二つの青が駆け抜ける。
 ボディースーツを着た女性を追うように、レクサは半壊したビルからビルへ飛び移った。
 身に纏うのは、青に白い縁取りを施した騎士甲冑。瞳の色も青に変わり、装甲はギリギリまで薄くされている。
 力強い踏み込みは、床に蜘蛛の巣状のヒビを作り出した。
 一直線に、レクサは拳を突き出す。

「――っちぃ!」

 回避しきれぬ一撃を右腕で受け止め、敵はそれを弾くと回し蹴りを繰り出した。だがそれがヒットするよりも早く、レクサは飛び上がり敵の背後へ。
 背に向け打ち込もうとするが、反応早くすぐさま体制を整えた敵が、振り向きざまにレクサの拳を叩き上げた。
 その拍子にレクサのガードが空き、それを好機として女性はもう一歩踏み込み、右手で打ち抜く。
 だが、繰り出された拳の側面を打って、レクサはそれを防御した。
 互いに互いの攻撃を弾き防ぐ、パーリングの動作。それを数度交えたかと思うと、二人は大きく飛び下がる。
 間を開き、睨み合うこと数秒。先に動いたのは……レクサ!

「テオラぁ!!」

 瞬間加速の跳び蹴り。それは反応が一瞬遅れた敵の、胸元に直撃した。
 攻撃の反動で、その体は床を擦りながら数メートル後退する。
 きまったとレクサは思った。思っていた。

「……成る程な」
「っ何!?」

 敵の呟きに、レクサは戸惑う。
 
(まともに食らったはずなのに…効いてないのか!?)

 敵は余裕の表情で、直撃したままだったレクサの足首を掴むと、遠心力を利用し勢いよく投げ飛ばした。
 慣性に逆らえず、隣接するビルのガラスを突き破り、柱へレクサは体を打ちつける。
 衝撃で明滅する意識は、更なる痛みによって無理矢理目覚めさせられた。敵の膝が、レクサの体に打ち込まれたのだ。

「速度は上がった。だが、その分パワーが落ちているようだな」
「…ぁ……が……」

 このままでは負ける。状況を打開すべく、レクサは右手に力を込める。
 すると青い宝石に、斧、槍、鉤、そして長柄が現れ、宝石を軸に連結した。
 だが、ハルバートの姿をしたそれを手にしようとしたときだ。連結したはずだったパーツが外れ、武器が消滅する。

「消え…た…? ハルバートとは……違うのか……!?」

 青には青の武器が存在するためか、武器の顕現は叶わなかった。
 体は最早まともに言うことを聞かず、敵に半ば拘束された状態。無手での戦闘は盾の守護獣に教わっていたが、レクサの今のコンディションでは、ここが限界だった。

「ここまでの、ようだな」
「っく…そ……!」

 敵が右腕を振り上げる。手首に現れた羽が、甲高い音を鳴らしながら振動していた。
 ゴ−グル越しでも分かる、明確な殺意の視線。
 このままでは――

(殺される……っ)

 ……だが、いつまで経っても痛みは来ない。レクサが咄嗟に閉じていた瞳を開くと、敵は振りかぶったままの姿勢で、動きを止めていた。

「どういうことだウーノ。危険分子は……なに?」

 宙に向けて何事か会話をしている様子から、誰かと通信を行っていることにレクサは気づく。
 そしてその会話が終わると、敵はレクサの拘束を解いてしまった。体に力の入らないレクサは、そのまま地面にうつ伏せに倒れてしまう。
 必死の状況から、なぜ助かったのか。それが分からず呆然とするレクサに、青髪の女性は告げる。

「今日はここまでだ。命拾いしたな、聖王騎士」
「……え?」
「お前の仲間も、すぐそこまで来ているようだしな。私はここで失礼しよう」

 言葉の終わりと同時に、女性はその場から姿をかき消す。正確にはあまりの速さに、視認できていないだけなのだろう。
 そして彼女の言葉通り、数分後には彼を助けに飛んできた、シグナムの姿があった。
 混濁していく意識の中、レクサは最後に、一言漏らす。

「なん……で……?」

 助かった理由は、分からなかった。
 答えを知るものが、どこにもいなかったから。




Alternative StrikerS
04.【烈風】





●機動六課・管制室 2:37 p.m.

「どうやシャーリー?」
「駄目ですね……。音声、画像、何もかも妨害にあってて。レクサ君の戦った対象は不明です」
「それやと、やっぱ本人から聞くしかないやろうなぁ……」

 はやての言葉に、ロングヘアーで眼鏡をかけた通信士が無言で頷く。
 シャリオ・フィニーノ。六課では通信士とメカニックを兼任しており、ロングアーチの中では、まとめ役のような存在だ。
 モニターに映るのは砂嵐。録音音声もノイズが酷く、まともに聞き取ることは不可能だった。

「でも、怪我の様子から、レクサ君が戦ったのはガジェットではないんですよね?」
「殴られた様な痕があったからな。全身打撲の重傷で、本来なら全治数ヶ月。それでも、シャマルの話やと凄い勢いで治ってるらしい」
「聖王騎士の力ですか……」
「回復速度は無茶やけど、その無茶ができるように体が強化されてる。それがええんか悪いんか、やね」

 溜息を漏らし、はやては頬杖をつく。レクサの体のこともだが、彼と戦った謎の敵。そのことも頭に引っかかるのだ。
 シャマルの話では、恐らく相手は人、またはそれに類ずる者だった可能性が高いと言っていた。それはガジェット以外の新たな敵戦力であり、それに対応できる戦力が、今こちらに揃っているかと言われれば……

――新人達には、もうちょい頑張ってもらわなあかんかなぁ……

 レクサの力は、現時点でAかAA。それを赤子を捻るが如く倒してとなれば、敵の力も相当な者だと推測できる。
 そんな相手が一人なのか、それとも複数いるのか。奥の手を使ったときの勝率はいかほどか。
 考えて考えて考えた結果――

「そんなら私は、ちょっち外出てくるわ」
「あ、はい。了解しました」

 とりあえず、後回しにすることにした。
 きっと何とかなるはずだ。なにせ自分を救ってくれた、雷光と星光が。そして自分の家族達が、傍にいてくれるのだから。
 だから今は、目の前にある問題をどうにかしよう。



●聖王教会 2:48 p.m.

『――こちらの報告は以上です。どうやら、聖王騎士は戦況に応じて、様々な形態を持ってるみたいですね』
「……」
『騎士カリム?』
「あ、はい。そうみたいです。先程も、レクサが青い騎士に変わったと聞きました」

 訝しげな視線に気づき、カリムは慌てて相づちを打った。
 先程はやてからの通信で、ここを出てからの経緯は大体聞いている。
 ――重傷を負い、今は病院にいるということも。
 命に別状はないということだが、カリムはその話もあって、ユーノの報告をほとんど聞き流してしまっていた。
 それを察したのか、モニターの向こうにいるユーノが、苦笑混じりに話題を変える。

『心配なんですね、レクサのこと』
「当然ですっ。あの子はいっっつも無茶で無鉄砲で、私に心配ばかりかけて……それでも…笑っていて」

 ほんの少し怒気のはらんだカリムの口調は、すぐさま消沈してしまった。
 最初に調査員になると言い出したのが、六年前。そこから三年、シャッハや八神家の皆に戦技指導をしてもらい、沢山勉強をして、彼が実現した夢だった。
 それは本当に嬉しくて、離れてしまうのが寂しくて、危なくないかと不安で。
 丁度そのころから、予言に不穏な記述がされるようになり、少しずつ慌ただしくなっていった。
 ――気づいて、いたわよね。
 心配しているのは、お互い様かと、カリムは苦笑した。

『……僕は、彼を巻き込んだ本人ですから、こんな事言うのもアレだと思うんですけど』
「そんな、ユーノ司書長は何も――」
『いえ、原因であるのは事実です』

 否定するカリムの言葉を遮り、ユーノは頬をかく。
 そして何かを思い出すように目を閉じると、ゆっくりと告げた。

『レクサはああいう子だから、きっと騎士カリムが止めても、譲らないと思います。僕は彼に似た幼なじみを知ってますから』
「……心配では、ないですか?」
『勿論、心配ですよ。でも、あの娘は空が好きだから。……それに、自分の力で誰かの悲しみを撃ち抜くために、なのははあの場所を選んだんです』

 だから、とユーノは続ける。
 自分はなのはを知っているから、彼女に似た、レクサの思いにも気づいてしまう。
 きっと彼の選択は、誰かの悲しみを打ち払うためのもの。
 そして――

『あの子が選んだ道は、きっと貴女の悲しみを払うためのものです』
「――」
『多分僕が気づいているぐらいだから、貴女も気づいているはずですよね?』

 表情で、仕草で、ユーノは自分の予測が、間違っていないことを確信した。
 カリムは気づいていたのだ。それでも、彼が傷つくことを恐れていた。
 それは彼女にとってレクサが、とても大切だという証拠。
 互いを思い合うからこそ、二人は衝突してしまったのだ。

『だから、もう少しだけ、考えてあげて下さい。彼が自分で選んだ道を』

 うつむいて体を強張らせるカリムを見て、ユーノはそれを最後に通信を切った。
 誰もいないカリムの私室は、物音一つしない。
 そう、それはまるで、彼女がレクサに会う前のように。

「それでも、恐いよ……レクサ……っ」

 嗚咽を堪える声が、静寂を嫌うように響いていた。
 


●聖王医療院 3:13 p.m.

「うーん……」

 聖王医療院のある個室。そのベットにあぐらをかいて、腕組みしながら唸る、青年が一人。
 患者服を着たレクサは、真剣な表情で思案にふけっていた。
 隣のシャマルはその様子に呆れながら、ぎこちない動作でリンゴの皮を剥いていく。

「もう少し寝ていた方がいいわよ、レクサ君」
「いえ、体の方は大分マシになったんですけど……あの青い騎士のことがですねぇ……」
「凄く速くなったんだっけ?」
「そーなんです! こうビュアッ! と動けるようになったのはいいんですけど、攻撃が全然効いてなくて。多分、赤い騎士の時みたく武器がある感じなんだけど……そのイメージも浮かばないしなぁ」

 自分の中で最も威力のある攻撃が、相手に対しダメージになっていなかった。それは、純粋なパワー不足が原因だ。
 ならあの騎士にも、何かしら武器があるはずなのである。以前は薄霧のかかったイメージが浮かんできたが、今回はそれも期待はできない。
 死に瀕した状況でもそれが無かった以上、自力で見つけるしか術はないだろう。

「カリムかユーノさんに聞いてみないと…分からないか……」

 しかしユーノさんはともかく、カリムの方はどうするかと、レクサは考える。
 少し前にあんな事があったのに、聞きに行くわけにもいかないだろう。知っていたとしても、あの様子では教えてくれそうもない。
 どちらにせよ、説得はしなければならないのだが。

「……一つ、聞いてもいい?」
「はい?」

 突然のシャマルの質問に、レクサは思考を中断して頭を上げた。
 歪になったリンゴの姿に、少し言いたいこともあったが、それは後に回して彼女の言葉を待つ。

「なんで、レクサ君はそうまでして戦いたいの?」
「……えーっと。聖王騎士になったから、てのもあるんですけど。もう一つ理由があるんです」

 秘密ですよ? と前置きしてから、レクサはシャマルに言った。

「この事件。カリムの力と関係してますよね?」
「――」
「三、四年前からちょっと様子がおかしかったから、どうしたんだろって思ってたんですけど。……やっと分かりました」

 自分が駆け出しだった頃。色々な世界の話を聞かせて、カリムはそれを喜んでくれて。
 けれど、何かが引っかかっていた。彼女の表情に、仕草に、違和感があった。
 そしてガジェットに襲われ、巻き込まれ、気づいたのだ。

「笑ってて欲しいんです。俺、カリムの笑った顔が好きだから」
「レクサ君……」
「それに、不安要素が一カ所に集まってた方が、心配も少なくて済むと思いますし」

 最後は少しおどけて、レクサはシャマルにそう言った。
 口調は明るく、けれど決意は固く。真っ直ぐにこちらを見るレクサに、シャマルは内心で溜息をつく。

――諦めさせるだなんて、私には無理ですよ。はやてちゃん……

 そもそも最初から聞き入れるわけなどない。それぐらい、主も分かっているはずなのだ。
 恐らくはダメ元でのお願いだろうが、諭すのは不可能だと、今の会話でシャマルは結論づける。言って聞くような子なら、昔から騎士カリムも自分たちも、苦労などしなかっただろう。
 何も返さないのを会話が終了したとしたのか、レクサはまた黙考に入ろうと姿勢を元に戻した。
 けれどその時だ。個室のドアがノックされ、女性が一人、中へと入ってきた。
 紅色の、切りそろえた短髪に、修道女の出で立ち。シャッハ・ヌエラだ。
 彼女はシャマルに一礼すると、ベットにあぐらをかく、レクサの元へ歩み寄る。
 
「……元気そうですね」
「――怪我はまだ治ってないですけど、一日経てば全快すると思います」

 レクサの発言は大げさでない。実際に受けたダメージはこうしている今も、凄まじいスピードで回復していた。急な運動をしなければ、一日で完治していまうほどに。
 張りつめた空気にシャマルはこっそり退避。個室から外へと退出することにした。
 残った二人はしばしの沈黙の後、ゆっくりと語り出す。

「それだけの怪我を負って、それでも貴方は戦うと?」
「はい」
「それで、騎士カリムが悲しむとしても…ですか?」
「――はい」
「……分かりました」

 なら、とシャッハはレクサを睨みつけた。
 言って聞かないというのなら、力ずくで押しとどめる。

「貴方と私で勝負をしましょう」
「勝…負……?」
「明日、貴方が聖王教会の名を背負い、戦うに相応しい者か、私との戦闘で確かめます。私に手傷を負わせれば、教会騎士として貴方を推薦しましょう。ですが――」
「俺が負けたら、大人しく保護されること、ですか?」

 そうです、と返して、シャッハはレクサに背を向けた。

「時刻は追って知らせます。それまでに、しっかり体を休めておきなさい」
「……分かりました」

 最後までレクサと目を合わせずに、シャッハは退室。個室の扉を静かに閉める。
 溜息をついて顔を上げると、扉のすぐ横には、今だリンゴを手にしたままのシャマルの姿があった。レクサとの会話を聞いていたのだろう。
 微笑んだままシャッハに近寄ると、シャマルは、小さな声で彼女に言った。

「聞いてたんですね。レクサ君の話」
「……何のことですか?」
「チャンス…あげたんですよね? 困っちゃいますよね。どっちもお互いを大事にしていて、だからぶつかっちゃうんですから」

 だがシャッハは、そんな言葉に首を振る。「それだけじゃないんです」、とそう言って、少し寂しそうに笑った。

「私も、あの子が心配ですから」

 小さな頃から知っているレクサは、元気で、前向きで、言うこと聞かずの無鉄砲で。
 けれど、シャッハは知っていた。カリムに笑顔をくれたのは、紛れもなくあの子だということを。
 作られた笑顔しかできなかったカリム・グラシアを、彼は救ってくれたのだ。
 それはほんの小さな奇跡。彼が気づかずにしてくれた、自分にできないこと。

「騎士カリムは甘いです。きっと、最後にはまた折れてしまいます」

 だから。そうだから。
 この役割は、ずっと自分が請け負ってきたものだ。
 調査員になることを、最後まで反対し続けたのは自分だった。
 もう諦めると言わせようと、立ち上がれなくなるまで鍛えたのも自分だった。
 あの子が無茶を選ぶ限り、自分はあの子の壁でなくてはならない。

「嫌われてでも、私はあの子の厳しいシスターでないと、いけないんです」

 そこで言葉を切って、シャッハは再び歩き出した。
 振り向かず颯爽と歩く様を見ながら、シャマルは溜息をつく。

「――貴女がそう思っていても、レクサ君はどうでしょう?」



●機動六課・訓練場 09:30 a.m.

 騒動から一日が経ち、場所は機動六課にある海上訓練場。
 元々は何もない浮島のような物だが、設定を加えることで、疑似的に様々な戦場を作り出すことができる。今は一面を、草木が覆った様相へと変えていた。
 その中にいるのは、レクサとシャッハ。そして外から二人の様子を見るのは、高町なのはとその分隊員であるスバルにティアナ。別分隊のエリオとキャロ。万が一に備えるシャマルと……騎士カリムだ。
 傍には彼女の護衛として、ザフィーラが就いている。
 エリオたちの隊長であるフェイト・T・ハラオウンは、事件調査のため不在。副隊長であるヴィータやシグナムも、今は交換部隊の指揮でここにはいない。

「あの、なのはさん。どうして僕たちも?」
「レクサ君は、もしかしたらみんなと一緒に戦うようになるかもだからね。それに、きっとあの二人の戦いは、いい勉強になると思うの」

 エリオの素朴な疑問に、なのはは腕組みし、そう答えた。
 レクサ・L・ディアス。直接見るのは初めてだったが、なのはは、はやて経由で彼の存在を知っている。
 魔力量が少なく、魔導師として生きるには難しい。それに、彼の性格も戦いには不向きだと。
 けれど――

「レクサ君は、守護騎士や八神部隊長から教わった戦闘技術。それだけで単身活動可能な、Cランクの魔導師ランクを取得した。多分あの子は世界で唯一、夜天の全てを受け継いだ存在だね」
「……八神部隊長の秘蔵っ子ですか」
「うん。スバルの見解で間違いないと思うよ」

 ポールアームの扱いはヴィータ。剣はシグナム。格闘術はザフィーラ。探索はシャマル。
 そして、放射系魔術は八神はやて。
 あらゆる状況を想定し、あらゆる事態に対応できる様、育てられたマルチアタッカー。仮に潜在魔力が高ければ、魔力量に成長の余地があれば、とんでもない魔導師になっていたであろう青年。それがレクサという人物だった。
 それは、レリックコアという形で実現してしまったのだが。

「ティア?」
「……なによ」
「いや、なんだか機嫌悪そうだなーって」
「別に。いつも通りよ」

 そうスバルに返しながら、横目で少し離れ立っているカリムを、ティアナは見た。
 先程紹介されたその人物は、聖王教会の教会騎士。レクサの保護者に当たるらしい。
 眉尻を下げ、不安げな表情で、カリムは訓練場を見つめている。それは何かに迷っているような、何かを恐れているような、そんな顔だった。
 ティアナが視線を移すと、そこにはモニターに映し出された、レクサとシスターシャッハの姿がある。
 シャッハは既に、騎士甲冑とデバイスを顕現済み。レクサの方も、右手を額にかざすと、その周囲を赤い炎で包み込んだ。
 振り払う動作と共に、レクサはその身を赤い聖王騎士の姿に変える。
 赤い瞳。金の縁取りを施した、紅蓮の騎士甲冑。
 その姿を、その表情を見つめて、ティアナは誰にも聞こえない声で呟いた。

「……何やってんのよ。あいつ……」


Ψ  Ψ  Ψ


 イメージを現実へシフトする。
 レクサが右手を突き出すと、円形の宝石、斧、槍、鉤、そして長柄が現れ、宝石を支点に接続された。
 創造される武装は、ハルバートのもの。
 それを手にする様を見、シャッハは一言告げる。

「それがほむらの騎士ですか」
「ほむ…ら……?」
「聖王に害なす者あらば、炎の心の騎士、切り突き払う戦器持ちて、火の如く敵を侵掠せん。……騎士の墓標に掘られた碑文。ユーノ司書長が解読してくれたそうです」
「炎…そうか、炎の騎士か」

 レクサの理解に呼応してか、ハルバートの宝石が淡く輝いた。その戦器を構えるのを見、シャッハも戦闘態勢に入る。
 訓練場全体に張りつめた空気が満ち、肌が焼けるような錯覚をレクサは感じ取った。
 ――本気だ。
 シャッハは全力で、こちらを倒しにかかってくる。それをレクサは察した。
 昔施された訓練の時とは、気迫も何もかもが違いすぎる。潰されそうな威圧感。圧倒されるほどの闘気。

「……では、始めましょう」 
「――はいっ」

 初動はレクサの突きから。
 シャッハは難なく弾いてみせるが、それも予測の範囲内なのだろう。レクサは怯むことなく連続で槍を突き出し、かと思うと鉤でシャッハの足を払おうとする。
 相手に対してシャッハは後退。その動きを見ていたレクサは、すぐさま魔法陣を展開した。
 炎熱で構成された、レクサの放射魔術が解放。シャッハに向け、真っ直ぐに飛んだ。
 それをシャッハは横っ跳びで回避する。
 だが、その動きを読んでいたのか、レクサは体勢を崩したシャッハの方へと、既に跳び上がっていた。
 手にしたハルバートの斧刃は高熱で白く光り、その軌跡が陽炎となって、世界を揺らめいてみせる。
 振り下ろせば、直撃する。だからレクサは迷わずに行った。

「フランメ・シュラーク!!」

 ヴィータ直伝の、炎を一撃が空を震わせる。
 衝突した斧と剣が、甲高い金属音を鳴り響かせる。
 そしてその衝撃の余波が、戦場を駆けめぐった。


Ψ  Ψ  Ψ


「――おっ。やっとるみたいやね」
「はやてちゃ…八神部隊長?」
「お疲れさん、高町一尉。ごめんなー、急に訓練場使わせてゆーて」
「にゃはは。私は別に全然」

 訓練場に顔を出したはやてに、なのははそう言う。
 戦闘開始からもうすぐ十分。戦況はシャッハに若干分があるが、レクサも粘っていた。
 出力はほんの少しレクサが上。だが機動性にはシャッハに分があり、互いに攻めきれないように見える。
 そう、あくまで“見える”だ。
 なのはは直感した。彼女は、シスターシャッハは――

『流石は【聖王騎士】、なかなかのモノですね。……では』

 まだ全力をだしていない。

『ギアを一つ、上げていきましょう』

 モニターに映る、シャッハの姿がかき消えた。
 否、それは画面に映らぬほどの高速移動。対象を見失ったレクサは、回転剣の一撃で吹き飛ばされていた。
 レクサが浮き上がった体を立て直し、着地しようとした次の瞬間だ。背後に回り込んだシャッハの攻撃を、受け止めも流せもせずまともに喰らう。
 地面を転がり、だが諦めずに片手をついてレクサは立ち上がろうとする。
 しかしそれを蹴り上げ、レクサを仰向けに倒れさせると、シャッハは胸中を踏みつけた。

「……押されとんな」
「レクサ君もなかなかだけど、シャッハさんが強すぎる。一撃有効打をきめるにしても、あのスピードじゃあ……」

 押さえつけられていたレクサが、魔法陣を展開。炎の槍をシャッハに向け撃ち出す。
 それは回避されたが、相手が離れたお陰で、レクサは再び立ち上がことができた。
 再びの対峙。シャッハが一歩踏み込み、レクサが一歩下がり……吹き飛ばされた。
 軽々と飛んだ体は木にぶつかり、その衝撃で、レクサはハルバートを落としてしまう。

「あのままじゃ、あの人……!」
「……負ける」

 スバルの言葉を引き継ぐように、ティアナが予測されるであろう未来を提示した。
 だが、そうはならない。武器を落とした相手に向け、シャッハは手加減なしの一撃をぶち込んだ。
 しかしその手応えは木をなぎ倒したもの。レクサには直撃していない。
 狙ったはずの相手は、シャッハの背後に着地していた。
 ――騎士甲冑を、青色に変えて。

『また…青に!?』
『烈風の騎士……』

 間髪入れずに攻勢に入ったシャッハの剣戟を、今度は弾くことで、レクサが防御していく。
 土埃が煙るほどの高速戦。受ければ必死の脆い甲冑で、レクサは紙一重、相手の攻撃を弾き流していた。

「パーリング……ザフィーラが教えた技術ね」
「あいつは元々脆いからな。俺のように受けて防ぐには向いていない」
「っわ! ざ、ザフィーラが喋った!?」
「ザフィーラって、喋れたんだぁ……」

 隣で驚くエリオとキャロを、ザフィーラはあえて無視した。
 喋れることを知らなかったのは、自分が彼らと喋る機会が無かった所為だ。出番の量とかそこら辺の事情は関係ない。全く関係ない。
 気を取り直し、ザフィーラは続ける。

「力がないから崩しもできない。なら、相手の挙動の隙を突いて、倒すしか手はないだろう」
「蝶のように舞い、蜂のように刺す?」
「そうだ。だが……」

 レクサの拳が、ヴィンデルシャフトの軌道を大きく逸らせた。
 生まれるのは一瞬の隙。勝利の好機。
 だから迷わずレクサはいった。握りしめた拳を突き出し、がら空きの鳩尾に叩き込む。
 鈍い音が、音声でも傍観者達に届いた。
 これで終わるはずの戦闘は――

「その刺す針が脆ければ、あいつに勝ちはない」

 しかし、終わりにならなかった。
 苦痛に顔を歪めるでもなく、シャッハはその拳を払うと、レクサを剣の腹で殴り飛ばす。

「効いてない!?」
「青の騎士だと、パワーが足らないんだね。シスター・シャッハのバリアを破れてない」

 スバルの驚きに、なのはが補足を加える。
 前回の戦闘から分かっていた、最大の欠点だった。高速機動を手にした代償としての、パワー不足。防戦のみなら対応できても、相手に手傷を負わせることができないのだ。
 ハルバートでない故に、武器の顕現も叶わない。
 だが炎になれば、相手の速度について行けなくなる。

「……ここまで、やな。カリム」
「そう…ね……」
「ええやんか。ちょい痛い目見せな、あの子ゆうこと聞かへんねんから」

 そうだ。ああでもしなければ、彼は自分の道を譲らない。
 だからこれでいい。そうカリムは思った。シャッハに負けて、この話は終わりだ。
 それでいい。それでいいはずだ。そう、思って、いるのに……

「レクサ……」

 立ち上がるレクサを、カリムは見た。
 彼の瞳を、息づかいを、倒れても立ち上がる意志を見た。
 これが正しいはずなのに、これで安心できるはずなのに……

「私は――」


Ψ  Ψ  Ψ


「もう諦めなさい。勝負はつきました」

 耳鳴りと共に、相手の声をレクサは聞いた。
 体中が痛む。青の騎士では、軽い一撃でもダメージが大きすぎるのだ。
 まして相手はシャッハとヴィンデルシャフト。その攻撃をまともに受ければ、今の自分の状態は当たり前とも言える。
 けれど――

「まだ…戦えます……」
「……っ」

 険しい表情を見せる、シャッハに向けてレクサは言う。
 五指はまだ感覚が残っている。痛みはするが、動けないほどではない。
 だから、いける。だから、いく。
 左手を出して、構えを取る。それを見て、シャッハは声に戸惑いを含めて叫ぶ。

「なぜ、そこまで……!」
「……俺が今日を頑張って、誰かが明日笑えたら……それは、凄い良いことだと思うから」

 相手の問いに、素直に答えることができた。それが、レクサはとても嬉しい。
 そうだ。そうやって生きていこうと、そう決めた。明日誰かが笑えるように、自分の全力を注ごうと。
 あの日、あの時、そう決めた。

「そうやって、綺麗事を!!」
「それでもいいんです! そういう自分になるって、約束したから!!」

 まだ倒れない。倒れられない。
 カリムが、笑えるように。自分の大好きなあの笑顔で、笑ってくれるように。

――だからこの勝負は、負けられない……!

 レクサは腰をかがめ、突撃の体制に入る。
 防いでばかりでは、どちらにしろ勝ちはない。なら、一握の勝機にすがりつく。
 一歩、踏みこ――

「――レクサっ!!」

 声がした。
 荒い息づかい。不規則に地を踏む足音。
 ――風で乱れた、綺麗な金髪。

「カリ…ム……?」
「はぁっ、はぁっ……はぁっ……」

 普段運動をしない所為か。僅かな距離を走ってきただけだというのに、カリムは息も絶え絶えになっていた。
 日頃の生活を、少し悔やむ。散歩程度では、やはり体力はつかないらしい。
 それでもカリムには、伝えなければいけないことがあった。
 だから、無理矢理息を吸って、レクサに向けてそれを言う。

「――風の心の騎士っ…逆巻く剣持ちて……烈風の如く駆け抜けよ!」
「風の、心? 逆巻く剣……?」
「これが最後! これでも駄目なら諦めなさい!」

 最後の力を振り絞ったのか、カリムはそこにしゃがみ込んでしまった。
 レクサは、カリムの言葉を反芻する。
 風…騎士……逆巻く、剣。
 ――視線の先には、シャッハの双剣。

「そうか!!」

 宝石が現れた。そしてその四方に、四つのパーツが接続されていく。
 ただし、今回は炎の騎士と違っていた。鉤だった部分にはグリップが。長柄の部分には、両手剣程度の長さをした、柄が結合する。
 レクサはグリップを握ると、ゆっくりとそれを回転させ始めた。
 回転する刃。逆巻く剣、烈風の…戦器。

「――いきます!」

 宣言通り、レクサは真っ直ぐにシャッハへ突撃した。
 斧刃がヴィンデルシャフトと衝突し、火花を散らせる。
 シャッハの双剣を左で弾き、右の戦器で攻撃を。更に蹴りを合間に織り交ぜ、レクサはまさに烈風の如く猛攻する。
 シャッハはそれを、受け、弾き、回避した。
 僅か数秒の攻防。だがそれは、今回の戦闘の中で、最も密度の濃いものとなる。
 一際甲高い音を立て、互いの距離が開いた。
 沈黙が、落ちる。

「……これで、終わりです」
「――はいっ」

 お互いが、右手に持った武器を振りかぶった。
 一瞬の静寂と、膨れあがる闘気。
 ……動く。

「烈風――!!」
「――一迅!!」

 回し蹴りのように体を反転させ、レクサは、シャッハは、全力の一撃を解放した。
 そしてその名の通り、一陣の烈風が、二人を包み込む。

「……手のかかる子です。全く……」

 吹き荒れる風の中、誰かの声を、レクサは聞いた気がした。


Ψ  Ψ  Ψ


「――あれ?」

 一面の空が、眼前に広がっていた。
 そしてレクサは、自分が倒れていることに気づく。
 体中が酷く痛んで、指先一つ動かすのも億劫になる、そんな気分だ。
 そんな風に思っていると、視界を遮る影があった。
 カリムだ。

「お疲れ様」
「……負けちゃった?」

 そのレクサの問いに、カリムは首を横に振る。
 後頭部には、太ももの感触。彼女が膝枕をしてくれていることに、レクサは気づいた。
 何年も前に、やってもらったな、とどうでもいいことを思いだした。確かあれは、教会の近くにピクニックへ行ったときだったか。

「貴方を、教会騎士と認めます」
「え…と……戦って、いいの?」
「ええ」
「――本当!?」

 弾んだ声で頭を上げたレクサに、カリムは溜息。

「もうっ、はしゃがないの」
「でも、嬉しいんだから仕方ないじゃタタタ!」
「だから言ったでしょう。怪我してるんだから、安静にしてなさい」

 そんな二人を、シャッハは少し離れた位置で見ていた。
 双剣は既に待機状態へ。着ていた騎士甲冑は、脇腹の部分が裂けている。

「手ぇ、抜いたんですか?」
「――まさか」

 はやての問いに、首を振る。
 そんなこと、するはずがない。
 この傷は、あの子の思いが紡いだ結果だ。

「私もまだまだ、修行不足ですね」

 視線の先。カリムは楽しそうに笑っていた。
 それは混じりっけのない、彼女の笑顔。レクサが、自分が大好きなもの。

「結局、またレクサの我が儘が通ってしまいました。本当に、騎士カリムは甘いです」

 そう言って、シャッハはその二人へと歩き出した。
 そんな姿にはやては苦笑して、こう告げる。

「シスター・シャッハも、甘甘ですよ」

 彼女も、本当に嬉しそうだったのだから。







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