??? 23:48 p.m.

「まだご覧になられていたのですか、ドクター?」
「良いだろう? 興味深い物は、何度見直しても楽しめる」

 薄暗く、開けた空間の真ん中で、男と女が立っていた。足下から照明が照らされてはいるが、それでも両者の顔が第三者から見えることはないだろう。
 スクリーンを思わせる強大なモニターに映っているのは、リニアトレインでの戦闘場面。今はレクサが大剣を手にし、ガジェットに直進するシーンが流れている。光学兵器をものともせずに、突き進むその姿を見、男は喜びを表現するため、口を笑みの形に変える。

「最初に見せた炎から、風と山。先日は映像こそ残らなかったが、新しい姿を見せたそうじゃないか」
「局に潜り込んだ妹の報告通りなら、ですがね。苦労したと言っていました。……目立った動きはさせない方がよろしいのではないでしょうか?」
「情報はね、いつもリスクと隣り合わせなのだよ“ウーノ”。だからこそ知識に昇華させる喜びがある」

 続けて映し出される、スバルやフェイト、エリオとキャロの戦闘シーンを凝視しながら、男はそう返した。
 どれもこれも、彼にとっては興味深い研究対象だ。これから調べるには、そして手に入れるには、二つと無い貴重なサンプルだとも考えている。

「僕は幸運だ、そうだろうウーノ? 早々手には入らない実験体が、わざわざ手に届く場所まで近づいてきてくれたのだからね」
「――そうですね」

 子どものように喜々として笑う主に、ウーノは溜息混じりに相づちを打った。この人は、始めて会った頃からこうだったのだ。対応の仕方は心得ている。
 そして、続けた。

「聖王騎士の第四形態。データバンクの中に、該当する記述が見つかりました」
「なんと――?」
「……林、林の騎士です」









 
――聖王に害なす者あらば、林の心の騎士、月を型どりし刃持ちて、静かなる心で撃ち抜かん――











機動六課訓練場 07:25 a.m.

「はぁ、はぁ、はぁ――」
「これは……色々と問題がありそうね……」

 息も荒く膝を折り、両手を地につけて汗を流すレクサの姿に、シャマルはそう呟く。
 極度の疲労のせいか、騎士甲冑は解除され、戦器も消失してしまっていた。
 その姿にシャマルはタオルを差し出し、休憩するよう促した。これ以上続けていても、成果はあがらないと判断したからだ。

「それにしても……ここまでだなんて……っ」

 モニターを展開し、訓練場の各所を映し出す。それを確認すると、シャマルは息を呑む。
 至る場所に設置された射撃用ターゲットは、その数合わせて三十機。中にはステルス処理を施したものも混じっていた筈だ。
 新形態の能力を確認するために用意された、ターゲット。
 その全てが……見事に撃ち抜かれていた。




Alternative StrikerS

07.【狩人】




六課宿舎内 21:05 p.m.

「それじゃあ今日も!」
『お疲れさまー!』

 緑茶の注がれたグラスを鳴らして、アルトは一気にそれを煽る。「っくー! このために生きてるーっ」、とオヤジ臭い台詞付きだ。
 業務が終了し、各人入浴を済ませた後、談話室に集まる。これが六課の新人メンバーの恒例となっていた。
 初めはスバルとアルトだけだったのだが、スバルがティアナを、アルトが整備員仲間であるエリシオ・オデッセイを引っ張り込んだ。更にライトニングの二人が加わり、途中加入したレクサもやってきて、今では七人揃ってのお茶会が日常の一部となっている。
 課員達の交流を深めるため、とはスバルの言だが、単に騒ぎたいだけだろう、と付き合いの長いティアナは思っていた。
 まあ、見知らぬ相手に進んで交流しようとしない自分にとっては、ありがたい話でもあるのだが。

「ほらほら、レクサ君も食べなよ、このスナック。おいしいよー?」
「うん、ありがと。エリシオちゃんもどう?」
「あ…はい……。ありがとうございます」

 特に通信士のアルトはともかく、整備員のエリシオは、ティアナとの接点は皆無と言ってもいい。がたいのいい男達ばかりかと思っていたが、この娘はレンチやオイルよりも、花なんかが似合いそうな女の子だとティアナは思う。
 ――こういう女の子のほうが、やっぱり男は好きなんでしょうね……
 オレンジジュースを注いであげているレクサを見ながら、ティアナは目を細めた。自分で言うのも何だが、私は男に好かれるタイプではないだろう。気が強い女は、いつでも男に煙たがれるものだ。

「ティアもほら。これ、昔好きだったよね」
「……ん。ありがと」

 ――訂正。こいつは誰にでもこんなだった。
 初めは敬語だったが、年下だし話しやすいのもあるのだろう。今では整備員メンバーとも、レクサは敬語を抜いて話している。ライトニング勢も懐いているようだし、意外と人見知りをするスバルも、初めから彼にはあまり抵抗をみせなかった。
 そういうところは、今も昔も変わらないということか。

「それにしても、最近のレクサさんは大変そうですよね」
「あー、私もそう思う。ディアスさん、各隊長たちからローテーションで訓練受けるもん」
「そ…そうなんですか……?」

 エリシオの驚いた表情に、レクサは苦笑で返した。
 初出動から一月、海鳴で起こった『管理外世界で発見された、ロストロギアの回収』の任務から数週間。レクサはなのは、フェイト、シグナム、ヴィータから、日替わりで特訓を受けている。
 理由は――

「今じゃもう、風・林・火・山の四形態があるからね。昔から基礎はやってたけど、それぞれの形態を扱うには、それなりの力がいるし」
「えーっと……確か――」
「オールラウンドに魔術を扱う火。高速機動型の風。防御特化の山に、この前の林で……一応全部?」
「ユーノさんによると、それ以上の情報は見つからなかったって。あとは俺の中のレリックが封印されていた、遺跡を調べてみないと分からないみたい」

 これ以上増えても困るし、とレクサは苦笑い。
 唯でさえ連日の訓練で手一杯なのだ。これでこれ以上能力が増えても、彼にはとてもではないが扱いきれないだろう。
 ティアナにしてみれば、四つの技能を同時に習得している今の彼も、十二分にとんでもないとは思うが。
 そんな風に考えている隣で、キャロがチョコレート菓子をとりながら、話を続ける。

「林の騎士も、苦戦中ですか?」
「自動で発動する魔法がやっかいでさ。広範囲策敵魔法なんだけど……、周囲の情報をいるものいらないもの、関係なく収拾するから、俺自身が処理できないんだよ。変身した後状態を維持できないんだよね……」
「扱いづらいわね、それ。実戦じゃ使えないでしょ」
「それ、高町さんも思ってるみたい。魔術プログラムをどうにか書き換えられないかって言ってるんだけどね。あとは魔法に妨害かけて、能力そのものを落とすとか」
「いや意味無いでしょ、そんなことしたら」
「分かってるんだけどね……はあぁぁぁ……」



「はあぁぁぁ……」
「どうしたなのは、仕事詰めで彼氏もできない自分に辟易してるのか?」
「……ヴィータちゃん。私とちょっと、お話ししようか☆」
「恐えぇ!!」

 同時刻、六課の休憩所で溜息をついていたのは、高町なのは。勤務を終えて歩いていたヴィータがそれを見つけたのだが、いきなり生命の危機に瀕していた。危うし、紅の鉄騎。
 と、このままでは彼女の命運はつきていたが、助け船を出してくれる人物がいた。
 フェイトとシグナムだ。
 二人も業務を終わらせたのか、揃ってなのはたちに近づいてくる。

「あれ、スターズでミーティングでもしてるの?」
「テスタロッサ、グッジョブ! 助かった!」
「? それで、どうしたのなのは? 何だか憂鬱そうだけど」
「にゃはは……ちょっとね」
「――レクサに関してか」

 シグナムの問いに、なのはは力無く頷く。
 そう、憂鬱の種は彼。最近六課に入隊したレクサ・L・ディアスについてだ。
 なのははこれでも、戦技教官として様々な魔導師を指導してきた。そして、その中でそれなりの結果を残してきた自信もある。
 一年という期間で教導を行うのは初めてだが、それも現在の段階で予定通り、いや、それ以上の成果が上がっている。

「だけど、レクサ君はもう、どうしていいのか分からないんですよ……」
「まあ聖王騎士の能力は、一般にいる『何でもこなせる万能屋』とは違うからな」
「実質、一人に対して四人分の教導をしないといけなくて。基礎ができているのは、唯一の救いですね……一能特化よりも、どれでも百パーセントの力を発揮できた方が、レクサ君の場合いいでしょうし」
「戦闘内容によってポジションを変えられるのは、結構強みになるだろうかんな」

 それに、とヴィータは続けて言う。

「あいつの長所で短所は、目立った欠点がないところだ。なまじ得意不得意がないから、どの分野を伸ばしていいのか分からないってのがなあ」
「そーなんだよーっ」

 テーブルに突っ伏すなのはの姿に、周囲の三人は顔を見合わせて苦笑する。
 彼女の気持ちも分かる。なぜならレクサは、『欠点はないが特化した能力もない』魔導師だからだ。
 魔導師には本来、それぞれに特徴をもった戦闘スタイルがある。ティアナなら射撃と幻術。エリオなら速さなどがその例として挙げられるだろう。
 だが、レクサにはそれがない。どの形態になってもある程度の技能を持っていて、ある程度なら扱える。が、特別秀でたものが見つからないのだ。
 それは彼自身の才能と、カリムやはやてが、レクサに万が一のことがあってはいけないと案じ、あらゆる事態に対応できるようにした結果なのだが、ここで彼女たちの過保護を責めても始まらない。

「林の騎士は、とりあえず改善案が通用するかどうかの確認と……後はスケジュールに余裕があるメンバーで、各形態での訓練しかないかなぁ」
「アタシはスバルの事があっかんなぁ……お前暇だろ、おっぱい副隊長?」
「……そこに直れ。レヴァンティンで叩っ切ってやろう……!」

 待機状態のデバイスに手をかけたシグナムに、フェイトが慌ててフォローを入れる。こんな所で制限があるとはいえ、副隊長同士が闘ったら、隊舎が廃墟に変わってしまう。

「じ、実際なのはは全体を見ないといけないですし…私も調査で忙しいですから。シグナムに頼めませんか?」
「……まぁ、今の奴はどの形態にしてもマダマダ甘いからな。」

 なのはもそれには同意見だ。そつなくこなしてはいるが、彼の戦技は未完成な部分が多くある。
 ……そもそも、度重なる強敵との戦闘、を想定していなかったのだから、仕方がない。レクサは本来なら遺跡調査が本職であって、戦闘魔導師とは系列が違うのだ。最悪でも、ユーノのように自分の身を守れる技能があればいいはずなのである。
 ――でも、戦う今を、レクサ君が選んだってことだよね。
 だから、自分がすべき事は、彼がどんな戦闘であっても生き残れるように育てること。
 最強の魔導師でも、最高の魔導師でもない。決して死なない魔導師に、なってもらうことだ。
 かつての業と、犯した罪を、彼らにも背負わせない、ためにも……

「――なのは?」
「ううん、何でもないよ、フェイトちゃん。……それにしても、はやてちゃんは?」

 思考を切り替えるために、話題転換。無駄に仲間を心配させるわけにはいかない。
 ヴィータは何か察しているようだったが、何も気づかない振りをして、なのはの問いに答えた。

「はやては、今108に出向してる。前回の事件で分かったことと合わせて、向こうの部隊長に捜査協力をな」
「――ジェイル・スカリエッティに関して?」

 フェイトの問いに、首を縦に振って肯定を示す。
 ジェイル・スカリエッティ。遺伝子開発や機械兵器等において重犯罪を繰り返し、時空手配されている犯罪者。フェイトが数年前から追っている人物である。
 リニアトレインでの戦闘。その際に破壊したガジェットから、その名が刻まれたプレートが見つけられたのだ。
 現在は、その一級次元犯罪者を容疑者とし、捜査を続けている。

「捜査は機動課よりも、あちらの方が得意分野だ。昔懇意にしてもらったゲンヤ・ナカジマ三佐に直談判しに行っている」
「ゲンヤ三佐って、スバルのお父さんですよね。やるなあ、はやてちゃん」
「コネでもツテでも大根の葉でも、使える物は使ってやれが主の考え方だからな。それで各所に睨まれてはいるが……」
「まあいいんじゃねーの? そこら辺の無茶は、部隊の編成期間が一年って決まってるからだろ。それに――」

 ヴィータは片目を瞑り、「忘れてねーか?」と皆に問う。それになのはとフェイトは顔を見合わせ苦笑し、シグナムは目を閉じて微笑した。
 陸士108部隊。そこには『闇の書事件』からの友人が一人、在籍している。

「あそこには、我が侭な狼がいるじゃねえか」


Ψ  Ψ  Ψ


 ミッド地上にある、陸士108部隊。はやてはリインを連れて、そこに来ていた。
 四年前はやてが所属していた部隊でもある。
 そして、今いる場所はその部隊長室。つまり、彼女の元上司だ。
 ゲンヤ・ナカジマ三佐。スバルの父である。

「――んで、わざわざ古巣まで出向いて密輸捜査の協力をってか。……まあ、密輸捜査はこっちの領分ってなあ分かるが、何で108なんだ? 他の機動部隊やら本局の捜査部を使えばいいだろうに」
「いやぁ、他の部隊にも頼んではいるんですが、やっぱり陸の捜査は陸の部隊に任せる方がええかなーと」
「……ふぅん。筋は通ってるわな」

 対面に座り、緑茶を一口。苦笑いするはやてをチラリと見た。
 ――海の人間や辛い環境だわな。
 勿論、彼女の言葉に嘘はないだろう。しかし、その上で陸の部隊に協力を請おうとすれば、必然的に交友のあった人間に限られてくる。
 何しろ、陸の局員は海や空との相性が悪い。本局の息がかかった特殊部隊、そんなものに力を貸してくれるような部隊は、まずないだろう。
 それに加えて、何かしらの意図を感じなくもないが。

「まあいい。うちのギンガとは顔なじみだし、お前もその方がやりやすいだろうからな」
「――ありがとうございます!」

 まあ悪くない、とゲンヤは思う。幼い頃から夢を持って、この世界で揉まれている姿を見ている身としては、多少の贔屓は勘弁願いたいところだ。
 ――未来を支える翼に、ちょっとした貸しを作っとくのも悪くねえしな。
 いや、これは照れ隠しだな。と、自分の思考にゲンヤは自嘲した。

「まあ、後はあいつと話し合ってくれや。――頼むぜ」
「あいあーい」

 ドアが開く。そこには一人の青年が立っていた。
 齢二十程度。瞳は青く、漆器と呼ぶには艶のない黒髪。一応陸士の制服を着てはいるが、スーツはだらしなく前が開いており、シャツもネクタイもよれよれだ。
 そんな彼でも、この部隊ではエースアタッカーであり、陸のフロントアタッカーの中でも上位の実力を持つ人物である。
 ミッド形式では珍しい、近接格闘専門。ジャケットタイプのデバイス、フェンリルロアーを所有し、ユニゾンデバイスで【鉄鎖の拳精】と呼ばれる少女――フィオと共に戦う、異端の魔導師。
 はやてが知らないはずがない。『闇の書事件』に深く関わり、七年前自分が協力することになったの『7S事件』の中心である、現陸士108部隊副隊長。
 ――相沢・祐一。

「遅せえぞ祐一。もう大体の話はおわっちまったぜ」
「相沢家の家訓は、“いい女と親友は、絶対待たせるな”ですよ? 遅いわけ無いじゃないですか。どうせ請け負うんだからと思って、話が終わる時間に合わせて来たんですよ」

 そう軽い口調で言って、建前と言わんばかりの敬礼をしてみせる。
 そしてはやての方へ向き直ると、ウインクをして笑いかけた。
 わざわざ魔法まで使って、二枚目によくある「歯がキラリ」を再現してみせるところが、彼らしい。
 存在が三枚目なので、とてもシュールな光景だが。

「よっ、久しぶりだな。他の奴らも元気にしてるか?」
「祐一さん……は、前に会ったときも身だしなみはキチンとせなあかん言うたのに、何ですかその駄目男全開の服装は!」
「いきなり厳しいなぁ!?」

 無理はなかった。実際に隊内での部下達の評価は、口にしたら残念になるので言えないほどだった。
 タバコは吸う。酒は飲む。部下思いなのはいいが、いかんせん女に甘い。世話をしないと生きられない。
 ――等々、端的に言って散々である。
 
「いやあ…飯はフィオが作ってくれるんだけど、あいつ食事以外の家事はさっぱりでなあ。必然的に俺がやることになるんだが」
「……今度、祐一さん家に行きますね」
「おいおい。年頃の女の子が、気軽に男の家へ上がり込むもんじゃないぜ?」
「そんなヨレヨレでだらしない格好見せられて、黙ってられへんのです!」

 昔はもうちょっとマシだったのに、いつからこんな風になってしまったんだろう。はやては心中で嘆息した。
 ……いや、そう言えば魔導師としてはともかく、私生活は以前から変わらなかった気がする。
 ご飯を炊けば底から丸焦げ。湯豆腐にキャベツを投入し、最近までパプリカをピーマンの色違いだと勘違いし、カップ焼きそばを作らせればほぼ間違いなく流しに麺をぶちまけるほどの料理音痴。
 高校を卒業した後にパートナーと二人暮らしを始めたはいいが、料理は何とかなっても、その他は男の独り暮らしと何ら変わりないようだ。
 
「はあぁぁぁ……。はよーええ相手でも見つけて下さいよ……」
「マジな顔で親戚の叔母みたいな事言うなよ……。第一、欲しいと思って現れてくれんなら、とっくに結婚してるっての」
「おーい、話が逸れてるぞー」

 ゲンヤの突っ込みで、軌道修正。この人と関わると調子が狂うと、はやてはぼやき、溜息をついた。

「んじゃあ、話ながら移動しようぜ。捜査はギンガとフィオも協力してくれるって話だかんな」
「……そういや、一緒におらへんのですね、フィオ」
「あいつはリインとこ。個人で連絡は取り合ってるみたいだが、直で会うのは久しぶりだろ?」
「あー、確かに。最近は私のサポートで忙しかったから……」
「休ましてやれよー、たまには」
 
 それにははやても同意。リインもそうだが、六課設立までこっち、訓練や出動でフォーワード勢にまともな休日がない。次の任務が終わったら、一度全員にガス抜きをさせてやりたいところだ。
 
「んじゃあ旦那。ちょっくら働いてきますわ」
「ありがとうございます、ナカジマ三佐」
「いいから早く行ってこい。こんなとこで茶ぁ飲んでる暇があったらな」

 二人は顔を見合わせ苦笑すると、もう一度一礼して隊長室を出た。
 デスクに向かう途中で端的に調査用件だけ聞き出すと、祐一は嘆息。「まあ機動課の仕事じゃあないわな」、と付け加えて、個人端末をいじりだす。

「みっしーにも協力してもらうわ。この手の依頼はあいつ向けだろ」
「って、ええんですか? そない個人的な……」
「友人料金で安くあげてもらうさ。世の中にゃ、もっとえげつない金の回り方なんていくらでもあるぜ?」
「そうですけど……むぅ」
「ふくれんなよ。清濁を使いこなしてこそ、真の覇者ってもんさ」

 覇者になる気なのか、とは突っ込まない。冗談なのは知っているし、彼にその気がないのも明白だ。
 意志とか精神的な問題ではない。彼の体が、もうそれに追いつかないから。
 ――あかんあかん。
 思考をすぐに切り替える。七年前のことを、後悔し続けても仕方がない。
 なによりも、彼自身が選んだ結果なのだ。だったら、後悔も何もかもも、それは他人が抱いていい感情ではない。

「それにしても……、祐一さんがうちに来てくれたら、もうちょい楽できたのに」
「それは勘弁。どうせ陸の連中との緩衝材代わりに使う気だったんだろうが。第一、俺が海の連中をよく思ってないのも、お前なら知ってるだろうに」
「――それは、そですけど」
「折角育てた後輩も、どんどん空や海にいっちまう。それが悪いとは言わないけどよ……おかげで陸の局員は万年人材不足で泣きを見てるんだぜ?」

 AAAランク以上の魔導師は、全局員の五パーセント。これは魔力資質を持たない局員も入れての数字だから、というのもあるが、絶対的に実力派が少ないという事実は揺るがない。
 さらにその八割九割が空か海に集中しているのだ。祐一が愚痴を言いたくなるのも、はやては分かる。
 ならば祐一ほどのランクなら、陸の上位にいていいはずでは。そう思う人間は多くいる。なのにそれをしないのは、彼にそれ程やる気が無いもの要因の一つではあるが、彼の体に関して問題があるからだ。いわば特例措置である。
 ――魔力集束の使用過多による、肉体への致命的なダメージ。
 これがなければ、祐一はもっと上にいけるだろう。

「せやったら、何で私は助けてくれるんですか? 私、海の人間ですよ?」
「っは。それを言うかよ八神はやて。決まってるだろう――」

 先を歩いていた祐一がくるりと振り返る。
 そして今度は歯を光らせず、悪戯っ子のような笑みで言った。

「相沢家の家訓は、“いい女と親友は、騙されてでも絶対助けろ”だ。お前が前者か後者かは、判断に任せるぜ」



「フィオちゃーん、ぎゅ〜♪」
「これをはがして、八神二佐。暑苦しいわ……」

 デスクに着いたはやてと祐一を迎えた光景が、青髪の妖精がリインに抱きつかれているものだった。頬をこすりつけられて、目が据わっている。
 前髪を右に流し、雪の結晶を象ったヘアピンで留めた少女。彼女が祐一の融合騎であり、妹の、フィオ。魔導師ランクAの陸曹長だ。
 リインフォースとは長い付き合いで、親友でもある。
 そして――

「お疲れ様です。八神二佐、祐一さん」
「久しぶりやなー、ギンガ」
「お疲れ。大体の内容はリインから聞いてるよな?」
「はいっ、デバイスも支給してくれるそうで」
「実験部隊は金もってんなー……うちも新型なんて言わないから、そろそろデバイス切り替えてやりたいなぁ」

 頭を掻きながら祐一が愚痴る相手は、ゲンヤ三佐の娘で、スバルの姉であるギンガ・ナカジマ陸曹。髪はショートのスバルと違い、紫がかった腰丈ほどのストレートだ。
 魔導師ランクはフィオと同じくA。妹と同様、ナックル系のフロントアタッカー。部隊内の、『お嫁に来て欲しい女性局員』三年連続ナンバーワンを達成した女性だったりもする。

「まっ、細かい話が済んだら、飯行こうぜ飯! ゲンヤの旦那も誘えば奢ってもらえるかもしんねえし」
「娘の前でそれいいますか……ちゅーかええ年して上司にたからんで下さいよ……」
「いーじゃねえか。ギンガと二人で行くときは、ちゃんと俺が出してるぜ?」
「代わりに二週に一回掃除やらアイロンがけやらやってもらってる上に、基本連れてくのは定食屋とか安っすい店ばっかりだけどね」
「言わなくていいフィオ。ちょっとぐらい俺の評価を上げさせてくれ」

 遅かったし無駄だった。
 はやての中の、祐一に対する年上としての評価は、かなり前から大暴落したままである。

「それから、夕ご飯も申し訳ないんですがお断りいたします」
「んだよノリ悪いなあ。そんな忙しいのか?」
「ええ。明日は朝から、ちょっち警護の任務がありまして」

 ホテル・アグスタでの警備と護衛。オークションが行われる予定で、レリックは勿論ないが、ロストロギアに近いものも出品されるそうだ。
 ガジェットの出現も考慮に入れ、機動六課での警護を任されたのである。
 デスクの上で「リインもすぐに帰るんだ……」、「ごめんね、フィオちゃん」という二人の妖精がやり取りをしている。はやては出来るだけ早く休暇を取らせてやろう、と決心した。

「てなわけで、今日はギンガとキャッキャウフフしてきて下さい」
「十九歳から出てくるフレーズじゃねえよ……」

 祐一の突っ込みを無視して、はやてはギンガに歩み寄る。
 はやてが辞退した理由は、勿論任務の事もあるが、もう一つあるのだ。それがギンガと祐一の関係について。
 四年前の空港火災で、祐一に助けられた事実に加え、部隊で上司部下となって三年。彼女が祐一にちょっとした憧れ以上の感情を抱いているのを、はやては知っている。
 だからギンガの耳元に口を近づけると、祐一には聞こえないよう小さな声で言った。

「ギンガ。祐一さんは従妹がパジャマ姿で自室に呼んでも、平然とテスト勉強するほどの鈍感さんや。酔っぱらわして襲わせるぐらいの勢いでないと、攻略は難しいで」
「――は、はい。頑張りますっ」
「オイオイ。『今度胸触らせて』とか、セクハラ発言は止めろよ」
「言ってませんよ!」
「違うのか? ギンガの顔が真っ赤だから、てっきり例の『乳を揉まないと死ぬ病』かと思ったぞ」
「発作みたいにゆーの止めてもらえます!?」  

 ええっと、そんな病気にはかかってませんよ? 確かに好きだけど。六課でもやってるけど。とはやては心の中で弁明した。口に出さないのは自滅するのが分かっているからだ。
 
「まあいいや。んじゃあ美味い酒を飲むためにも、しっかりお仕事しましょうや」
「はい!」
「流された!」



→to B part...

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