新たな世界へ

『戦闘プログラム、組んであったの?』
「ああ、まあ最終手段だけどね」

 コートを羽織り、靴を慌しく履く。
 相沢春奈は、携帯にその通信手段を変え、リンディと連絡を取っていた。

「でもねえ……」
『何?』
「あれって、ほとんど何も弄ってないのよね」
『………は?』
「いや、そんなことないと思ってて。バリアジャケットと簡易防御は組み込んであるけど、砲撃系の魔法は0。と言うより何もプログラムしてないのよ」
『……それってかなり不味いんじゃない?』
「やっぱりそう思う?」

 片やAAランク級を倒すほどの実力者。
 片や魔法のまの字も使えないずぶの素人。
 結果は明白、というか確実に打ち負かされる。

「ま、それを含めてあの子には色々説明しなきゃね」
『ごめんなさい……』
「いいわよ。いずれ知らなきゃいけない道だもの。知らずにすめば、よかったというだけのこと」

 玄関を開け、最後に消えた気配の居所へと、春奈は駆け出す。
 遠くで他の魔力の気配も感じる。恐らくは今回の事件の仲間だろう。
 だが、今はそれに構っていられない。
 大事なことは、自分の息子の状況だ。

「何とか保たせなさいよ、祐一……!」

 夜の空気を引き裂くように、春奈は速度を上げていった。







Blazing Souls

Code:1 夜天の翼 - Wing of the night sky -
02.新たな世界へ







「ヴィータは交戦中か。問題はないだろうな……」

 レヴァンティンを鞘に収め、シグナムは遠く彼方を見る。
 感じるのは、封鎖領域の展開と、そこから漏れる仲間の魔力の流れ。
 一対一だ。それならば、ベルカの騎士に負けはない。

「―――で、まだ粘るか」
「そう簡単に…負けられっかよ……!」
「諦めて素直に魔力を渡せ。これ以上は無駄だ」

 シグナムの言葉に抗うように、祐一は立ち上がる。
 頭がふらつく。額から出血しているようだ。
 戦闘開始から数分。分かったことは、どうあっても自分では彼女に勝てないということ。

「魔導師、とは言えんな。魔力はあっても、それを使えていない」

 祐一はその言葉を聞きながらも、血を拭って考えていた。
 今の自分は、確かに常人と比べれば強い。
 動きはこの姿になってから飛躍的に上がっているし、力も強くなっている。
 しかし

(簡単な防御は勝手にやってくれるみたいだけど、スピードが足りない。剣とのリーチ差が、埋まらない……!)

 普通なら、剣と徒手空拳だとリーチは剣が上。
 一撃を繰り出すスピードなら拳の方が上だ。
 だが、根本的な速さで敵より下回っている上、剣との戦闘などやったことのない祐一にとって、相手との間合いが上手く取れないでいた。

 間合い。
 あらゆる戦闘において、それが掴めなければ必然的に負けが決まるといってもいい。
 母、春奈から教わっていたとは言え、祐一が知っているのは“殴り合い”の間合いだけだ。
 そしてこのままでは、剣との間合いに慣れる前に、自分がやられてしまうことも祐一は理解している。

(スピードが……欲しい!)

 無手ではリーチ差は絶望的。
 ならば、せめて相手と同等……否。それ以上の速さが必要になってくる。
 だが駄目だ。
 いくら飛ばそうとしても、相手以上の速度が出ない。
 これは祐一の所為ではなく、単純にプログラムとしての限界なのだが、祐一にとってはそれは分からないことだし、何よりそうだと知っていても、悔しい……
 勝てないことが悔しい。わけも分からず、だが負けることが悔しい。
 負けたくない。負けたく……ない!

「だから、粘るさ!!」

 間合いの取り方は掴んできた。
 スピードの差は、何とかしよう。
 そう、何とかしよう。
 何とかして、退けよう……!

「……仲間が待っているのでな。これで終わらせよう」

 カートリッジが動き、再び魔力が装填される。
 そしてシグナムは疾風の如く駆け出した。
 祐一はそれに対して、ガードの構えを取る。

「紫電一閃!!」

 まず障壁が自動展開。しかしそれは紙切れのように易々と破られる。
 そしてレヴァンティンの刀身が、祐一のバリアジャケットに直撃した。
 同時、ジャケットがパージ。祐一自身が傷つかないよう弾け飛ぶ。
 終わった、そうシグナムは思った。
 そう、思っていた。
 しかしまだ終わらない。
 祐一の目は、真っ直ぐにシグナムへ向けられている。

「まだまだぁ!!」
「……!?」

 ジャケットが吹き飛びながら、それでも祐一は拳を振るう。
 先の衝撃で体が天地反転しているが、それを気にする余裕もない。
 スピードも、リーチも勝てないというのなら、もうこれしかない。
 肉を切らせて骨を絶つ。攻撃後の一瞬の隙を突いて、倒す!!


ドッ―――!


 一撃は、確かに入った。
 シグナムの胸元に、祐一の右拳は確かに命中している。
 だが―――

「……見事だ。だが、少し足りなかったな」

 拳はゆっくりと離れ、そして祐一は地面に倒れる。
 その瞳は、今は閉じられていた。
 限界だったのだ。
 極限下での戦闘に、一撃を受けながらの反撃。
 それを実現できるだけの力が、もう祐一には残っていなかった。
 届きはしたが、届いただけ。威力はほとんど皆無に等しい。

「すまないな。……立場が違えば、楽しめたのだろうが。貰っていくぞ」
《Sammlung.(蒐集)》

 手に現れた一冊の本。
 それが開き、祐一の体から魔力を引き出す。
 次々と埋まるページを見ながら、シグナムは目を細めた。
 高い魔力の持ち主だ。
 もし自分と同等の武器があったなら、どうなっていただろうか。
 だが、そう考えるのも無駄に近い。
 すぐに闇の書のページを揃え、戦わずすむ未来がくれば、この少年に会うこともないだろう。
 一度蒐集した相手からは闇の書は魔力を吸収できないということもある。

「……できることなら、また会わずに済むことを」

 書を閉じ、シグナムはゆっくりと歩き出す。
 転送先は、シャマルへ。
 ヴィータは現在交戦中。しかも少し苦戦しているようだ。
 ならば、助けに行かねばならない。

「行くぞ、レヴァンティ!」
《ja.》

 桃色の残光を残しながら、シグナムは飛び立った。
 それとほぼ同時に、結界が消えていく。
 人並みが段々と戻ってくる中、その中には春奈の姿もいた。

「っち、遅かった」

 消えた魔力反応を感じながら、春奈は真っ直ぐ倒れた祐一の傍へ。
 ジャケットも今は消え、姿は出て行ったときと同じ私服姿。
 ただ、所々に傷を負い、額からは血が流れている。
 集まりだす人ごみを掻き分け、春奈は祐一の体を起こした。

「大丈夫、祐一!」
「……母…さん」

 ゆっくりと起き上がろうとする祐一に、春奈は手を沿える。
 その動きは、起き上がることを制すように。

「少し寝なさい」
「……ちくしょう」

 その一言を最後に、祐一は静かに瞳を閉じた。




刀@    刀@    




 遠く離れていた意識が、現実と繋がっていく。
 まず感じたのは、所々から来る痛み。
 それがより鮮明に生を感じさせ、意識を引き戻すのを早めていく。
 閉じていた目を、ゆっくりと開いた。

「………どこだ、ここ?」

 節々が痛いのは、意識を閉じる前の出来事が、現実であったことの証明。
 体を起こしてみるが、やはり見覚えのない場所だ。
 医療機器が数点置いてあることから、病室か何かなのだろう。
 そう思い窓を見たとき……

「うぉーい。何だよ、これ……?」

 空がなかった。
 更に言うなら地面。
 おかしいところ、と言われれば余るほどあるのだが、最早つっ込むのも面倒になる。
 頭打っておかしくなったかなあ……とちょっと鬱になっていると、直ぐ隣のベットに眠る人影を見つけた。
 自分より小さな体躯に、茶色の髪を両サイドでくくった少女。
 見覚えのある顔だ。
 どこでだったか……

「あ。翠屋の」

 ポンッと手を叩き、もう一度顔を見て確認する。
 たしか、近所のケーキ屋の子だったはずだ。
 母に何度か頼まれ(と言うかパシられ)行ったことがあったので、何度か顔を見たこともある。
 まあ、名前は知らないのだが。

「……って、益々どういうことだよ」

 いきなり襲われるわ、起きれば知らない場所だわ、隣には近所の子が寝てるだわ、非現実的にも程がある。
 必死に整理してみようとするが、それもできない。
 しようと思っても、それ自体が滅茶苦茶な事柄なのだ。
 整理しようにもできない、というのが正しい表現だろうか。

「うぐぅ……」

 唸ってみるが、状況が変わるだけでもない。
 いや、変わればいいのだろうが、そうもいかないようだ。
 と、祐一の声に反応したのか、少女がゆっくりと目を覚ます。

「うんん……ここ、は……?」
「できれば俺が教えて欲しいんだけど」
「に、にゃあ!?」

 祐一の声に驚いて後ずさる少女。
 チョッと傷ついたが、祐一はなるべく声を和らげて聞いてみる。

「こ、こんにちは」
「あ、ハイ。こんにちは」

 取り敢えず挨拶から、と思ってみたものの、なんとなく違うかと思わなくもない。
 と、言うことで

「えっと、俺は相沢祐一。翠屋のとこの娘だよね? 何度か見かけたんだけど」
「あ……」

 見覚えがあるのか、少女は驚いたように祐一を見る。
 特徴的なので、視覚が記憶しているのだろう。
 青い瞳。
 普通の人が持つはずのない、変わった色だ。
 ないこともないが、祐一は純粋な日本人。
 それの所為で、と言うかお陰で、と言うか。周りの人間から注目されることもある。

「私はなのは。高町なのはです」
「OK。なのはちゃんな。でだ、此処どこか分かる?」

 そう問われ、なのはは辺りを見回し、そして結論に至る。

「本局の、治療室じゃないでしょうか?」
「……本局?」
「時空管理局、本局ですけど?」

 ジクウカンリキョク?
 ジクウって言うと時空だろうし、管理局ってことは、時空を管理する機関……と取れる。
 だが、それはおかしいだろう。
 そんな役職聞いたこともないし、そもそも時空を管理するなど、今の科学力ではできないはずだ。
 え?何?もしかしてそういう宗教か何かですか?

「えっと…祐一さん?」
「あ、あの。俺無宗派なんで」
「ち、違います! 変な宗教とかそんなんじゃなくて!」

 目を逸らしてツツツっと離れていく。
 え、もしかして拉致された?
 これから脳の髄まで洗脳されちゃったりする?
 こんな無垢な子まで被害者に、と思いながら必死に涙を堪えていると、突然ドアが開いた。
 そこに立っているのは、目を細めた相沢春奈。

「……何やってんの、あんたら?」




刀@    刀@    




「マジですか?」
「マジよ」

 端的かつ分かりやすく、祐一は母からことの全てを聞き取っていた。
 簡単に言うとだ。
 母親は実は魔導師らしく、俺も高い魔力を持っているらしく、それを狙われ今回襲われた。
 時空管理局は魔導師たちの機関。
 時空のあちこちで起こる事件を対処し、処理する機関で、いうなれば警察や自衛隊が一つになったような所と言ったらいいのだろうか。
 そして、今回の事件にも関わっており、先程いたなのはは、管理局を手伝うという形らしい。
 先程寝ていたのは、自分と同じように相手に魔力を抜かれたから。
 以上、説明終わり。

「って、納得すると思ってるのか」
「信じられない? じゃああんたが受けた傷と、恐怖と、屈辱を否定することから始めなさい」
「………!」

 巻かれた包帯と、そこから来る僅かな痛み。
 全て覚えている。
 非現実的とは言え、まさしく現実だった。
 それだからこそ、母の説明に違和感が感じられないのだろう。

「それで、どうする?」
「何がだよ」
「今回のことがあったから、一応説明はした。まあ、知ってる必要はないけど、知ってれば足しになる、そんな事柄よ」

 問題は、と春奈は付け加える。

「あんたが今後、どうするか」
「―――?」
「今回の事件。同じ人間が襲われることは100%ないわ。日常に戻るなら、今回のことは忘れて、後は普通に生きていけばいい。でも、あんたはどうしたい?」

 即答できない。
 忘れて暮らすのが一番だ。祐一もそれは分かっている。
 だが、何かがそれをさせなかった。
 そうしてはいけないと、心のどこからか叫ぶ声がした。

「―――嫌だ。ここまで知って、何もなかったようには暮らせない。それに、あの騎士甲冑の奴にも負けたままだ」
「……そう」

 まるで答えなど分かっていたかのように、春奈はニヤリと笑みを浮かべる。
 いや、分かっていたのだろう。
 なにしろ祐一は、彼女の、相沢春奈の息子なのだから。

「負けず嫌いは遺伝かしらね。……じゃ、祐一。ついてきなさい」
「どこに?」

 答える代わりに、春奈はサッサと歩き出す。
 慌てて立ち上がると、祐一はそれを追うべく歩き出した。
 少しふらつくが、これぐらいは問題ない。
 それよりも、これからどこに連れて行く気なのだろうか。

「なあ、母さん」
「黙ってついてきなさい。今後のあんたの為に、必要なことよ」

 それ以上は何も言わず、春奈は歩みを続ける。
 怪我人に対する労りのなさは、相変わらすといったところか。
 半ば諦めたように、祐一はそれを追う。
 そして、向かった先は―――






「ここよ。第三開発室」
「いや、知らないから」

 非現実的、の塊とも言えるだろう。
 あたりの機械や、中に浮かぶパネルを見ながら、祐一は春奈の後についていく。
 角を折れた先、そこには液体の入ったカプセルのようなものがあった。
 その中には、自分よりも一回りは小さな少女。

「か、母さん。あれって、大丈夫なのか?」
「問題ないわ。あれは人間じゃないもの」

 え゛、と声をあげ、祐一は再び少女を見る。
 瞳は閉じられて分からないが、髪の色は鮮やかな青色だった。
 年は見た目10歳ほどだろうか。
 髪の色はかわっているが、それ以外は人間としか思えない。
 人間でないのだとすれば、一体なんだと言うのだろうか。

融合型ユニゾンデバイス試作機、《フェンリルロアー》。この娘はその管制プログラムよ。仲良くしなさい」
「仲……良く?」

 理解が遅いわねえ、と溜息をつき、相沢春奈はカプセルを叩く。
 そして、不敵な笑みを浮かべこう告げた。

「この子があんたの、デバイスよ」














<あとがき>

チョッと吊ってきます(挨拶
デバイス名は変更無し。変わったのは形状ですね。
あれ?ブレスレットとかじゃなかった?とか思ってる人は忘れてください。忘れてください(二回言った
改定前の祐一はありえないぐらい強かったのに、今回はシグナムにボコボコにされています。
可哀相に(お前が書いたんだ

時間軸としては

祐一戦闘 = なのは、ヴィータと交戦 → 祐一敗北、シグナムはヴィータの元へ → 乱戦突入 → なのは、魔力を蒐集される

といったところです。
違和感なく出来ていそうで、実はチグハグな悪寒。
それではまた次回。

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