls

Code.1 : 夜天の翼 - Wing of the night sky -
04.魔導師は一日にして成らず







 襲撃から5日後、管理局訓練棟・第三訓練室。
 所々に柱が立つその空間の中には、三人の男女の姿がある。
 一人はクセのない長い髪を先で結んだ、鋭い目つきの女性。
 一人は同じく黒い髪の少年。
 その両者は、蒼空に似た真っ青な瞳をしている。
 そして、少年の隣に立つのは少女。
 こちらも瞳は青いのだが、二人と違うのは髪の色も同様青色だと言うことだろうか。
 青い宝石の入ったバックルを手にした少年、相沢祐一は、母・春奈に向けて言った。

「魔力が戻った。これならいつでも戦えるぜ」
「バカ」

 バッサリと切り捨てられた。
 一蹴かよ……と項垂れる祐一に、春奈は告げる。

「魔力は戻った。デバイスも完成した。ハイそれじゃ戦いましょうって、そう簡単に行くわけないでしょうが」
「そうよそうよ」
「フィオは昨日、滅茶苦茶張り切ってたじゃないか……」
 
 とにかく、と春奈は言うと自分が手にしたカードを展開。
 武装管理局が用いるストレージデバイスを手に持つ。
 それに合わせて、服装もラフな格好から簡素なバリアジャケットに変わっていた。

「まずは、フェンリルロアーにインストールしてある魔法をマスターするわよ。“使う”のと、“使える”のとは違うからね」
「うーっす。頼む、フィオ」
「めんどーい」

 まあそう言わずに、と促す祐一に、不承不承と言った感じでフィオはフェンリルロアーの中へと入っていく。
 目を閉じ神経を研ぎ澄ませ、祐一はグッと握ったバックルに力を、魔力を込めた。
 蒼の魔法石が浮き上がり、それが光を発する。
 その光が祐一を包み、そして弾けた。
 黒に近い、ミッドナイトブルーを基調とし、白のラインの入ったバリアジャケット。
 魔法石は、そのジャケットの左胸の部分にはめ込まれている。
 黒かった髪は、融合型の影響か白銀に変色していた。
 ゆっくりと目を開け、そして祐一は自分の姿を見る。

「……あれ、杖は? それか剣とかそういうのが出てくるんじゃないの?」
「フェンリルロアーはベルカ式でもミットチルダ式でもない、魔導師本人に装備するタイプのデバイスよ。つまるところ、あんたの着てるその服があんたのデバイス」
「えー……」
《どうせあったって、祐一使ったことないでしょ?》
「まあ、そうだけどさ」

 拳を開いたり閉じたりしながら、軽く愚痴る。
 使い慣れない武器を使うより、慣れた徒手空拳の方がいいのはそうだろう。
 だが、男のロマンというか、剣とか使ってみたいとか、そう思ったりしないでもないわけだ。

「事件が終わったら好きになさい。それより、今はあんたを使えるまでにしないとね」

 そう言うと、春奈はデバイスに魔力を込める。
 そこから生まれるのは十数の魔力弾だ。
 フワフワと春奈の周りを浮かぶそれを見ながら、祐一は次の指示を待つ。

「第一段階。今から私の攻撃を全て“受け止め”なさい」
「……はぁ!?」
「魔力弾と、直接打撃。両方行くから気合入れなさいよ」
「ま―――っ!」

 待て! と叫ぼうとする前に、春奈の周囲を浮かんでいた魔力弾が動き出す。
 一度大きく離れたそれは軌道を変え、一斉に祐一に殺到した。
 避けるな、ではない。避けられない!

《デュアルクラスト!》
「な、何だって!?」
《いいから、集中して! 制御は私がやるから。祐一はフェンリルに魔力を!》

 ―――イメージ。
 フィオに言われたとおり、祐一は魔力をフェンリルロアーに向けて送り込む。
 流れ込む魔術式。本能に近い速度で、それの能力を理解する。
 魔法と物理、その両方を、二重の防御壁で受け止める。
 面として張るのではなく、体全体に纏う感覚で……

双鎧デュアルクラスト》―――起動

 双の鎧が、同時に着弾。
 制御はフィオに任せて、それを受け止める。
 弱い衝撃が体に伝わるが、これぐらいならなんともない。
 案外楽勝か? と爆炎を手で払っていると、目の前に突如影が現れた。
 その影は他でもなく、春奈。

「―――ショット」

 衝撃で体をぶち抜かれたかと錯覚する。
 それほどの打撃が、祐一の腹部にヒットした。
 肺に詰まった酸素が、春奈の拳で残さず吐き出される。
 意識が一瞬揺らぐが、後一歩でそれを堪えた。
 しかし自重に耐え切れず、体を倒して片膝をつく。

「ゲホッゲホッ……ガァ……」
「油断しすぎよ。二重展開、あんたにはまだ無理みたいね。さあ早く立ちなさい」

 ゆっくりと息を吸い、そして吐く。
 そして祐一は腹を押さえながら立ち上がった。
 成るほど、魔法だけに集中しようとすれば、物理防御が疎かになる。その逆もそうだろう。
 理想形は、両方展開して、出力にムラが出ないようにすること。

《大丈夫?》
「よ、余裕余裕。い・く・ぞ!!」

 思考の一つで物理防御。そしてもう一つで魔法防御を展開。
 ある程度の制御をフィオに任せ、祐一はそれを継続できるよう神経をすり減らす。
 キツイ、が構ってはいられない。
 これを継続しながら、自分は戦えるようにならなければならないのだから。

「そう、それが出来なきゃ戦いに参加なんか出来ないわよ。根性出しなさい」
「うっす!」

 同時、四方から魔力弾が炸裂した。
  
 

刀@   刀@   



「相沢ー。なんか朝から辛そうだが、保健室行くかー?」
「大丈夫ッすよ先生。余裕です。滅茶苦茶ヨユウデス」

 まあお前が言うならいいんだが、と担任である坂上(43歳・子持ち)は出席簿に目を通していく。
 坂上が心配するほどに、祐一の状態は酷かった。
 所々に絆創膏が張ってあったり、包帯が巻かれていたりで、喧嘩の後のようにも見える。
 事実喧嘩以上に酷い仕打ちにあっていたりするのだが、その理由を話すわけにもいかない。

「か、体が痛い……」
《無茶するからよ》
「ってもなあ……時間がないんだ。急がないと」

 今はフェンリルロアーに入っているフィオの言葉に、祐一はそう返す。
 焦ってはいけない。
 いけないのは分かっていても、それでも急がずにはいられない。
 桃色の髪の騎士―――シグナムと言うそうだが―――との再戦を望む以上、この事件の合間に戦えるだけになる必要がある。
 
―――二週間…いや、一週間だ

 それ以上はかけられない。
 それまでに、デュアルクラスト。そして残り二つの魔法をマスターしなければならない。
 攻・防・走。
 今ある魔法はこの三つ。
 母の話では、最も難しいのが今訓練中のデュアルクラストらしいので、これが終わるスピードが早ければ早いほど、戦線に参加できる時期が早まる。

「頑張ら、ないとな……」

 焦らず、急いで。今よりもっと強くなろう。
 もっともっと強くなって、それでシグナムの戦う理由を……
 戦わなければ、いけない理由を聞き出そう。
 それで、俺に何か出来ることがあるかもしれないなら。

《……極力動かないようにして。治癒力増加の魔法、かけてあげるから》
(って待て。そんなのあるって聞いてないんだけど)
《言ったら無茶するから教えるなって、春奈が言ってたの》
(……じゃあ、何で―――)
《さっさと強くならなきゃ、どっちにしろ無茶するでしょ? だから、仕方なくよ》
 
 不機嫌そうに言うフィオに、祐一は苦笑する。
 そういえば、デバイスであるこの娘には、ある程度自分の思考が読まれてしまうのだった。
 読まれないようにするには、アクセスされないようしなければならないそうだが、疲れと一緒に色々なところが緩んでいるらしい。
 恥ずかしい話だ。
 今までの自分の思考を、丸っきり読まれているとは。

(ありがとう、フィオ)
《―――っ!! べ、別にあんたのことが心配だったとかそんなんじゃなくて……ま、マスターに倒れられたら、サポートの私の立つ瀬がないでしょ! だからよ!》
(分かってるよ。それでも、ありがとう)
《……うん》

 数日でコツを掴む。そして残り二つの魔法もモノにする。
 無茶でも何でもやってやる。
 力をくれた、母の為に。
 力をくれる、フィオの為に。
 そして何より、自分の為に。

「よっし! やるぞ!!」
「何だ相沢、この数式解けるのか? じゃあやってもらうか」
「………え゛」

 一限目に突入しているのにも気づかず、立ち上がってしまった祐一を坂上が指す。
 周りの失笑をかいながら、祐一は早速体を動かす羽目になってしまった。



刀@   刀@   



「だ、大丈夫? 祐一……」
「大丈夫ダイジョウブ」

 包帯が増えている。
 夕刻、話の流れからスーパー銭湯に行くことになったので、フェイトはついでにと祐一を誘おうかと訪れていた。
 そこで見たのは、グッタリとしてソファーに倒れこんでいる祐一。
 フィオがその上に乗っていることから、中々に仲がいいようである。
 ……いいのか?

「で、銭湯なんだけど」
「行く行く。傷に染みそうだけど……それ以上に疲れが酷い」

 午後からの戦闘訓練。
 内容は相変わらずの防御訓練と、それに加えた高速軌道での実戦。
 
―――思ったよかキツイな

 高速起動と言うのは、自分が普段動いている以上に体が動く。
 体や感覚は魔法で追いつけても、やはり慣れないと動きが空回りしてしまう。
 結局は母にボコボコに伸されてしまったわけだ。

「うーん、やっぱそう簡単に強くはなれないか……」
「そうだね。私も、なのはも、ずっと訓練してきてたから」

 なのはは今年の春からだけど、と付け加え、フェイトは気だるげに起き上がる祐一を見る。
 青い瞳……高い魔力が内在する証拠。
 この世界では珍しいことだが、感じる魔力はなんと言うか……澄んだ感じがする。
 瞳と同じ、透き通るような蒼の色。
 
「ほら、フィオも行くぞ。立て立て」
「祐一、セントウって何?」
「でかい風呂があるトコだ」
「でかいの? どれぐらい?」
「えーっと……ガワーって感じだ」
「ガワー……」

 「凄いぞー」、「凄いの?」と会話を交わす姿は、どことなく兄妹のようにも見える。
 リンディ提督の話では、彼の母親は腕利きだったらしいし、成長率もかなり高いとフェイトは聞いていた。
 そして、きっと強くなるだろう。何故だか分からないが、そんな確信がフェイトにはあった。
 
「じゃ、いくか―――って。どしたフェイト?」
「な、なんでもないよ! ほら、行こう祐一」
「……?」






「うわ、思ってたよかでかいなー」
「が、ガワーだぁ」

 パーっと瞳を輝かせて感嘆するフィオを見て、祐一は苦笑。
 ずっと管理局にいた所為か、自分たちの世界に関わらずこの娘は一般常識に疎いようだ。
 母の話だと、多くを学習させるのはいいことらしいので、祐一は彼女の質問に出来るだけ答えてあげている。
 ……流石に秘密の引き出し(どうやって開けたかは不明)の中身については、言葉を濁さざるを得なかったのだが。

「フィオは、銭湯来るの今日がはじめて?」
「う……うん」

 と、途中合流したアリサの問いに、祐一の体に隠れてフィオが答える。
 まあ親交を深めるにはいい機会か、と思いながら、祐一はフィオの肩に手を乗せた。

「俺は男湯だから、美由希さんやエイミィさんの言うことちゃんと聞くんだぞ?」
「わ、私も祐一と行く!」
「駄目だ。ほれ、早く行った行った」

 むぅ……とむくれながら、なのは達について行くフィオ。
 それを見送った後、祐一は年長組の方を振り返った。
 高町なのはの姉、高町美由希。
 姉妹、と言うには少し似てない気もするが、まあそういう姉妹もいるだろう。
 邪気のない顔をしているが、何と言うか、隙がない感じがする。
 何かやってるのかな? と思いながら、祐一は美由希に向けて軽く頭を下げた。

「あの娘のこと、よろしくお願いします。なんつーかまあ、顔見知りするみたいで」
「いいよいいよ。祐一君は祐一君で楽しんできてね」

 ありがとうございます、と礼を述べて、祐一は男湯側へと歩き出した。
 まあエイミィさんもいるし、大丈夫だろう。
 それよりも、体の節々がギシギシと音を上げそうだ。
 そんな姿を見ていた美由希が、エイミーに問いかける。

「ねえ、あの祐一君て子。何か訓練とかやってるのかな?」
「……何で?」
「うーん。なんと言うか、勘なんだけど」

 傷の種類とかかな、と美由希は呟いた。
 擦り傷とは違う、打撲痕や切り傷のようなものが見えた。
 それは、日常と言うカテゴリーには含まれない傷だ。
 それに加えて体の動き。
 あれは、相当肉体を使い込んでいるように見える。

「っま、いいか。それより私達も!」
「レッツゴー!」
 
 思考を遮断、切り替えて、美由希はエイミィと共に歩き出した。
 見せないように振舞っていたのだから、知られたくないことなのだろう。
 なら、それを詮索する必要はない。
 何故なら―――

「なのはの友達だもんね」
「? 何か言った?」
「ううん! さて、そこから回ろッかなー!」



刀@   刀@   



「……わぁ」

 大きい。
 フィオは長い蒼髪をタオルに纏めて、あたりを見回す。
 祐一のお風呂とは、段違いだ。
 前に春奈が言っていた“オンセン”も、こんな感じだろうか。

「大きいでしょ? これが銭湯だよ」
「うん……おっきい」

 すずかの言葉に素直に返すフィオ。
 フェイトちゃんもそうだけど、フィオちゃんも色々知らないのかな? とキョロキョロとしているフィオを見て、すずかは微笑。
 お姫様みたいだな、と思った。
 とすれば、一緒にいた祐一さんは騎士だろうか?

「ね・ね・すずか。あれ何?」
「あ。あれは……行ってみようか?」
「うん!」

 人見知りの恐怖心より、見知らぬものへの好奇心が先行してるなあ、と微笑みながら、すずかは走り出しそうなフィオと共に歩き出した。






「ふう、気持ちいいなあ」

 タオルを頭に乗せ、お湯に肩まで浸かる。
 所々の傷に染みるが、それでも柔らかな湯は祐一を癒していった。
 体の奥まで、何かが染み渡るような感覚。
 
「……てか、この描写は読者が望んでないだろうな」

 一人湯に浸かりながら、レッドゾーンな発言をする祐一だった。






「祐一さんって、フィオちゃんの親戚さんなんだよね」
「ん?」

 なのはとフェイトは一緒に洗いっこ。
 アリサは見当たらないと言うことで、フィオとすずかは二人、温泉風の風呂に浸かっていた。
 脳みそ(あるのか)まで蕩けそうな感覚に、ぼやけていた思考が、その一言で引き戻される。
 そういえば、そう言って通しているのだった。とフィオは思い出す。
 ……それで通るとは、自分は彼に似ているのだろうか。

「……そうよ」
「そんな凄い嫌そうな顔して言わなくても……」

 嫌なわけではないが、似ているようにも思えない。
 自分の顔のモチーフは、確か春奈をベースにしていたはずだ。
 祐一は、どちらかと言うと父に似ている。
 春奈から引き継いだのは、鋭い目つきと青い瞳ぐらいだろう。

「フィオちゃんは、祐一さんの事嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど……よく分かんない」

 春奈とも違う。
 祐誠とも違う。
 知らない何かが、祐一にはある。
 それはまるで、自分が彼の隣にあるのが必然であるような、そんな気持ち。
 自分の中の、足りないピースを、彼が埋めてくれるような、そんな嬉しさ。

「うん。よく分かんない。ヘラヘラしてると思ったら、時々真剣な表情するし。誰にでも優しいのに、自分のこと全然考えてないし」
「ふふ、そっか」
「な、何!?」

 何でも、とそう言ってすずかはもう一度笑った。
 なにか全て見透かされているような気がして、フィオは無言で風呂に体を沈める。
 不思議と嫌な気持ちにならないのは、このすずかと言う少女の人柄なのだろう。

「そろそろ、みんなと合流しよっか。……フィオちゃん?」
「―――きゅぅ」
「だ、大丈夫!?」

 思考の働かせすぎと、慣れない長湯に、フィオはオーバーヒート。
 結局、フィオはそのまま先に退場することになってしまった。



刀@   刀@   



「っかー。いいお湯でしたと」

 首を鳴らしながら、祐一は備え付けのソファーに身を投じる。
 そしてその上からボスンと、何かが落ちてきた。

「お前は何故にこんな早く?」
「………のぼせたの」

 「ああ、あんま慣れてないもんなあ」、と祐一は背中に乗ったフィオをフォローしてみる。
 管理局では風呂に入る習慣もなかったらしいし、風呂と言うのを知ったのもごく最近だ。
 初めてで、体の調節がきかなかったのだろう。
 などと自己完結していると、フィオがある方向を凝視しているのを祐一は発見した。
 何かと思い、フィオを退かせながら起き上がると、そこにあるのは冷蔵庫。
 中には数種類の牛乳が置かれている。

「……飲みたいのか?」
「うん。飲みたい」

 こういうのは素直だな、と苦笑しながら、祐一はフィオを連れて冷蔵庫の前まで歩き出した。
 そして、扉を開けて中身を見る。

「どれが欲しい?」
「んーっと……こ―――」

 れ、と言い切りながら商品を取ろうとしたとき、フィオの隣から伸びる手。
 それが取ったのは、フィオの選んだ商品と同じものだった。
 手にしたのはほぼ同時、商品名は“イチゴ牛乳”。
 
「「む?」」

 フィオと少女、同時に顔を見合わせる。
 赤い髪。それを三つ編みして二つに結っている、気の強そうな顔が印象的だ。
 外国の子かな? とそんな風に思いながら、祐一は二人を傍観していた。 

「ごめんなさい。私が先にとったので、放して頂けますでしょうか?」
「悪りーけど、アタシの方が先に手にとったので、そっちが先に放していただけねーでしょうか」

 因みにイチゴ牛乳は残り一本。
 二人は目は笑っているが、誰がどう見ても分かるぐらい牽制しあっている。
 
「残念ですけど、私のほうが0.025秒早かったんです。だから早く放しなさい」
「アタシの方がその更に0.1秒早かったです。だから早くその手を放せ」

 おおっとぉ、ここで両者丁寧語が消えてきたー。と心の中で実況しながら、祐一は事の成り行きを見守っていた。
 いや、純粋に面白そうだったからなわけだが。
 しかし、火花を散らせながら一行に譲り合う気がないらしく、このままでは瓶ごと破砕されそうだ
 それはそれで見てみたいのだが、それだと後で困るのは自分な予感。
 溜息をつきながら、祐一はフィオを諌めることにした。

「今日は諦めろ、フィオ。今度買って来てやるから」
「い、今がいいの!」

 そっかあ、と祐一は腕を組んで溜息。

「フィオはまだ“子ども”だもんなあ。大人な俺は白い牛乳を選ぶけど、まあフィオはまだ“子供”だし、仕方ないよなあ」

 店員さんに頼んでみるか、と言って歩き出そうとする祐一。
 しかし、服の裾をつかまれ、それは阻止された。
 握っているのは、フィオである。

「……牛乳でいい」
「んん? いいのか、頼めば出してくれると―――」
「わ、私もう大人だもん! だから牛乳にするの!」

 祐一は己の作戦の成功が成功したと、心の中でガッツポーズをとる。
 名づけて『大人になりたい子供の心境を逆手にとってイチゴ牛乳を諦めさせよう作戦』。
 ……長い。

「んじゃあ行くか。そこの君、フィオはいいらしいから、どうぞ」
「……いい」
「へ?」
「アタシも、普通の牛乳でいい」

 赤毛の少女はそう言うと、イチゴ牛乳を置いて白い牛乳に手を伸ばした。
 どうやら、フィオだけでなくこの娘にまで作戦が効いてしまったらしい。
 何気に、意味がない気がしないわけでもないのだが……

「じゃあ、俺はこれで」
「「ああー!!」」

 イチゴ牛乳を取った祐一に、二人がそろって抗議の声を上げる。
 しかし祐一は済ました表情でレジへと向かっていった。

「祐一は、大人なんでしょー! 白い牛乳飲むって言ったのにー!」
「男は一生少年なんです。だから大人になっても少年誌とか買えるんです」
「これか? 最初からこれが狙いだったのか!? くっそう、これだから大人はー!」

 ギャーギャーわめく二人を無視。
 結局、今更イチゴ牛乳に変えたいなどと大人(誰が何と言おうと)な彼女たちが言えるでもなく、高笑いする祐一を歯軋りしながら見ていた。
 大人は汚い、大人は卑怯だ。

「アタシは、ぜってーあんな大人にはならなねえぞ……!」
「私も……!」

 妙な結託が生まれているのを尻目に、祐一はレジに到着。
 親指で二人を指しながら、レジのお姉さんにの前に自分の牛乳を置く。 

「これと、あと後ろの二人と合わせて三つで」
「では、600円になりまーす」
「高……!」

 一本200円かよ、とゴチりながら祐一は財布を開く。
 それを見て、赤毛の少女は慌ててそれを制止しようとした。

「あ、アタシの分は―――!」
「まあいいって、何かの縁だ。イチゴ牛乳もらちゃったしな。そのお詫びってことで」

 手元から硬貨2枚を取り出し、店員に渡す。 
 そして置いていた牛乳瓶を再び取ると、祐一は歩き出した。
 それを追う形で、フィオも足早に歩き出す。
 余りに早い一連の流れに、少女はつい動きを止めていたが、慌ててどうしようかと考えた。
 今自分の持っているお金を渡そうとしても、多分あの少年は受け取ってくれない。
 なら、どうするか。

「な、なあ!」
「―――うん?」

 呼び止められ、祐一は少女の方を振り返る。
 
「あんた、名前は?」
「……祐一だ。お前は?」
「ヴィータ。……今度あったら、ちゃんとお礼するから」

 頼むぞ、と笑いながらまた背を向けて歩き出す。
 そんな後を、少女は、ヴィータは未だ半ば呆然としながら見ていた。
 
「ユウイチ、か」

 その青い瞳が、何故だか心に焼き付いていた。



刀@   刀@   



「じゃあ、俺らはお先に」
「うん。また明日」
 
 リンディと合流すべく、駅へと歩き出す皆をは別れ、祐一とフィオは先に自宅へと帰ることにした。
 理由1。夕食の準備は出来ているので、早く帰れとの母からの命令。
 理由2。食べて一息ついたら、また訓練再開だからだ。

「フィオは先に寝ちゃってていいからな」
「ユニゾン無しでやるの?」
「まあ、やれることだけやっとくさ。俺はいいけど、お前に疲れてもらうと困るからな」

 そう言って笑う祐一。
 まただ、とフィオは思う。
 自分ばかりが無茶をして、これではガタが来てしまう。

「嫌」
「……フィオ?」
「私も参加するからね。祐一がそんなに私のこと心配するなら、私が倒れない程度に頑張って」

 こうでもしなければ、下手をすれば一晩中訓練しかねない。
 焦りが過ぎるのだ、今の彼は。
 戦うことへの焦り、未熟な自分への焦り。
 そして、訓練しなければいけないと思うことへの焦り。
 
「祐一と私は二人で一つ。祐一は私がいなきゃ駄目、私は祐一がいなきゃ駄目。だから、一人で勝手に突っ走らないの」
「は、はい」

 子供に説教されてしまった、と内心で苦笑する。
 だが、心配してくれているのは分かっていた。
 焦らないようにと思っているのに、やはり自分は焦ってしまっているようだ。
 
「そうだな。無理しない程度に、切り上げるか」
「そうそう。体壊したら元も子もないんだから」

 へーい、と返事をして、祐一は笑う。
 助け合って戦う。なんと言うか……悪くない感じだ。
 この娘が俺のデバイスで、本当に良かった。

「ありがとう」
「だ、だから祐一の為とかじゃなくて―――!」

 真っ赤になりながら慌てて言うフィオ。
 そんな表情を見つめながら、祐一は手に力を込めた。
 明日また、もっとずっと強くなれるようにと、心の中で願いながら。







<あとがき>

久しぶりに戦闘のない文を書いた気がします(ぇ
祐一君の修行開始、魔法も一つ登場です。
イメージとしては、シグナムの「パンツァーガイスト」を想像してもらえればいいかと(汗
あとは闇の書意思の複合シールドとか。

今回は3〜3.5話といった所でしょうか、思ったより進まない。
ここからはもう少し進行スピードが上がりそうですけど。
大体十数話ぐらいで収まるかな?

次回は戦闘が少し入るかも。
といいつつではノシ

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