夜のオワリ

「完成は、あと少しか……」

 機械が所狭しと置かれた一室。
 織り成す音はキーを打ち込み、機械が稼動し、人が慌しく駆け回るものだ。
 第三開発室。
 管理局本局に宛がわれたそこに立ち、男は、相沢祐誠は感慨深げに呟いた。

「近接戦闘特化型ユニゾンデバイス、《フェンリルロアー》。鎖となるこの娘が完成すれば、後は祐一が僕らの世界に来るか来ないか、決めるだけだな」
「祐誠さん、体調は?」
「大丈夫。今日は結構いいみたいなんだ。これも神の思し召し、かな?」

 隣に立つ相沢春奈に向け、男は口元に笑みを浮かべる。
 その容姿は祐一に似通っているが、しかし目つきは穏やかで、目の色も黒だ。
 管理局員の制服に白衣を着た彼は、幼い少女が入れられたカプセルに手を伸ばす。

「相沢の姓を継ぐということは、祐一もいずれ【堕天兵装ルシュフェル・シフト】の力に目覚める。それを少しでも遅くしたいと言うのは、僕の我が侭なんだろうね」
「……避けられないの?」

 春奈の問いに、祐誠は肯定で答えた。

「相沢の背負う【傲慢】に、君の水瀬の姓が持つ【蒼瞳】。二つを受け継いだ祐一は、恐らく歴代最強の堕天の使い手になるだろう」

 そして選ぶさ、と彼は続ける。

「あの子はきっと力を求める。その代償に、僕のように命を削ってでもね」

 微笑を苦笑に変えて、祐誠は春名を見る。
 事実、彼の体は既に限界に近づいてきていた。
 時に起きられぬこともあり、体力も極端に低い。
 今となっては、数分の運動ですら叶わぬ体となっていた。
 しかしその身で、自身のリンカーコアを限界まで摘出し、管制プログラムであるフィオに移植。
 堕天の力を押さえ込む“グレイプニル”の能力を自ら与え、最後まで開発を行った。

「春奈。祐一を叱らないでいてくれ。あの子が力を使うとき、それはとても正しいことで、そしてとても優しいことのはずだから」
「……はい」

 全てが回転を始める。
 周囲の機器が駆動の音をかき鳴らし、プログラムを完成へと押し上げた。
 モニターに映るパラメーターは全て良好。最後にキーを押せば完了する。
 だから祐誠はそうした。
 開く。少女の瞳が、青の双眸が世界を捉える。
 そして世界で初めに見たのは、今はもう擦り切れた堕天の使い手。

「おはよう、僕の愛しい娘」

 その言葉は、優しい響きで世界を揺らした。





Blazing Souls

Code.1 : 夜天の翼 - Wing of the night sky -
11.夜のオワリ





 疾駆するのは夜色の魔導師。
 右腕は白の外殻に覆われ、背から生えた片翼は夜すら塗りつぶす黒の色だ。
 手の甲から手首にかけて装着されている装甲部には、十字の溝が入っている。
 背後に立つのは白の魔導師。
 杖の形状は槍のものとその姿を変えていた。
 エクセリオンモード。高町なのはの持つレイジングハートの最終形態。
 足元に桜色の魔方陣を展開させ、一瞬の機をものにするべく意識を集中させている。
 そしてそれが来た。

「お前チョッと・ジッとしてろ!」

 加速。
 黒の翼をはためかせ、祐一が刹那、闇の書に肉薄する。
 攻撃が来ると判断した闇の書は防御か回避かで一瞬悩むが、即座に判断を下した。
 正面から行く。今までの衝突で防御は上手くいく可能性が低い。
 ならこちらが敵の動きを回避しつつ、攻撃が加えればいいだけの話だ。
 だから行った。

「――っ!?」

 だが正面にいるはずだった祐一の姿が、無い。
 気配を感じたのは一拍置いて。それは背後からだった。
 振り返ろうとしたときはもう遅い。祐一は闇の書を羽交い絞めにする。
 そして、叫んだ。

「行け! なのは!!」

 レイジングハートの槍の先端から、桜色のブレードが展開される。
 次いでフレームから魔力による翼が展開され、足元の魔方陣が強く光を放った。

「エクセリオンバスターA.C.S……ドライブ!!」

 行く。
 フレーム部のフライヤーフィンが羽を伸ばし、高町なのはは一直線に闇の書へ殺到した。
 拘束された闇の書が出来る抵抗は防御のみだ。
 黒色の盾を展開し、突撃を受け止める。
 だが――

「――届いてっっ!!」

 願いはかくて果たされた。
 先端に展開したストライクフレームが盾を貫き、そこから魔力を凝縮させていく。
 カートリッジの駆動音、祐一が強く拘束する音、息遣い、鼓動、全てが一瞬で聴覚に届いていく。

「ブレイク……シュート!!」

 ゼロ距離射撃が牙を剥いた。
 桃色の魔力光が球を為し、それを破壊として力を振るう。
 収束とともに現れるのは、左肩を抑えた高町なのはと、所々に傷を負った闇の書の姿。
 祐一は、

「上か」
「大変よろしい判断でえっ!!」

 右の装甲は所々欠け、魔導着は綻び、左目は血で塞がっている。
 それでも黒い翼は羽を伸ばし、振り被る拳には力があった。

「届け……!」

 手首の十字の溝から、更に新たな翼が展開される。

―――まだ二翼展開。
―――だが紛い物を穿つには十分か。


「届け……!!」

 傷を負ったはずの敵は、だが更に力を引き出していた。
 先程より更に強烈なプレッシャーを乗せて、堕天の少年は拳を握る。
 受け止めるには大きすぎる力。正面からの防御以外で、闇の書は選択肢を選んだ。
 真っ向から、叩き伏せる。

「お前も……もう眠れ」
「うっせえよ! ねんねの時間にゃ・まだ早いだろうがあ!!」

 黒が炸裂した。



刀@   刀@   



「――祐一?」

 雨打つ虚空に向けて、返らぬ問いをフェイトが放つ。
 場所は“時の庭園”。数ヶ月前なのはとフェイトにが戦う中、共闘し、そして最後に沈めた場所だ。
 木々が生い茂り、緑が溢れる此処に、フェイトは一人立っている。
 いや、後ろからもう一人。アリシア・テスタロッサだ。
 彼女の姉である人。
 今はもう、会えないはずの人。

「出るの? 夢から」
「……うん」

 声が、聞こえてくる。
 なのはが呼びかける声が。祐一が吼える声が。
 夢幻の中、フェイトの耳に確かに届いている。
 ――帰ろう。
 そう思う。
 ここは幸いな場所だけれど、暖かい場所だけれど、私が居たい場所じゃないから。

「じゃあ、しょうがないか。もっともっと、こうしていたかったけど」
「ごめ――」
「謝らない!」

 目の前に突き出された拳で、続く言葉を遮られる。
 目を白黒させていると、アリシアは満面の笑みでフェイトを見た。

「選んだんでしょ? だから、貴女は謝っちゃ駄目だよ」

 静かに握った拳を開く。
 そこには、見慣れた相棒の姿があった。
 金の台座に乗った宝石、バルディッシュが一瞬輝いてみせる。
 それを見て、フェイトは静かに微笑んだ。

「行っておいで。貴女を呼んでる人のところへ」
「うん。ありがとう……お姉ちゃん」

 振り向く。そこからの発動は一瞬だ。
 バリアジャケットを展開し、バルディッシュを戦斧型のアサルトフォームへ。
 そこから更に、フェイトは体を深くかがめる。

「行くよ、バルディッシュ。ザンバーフォ−ム!」
《Yes, sir. Zamber form》

 カートリッジが二発分駆動。
 斧が両サイドに分かれ、一つの形を成していく。
 それは柄だ。
 そこから魔力を固めた金の刃が生み出された。
 出来上がるのは黄金の刃を持つ大剣。
 ザンバーフォーム。バルディッシュのフルドライブフォルムだ。

「――じゃあ、行ってきます」
「うん。頑張って」

 手を振るアリシアに笑みで返し、フェイトは身長より長い大剣を振り被る。
 一拍の間をおき、巡る魔力を爆発させた。

「疾風・迅雷!!」
《Sprite Zamber》

 結界魔法連結破壊。
 雷の剣戟が全てを砕く。
 ガラスのように割れた、世界の中で最後に見たのは、姉の微笑む姿だった。
 さあ行こう。求める場所へ。



刀@   刀@   



「……ぅ」

 身を揺らす揺れに、八神はやては意識を浮上させていく。
 うっすらとぼやける視界の中、瞳に映るのは銀髪の女性。
 瞳は赤く、その表情は穏やかなものだった。
 体に力を込め、覚醒を促そうとするはやてに、その女性はゆっくりと手をかざす。

「お眠りください、主はやて。貴女の望みは……私が全て叶えますから」
「私の……望み?」

 求めていたのは、何だっただろうか?
 
「夢を見ること。悲しい現実は、全て夢となる。だから安らかな眠りを」
「――そう、なんかな……?」
「健康な体。愛する人たちとの、永遠の安息。眠り続ければ、貴女はずっとそんな世界にいられますから」

 覚醒しかけた頭が、次第にぼやけていく。
 楽しい夢を見るために。朧の幸福を、得るため――

『――ねんねの時間にゃ・まだ早いだろうがぁ!!』

 声が聞こえた。
 夢の中で会った人。夢を見る前会った人。
 一瞬視界を掠めた彼は、血を流して、ボロボロで、それでも白亜拳を握り締める。
 常世の世界で、抗っている。

「……違う」
「――主?」
「それは、ただの。ただの夢や…!」 
 
 力を込める。寝ようとする心から拒否の姿勢を示す。
 そうだ。眠るには、まだ早すぎる。

「私は、こんなこと望んでへん。あなたもおんなじはずやろ? 違うか……?」

 闇の書が覚醒するとき、今までの出来事がはやての中に流れ込んできた。
 創造。改悪。暴走。
 そこから始まる破滅の連鎖。
 いくら抗おうと逃れる術はなく、ただただ転送しては同じことを繰り返す。 

「そんな私が、私はいやなのです! 壊すことしかできない自分が。貴女を傷つけ殺してしまう自分が……!」

 壊して壊して壊して。
 目覚めるたびに、もはや全ては手遅れで、大切だと思った人は、力に耐え切れず擦り切れ、守護騎士たちはそれを忘れ、また覚醒のときを待つ。
 何故自分は此処にいる。何故この世に生み出された?
 自問はやがて諦めへと変わり、そして最後には絶望を呼ぶ。

「だから――!」
「でも、忘れとる。あなたのマスターは、今は私やろ? マスターのゆうことは聞かなあかん」

 手を、銀髪の女性に添える。
 ぬくもりが伝わるように、己の意思を示す為に。
 だから、言葉を続ける。

「名前を、あげる。もう誰にも、【闇の書】なんて呼ばせへん。あなたの、あなただけの名前を、私があげるから」

 かみ締めるように。諭すように。紡ぐ言葉が、届くように。
 しかし、添えた手の先で、闇の書と呼ばれ続けた夜天の君は首を振る。  
 
「無理、です。防御プログラムが止まりません。白と、堕天の魔導師が戦ってくれていますが……」 

 無理を通す。
 通してみせる。
 力ずくで、それを為そうとする人が、近くにいるから。 

「止まって……!」


刀@   刀@   



「な……んだ?」

 息を荒げながら、祐一は呟いた。
 闇の書が、突如動きを止めたのだ。
 ギシギシと音を立てながら、まるで見えない鎖に縛られるように、行動を停止している。

「祐一さん。これは……?」
「分からん。けど、いい方に向かってることだけ祈るよ」

 声が響いた。

《外の方。えと……管理局の魔導師さん!》
「はやてちゃん!?」
「はやて!」
《なのはちゃん!? ……と祐一さん!》

 意識が覚醒している。
 それに対し祐一は安堵した。どうやら、ことはいい方に進んでくれているらしい。

《ごめんやけど、外に出てる子のこの動きとめてくれる!? なんとか本体からコントロール切り離したんやけど、防御プログラムが走ってると、管理者権限が使えへんから》
「……えと?」
「難しいんだけど、ようするに?」 

 本体やら管理者権限やら、余り聞きなれない単語になのはと祐一は戸惑いを見せる。
 そこに声をはさむものがいた。
 アリサとすずかの安全を確保し、戦闘空域まで引き返してきたユーノだ。

「なのは。祐一さん! ぶっ飛ばしてください!!」
「あ?」
「手段は問いません。はやてとフェイトを助けるには、魔力ダメージを叩き込むしかないんです!」

 要するに、

「思い切り、撃てばいいんだね!?」
「思い切り、ブン殴ってやればいいんだな!?」
「はい!!」

 成るほど、分かりやすくていい。 
 理屈も理論も理解は追いつかない。だが、すべきことさえ分かればいい。
 行くべき道は示された。なら自分はそれを為そう。
 己の力の全てを賭けて。

「エクセリオンバスター、バレル展開! 中距離砲撃モード!!」
「【堕天兵装ルシュフェル・シフト】オオオオ゛オ゛オ゛ッッ!!」

 レイジングハートの杖が伸び、展開されていた魔力刃、ストライクフレームに魔力が収束していく。
 漆黒の翼が更に広がり、装甲から闇が漏れ出し右腕を侵食していく。
 桜色の翼が槍の側面から広がり、強い輝きを放った。
 十字の装甲部から翼が現れ。再び祐一は二つの片翼を得た。
 撃ち放つ。
 天を舞う。

「フォースバースト!」

 収束魔力が一気に世界へと顕現した。
 夜を染めるように、桜色の光球が槍の穂先に凝縮されていく。

「いいとこ、見せるぞ!!」

 急滑降から海面を削るように、超低空から祐一は拳を握り振り被った。
 片翼からの推進力で体を回転させながら、黒を撒き散らし闇の書に向け殺到する。

「ブレイク……!」
「テンペストブロウ……!」
「シュートッッ!!」
「ノヴァ――ッッ!!」

 膨大な魔力による砲撃が、漆黒に彩られた神殺しの一撃が、同時に開放された。
 作られる軌跡は、十字を描くように。
 真下から殴りつけた祐一は、攻撃の中心地点から金の魔力光が迸るのを見た。
 見慣れたその色は、自分が良く知る少女のもの。
 フェイト・テスタロッサのもつ魔力の輝き。
 真正面からくる力を、それこそ力ずくで捻じ伏せて、祐一はその輝きへ手を伸ばした。
 ――届く。

「フェイト!」
「祐…一!」

 夢幻から舞い戻った少女を抱きかかえ、祐一は空を行く慣性に逆らわず飛翔した。
 空中で体を回しそのベクトルを霧散させ、身を離す。

「祐一、その腕は……?」
「説明は後、というか俺も良く分からないんだが」

 目的の片方は達成した。
 あとは、あの光の中にいる少女のみ。

「戻って来い、はやて!」



《防御プログラムの暴走が止まりません。管理プログラムから切り離された膨大な力が、時期に暴れだします》
「……まあ、なんとかしよ」

 月の光の中。姿の無い声にはやては微笑んでそう返す。
 そう言える。
 自分には、仲間がいるから。
 きっと絶望すら打ち砕ける、そういう人たちがいるから。
 だから、さあ――

「強く支えるもの。幸運の追い風。祝福の、エール……」

 十字の装飾が施された魔導書が現れた。
 それはかつて【夜天の魔導書】と呼ばれていたもの。
 【闇の書】と、呼ばれていたもの。
 そして、今は。

「さあいこうか、私の騎士。――【リインフォース】」
《はい。我が主》

 夜が、明ける。
 祝福の風リインフォースと名を変えて。









<あとがき>

くっそう、また午前三時だ(´・ω・`)
書き出すと中々止まらないこの性格を何とかして欲しい、おしょうですなんとか11話。
なんと言うか、上手く予定道理にいきませんな。
本当なら今回で「ずっとなのはのターン!」まで行く予定だったのですが、長くなって更に一話追加。
後二話で絶対終わらせるので、もうしばらくお付き合いください。

ではまたノシ

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