祝福の風は雪と共に

「戦闘における、限界突破の魔力行使。肉体にまでその影響が出たのね」

 クラールヴィントを待機状態に戻して、シャマルは一息。はやてと隣のベットで眠る、少年の頬を撫でる。
 【堕天兵装】展開による急激な魔力集束と放出。それによる一時的な魔力エンプティと、肉体にかかる膨大な負担。それが祐一の倒れた原因だった。
 十四歳の体に見合わぬ力。行使するだけ、展開率が上がるだけ、フィードバックは大きくなる。
 そう。それこそ、相沢祐誠が若くして逝ったように。

「すまない。お前のロードに無茶をさせたようだな」
「……いいわよ。ゆーいちはきっと、誰がなんて言ったって、戦うつもりだったんだから」
 
 苦い顔をするシグナムにそう言って、フィオは祐一のベットに腰掛けた。
 そう、彼はそういう人だ。そしてそれを認め、鍵を外したのは自分。
 彼女たちが謝ることも、責任を感じることも無い。
 馬鹿だな、と自嘲を一つ。気を引き締めなおし、守護騎士たちを見た。

「それよか、そっちはどうなの。祝福の風」
「……防衛プログラムはじきに修復する。夜天の書の本来のプログラムが分からない以上、修復も不可能だ」

 本来の状態を知らなければ、戻しようもない。
 そして防衛プログラムが再構成されれば、暴走体がまた現れることになる。
 それは、このままではまた、暴走と破壊の連鎖を生み出すということだ。

「しゃーねーよ。防御プログラムなしなら、闇の書の破壊は簡単だからな。……ま、その代わり、アタシらも消えちまうけど」
「いや」

 闇の書の機能のひとつだった守護騎士も、連鎖消滅する。
 そうだった。そうなるはずだった。
 だが、それをリインフォースは否定する。

「――その必要は無い」






Blazing Souls

Code.1 : 夜天の翼 - Wing of the night sky -
13.祝福の風は雪と共に






「――あー……俺この光景、半月で三回目だ」

 白い天井を目にして、祐一は顔を覆った。
 二回はシグナム。三回目は自滅というわけだ。
 魔力が練れない。胸の奥のリンカーコアが、回復のため、休眠状態になっているのだろう。
 体が軋む。特に右腕が酷かった。ほんの少し動かすのにでも、鈍い痛みと倦怠感がある。

「あの力の影響か……」

 堕天の力は身を滅ぼす。父がまた、そうであったように。
 仕方がない。あれは自身の全開を上回る為に、生み出された能力だ。
 だからこそ父は鎖を、見えない絆グレイプニルとなるフィオを生み出した。
 展開する前にも兆候はあったのだ。恐らくこの堕天は、術者本人の意思の有無を問わず発動するのだろう。
 それを少しでも抑え、体へのダメージを減らすため、グレイプニルが自分の力を封じている。

「幸いだよな、俺は」

 心配する人がいてくれる。誰かを守って戦えるだけの力がある。
 これがどれほどの幸福だろうか。

「っづ……!」

 体の痛みを我慢して、祐一はゆっくりと体を持ち上げた。
 目線が変わると同時に、ベットの脇で寝ている少女が視界に映る。
 青い髪に、同じ目をした少女。自分の大切な相棒。
 随分と迷惑をかけた。無茶をして、それでも融合して、自分と一緒に戦ってくれた妹のような存在。
 軽く頭を撫でてやると、刺激に反応したのか、青い瞳がゆっくりと開かれた。

「……ゆう…いち?」
「おう。毎度おなじみ祐一さんだぞ」
「………ばかぁ!!」

 開口一発罵声をかまし、少女は涙目になって飛びつく。
 シャツの襟元を握り締め、嗚咽の声を上げながら、祐一にしがみつくように抱きついた。

「ごめんな。また心配かけて」
「……はやては、倒れるし、祐一は、急に動かなくなるし……ホントに、死んじゃったかと思った……」

 泣きながら話すせいで、途切れ途切れになりながら、フィオは言葉を繋げていく。 
 少女の軽く背中を撫ぜながら、祐一はもう一度謝った。
 それが数分。ようやく泣き止んだフィオを離し、祐一は問いかける。

「それで、はやてとリインフォースはどうなった?」

 気を失う直前、フィオも言っていたが、はやては意識を手放していた。
 それがもし、最悪の事態へと進んでいるならば、何とかしなければならない。
 どうするのだと聞かれたなら、どうにかする、としか答えることができなかった。
 それでも、彼女は守ると決めた子なのだ。だから、何が何でも助けてみせる。

「……はやては、急な魔力放出のせいで倒れただけ。そのうち、ゆーいちみたいに目を覚ますと思う」

 それを聞いて一安心。祐一は強張った体から力を抜いた。
 ――だが次の言葉に、彼はより力を込めることになる。

「祝福の風は――」



刀@   刀@   



 走る。
 走る走る走る。
 錆びたブリキの様な体に鞭を打ち、祐一は雪降る山を上っていた。
 髪の色は銀。少しでも負担が軽減するように、フィオが融合しているのである。
 視線は斜面の終点へ。少女の声と、少し大人びた女性の声が聞こえてきた。
 ――視界が、開ける。
 その青い眼に映るのは、白いベルカの魔方陣と、それに接続するように左右で展開された、桜色と雷光色の円形陣。
 守護騎士と、なのはとフェイトが黒い衣装を纏った銀髪の女性、リインフォースを取り囲むように立っていた。
 これが、終焉の儀式。
 その前で車椅子から落ちた、八神はやてが懸命に声を上げている。

「あかん! やめて! 大丈夫やから、なんとかするから……せやから、逝くなんて言わんといて!!」
「……駄々っ子は、ご友人に嫌われますよ。主はやて」

 逝く? 逝くだと?
 また暴走するから。誰かを傷つけるから。大切な人に、悲しい思いをさせるから。
 だから――

「っざけんな……!」

 声に反応して、皆が祐一に視線を移した。
 数日は動けないと聞いていたからだろう。なのはとフェイトは目を見開いて、彼を見ている。
 させるかと、やらせるかと心が叫んでいた。
 一歩ずつ歩み、魔法陣の前に立って、祐一は言う。
 
「勝手に決めて、勝手にさよならだと? ふざけんな、冗談じゃない! 暴走するなら叩き伏せる。俺がお前を救ってやる。だから、止まれよ!!」

 力を求める。体は軋み、リンカーコアは半枯渇状態だ。
 だが止まらない、止まれない。ありったけの意思と想いで、祐一は拳を握り締めた。
 右目に変化が訪れる。青い瞳孔に、赤い十字が刻まれたのだ。
 同時に二つの青い輪が、グレイプニルが展開される。
 それは祐一が、【堕天兵装】を発動させようとしている証拠。
 白亜の装甲が祐一を取り巻くが、装着を阻まれる。フィオが許可しなければ、彼はその力を使えない。
 
「外せ、フィオ」
《ゆーい――》
「外・せ」

 後のことは考えていなかった。ただ目の前の、消えようとする彼女を止めたかった。
 自分の傲慢わがままを、貫き通したかった。
 堕天など、こんな力など、無力だというのに。
 それでも祐一の何かが、させてはならないと叫びを上げる。

「いいんだ。私は、もう十分救われた」
「だから、そうやって勝手に決めるなって言ってるだろ!!」

 これで消えなければいけないのなら、自分がしてきたことは何だというのだ。
 そんなもの、救いじゃない。そんな言葉で、あってたまるか。
 だから、だから――

「消えるなんて……言わないでくれよ……」
「祐一さん……」

 なのはが名前を呼んでいる。
 零れ落ちそうなものを、必死にせき止める。
 駄目だ、泣くな。泣いても何も進まない。何も始まらないし終わらない。
 瞳に戦意を。心に不屈を。握る拳に勇気を込めて、気丈に振舞い立ち上がれ。
 お前にできることは、その固めた拳で、絶望を叩き砕くことだけだから。  

「泣くな、堕天の魔導師」
「泣いてない。泣くか馬鹿」

 滲んだ視界の先で、苦笑を漏らす声がした。
 それはそして微笑に変わって、ゆっくりと祝福の風は告げる。

「白と黒の魔導師の声と、お前の拳のおかげで、私はこうやって主に、美しい名前と心を貰った。そのことは、感謝しても仕切れない」

 ありがとう、と言って一息。祐一の頬に触れる手があった。
 リインフォースが優しい笑みを浮かべ、続ける。

「お前の拳は心を揺らす。きっとそれが、これから多くの絶望を砕いてくれる。わたしはそう、信じている」
「……また、勝手に決めやがって」
「私は確信を述べてるだけなのだがな」

 祐一は悪戯っ子のように笑った。
 止められない。彼女は覚悟をしているから。
 いや、本当は最初から止めることなんてできなかったのだ。そも、これは唯の、自分の我がままだったのだから。
 だから自分も覚悟しよう。見送る覚悟を。
 それが自分にできる、最良だと思うから。

「主を」
「言われなくても勝手にやるさ」

 拳をつき合わせて願いと答えの意思表示。
 そして、リインは隣にいる己が主へと向き直った。

「リインフォース……」
「――ありがとうございます。優しい名を、祝福をもたらす名を授けていただいて…私はきっと、世界で一番幸福な魔導書です」

 けれど、と言葉を続けてリインフォースは立ち上がった。
 魔法陣の中央へ足を運び、そして再び振り返る。

「その名は最後に残る、私の欠片に……貴女が再び手にするであろう魔導の器に、贈ってあげてください」

 泣かせてしまったな、と祝福の風は思う。
 だがその涙を拭うのは、笑顔を与えるのは、自分の役割ではない。
 それをするのは、守護騎士と、自分の遺志を継ぐ新たな融合騎と、そして――

「想いを貫け、白の魔導師。友を愛せ、黒金の魔導師。――傲慢を通し切れ、堕天の魔導師」

 目を合わさずとも、頷くのが分かる。
 今から消えると言うのに、この安らかな気持ちは何か。
 ……それはきっと、こんなにも優しく強い者たちが、主の傍にいてくれるであろうから。

「主はやて。守護騎士たち。……若く幼い魔導師たち」

 こんなにも、穏やかに終われるとは思っていなかった。
 こんなにも、自分が優しくいられるとは、思っていなかった。
 だから。だから――

「ありがとう……そして、さようなら」

 消え行く心は空へと上る。静かに、光の粒子となって。
 終わりの後に残るのは、遺志を受け取った者たちと、彼女の欠片である、十字を模した小さなネックレス。

「――……!」

 小さな少女の、小さな慟哭が、雪降る空に響き渡った。



刀@   刀@   



「ええ、分かったわ。今日はゆっくり休んでね」

 もう一度頷いて、リンディは通信機を切る。
 その様子を見ていた春奈は、無言の質問を飛ばした。

「……終わったって」
「ん」

 こういった事件の後は、春奈は口数が少なくなる。
 昔ならここでフォローに回る青年がいたのだが、その堕天の継承者は、今はいない。
 自分の夫のように、自分の意思を貫いて逝ってしまったのだ。
 ずるいな、と少し思う。格好いいのかもしれないが、残された者はこんなにも寂しいというのに。

「なぁにしんみりしてるの?」
「……レティ」

 紫陽花色の髪に、眼鏡をかけた女性が声をかけてきた。
 レティ・ロウラン。自分たちと一緒に歩いてきた女性だ。
 真面目で、けれどお茶目だったりする、かつていつも一緒にいたメンバーの一人。今ではリンディと同様、艦長に就いている。

「起きたんだってね。相沢の堕天が」
「……しゃーないのよ。所詮時間稼ぎだったし」

 軽く振るレティの心遣いに感謝しつつ、春奈はなるべくいつもの調子で返す。
 そう、仕方がない。なにしろ――

「扉は“あの時”もう開いてた。なんにしたってあの子は、相沢の血に関わらなきゃいけなかったんだから」
「最悪の災厄、ね。祐一君もきっと、祐誠君みたいになるんでしょうけど」
「親子揃って馬鹿みたいに優しいんだから」

 溜息をつく春奈に、リンディとレティが顔を見合わせて苦笑する。
 確かにそう。穏やかな物腰にもかかわらず、自分の意思を曲げない、とても頑固な人だった。
 それはいつも誰かを思ってのことで、そしてそれに力が必要なら、躊躇わずに使う人。

「それよか、グレアム提督はどうなったの?」

 意図的に春奈が話題を変えたのに気付いたが、二人は何も言わない。
 腐れ縁が故に、相手の気持ちも分かってしまうものだ。
 だから大人しく乗ってやろう。あとは友人三人での、どこにでもある談笑をしよう。
 昨日をではなく、明日を描く、そんな話で。



刀@   刀@   



「情けないな、と言っていいか?」
「思っても口に出さないのが、いい女だとは思わないか?」

 後ろで苦笑を零す声がする。
 あの後、リインフォースが消えた後、本当に身動き一つ取れなくなってしまった祐一を、今シグナムが背負って歩いていた。
 後ろに続く形で、なのはとフェイト、そしてフィオ。はやては先に病院に戻っている。
 無断外泊、と言う形になっているから、恐らく今頃、シャマルが担当医の石田先生に怒られているだろうな。と祐一を背負い直しながら、シグナムは考えていた。

「これで終わった……んだよね?」

 なのはの呟きに、祐一は何も言わないし、何か言うには、自分の中の言葉が足らなさ過ぎた。
 もっと…そう。父であれば、ここでらしい台詞でも、優しく誰も傷つけない言葉でも紡げるだろう。
 ――ただ、長かったな、と思う。
 半月。たったそれだけの期間に、知ること、学ぶこと、得ること、失うこと、色んなものが多すぎた。
 正直今は頭がぐるぐる回っているような、そんな感覚だ。
 自分の中の【堕天】についても、これから知らなければいけない。
 そして知ったあと、自分がどの道を進むのかも。

「この結末に、悔いているか? 高町なのは」
「……え?」

 誰にでもない問いに、答えたのはシグナムだった。
 歩みは止めず、振り返りはせず、けれどここにいる誰にへも答えるように、彼女は続ける。

「もしかすれば、これ以上に幸いな終わりがあったのではないかと。リインが消えずに済む最後は、本当になかったのかと」

 一息。雪を踏みしめる音だけがあたりを包み、それを破るように次の言葉を放った。

「そうかもしれない。だが、そうでなかったかもしれない。私達が皆消え、主は永劫の眠りに落ち、全て闇に沈む結果が、待っていたかもしれない。……だからこそ、改めて言おう。夜天の守護騎士の将が、お前達に」

 そこまで言って言葉を切り、シグナムは後ろを歩く三人を見た。
 本当に、小さい。
 そんな彼女たちが、終わらない。終わらないことすら知らなかった、自分たちを救ってくれたのだ。
 終わる未来を、くれたのだ。
 だから――

「ありがとう」

 柔らかな笑みを浮かべて、シグナムは一言告げる。
 なのはとフェイトは笑顔で、フィオもそっぽを向きながら、顔を赤らめて、シグナムの言葉に頷いて返した。

「お前もな、祐一」
「――ああ」
「……?」

 いつもの彼なら、「ついで扱いかよ」とでも言ってふてくされる筈だ。
 だが物憂げな返答に、シグナムは違和感を覚える。
 そんな感覚を掴むより先に、フェイトの声が思考を遮った。
 
「アルフ。ユーノ」

 歩行者道の向こう側から、橙色の犬を連れた、金髪の少年がやってくる。
 未だ降り止まない雪を遮るべく、左手で傘を差していた。更に数本、色違いのものを持っているのは、傘を持たないこちらのことを配慮してだろう。
 フェイトとフィオがそれを受け取り、なのははユーノに送ってもらうとのことで、彼の傘に入れてもらう。
 ユーノはシグナムにも傘を差し出したが、両手を塞がれてしまっていたので、遠慮しておいた。

「それじゃあ、僕はなのはを家まで送りますね」
「じゃあね。フェイトちゃん、シグナムさん、フィオちゃん、祐一さん」

 交差点を逆方向に行く二人を見送り、フェイトたちも家に向けて歩き出す。
 少しの沈黙の後、シグナムがポツリと呟いた。

「祐一。少しいいか?」
「……別に構わないけど」

 そうか、と言って、シグナムは彼を背負い直す。
 
「フィオも、少し席を外してほしい。直ぐに終わるから、先に帰っていてくれ」
「私がいたら、困る話なの?」
「分からん。だが、二人で話がしたい」
「……分かった。でも、ひどいことしたらブツからね」
「すると思うか?」
「しないと思っても心配なの」

 マンションのすぐ近くにある、小さな公園。
 フィオをフェイトとアルフに任せて、シグナムは祐一をそこのベンチまで連れてきた。
 雪が少し積もっていたので、座るところだけ払って祐一を座らせる。
 そして自分も隣に座り、雪が降る空を見た。

「何を考えている?」
「……俺は、ありがとうって。感謝されるようなこと……したのかなって」

 自分にできたことは何か。そう問われて、祐一は何も答えられない気がする。
 最後まで、シグナムたちを止めることができなかった。仮面の男達を、倒すことができなかった。闇の書からはやてを救い出したのも、はやて自身の意志の強さだ。
 自分がやったことは、ただ拳を握って振るっただけ。そんなことに、一体どれほどの価値があろうか。
 礼を言われる程の行いを、自分は出来ていたのか……?

「あったのは助けたいって思いだけで、結局何もできなかった……」
「何もできなかったと、本当に思っているのか?」

 向き直る。
 そこには、真っ直ぐに自分を見つめる、シグナムの姿があった。

「お前の拳は、心を揺らす。そうリインフォースが言っていた。そしてその通りだと、私は思う。意思を込めたお前の拳は、心にまで響くからな」
「シグ――」
「だから言おう。お前がそう思っていなくても。……ありがとう」

 不意に体が引き寄せられ、祐一はシグナムに抱き締められる。
 苦しくはない。抱擁と呼べるそれは、とても温かかった。
 少しずつ、胸の奥からこみ上げてくるものがある。
 けれど、それは溢れてしまうと止まりそうになくて。そうなれば、自分でもどうなるかが分からなくて。
 それが、とても怖くて。 

「素直に泣け、相沢祐一。泣き場所なら、ここに在る」
「――」
「泪を流すことは、恥ではない。誰かを思う泪なら、なおさらな」

 少しだけ、回した腕に力がこもる。 
 ああ…駄目だ。
 触れた温もりが、目まぐるしい激動の終わりが、自制を解いていってしまう。

「……誰にも、言うなよ?」
「勿論だ」

 後はもう、止まらなかった。
 遮るものをなくした思いが、堰を切ったように溢れ出す。

「助けた…かったんだ……! 俺の……俺の力が…誰かを救えると思ったから……だから……!!」
「――ああ、今は泣け。幸い、今夜は雪だ」

 降り止まない雪を仰いで、シグナムは祐一の頭に手を置いた。

「きっと声も泪も、彼らが静かに隠してくれるさ」

 静かに降り積もるそれが、誰かの声を溶かしていく。
 朝焼けに響く、悲愴な声を。
 


刀@   刀@   



「ただいまー」
「おかえり。何だったの? もしかして愛の告白?」
「まさか」

 ソファーで座るフィオに笑いながら、コートを脱ぐ祐一。
 そんな彼の、目元が赤く腫れているのを、フィオは意図的に無視することにした。
 薄茜の剣士に、今は感謝だ。
 本当は、私がそれをできたらよかったのだけれど。

「……なんか、終わったんだな。たった半月だったけど、一年分頑張った気分だ」
「これからもっと大変でしょ。なのはは本格的に管理局入り。フェイトもそう。はやてはどうか知らないけど……」

 あのリンディ提督と、春奈が手を組んでいるのだ。そう悪い結果にはならないだろう。
 昔、祐誠がいた頃聞いた、二人の傍若無人な騒動の数々を思い浮かべて、フィオはそう確信していた。
 怖いのは、ストッパーである二人の男がいないこと。レティだけで抑え切れるだろうか。

「私も、どうしよっかなー」
 
 自分は元々、彼の管制デバイス。彼が魔導師にならないのならお払い箱だ。
 そうなれば後に残った道は、今回の事件でのデータを取られて、あとはまた実験の毎日。少し前の、当たり前の日常だけだ。
 そんな風に自分が憂鬱だというのに、何だろうかこの男は。
 不思議そうな顔をして、自分を見つめているのだ。

「あによ……」
「いや、お前は俺たちの家族だろ? それなのに、どうするも何もないだろ」

 当たり前。といった表情で、祐一は当然のようにそう言う。
 冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、グラス二つを持ってフィオのいるソファーへ。そしてそれをテーブルに置くと、フィオの隣に腰を下ろした。 
 グラスに注いだジュースを渡そうと彼女を見ると、何故だかフィオは嬉しそうに頬を綻ばせている。

「ん? どうした?」
「ううん、べつに!」

 手にとって立ち上がると、フィオはそのまま祐一の股の間に。そして胸に背中を預けて、グラスに注いだオレンジを飲み始めた。
 何がなにやらと思いながら、祐一も自分の分を手に取ると、それを一気に飲み干した。
 来年は、ちゃんとサンタもやってやらないと。そんな風に、身を預ける少女のことを思いながら。



刀@   刀@   



「クリスマス会、ねえ……」
「祐一、もしかして予定ある?」
「いや、同級生男子一同とする、男だらけの弐拾五日祭は後からでるけど」
 
 相沢家リビングでの、フェイトと祐一の会話。フェイトの提案を、祐一は途中まで、という形で参加することにした。
 因みに弐拾五日祭とは、彼女できて出席しない男の陰口を言い、戻ってきた男を慰める。そんな少し寂しい祭だったりするのだが、祐一自身多分に漏れない独り身組なので、夕方からはそちらに出席する予定なのだ。
 フィオはそれを聞いて拗ねていたが、あんなところに連れて行って、綺麗な心のままいられるわけがない。
 それは困るので、祐一はフィオをなのはたちに預けることにしている。

「あ。夜にやる相沢ハラオウン合同パーティーも出るからな」
「なんだか忙しいね……」
「年に一回だ。楽しんで損はないだろ?」

 そう言って笑うと、祐一はコートの袖に腕を通した。
 昼はなのはたち、夕方に男共、夜にはお隣さんと。超過密だが、楽しいことで忙しいなら問題ない。
 支度を済ませてフィオを呼んだところで、フェイトがこちらを見ていることに気がついた。

「どうかしたか?」
「ううん。なんだか、元気だなって。昨日はずっと暗かったから」
「――俺にも色々あるんだよ」

 今朝の事を思い出しつつ、ごまかしておく。
 あのシグナムに限って言わないだろうが、この先絶対ばらされたくない秘密を握られてしまった。
 どこかで借りを返して、チャラにしておかなければ。

「ゆーいち。準備できたよ」
「よしっ。んじゃあまずは、セレブの御家訪問からだ!」
「その言い方はどうかと思うけど……」

 はやてと合流したら、アリサやすずかに、今までの事情を話さなければならないだろう。
 なのはやフェイトは魔法の世界に、はやても恐らく同じ道を行く。
 ――自分は、どうだろうか?
 関わった時間が短すぎたのだ。まだ、自分の中で答えを出せないでいる。歩む道を見出せないでいる。
 
……だけど、俺は手にしたんだ。

 絶望を叩き潰す、魔法の力。そして、身に宿した原罪の化身。
 それは確かに己の一部で、最早切り離せないだろう。
 だから、強くなりたい。
 もう誰も消えずに済むように。伸ばした手が届くように。
 この身の力で、もっと多くを守れるように。
 だから――

「行くぜ!!」

 明日に向けて、一歩前へ。














...Code one "Wing of the night sky" End
to be continued the next stage ――― "Seraphic heart"

 奇跡はない
 在るのは軌跡
 那由多の選ぶが示す道






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