氷雪の姫君

 時空管理局開発室、試作機―――フェンリルロアー。
 魔導師自身と一時的に融合することで、インテリジェントデバイスを上回る処理速度、反応速度をはじき出す融合型ユニゾンタイプを採用した、特殊なデバイスだ。
 本人との融合により、思考と術式展開のタイムラグを極限まで縮められる画期的な技術である。
 しかし、デバイスが術者を乗っ取ってしまうという事件などによって、一般に広まることはなかった。

「そして、あんたに預けるのはその融合型のフェンリルロアー。この娘はあんたの補助と管制を司るプログラム。名前は、フィオ」

 今は瞳が閉じられた少女を、祐一は見る。
 プログラム、とは思い難い。どう見ても一人の少女だ。
 カプセルから液体が抜かれていき、そして少女の体はゆっくりと地面に。
 周りの研究員たちが、せわしなくコンソールに何かを打ち込んでいる。
 その音を聞きながら、祐一は少女が目を開くのを見た。
 ゆっくりと開かれたサファイアを思わせる青い瞳。
 その視線が、祐一と交わる。

「……何見てるのよ」
「え? あ、いや」
「見世物じゃないわよ。ジロジロ見ないで」

 開口一番がそれだった。
 誠実の“せ”の字も感じられなかった。
 何かの間違いかと思いつつ、祐一は隣の春奈を見る。

「フィオ。この子が前に言ってた私の息子。仲良くしてあげてね」

 取り敢えず管制システム本人で間違いはないらしい。
 製作者は何を考えてこんな人格に設定したんだろうか。
 辞書持って来い。そんで誠実の意味を調べてみろ。
 そんなことを考えている祐一を他所に、フィオは手渡されたタオルで濡れた髪を拭く。
 そして、祐一を頭から足まで眺めた。

「ふーん。これがねえ……」

 これ扱いかよ、と思いながら祐一はフィオを見た。
 ワンピースの水着ような姿に、真っ青な髪と瞳。
 人と違うと言われれば、その異質な色だけだろう。
 未だにこの娘がプログラムだとは思い難い。
 にしても生意気だなあ……と、祐一は思わず溜息をついてしまった。

「人の顔見て溜息つかないでくれる」
「はいはい。悪かったよ」

 ポンと頭に手を載せ、そして撫ぜる。
 そして、母のほうを見た。
 理由は―――

「んで、そのデバイスってのは?」
「今、最終調節中。あんたは魔力抜かれてるし、今あっても意味ないでしょ? まずは管制システムの要であるフィオと仲良くなりなさい」
「仲良くねえ……」
「―――っで、何時まで撫でてる気?」

 ああ悪い、と言って祐一は乗せていた手を離す。
 身長さ的に丁度いいので、つい忘れてしまっていた。
 まあ触って嫌がられないだけマシだろう、と思いながら、祐一は頭をかいた。

「んじゃ、あんたたちは自己紹介も兼ねてクロノのところに行って来て。場所はフィオが検索してくれるから」
「嫌って言っても強制だろ? 分かったよ」

 一応俺、怪我人なんだけどなあ。と言いながらも素直に従うのは、この親子の関係が故だろうか。
 研究員に制服を着せられたフィオを確認し、祐一はゆっくりと歩き出した。
 その後ろを、祐一より短い歩幅の少女が追う。
 相手の歩調に合わせて歩く祐一を見て、春奈は微笑。
 他人のことを気遣う、我が息子らしい行動だ。

「よかったんでしょうか、彼に託して」
「あら、私の息子が信用できない?」

 春奈の問いに、研究員の一人が言葉を濁す。
 融合型デバイスのフェンリルロアーの管制システム。
 彼女の仕様は、製作された初期からほとんど変わっていない。
 今は亡き開発責任者が、人格プログラムの書き換えができないようロックをかけていたからだ。
 故に今まで彼女を使いこなせた魔導師はおらず、数年前から開発は半ストップ状態。
 使う者がいなければ、データを取ることも出来ない。

「大丈夫よ。初めてじゃない? あの娘が誰かに触られて嫌がらなかったの」

 開発初期から会話を交えている春奈や、責任者を除く誰かに、フィオは触られることをトコトン嫌がる。
 それが、祐一のときは許したのだ。
 触れることを、共に行くことを。

「祐誠さんのリンカーコアで作られた彼女は、きっとあの子にしか心を開かない。私はそう、信じてる」

 開発責任者・相沢祐誠の考案した融合型デバイス《吼える銀狼フェンリルロアー》と、その管制システムであるフィオ。
 少し距離をとりながら、しかし祐一についていくフィオを見て春奈は笑う。
 この日この時、父の作った力を手にし、一人の少年が魔導師の道を歩み始めた。







Blazing Souls

Code:1 夜天の翼 - Wing of the night sky -
03.氷雪の姫君







「で、どこか分かるか?」
「今検索中。話しかけないで」

 へいへい、と生返事をしフィオの後を祐一は追う。
 今ここの地理を把握してるのは、目の前にいるこの娘だけだし、自分一人で動いても迷うことは確実だろう。
 なら、フィオに従って動くしかない。
 にしても可愛げがないな、と祐一は声にださず思った。
 細くクセ一つない、腰ほどまではある青い髪。それと同色の、鋭い瞳。
 幼さを残しながらも美しいその容貌は、触れることすら躊躇ってしまいそうである。
 まあ、実際は躊躇いも何もなく頭を撫でてしまったわけだが。

「次の角を左」
「了解」

 フィオはフィオで、クロノ・ハラオウンの位置情報を検索しながら、目だけを動かして祐一を見ていた。
 自分の生みの親、相沢・祐誠の一人息子。
 昔から、いつか自分の主はこの人になると聞いていた。
 青い瞳は、春奈の息子であると言うその証。
 高すぎる魔力が、体に現れている所為だと聞いた覚えがある。
 自分の中の、祐誠のリンカーコア。
 そして、彼の潜在魔力。
 それを合わせたときの出力は、一体どれほどのものなのだろうか。

「っと、ここよ」
「うーん。勝手に入っていいのか?」

 ドアを指差しそういうフィオに、祐一は疑問を投げかける。
 しかし、そんなことをを意に介さずというかのように、フィオは主を無視してドアを開けた。
 そこにいたのは金髪の少女に、翠緑の髪の女性。
 そして、黒髪の少年だ。
 ……てか、これ今入っていい空気じゃないよね? 俺だって空気ぐらい読めるよ。

「あれよあれ、あのちっちゃいのがクロノ・ハラオウン」
「ちっちゃ!?」

 フィオが指差す先、そこには黒髪の少年がいた。
 背の高さは言ってやるな、と祐一は心の中でツッコンでみる。
 男の子には、そういういらないプライドとかがあるんだ。

「いや、まああんなもんじゃないか?」
「でも、アレで祐一より年上よ?」
「マジで!?」

 14よ? マジで!? と続く二人の会話。
 さっきまでフォローに回っていたはずなのに、祐一はすっかりそのことを忘れていた。
 何と言うか、駄目だった。

「………」
「クロノ。S2Uから手を離したほうがいいよ……?」

 震えながらデバイスを振りかざそうとするクロノを、金髪の少女が諌める。
 そして、視線を祐一へ。
 青い瞳に、鋭い眼光。年は自分より少し上だろうか。
 
「あら、相沢祐一君ね? 春奈から話は聞いてるわ」
「えっと……」
「リンディ・ハラオウン。巡航艦アースラの艦長をやってます。よろしくね? で、この娘が」
「フェイト・テスタロッサです」

 ハラオウンってことは、クロノという少年の姉か何かだろうか。
 そして、フェイトと言う少女。
 意志の強そうな赤い瞳に、長い金髪を両端で結わえている。
 
「すいません。何か、話の途中っぽかったですよね?」
「いえ、もう大体は終わったから。今、祐一君にも来てもらうつもりだったのよ」

 にっこりと微笑むリンディに、未だに渋い顔をしているクロノ。
 来たタイミングはよかったのだろうが、言葉を選ぶべきだったと今更ながら後悔してしまった。
 ていうか、当事者のフィオは何で飄々としているのだろうか。

「ね、言ったでしょ? 別に今入ってもいいって」
「言ってない言ってない」

 得意げに言うフィオにつっ込み、そして溜息。
 大丈夫なのだろうか、今後これで。

「じゃあ、行こうか母さん」
「そうね」

 クロノに促され、リンディは席から立つ。
 そこで祐一は違和感を覚えた。
 え ? 何? 母さん?

「リンディ・ハラオウンは 、クロノ・ハラオウンの母親よ?」
「マジで!?」

 本日三度目。
 祐一の驚愕の声が響いた。



刀@    刀@    



 場所を移動して、アースラスタッフが全員集合する。
 なのはの隣に座らされた祐一は、どことなく居心地が悪かった。
 転校直後の転校生の心境と言うか何と言うか。
 隣に座っているフィオが、全く動じていないのが心の支えにもなっている。

「……で、アースラは現在整備中。かといって長期稼動できる巡航艦は今空きがありません」

 そ・こ・で! っと人差し指を立てる姿は、とても一児の母とは思えない。
 というか、それならば家の母もそうなのだが。
 あれか? 魔法か? 魔法なのか!?

「なのはさんと祐一さんの保護を兼ねて、司令部は2人の近所にすることにします!」 

 ニッコリと微笑んでそういうリンディの言葉に、祐一の隣にいたなのはとフェイトが喜びの表情を見せる。
 友達、なのだろう。
 ともすれば自分の家のすぐ近くに友達が引っ越してくると言われれば喜ぶのも当然だ。

「よかったな。なのはちゃん」
「はい!」

 心底嬉しそうな表情に、祐一は思わず顔を綻ばせる。
 その隣のフェイトも嬉しそうだ。本当に良かったと思う。
 問題は、その司令部の場所。
 自分の住むマンションと、高町なのはの自宅、つまりは「翠屋」は確かに近所だ。
 しかし祐一の記憶が正しければ、自分の住むところ以外に、近所にマンションは立っていなかったし、空き家もなかった筈である。
 それだと、一体どこに住むつもりなのだろうか。

「……まさか」
「そーのまさかよ」

 祐一の呟きに答える声。それは相沢・春奈だった。 
 白のロングスカートを翻しながら、リンディに挨拶。
 そして、祐一に向き直り告げる。

「近所も近所。リンディの住むトコは家の隣。引越しの手伝いちゃんとしなさいよ、祐一」
「へ、へーい」

 言い出したら聞かないが我が母か、と祐一は溜息。
 人は要るだろうし、いやだと言っても駆り出されるに決まっている。
 なら、諦めて従っておくのが一番被害が少ない選択だ。

「なんか、弱者の思考ね……」
「俺は母さんの前では一生弱者だよ」

 自分を生んでくれた人。
 母の前では、自分は一生頭が上がらないだろう。
 恥じるつもりはない。それはきっと、正しい事だから。
 だからフィオのその言葉にも、自分はそう言って返せる。

「……ふーん」
「ん? なんだ?」
「べっつに」

 足をブラブラさせてそう言うフィオに、祐一は頭をかしげる。
 一体何を考えているのだろうか。
 もっと一緒にいれば、この娘が考えていることも分かるのだろうか。

「フィオ」
「なに?」
「よろしくな」

 ニッと笑ってそう言う祐一に、フィオは顔を赤らめ、そして背ける。
 そっくりだった。
 自分の生みの親。そして今はいない祐誠に。
 でも、少し違う。あのときの笑顔とは違う。
 同じように安心できるのに、何故だか顔を合わせられない。

「……ん。分かった」

 何も言わないのも変だと、フィオは視線を合わせないままに返事をする。
 それで十分だとばかりに、祐一は頷いた。
 少しずつ、歩んでいこう。
 その先に、何があるかは分からないけれど。



刀@    刀@    



「はい、タンスはそこねー。頑張って祐一君」
「ちゅ、中学二年生一人に……タンスはないんじゃないでしょうか?」

 エイミーの指示の元、足をプルプルさせながら祐一はタンスを一人運ぶ。
 確かに手伝うとは言ったが、この扱いはないのではなかろうか。
 と、口には出さず思っていると、少しだけタンスが軽くなった。

「っと、いいよフィオ。一応俺一人で運べるから」
「でも、重いんでしょ?」
「ありがたいけど、危ないから。あっちでリンディさんの手伝いしてきな」

 はーい、と言って手を離した途端、重量は逆戻り。
 まあ大した変化はないが、重いより軽い方がいいのは当然だ。
 救いは、この中にまだ何も入っていないことだろうか。
 バカな見栄だと思う。 
 それでも、張ってしまうのが男の性だろうか。

「男の子だねえ」
「エイミーさんは、ちょっとは手伝ってくださいよ……」

 私も乙女だもん♪ と軽やかな足取りで玄関へと消えていくエイミーを見て苦笑。
 まあ、最初から当てにはしていないのだが。
 気合を入れ担ぎ直していると、玄関から声が聞こえてきた。
 知らない声だ。
 なのはやフェイトの声も混じっているから、彼女等の友人なのかもしれない。
 とか何とか考えつつ、指示された地点にタンスを下ろす。
 額から流れる汗をタオルで拭い、一度伸びをした。
 
「お疲れ様、祐一君」
「あ、リンディさん。お疲れです。フィオは?」
「今、なのはさんとそのお友達と一緒にいるわ。人見知りするみたいだから、行ってあげたら?」
「いいんですか?」
「頑張ってもらったし、これから翠屋に挨拶に行くつもりだから」

 うーっす、と応え、祐一はタオルを首にかけ歩き出した。
 角を折れると、丁度フィオが皆に囲まれているところ。
 見た目もだが、知らない相手なので皆興味津々なのだろう。
 祐一がそう思っていると、その姿を見つけたフィオが駆け出し、そして祐一の背中に隠れてしまった。

「とと。どしたフィオ?」
「別に……」

 人見知りが激しいのは本当か。
 なら自分のときはどうだっただろうと祐一は考え、止める。
 そんなそぶりは見せていなかったが、自分は母の息子と言うこともあったかもしれない。
 
「ごめんな。この娘チョッと人見知りするみたいでさ」

 見知らぬ二人のうち一人、金髪の娘に向けて祐一は頭を下げる。
 慌ててそれを制するが、急に祐一のほうを注視しだした。
 何だろうかと祐一は思う。
 じっと見られるような顔のつくりはしてないつもりなのだが。

「あ、やっぱり。この前助けてくれた人」
「……?」
「あ。私はアリサ・バニングスです。で、この娘が―――」
「月村・すずかです」

 ペコリ、と頭を下げる二人を見て、祐一は少し前のことを思い出す。
 確か、騎士の女性と会う前に助けた娘だ。
 階段を踏み外して落ちそうになったのを見つけ、咄嗟に動いたのだが、まさかこんなところで会おうとは。
 世間は狭い、とはこのことか。

「改めて。この前は、ありがとうございました」
「いいよいいよ。俺は相沢・祐一。此処の家のお隣さんだ。で、この娘が俺の……親戚、フィオ」
「……よろしく」

 デニムを掴んで、半身のままにそういうフィオに苦笑し、祐一は頭を撫でてやる。
 初対面はこれだが、そのうち仲良くなれるだろう。
 子供には、それが出来る力がある。

「ふふ。フィオちゃん、嬉しそう」
「ホントだー」
「う、嬉しくなんかない! 祐一も、もう止めて!!」

 ニコニコと笑うすずかとなのはに、顔を赤らめフィオが抗う。
 少し面白いので、祐一は止めないでおくことにした。
 まだ始まりの日。
 すべては、少しずつ、動き出そうとしていた。












<あとがき>

日常パートしかないのな(挨拶
3話です。アニメでも丁度3話あたり。
こっから祐一の修行が開始されます。
A's本編と照らし合わせると、何となく分かりやすさアップだと思います。
B.S.は、主に祐一を主軸に話が進むので。

改訂前から、色々変化がありますね。主に祐一の性格とか(汗
デバイスも一新で、能力は後々。

次回に続く形で、それではノシ

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