さよなら日常

 夜も深く、身が切り裂かれるように寒い。
 そんな中、階段をテンポよく下りる音が二つする。
 片方は金髪の一部を左右でくくった少女。
 恐らくは異国の血を引くのだろう。肌は肌理細やかで白く、瞳はエメラルドのような翠緑だ。
 もう一人は、紫がかった髪に白のヘアバンドをつけた少女。
 自然に生まれた、ウェーブの長髪が夜風に流れる。

「ふぁ〜。やっと終わったわね……」
「もうアリサちゃん。女の子がはしたないよ?」

 大きく口を開けるアリサと呼ばれた少女に、もう一人。月村すずかがそう言って諭す。
 それに対してアリサは眠たげに目を細めながら一言。

「だれも見てないからいいじゃない」
「そういう問題じゃなくてぇ……もう」

 習慣化している塾の講習も終わり、今は階段を下りて街路に出ようとしているところだ。
 時刻は大分遅くなり、確かに小学生が起きているには、少し過ぎている頃だろう。
 そして、もう少しで階段も終わるというところで、アリサが足を滑らした。

「うひゃ!?」
「アリサちゃん!!」

 すずかが手を掴もうとするが、一寸遅くそのままアリサの体が地面に叩きつけられようとする。
 だが、それをすんでで止める手があった。
 黒髪に、青い瞳の少年。
 いつの間にかアリサの背後まで来ていたその少年は、うつ伏せに倒れそうになった体を腰から支え、そして引き戻す。

「っと、危ない危ない。大丈夫か?」
「……あ、はい。ありがとうございます」
「ん。じゃあ、気をつけてな」

 切れ目がちな、鋭い瞳を細め微笑むと、少年は二人をおいて夜の闇へと消えていった。
 後に残ったのは、ポカンとした少女が二人。

「……ねえ、すずか。あの人、誰だろ?」
「分からないけど、いつの間に傍にいたんだろう……?」

 答えるものは当然なく、あるのは無限の夜闇ばかり……








Blazing Souls

Code:1 夜天の翼 - Wing of the night sky -
01.さよなら日常








「珍しいわねリンディ。貴女から電話を寄越すなんて」
『本当に。できれば、連絡せずに済めばよかったんだけど』
「まあ、言っても仕方ないでしょう?それで、態々どうしたのよ今日は」

 電話越しに不敵な笑みを浮かべ、そう問う女性。
 腰まで伸ばしたストレートの黒髪に、蒼の瞳が印象的だ。

『そう、春奈。近頃あなたのところの周りで、不信な気配、感じない?』

 問いを問いで返され、彼女は、相沢春奈は頭を捻る。
 確かに、この海鳴を中心に、不確定な魔力の流れは感じていた。
 まあそれも一瞬気になる程度。春奈自身は、近頃管理局に協力することになったらしい、白い魔導師の気配だと思っていた。
 だが、そうだとするなら態々リンディからそのような問いが来るはずがない。

「何、何か問題あり?現役引退した主婦に、相談しなきゃいけないような」
『問題自体は解決できそうなんだけど、注意はしておこうと思って。近頃、高い魔力を持った魔導師が被害にあってるの。』

 春名が次の言葉を待つのを確認し、リンディは一息。

『貴女はともかく、祐一君。彼、魔力はあってもその使い方、全く知らないでしょう?』

 ふむ、と春奈は肯定の意を示す。
 相沢春奈は、元管理局魔導師だった。
 だが、現役は祐一誕生時に引退し、後は後輩の教育に努めている。
 祐一自身には、自分の職業どころか魔導師についても教えていない。
 いや、教えようとしない、と言うのが正しい言い方だろうか。
 あの子には、魔法には極力関わらせたくないのだ。
 そう、「あの時」を境に……

「んー…緊急防御用プログラムを仕込んだ物は渡してあるけど。それでもヤバ気?」
『AAの魔術師は瞬殺。戦えない以上、大分不味いと思うわ』
「そう、かなりキツイわねえ……」

 参った。
 本当に参った。
 いつかは、自分が言わなくてもこうなるのではないかと思っていたが、いざなってしまうと溜息の一つも出る。
 呪うべくは、己が息子の運の無さか。

「ねえ、リンディ」
『何?』
「……もう遅かったみたい。捕まった」

 補足していた祐一の魔力が、突然消えた。




刀@    刀@    




「いやいやいやいや、まてまてまてまて」

 時刻はもうすぐ日にちが変わる頃。
 相沢祐一は一人、街頭に立っていた。
 そう、“一人で”だ。
 つい先程までいた筈の人間は、全ていなくなり、残っているのは自分一人。
 動揺するな、と言う方が無理だろう。
 そもそも今日は年末最後の講義で、やっと休息モードに切り替えられると思っていたのだ。
 来年からは受験生だが、だからこそ最後の休息を楽しみにしていたと言うのに、これはどういった仕打ちだろうか。

「なんだよ、これ。どうなってんだ?」

 周囲を見回してみるが、人の気配はゼロ。
 取り敢えず自分で自分の頬をつねってみるが、痛いので現実だと分かる。
 仕方なく家までの道を歩き出そうとしたとき、背後から人の気配を感じた。
 祐一は、それに反応し振り返る。

「人か! ………って、え゛」

 いるにはいた。
 だが、祐一はその姿を見て表情を歪める。
 ピンクの髪を、黄色のリボンで纏めた女性。まあここまでは、まだいいだろう。
 女性の服装は、ゲームに出てくるような甲冑姿。
 更に右手には、片刃の剣が握られている。
 ヤバイ、あれはマジでヤバイ。
 いくら心細かろうと、祐一は声をかける勇気などなかった。
 そんな勇気があるやつがいるなら見てみたい。

「……ダレカイナイノカナー」

 取り敢えず見なかったことにして、祐一は再び回れ右。家路へと歩き出す。
 本当は走り出したかった。
 ごめん、正直怖いです。逃げていいですか、と心が叫んでいた。
 そして何とか何事も無かったかのように装いながら、祐一が歩みのペースをゆっくりと上げようとしたところで―――

「おい」
「……な、何でしょうか」

 心の中で悲鳴をあげながら、祐一は恐る恐る振り返る。
 女性の立ち位置は未だ変わらず、しかし瞳は真っ直ぐに祐一に向けられている。

「すまないが、黙ってこちらの要求に従ってはくれないか。そうすれば、ここから出すし、お前に危害を加えるつもりも無い」
「……話が突飛過ぎる上に、俺が反抗したら危害加えるつもりなんですか」

 とにかく、この状態を作り上げているのはこの女性らしく、そして相手はこちらに対して何か要求しようとしているらしい。
 面倒な話だ、と祐一は思う。
 行き成り現れて、異次元トークを繰り広げた挙句、こちらに何かを求めてこようとは。
 何というか、気に入らない。
 だから、祐一は動いた。

「――――」

 足を大股にして踏み込み、大きく息を吸う。
 そして体の重心を落とし、甲冑姿の女性を見た。
 それに対し、女性、シグナムは構えを取る。
 何かが来る。何かをする。
 見たところ目の前の少年は一般市民のようだが、それでも油断は禁物だ。
 そして、何が何でもこの少年から魔力をもらう必要がある。
 己が主の為、そして自分たちの未来の為。
 だから、シグナムは祐一のアクションに対し、細心の注意を払っていた。
 ―――動く。

「うおおおぉぉぉぉぉ!!」
「………は?」

 逃げた。
 それはもう鮮やかに逃げた。
 全速力で脇目もふらず駆け抜ける姿は、見ていて気持ちがいいほどである。
 と、余りの逃げっぷりに感心しそう思考を振り払って、シグナムは全力で地を蹴り駆け出した。

「待て!」
「待ちません! 待ったら何かするんでしょう!? 痛くないとかだったらまだいいけど!」
「………とにかく待て!!」
「痛いかもしれないのかぁぁぁ!!」

 片足の踵で急制動。
 そして極力勢いを落とさぬよう、祐一は直角に角を折れる。
 一瞬シグナムの視界から消えたのを確認して、踏み込む!
 体を低く低く落として、更に加速。
 自慢ではないが、速さなら自信がある。
 ある程度は撒けたか、と背後を振り返ったとき―――

「待てと、言っただろう?」

 対象の姿はなく、しかし声は正面から。
 そこには脚は地面につかず、宙に浮いたシグナムがいた。
 祐一は慌てて止まり、そしてバックステップ。咄嗟に距離をとろうとする。
 だがそれが不味かった。浮き上がった体目掛けて、シグナムが手を伸ばす!

「もらうぞ、お前の魔力!」
「……!!」

シグナムの手が、祐一に触れ―――

自動防御プログラム起動オートプロテクション

 紫電の迸る様な音がして、シグナムの左手が弾かれる。
 突然のことに驚愕するが、すぐさま冷静になり一度距離をとった。
 見ると、少年の周りには白い防御壁が展開されている。

「―――魔導師か」
「へ?いやいやいや。俺そんなファンタジックな属性は持ち合わせてないんだけど」

 何故かは知らないが、自分は助かった(状況的には助かってはいないが)らしい。
 見ると、首に下げたネックレスが、淡く光っている。
 何時だったか母にもらって、半ば強制的に付けさせられているのだが、何かは知らないがこれのおかげのようだ。
 どうせなら、この状況をもっと効率よく突破できる奇跡がよかったのだが……

「防御魔法か。なら……レヴァンティン!!」
《Explosion!!》

 剣のカートリッジが駆動し、薬莢が一つ飛ぶ。
 そして生まれるのは焔。
 刀身が、赤い炎で包まれる。
 シグナムはそれを振り被り、尻餅をついたままの祐一に叩き付けた。

「紫電・一閃!!」

 戟音!!
 爆発する魔力が、祐一の周囲を取り巻いていた防御壁を一撃で打ち破った。
 後に残ったのは、丸腰の祐一一人。
 巻き上がる煙に、咳き込みながら前を見ると、無表情で自分を見つめるシグナムがいた。
 無駄だと分かっていながらも、祐一は最後の望みにかけてみる

「……あ、あの。痛くしないでね?」
「すまんが、我等には経験がないのでな。安心しろ、直ぐに終わる」

 ぶった切られた。
 ってことはやっぱ痛いかもしれないんじゃないか。とか、そんな分からないようなこと他人にするな。とか叫ぼうとしたが、上手く声が出ない。
 ごめんなさい、お母さん。僕、もうお婿にいけないかもしれません。
 獲物を持った、しかも炎なんかを出せる理不尽な相手に、祐一は戦える手段などない。
 諦めて、目を瞑ろうとしたそのとき、ペンダントから新たな声が響く。

《第二プログラム起動・一時の戦人メイクシフト

 突然だ。
 ペンダントが変化し、祐一の体を包み込む。
 第二のプログラム。仮初の力。
 メイクシフト(間に合わせ)の魔術師。
 母・相沢春奈が組み込んだ、最後の手段。

「今度は、バリアジャケットか……!」
「何だよ一体!どういうことだ!?」

 全身を包む、白の戦闘衣装。
 シグナムはそれに対して、眉をひそめる。
 本人に起動を行った動きはない。
 恐らくはインテリジェントデバイスか、自動起動プログラムの類だろう。
 その程度。
 その程度で、騎士から逃れようというのか。

「戦えって…そういうことかよ!?」

 全身を巡る何かに、心が躍動する。
 青い瞳が、仄かに輝きを放っていた。
 理性ではなく本能が告げる。これは、戦う為の姿だと。

「やるしか、ないか……!」

 逃れられないと言うのなら、追ってくると言うのなら、戦って打ち払えと言うことなのだろう。
 だから行こう。行くしかないなら、そうしよう。
 理不尽は、理不尽でねじ伏せる!

「無駄な足掻きを!」
「足掻かないよか、マシだろうよ!!」

 祐一から白の魔力が、放流を始めた。
 戦いが……はじまる。














<あとがき>

と言う名の言い訳(ぇー
いじりにいじり倒しての改訂版。いかがだったでしょうか?
祐一の年齢とか違うじゃないかとか、性格から変わってるとかは受け付けない。それがおしょうのクオリティ(何
次回は一応戦闘パート。
頑張ってみまっす。

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